キスティス・トゥリープという人物について、スコールは苦手という印象しかない。そう言ってしまうと彼女が可哀相かもしれないが、それが事実だ。
ただ、可哀相なだけではない。仲間としては信頼できたし、頼っているところも当然あった。常に一つ高いところから物を見ていた彼女は、何事においても客観的で冷静な判断をしてくれた。スコールのブレーンとしては彼女ほど信頼できる相手はいなかった。
苦手に思っていたのは、単に彼女が自分の思考を読むことができたからだ。自称スコール研究家であった彼女は、おそらく最も長くパートナーとなっているセルフィや、ずっと恋人だったリノア、そして現在の恋人であるリディアよりも客観的にスコールのことが分かっていたはずだ。
それだけ、彼女がいるということはスコールにとって落ち着かなくても、安心できることだったのは間違いないことだった。
そして、何より。
彼にとって、一番許せないのは、自分と関わりのある人間を殺されることだ。
「殺す」
スコールの目が輝いた。
キスティス・トゥリープという人物について、セルフィは実のところあまり深い感慨を抱いていたわけではない。そう言ってしまうと彼女が可哀相かもしれないが、それが事実だ。
ただ、可哀相なだけではない。記憶が戻った今、キスティスはセルフィにとって仲の良い遊び友達だったし、魔女戦では信頼できる仲間であったし、ガーデンでは教官として頼りにできた。チームのまとめ役としてこれほど適任者はいなかった。
とはいえ、コンプレックスもある。おそろしく美形なキスティスに対し、年が一つしか違わないはずなのにどうして自分はこうも子供っぽいのか。容姿も性格も、自分はキスティスにはほど遠い。だから強く意識したことはないにせよ、キスティスという存在は自分にとって憧れであった、理想でもあった。
つまり、彼女の存在はセルフィにとって大きな影響を与えることはなくとも、常に目指す存在であったことは間違いないことだった。
そして、何より。
あの魔女戦を生き抜いたメンバーを殺されたのは、彼女にとって家族を奪われたも同然だった。
「許さない」
セルフィの目が輝いた。
PLUS.205
憎しみの連鎖
eye contact
「いくよ、リビオ!」
ファーファレロが空高く飛び上がる。こうして上空から攻撃するのが彼女の得意戦法だ。
だが、この場合は相手が悪すぎた。何しろ、目の前にいる少女は、あらゆる敵を死滅させる最強無比の力をもっているのだから。
「アルテマ!」
スロットが発動する。ノーアクションで出力された魔法は、直線的に向かってきたファーファレロに激突した。
「ぐはっ!」
ファーファレロが吹き飛ぶ。黒魔法系最強の魔法と謳われるアルテマを正面から受けたのでは、さすがのマレブランケといえども無傷ではすまない。
「やりやがったね」
「こっちの台詞だ」
スコールが既にその後ろに回っている。そして、地竜の爪を一閃する。地竜の爪の本体ではないものの、その複製能力は地竜が認めたもの。当然、破壊力は普通の武具の比ではない。
「っ!」
ファーファレロは迂闊に攻撃に走ったことを後悔した。まさかこんな簡単に自分がやられるとは──
「姉ちゃん!」
だが、その剣をリビオッコが剣で受け止めた。スコールの顔が険しくなる。何しろ、リビオッコは空中を飛んできたのだ。いや、空中を飛ぶのはいい。マレブランケは皆空中を飛ぶ。それはカインから聞いていたし、実際ファーファレロも目の前で飛んでいた。問題はそこではない。
今、リビオッコは空中にいたままにして、地面に足をつけないままで、スコールの渾身の一撃を『受け止めた』のだ。
大地に足をつけて自分の体を支えなければ、体ごと何メートルも弾き飛ばされて当たり前なのに、この魔族はそれを完璧に受け止めた。不安定な体勢でもスコールの一撃を受け止められるだけの膂力。
(この魔族は、できる)
ファーファレロと比べても、おそらくはすさまじい能力の持ち主。本当の相手は残忍なファーファレロではない。姉に隠れているこの弟。それをスコールは感じ取っていた。
「油断はできない相手だな」
スコールが呟くと、リビオッコは一度驚いてから、苦笑して首をかしげた。
「いや、オレはそんなでもないよ。マレブランケの中じゃ人間を倒した数とかルビカンテとアリキーノの次に少ないくらいだし」
「それは、お前の隣にいる姉が原因だろう」
「それはそうなんだけどさ。オレ、あまり戦うのって好きじゃないんだ。何しろ、どうせオレが勝つの分かってるんだもん。面白くないじゃん。でも」
にやり、とリビオッコが笑う。そして背にコウモリの羽が生まれる。
「アンタと戦うのは、楽しそうだ!」
歓喜。それを目の前の魔族から感じる。それは、自分が全力を出すことができる相手が目の前にいるという歓喜だ。
「楽しい、ではすまなくしてやろう」
一度離れて、スコールは剣を構える。
「俺は、仲間を殺したお前たちを許さない」
殺気が膨れ上がる。その気迫に、リビオッコはますます嬉しくなった。
「いいねえ、その感情。オレも、限界で楽しめそうだ……!」
闘気を高めたリビオッコがスコールに突進した。先ほどよりも速い。
だがスコールも負けてはいない。今度はリビオッコの突進をスコールが受け止める番だった。
「なるほど。お前は地上に足がついていても空中に浮いていても、自分を安定させることができる能力の持ち主か」
「そういうこと。むしろ、空中の方が安定するんだぜ」
合わせた剣を軸にして、リビオッコは空中で方向を変える。スコールの、真上に。
「場所を変えたくらいで──」
「スーパーソニック!」
リビオッコはそのまま真下にいるスコールに超音波を発した。その強烈な音叉に、鼓膜が悲鳴を上げる。
「っ!」
「油断はいけないよ、兄ちゃん」
そのまま足でスコールの顎を蹴り飛ばした。一対一で、完全にスコールが競り負けた。セルフィは信じられないものを見た。この魔族は容赦なく強い。
「さて、これであとは二人か」
セルフィとアセルスが目を合わせる。正直こんなときですら、目を合わせるのは気分がよくない。
「まったく、アンタと一緒に戦うとはね」
「それはこっちの台詞です〜。ま、アセルスが倒されても仇は討ってあげるから」
「誰が誰の仇を討つって!?」
二人は充分に言い合ってからそれぞれの力を高める。セルフィはスロットを発動させ、アセルスは妖魔化を行った。
「レオン、力を貸してくれ!」
妖魔の剣に力を込める。そして、セルフィの前に立つと高く剣を掲げる。
「スロット魔法、ホーリー!」
その剣にホーリーを放つ。そして、竜と聖の力を兼ね備えた剣が一閃される。
「ドラグーン・ショット!」
竜の武具によって、スコールとセフィロスが放った攻撃。それをレオン=神竜の力をもってできないか、とアセルスは考えた。そこでセルフィのスロット魔法で聖属性を与えられたならば不可能ではない、という結論に思い至った。
おそらく、この攻撃はリディアのエクスティンクションを上回る攻撃力を持つ。これで倒せないのならおかしい。
「姉ちゃん!」
リビオッコはその攻撃が放たれるなり、姉の後ろに回った。
「ちっ、仕方ないね」
迫るドラグーン・ショットの衝撃波に対し、ファーファレロは両手で印を組んで念を凝らす。
「絶対防御陣──アイギス!」
その彼女の周囲に盾が生まれた。
この盾の堅きこと、貫くものなし。最強防御魔法であるアイギスを、ファーファレロはいとも簡単に生み出していた。
「何だって」
ドラグーン・ショットの一撃は完全に防がれた。それも相手にとってはかなりの余裕をもった防御だということが分かる。リビオッコは当然という様子だった。ただ、実際に魔法を唱えたファーファレロは不満たらたらのようだった。
「ああいやだいやだ。防御なんてアタシの性に合わないよ」
「本当にね。オレが防御で姉ちゃんが攻撃だったらちょうどよかったのに」
「まったく、アタシが防御でアンタが攻撃ってのは、何かの悪ふざけにしか思えないよ」
そう。
この姉弟。本来の性質と得意分野とがまったく正反対なのだ。
姉は攻撃を好むが、本来の得意分野は防御・回復系。それに対して弟は防御を重視しながらも得意分野は格闘・攻撃系なのだ。
「仕方がないね。セルフィ、あの最強奥義を──」
「無理」
アセルスが言いかけると、セルフィはあっさりとそれを否定した。
「何で」
「範囲指定がうまくできないから。このままだとスコールを巻き込んじゃう」
もちろん巻き込まれるのはアセルスも一緒なのだが、あえて言わないあたりが仲の悪さを感じさせる。
「カオス戦のときはやったじゃない」
「無我夢中でうまくいったけど、失敗してたら全滅だった」
「邪龍のときだってやったじゃない」
「あのときは空だったし、ラグナロクで移動しながらだったから。色々と制約があるんだ、アレ」
「役立たず」
「アセルスには言われたくな〜いっ!」
ならば、とセルフィは海竜の角を生み出す。セルフィにとって攻撃の手段は一つではない。新たにこの剣もまた、セルフィの力の一端となった。
「剣で戦うっていうのかい? 専門でもないアンタが?」
リビオッコが前に出てくる。もちろん格闘となれば弟の出番だ。
「やめておいた方がいいと思うよ。オレ、やるとなったら手加減はしないし、正直強くない相手と戦うのは好きじゃないんだ」
その点、スコールくらいの格闘家であればやる気も出る。早く回復してこないかな、と待ち望んでいるくらいなのだ。
「勝負!」
セルフィが突進する。だが、あっさりとリビオッコはセルフィの攻撃を回避して蹴りつける。
だが、蹴り飛ばしたリビオッコの方が顔をしかめた。何しろ、蹴り飛ばした方向は、先ほどのスコールと同じ。
「フルケア!」
だが、気付いたときには遅い。既にセルフィのスロット魔法は発動し、スコールとセルフィを完全回復させていた。そして起き上がったスコールが地竜の爪を片手にぶんぶんと首を振る。
「目、覚めた?」
「すまない、迷惑をかけた」
破れた鼓膜も治っているらしい。便利なことだ。スコールは再び戦闘に集中する。
「そこまでだよ」
だが、それより早く、ファーファレロがアセルスの後ろに回っていた。そしてナイフをアセルスの首筋にあてている。
「武器を捨てな。この嬢ちゃんの命が惜しかったらね」
「姉ちゃん……別に、そこまでしなくても勝てるよ」
はあ、とリビオッコがため息をつく。
「何言ってんだい。こうやって自分じゃどうにもならない気持ちにさせるのが楽しいんじゃないか」
「スコール、セルフィ」
アセルスは、二人の名を呼んだ。
それが命乞いに聞こえたのは、ファーファレロとリビオッコのふたりだけだ。アセルスの視線は、もっと別のことを訴えていた。
それはもちろん、私にかまわず攻撃しろ、などというものですら、ない。
(三)
「さ、どうするんだい、この娘を見捨てるのか武器を捨てるのか、早くしな!」
(二)
「いやだなあ、こういうのって。オレはできればこの兄ちゃんと正面からやりたいんだけど」
(一)
全ての準備は整った。相手は策を練ったつもりだろうが、その裏をかいたアセルスの戦略。
(ブルーに似てきた、ってことやろか)
セルフィはそんなことを考えて、動いた。
「ゼロ!」
スコールが駆け出す。その体が向かったのはリビオッコ。意表をつかれた彼は、思わず剣を合わせて力比べの体勢に入る。
さらにはアセルス。動揺したファーファレロの両手を取って、印を組ませないようにする。これでアイギスの魔法は唱えられない。
「今だ!」
ファーファレロが魔法を唱えられず、リビオッコはスコールが足止めをしている。
そう、彼女を倒すのならば今しかない。
「わかってる!」
そしてセルフィが、海竜の角を高く、高く掲げた。
「スーパーノヴァ!」
海竜の力と、セフィロスの力がこもったその衝撃が、まっすぐにアセルスとファーファレロを貫く。
「馬鹿なっ!」
叫んだのはファーファレロ。その体を確実に貫いた。致命傷だ。
「な、なぜ、アンタは……」
そう。
同じ衝撃波を受けたにも関わらず、アセルスは無傷だった。
「私の体はレオン、神竜が守ってくれている。神竜より格下にあたる海竜が、神竜の加護を受けている私を傷つけることはないのさ」
それは事前に確認していたことでもあった。万が一のときのための裏技くらいにしか考えていなかったのだが、まさか役に立つこともあろうとは。
「姉ちゃん」
愕然とした様子で、リビオッコが呻く」
「り、リビオ……」
ごふっ、とファーファレロは黒い血を吐き出した。
「あ、アタシのかわりに、アンタが」
そして、ファーファレロの体は灰となって、消えた。
「ファーファ姉ちゃん」
スコールは放心状態になっている彼に対して攻撃しようかとも思ったが、やめた。あのファーファレロという魔族は人間を殺すことだけを楽しみにしていたようだったが、このリビオッコという魔族は割りと正々堂々というところがあった。その彼を後ろから切りつけるのはためらわれた。
「ねえ、ちゃん……」
徐々に。
徐々に、その体に、怒りがみなぎっていく。
「貴様ら、よくも!」
最初に攻撃をしかけてきたことは都合良く忘れているらしい。結局のところ、人間も魔族も、親しい相手を奪われたら憤る。それだけのことなのだ。
それだけのことに、ようやくこの魔族は気付いたらしい。
「許さない!」
そして、リビオッコの体がスパークした。
206.守るための力
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