痛い。
痛いよ、姉ちゃん。
『大丈夫だよ』
オレ、オレ、どうなっちゃうんだよ。
『大丈夫だよ。アタシがついてるだろ?』
姉ちゃん。痛いよ。
『大丈夫だったら。アンタは、必ず、アタシが──』
守るから。
PLUS.206
守るための力
pride
「おおおおおおおおおおおおおおおオおおおおおおおオオおおおおおおおおおおおおおオオオおおおおおおおおおおおおおおオおおおおおおおおおおおおオおおおおおおおおおっ!!!!!!」
リビオッコの叫びがエスタに響き渡る。その声に、全てのものが一瞬静まりかえったような、そんな錯覚すら生じる。
「キレたか」
アセルスが敵の変化をそう的確に判断したが、その言葉の裏はそれだけではない。
仲間の喪失という事実が、彼に莫大な力を与えているようだ。スパークを始めた体は一回り大きくなったようにも見える。そして、背のコウモリの羽が徐々に大きくなって、全く別のものになってしまったかのようだ。
「まずいな、アレは」
スコールが冷静に判断する。セルフィはただ頷くだけだ。
「ど〜する?」
どうするもこうするもない。敵なのだから倒すだけだ。だが、さきほどの状態でスコールを上回る戦闘能力を見せているのだから、簡単に倒すことはできないだろう。
そして、敵の準備が整う。
先ほどまでの銀色の神は漆黒に染まっている。もともと肌の黒いマレブランケだ。一層暗みが増している。
「ねえちゃんをかえせ」
「無理だ。ならばお前たちもキスティスを返せ」
「かえせよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
一瞬で、リビオッコはスコールの懐に入ってくる。そのままの勢いで殴りつけられたスコールは受け身も取れずに地面に叩きつけられた。
(な……見えなかった、だと?)
今までどれほど速い相手でも、視界から消えるほどのスピードを見せた者はいない。それどころかリビオッコが接近してくるという気配すら感じなかった。
まるで、時が止まって、再び動き始めた時に殴りつけられたかのような。
(く、俺がどうにかしないと)
スコールが立ち上がる間に、セルフィとアセルスがあっけなく地面にひれ伏されていく。
リビオッコはもはや剣を使っていない。その腕だけで攻撃をしてくる。おそらくそれが本来の彼の戦い方なのだろう。
ここにリディアがいなくてよかった、と思う。この敵に攻撃されたら、彼女ではひとたまりもない。おそらく一撃で殺される。
「かえせ」
「自分から喧嘩を売っておいて、勝手なことを言うな!」
リビオッコが飛び掛ってくるのを、スコールは剣圧で遠ざける。すると前かがみになったリビオッコは、警戒するかのようにじりじりと間合いを詰めるようにしてきた。
(動きが動物的になっている。本能で動いているということか)
理性で動くものと本能で動くもの。どちらが強いということはない。理性をもって着実に動かれるのも、予測のできない本能的な動きも、もとが強いのなら関係はない。
むしろ、このスピードで、予測のつかない動きをされては、スコールに勝ち目はない。
(どうする?)
剣で攻撃をしたとしても、相手がかわしてしまえば意味がないのだ。今のリビオッコは危険に敏感だ。おそらく攻撃と同時に回避行動に移るだろう。
決まりきらないうちにリビオッコが動く。いや、消える。
(上か!?)
考えるより早く体は動いていた。サイドステップを踏んで、上からの衝撃波を回避。だが、続く空中から蹴りだされた足を回避することはできず、側頭部に強い衝撃を受ける。
(ぐっ!)
目がくらむ。脳震盪を起こした。まずい、目が見えない。次の攻撃が分からなくなる。
『気配を読め!』
声が聞こえた。目が見えないのなら、相手の殺気を感じ取れ、と。
(横か!?)
剣を振る。まだ平行感覚が戻らないが、それでも『魔』の気配を感じた場所を一閃する。するとその気配が遠ざかっていった。
『よく感じ取れたな。さすがだ』
両足でしっかりと大地を踏みしめながら、やれやれと毒づく。もちろん、誰が語りかけてきたか、その心当たりは一つしかない。
『さあ、私を呼べ、スコール。私の力が必要なのだろう』
「ああ」
もちろんこの状態で呼ばないわけにはいかない。防御だけでは勝てない。自分から攻撃しにいくためには『力』が必要だ。
「俺の前に現れろ、グリーヴァ!」
呼び出されたガーディアンフォース・グリーヴァはスコールよりも一回り大きい獣──百獣の王、ライオンの姿を取る。
「苦戦しているようだな、スコール」
「ああ、お前が声をかけてくれなかったら危なかった」
「リディアに感謝するがいい」
突然リディアの名前が出てきたことに、スコールは顔をしかめる。
「どういうことだ」
「あのお嬢さんが私に言ったのだ。スコールが危なかったら助けてやってくれと。リディアの言葉がなかったらお前は先ほど死んでいた」
それでも本当に守護役かと思わなくもないが、もしかするとグリーヴァの照れ隠しの表現なのかもしれない。あえて追及はしないことにした。
「協力してくれ、グリーヴァ」
「無論だ。お前の敵は私の敵だ。さあ、我が背に乗るがいい」
徐々に回復してきた視力と平衡感覚で、スコールはグリーヴァに飛び乗る。
「スコールは攻撃をすることだけを考えろ。お前の思った通りに動く」
「助かる」
そう。どういう仕組みかは分からないが、グリーヴァは自分が思ったとおりに動いてくれる。それも自分で動く必要がない分、攻撃に全ての力を注ぎ込むことができる。ディオニュソスに対して放ったエンドオブハートが通常の倍以上の破壊力を出すことができたのはそこに理由がある。
「勝負だ、リビオッコ」
「ゆるさない」
「こっちの台詞だ」
悪魔と獣とが駆ける。そして、空中で悪魔の剣とスコールの剣とが交差した。激しく火花が散って、リビオッコはさらに天空へ駆け上る。
「逃がすか!」
それを追うスコール=グリーヴァ。戦いは既に三次元へと移行しており、グリーヴァは空中を上下に、前後に、左右にとリビオッコを追い続ける。
「にげるつもりなんかない」
リビオッコの姿が消えた。
(超速度の動きか)
グリーヴァが右に回避した。直後、真下からリビオッコが頭上に突き抜けていく。
そのまま頭上で急停止したリビオッコは、今度は真下のスコールに向かって急降下してくる。
(だが、直線の動きなら、殺れる!)
リビオッコの軌道を推測して、スコールは剣を振るう。
だが、その動きが変化した。まっすぐに下りてきたはずのリビオッコが、角度をつけて右に曲がり、剣の軌跡を回避して『く』の字に攻撃してくる。
「!」
その手にしている剣が、スコールの首筋を容赦なく狙っている。
まずい。
これは、殺られる。
「スコール!」
幸いだったのは、彼は決して一人ではなかったということだ。
ぎりぎりで立ち上がったセルフィが、海竜の角で衝撃波を放ち、リビオッコを弾き飛ばしたのだ。
コンマ一秒、速くても遅くてもスコールの命はなかっただろう。速すぎればまだリビオッコがその位置まで到達しておらず、遅すぎればスコールの首は刈り取られた後だ。
そこまでの完璧なタイミングでリビオッコの軌跡を読みきったセルフィの勘。
(さすがだな、セルフィ)
冷や汗が出る。今のは本当に死ぬ直前だった。セルフィの人間離れしたタイミングがスコールを救ったのだ。
「助かった」
「油断したら駄目だよ、スコール!」
「悪い」
だが表情には出さず、リビオッコの様子を確認する。
ますます殺気を昂ぶらせた悪魔は、その羽がさらに巨大に変形していく。
「かえせ」
「その台詞はもう聞き飽きた」
それくらい、リビオッコの頭の中は姉で一杯だということなのだろう。
自分ならばどうだろうか? キスティスが亡くなっただけでもこれほどの怒りを昂ぶらせているのだ。
もし、リディアが奪われたりしたら。
(許さない)
その仮定だけで、スコールの闘志はリビオッコに負けないほどに燃え上がる。
「次で最後だ。セルフィ、アセルス。お前たちは手を出すな」
先ほどのはいいタイミングでセルフィが助けてくれたが、これ以上は不要だ。
確かに三対一で戦った方がいいのは分かる。だが、自分ももう譲れない。
セルフィはファーファレロを倒した。キスティスの仇は討ったといってもいい。
だが、自分はまだキスティスの仇を討っていない。それに、マラコーダに殺されたゼルの仇も。
「覚悟は決まったか、スコール」
グリーヴァの言葉に少し間を置いてから「ああ」と答えるスコール。何も語らなくても、グリーヴァは自分が考えていることは分かってくれる。
それはきっと、グリーヴァを生み出したのは自分だからだ。言うなればグリーヴァはもう一人の自分。自分と同じ思考をする、自分の唯一最大の友。
「次で倒す」
これだけ何度も同じ攻撃を受けているのだ。いい加減、撃退法を見つけなければ恥ずかしい。
ただ速いだけならば、いくらでも撃退の方法はある。その足を止めるのもいい。カウンターをあてるのもいい。
だが、この相手を正面から倒したい。
(俺は、もっと強くなる。リディアを守るために)
想いはただそれだけだ。
だから、スコールは目を閉じた。グリーヴァが言ったのだ。気配を読め、と。もし危険があれば、グリーヴァはきっと避けてくれると信じる。そして、自分はただ渾身の一撃を放つことだけに集中する。
神経が研ぎ澄まされる。リビオッコとグリーヴァの動きに惑うことなく、ただひたすら自分の中の闘気を高める。
(来る)
真後ろ、背後。自分の心臓目掛けて、リビオッコが突進してくる。剣を握る両手に力を込める。そして、グリーヴァが反転する。
「ラフディバイド!」
反転しながら下から切り上げる。その剣が確かに、リビオッコを捕らえた。
「がっ」
「俺の、勝ちだ」
目を開いたスコールの目に、リビオッコの驚愕の表情が映る。だが、ここでためらうことはしない。
「エンドオブハート!」
最強無比の必殺技が出る。グリーヴァの動きに合わせて、ただ剣を振る、剣を振る、剣を振る。その一撃ごとに、リビオッコの翼が、腕が、足が吹き飛んでいく。
最後の一撃をリビオッコの首筋に落とすとき、うつろな彼の目が見えた。
そして、その口が、かすかに動いていた。
ねえちゃん。
だが、ためらいはない。スコールは怯むことなく、その剣を振り下ろした。
ばらばらになったリビオッコの四肢は、地上に落ちるより早く灰と化した。
「お疲れ様、スコール」
グリーヴァと共に地上に降り立ったスコールをセルフィとアセルスが出迎える。
「ああ。さすがに疲れた」
スコールが体力を使い果たしたという様子で答える。セルフィはただちにフルケアを唱えた。
「ね、ね? これ、グリーヴァ? グリーヴァ?」
そういえばセルフィはグリーヴァとは初対面だ。ああ、と素っ気無く答えると、へ〜、と興味津々でその獣を見つめた。
「カッコイイね〜。はじめまして、グリーヴァ」
「はじめまして、お嬢さん」
「カワイイ〜!」
むぎゅう、とセルフィはグリーヴァに抱きつく。カッコイイのかカワイイのか、どちらかに統一してほしい。
「見ていてひやひやしたぞ」
続けてアセルスが話しかけてくる。
「ああ、すまない」
「だが、さすがだな。強いよ、アンタは」
祝辞にスコールは頷いて答える。
その直後だ。発光弾が再び輝く。
「ガーデンに来たか」
今度はエスタシティではなく、ガーデン内部。
「よし、すぐに行くぞ」
「りょ〜かいですっ!」
「連戦とは疲れるね」
だが、三人の中で最も緊張した顔をしたのはアセルスだった。それもそうだろう。何しろガーデンにはブルーがいるのだから。
「三人とも乗るがいい」
グリーヴァが助け舟を出す。ありがたい、とスコールが飛び乗り、その後ろにセルフィとアセルスも乗った。
三人を乗せたグリーヴァは、ガーデンに向けて一目散に飛び立った。
憎悪の果て
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