「何をお考えですか、ルビカンテ様」
シリアットは静かにその傍らに立つ。制圧した人間の国、その塔の上から見下ろす人間の街は燃えていた。人間狩りが各地で行われている。マラコーダ率いる十二のマレブランケ、全員が集合した戦いだ。もちろん負けるはずがない。
「いや。これでこの世界での戦いも決着がついた。いよいよ、以前から指示を受けていたキトレニアへの遠征を考えなければならぬ」
第十世界、キトレニア。新たな戦いの地へ派遣されるのは、ルビカンテ、バルバリシア、スカルミリョーネ、カイナッツォの四体。シリアットは残念ながらこの国に居残ることになる。
「ルビカンテ様ならば、きっと目的を達成されるものと信じております」
「ふ……私が、か」
苦笑して首を振る。
「私はマラコーダ様の足元にも及ばぬ。確かに、この癖のある連中が揃っているマレブランケの副リーダーなどを務めてはいるが、実際のところ、マラコーダ様以外の十一体に本質的な力の差はない。むしろ力なら、私よりもドラギナッツォやシリアット、お前たちの方が上だろう」
「な、何を」
「隠さずともよい。私は力だけならばマレブランケの中では最弱……だが、それゆえにマラコーダ様以外の誰よりも強い。私は、私の力の限界をわきまえている」
「そ、そのようなことは」
「私は自分の限界をよく知っている。だからこそ敵の弱点をつき、攻めることに長けている。そうしなければ勝ち残ることができなかった。覚えているだろう、シリアット。私は最後の十二番目にマレブランケに滑り込んだ男なのだ」
否定はしない。確かに、ルビカンテは当初。まるで力のない男だと思った。確かにシリアットもそう思ったのだ。
だが、勝てない。力では自分の方が圧倒的に上回っているはずなのに、どれだけ押し込んでも勝てない。自分も含めて、マラコーダ以外の十体は誰もルビカンテに敵わない。だからこそ彼は副リーダーなのだ。
「ですが、だからこそマラコーダ様はルビカンテ様をご信頼されているのではないですか」
「そうなのだろうな」
ルビカンテは街を見下ろしながら気の入らない返事をする。
「私も、お供しとうございます」
自分の気持ちは相手に伝わっているだろうか。いや、彼の心に女性の姿はない。それはよく分かっている。
「その必要はない。お前は、お前のなすべきことをせよ。そして、もし私が倒れても、復讐など考えなくともよい」
「ルビカンテ様?」
「そう。考えなくてもよいのだ。我々は戦うことを宿命づけられた、呪われたマレブランケなのだから。むしろ、戦いの中で死ぬことは本望」
ルビカンテは強く手を握る。
「私はマラコーダ様には敵わぬが、自分より力のある者を倒すことに生きがいを感じている。だからこそ、自分より力のある者に負けるつもりはない。だが、自分より力の弱い者に破れるのならば」
苦笑して、マントをはためかせる。
「それこそ、私の死は昇華されるだろう。だから、復讐など必要ない。弱い者が知恵を振り絞って力のある者を倒す。それは、正しいことなのだ……少なくとも、私の哲学からすればな」
ルビカンテの哲学。それは正々堂々と戦うこと。そして、力の全てをぶつけあって雌雄を決することだ。その中でいかに知恵を振り絞り、力のある相手を上回るか。そこに生きがいを感じていると考えてもいい。
「人間は脆弱だ。一対一で戦えば、マレブランケに敵う者などいまい」
「はい」
「だが、人間たちは協力して戦うことができる。力を合わせた人間はマレブランケを上回ることもできるだろう」
「まさか、でしょう?」
「この国の人間たちは協力することを知らぬ。もしそうでなければ、追い詰められたのはもしかすると我々の方だったかもしれぬな」
さて、とルビカンテは話を切り上げた。
「明日にでも出発する。マラコーダ様によろしく伝えておいてくれ」
──シリアットが彼、ルビカンテを見たのは、そのときが最後だった。
PLUS.207
憎悪の果て
hatred
爆風の勢いを利用して、カインは空中を跳ぶ。そして槍をシリアットに突きつける。
天竜の牙。そのレプリカではあるが、力はオリジナルとほとんど変わらない。天竜が彼のために残した、彼だけの武器。
竜騎士である彼に、相応しい武器。
「少しはやるようですね」
シリアットがその攻撃を回避しながら武器を構えなおす。彼女の武器は両手剣。カインよりも背が低いのに、両手で持つ大剣があまりにも不似合いだ。何しろ剣の長さが彼女の身長より大きい。
「だが、俺たちにはかなわん」
男──グラフィケインは両手に一本ずつのショートソード。双剣士だ。
(手数の多い双剣と、一撃の重さがある大剣)
これで息が合うのであれば、カイン一人では太刀打ちできないだろう。
「おっと、俺のことも忘れるなよな」
地上に降りたカインと背をあわせたのはファリスだった。こちらは魔法剣を使いやすいエンハンスソードを装備している。
「危険だぞ」
「知ってるさ。でもま、相手を引きつけておくくらいのことはできると思うぜ」
その間に一体を倒せ。そうファリスは言っている。
(リディア)
少し離れた位置にいるリディアと視線を交わす。彼女の魔法がなければさすがに勝負にならない。
「アポカリプス!」
奥義、黙示録砲。強烈な熱量がグラフィケインとシリアットに注がれる。だが彼らは二手に分かれた。グラフィケインにはカイン、シリアットにはファリスが向かう。
「命知らずだな」
グラフィケインは双剣を繰り出しながらカインに言う。
「何がだ」
「あの女だ。シリアと一対一で戦うなど、無謀もいいところだ」
「その前に俺が、お前を倒す」
カインが槍を繰り出す。鋭い突きがグラフィケインの肩を裂く。
「──ほう」
だが、その瞬間に振り切っていた右の剣がカインの左肩を切り裂いていた。
「スピードは、互角か」
短期決戦はできないかもしれない、とカインは考える。そうなると自分より力の劣るファリスではシリアットを持ちこたえさせることはできないだろう。
つまり、敵も全く同じことを考えたのだ。自分がグラフィケインを倒すまでの間ファリスが敵を一体食い止めておくのと同じように、敵はシリアットがファリスを倒すまでの間グラフィケインがカインを押さえ込もうとしている。
(このままだと、敵の術中にはまる)
こちらが持久戦になってはいけない。カインは短期決戦を望んだ。
「行くぞ!」
「焦りは禁物だぞ、カイン!」
カインが空を薙ぐ。グラフィケインは空中に飛び上がっており、そこから両手剣を同時に振り下ろした。
両手剣がカインの兜を叩き割る。衝撃は受けたが、兜だけですんだ。
破壊された兜の中から、カインの金色の髪と、端整な顔が現れる。
「それが素顔か、カイン。なるほど──」
グラフィケインは憎しげにそれを見つめる。
「──罪人の顔だ」
カインは顔をしかめた。もちろん、自分が罪人であることなど分かりきっている。だが、あえてそう言ってくるのは自分を精神的に追い詰めるためか。
「お前は、俺に対して個人的に憎しみを持っているようだな」
その言葉から悪意を感じ取ったカインが尋ねる。
「もちろんだ。お前はバルバリシアを殺した」
「あの、風の女か」
「そうだ。お前が殺した。あいつは俺の女だった。俺にはあいつしかいなかった。それなのに──」
「笑い話にもならんな」
カインは槍を振り回して、構える。
「襲い掛かってきたのはお前たちの方で、返り討ちにあった分際で今度は仇討ちか。本当に、笑い話にもならん」
「笑い話ではない。本気だ」
グラフィケインも双剣を構える。
「俺たちは戦うことを宿命づけられた存在だ。戦う理由があればどこへでも行く。そして今、俺の戦う理由は、復讐、それだけのことだ」
「勝手な言い草だ。お前たちの都合に振り回されるわけにはいかん」
そして、閃く。
すれ違いざまにふたりは三合の攻防を行う。たとえ双剣といえど、二つの剣で同時に攻撃するのはバランスが悪くなる。だから一撃ずつ放つ他はない。結果として、ふたりの攻撃のスピードは変わらない、ということになる。
長期戦は不利だ、とカインは焦る。何しろ、ファリスの相手が相手なのだ。
──だが、その勝負は意外な様相を見せていた。
魔法剣、アルテマ。
さしものマレブランケとはいえども、アルテマの破壊力がその剣に宿っていたならば、その攻撃を受けるわけにはいかない。魔法剣は魔法よりも強いダメージを与えることができる。何しろ、魔法のダメージを一点に集中させて攻撃することができるからだ。
「なんか、あまり出番なくてここんとこつまらなかったんだけどな」
ファリスは笑って、シリアットに向き合う。
「俺、けっこう強いぜ」
「笑止」
シリアットは真剣な表情でファリスをにらみつけた。
「カインへ復讐しなければならないというのに、雑魚には構っていられません」
「雑魚かどうか、試してみるんだな」
その言葉に、シリアットが突進する。スピードでファリスを押さえ込もうというのだろう。だが、それはファリスにとって予想の範囲内だった。
「かまいたち!」
左手をシリアットに向ける。その瞬間、強烈な風と、真空の刃とがシリアットを襲い、黒い肌を傷つける。
「くっ」
突進を防がれ、大地に両足をつけて低く体勢を整える。だが、ファリスは続けて攻撃を放った。
「地震!」
さらに左手を大地につける。直後、シリアットを中心に大地が揺れる。
「な、まさか、この女──」
「気付くのが遅いぜ!」
既にファリスは射程距離内に入っている。エンハンスソードを両手で上段から振り下ろす。何とか回避したが、裂傷を負った。
ファリスは序盤戦、完全にシリアットを圧倒していた。
「貴様、風水士か」
「そんなこともあったっけな」
ファリスは肩を竦ませた。魔法剣に地形。さまざまなジョブを経験しているファリスにとって、これくらいのことはごく自然なことだった。
「カインが倒せないんだったら、俺が先にあんたを倒してやる!」
ファリスは叫んでシリアットに迫る。さすがのシリアットも守勢に回った。
「この、ちょこまかと!」
「悪いけど、俺の一番の得意技は、コイツだ!」
ファリスは敵の攻撃をかいくぐり、完全に密着した。そして、腕をからめて、相手の大剣に手をかける。
「もらった!」
力を込めて、その大剣をぶん取る。そして離れた。
「あんたの大剣、もらったぜ」
ぶん取られるときに腕を痛めたのか、シリアットは左手で右腕を押さえている。
「シーフの能力……あなたは万能者ですか」
「そういう言い方は好きじゃないな」
ファリスは笑って言った。
「俺はどんな職業でもない。俺は、海賊だ」
そう。彼女はプリンセスとしてタイクーン城へ戻るつもりなどない。確かに妹のことは気にかかるが、それ以上に海にいるのが好きで、シルドラと共に海を駆け巡るのが好きなのだ。
「そうですか──ですが、あなたの作戦は、立てた段階から失敗していました」
シリアットは首を振る。その様子にファリスは不安をかきたてられた。
「どういうことだ」
「どういうことも何もありません。私たちの武器、それがただの飾りだとでも思ったのですか」
「なに?」
「我々、マレブランケの武器は、我々の体の一部ともいえるものです。つまり──」
直後。
その、シリアットの大剣から影が広がり、一瞬でファリスを覆った。
「なっ」
「あなたはもう、私に捕われているのです……その剣を手にしたときから」
「そ、そんな、馬鹿な」
「影に飲み込まれなさい。あなたは強かった。大丈夫、ものの、数時間もすれば完全に闇に溶けて、あなたの意識も痕跡も、全てがなくなります」
そして、ファリスの姿が消えた。
闇に解けたまま、そしてその闇は、大剣に戻る。
持ち主を失った大剣が、からん、と大地に落ちた。
「……カインたち以外に、これほどの使い手がいるとは知りませんでした。正直、驚いています」
シリアットはゆっくりと近づき、その剣を拾った。
「ですが、それだけのことです。結局、勝利は私たちの手にある。そういうことです」
「待ちなさい」
そのシリアットに向かって制止の声を上げたのはリディアだった。
「彼女を解放しなさい」
「解放する方法はただ一つ」
そのリディアに向かって、シリアットは剣を構えた。
「私を殺すことです。あなたにそれができますか?」
無論、接近戦になればリディアの勝ち目は薄い。ロングレンジで魔法をひたすら唱えて殲滅する。それが一番理想的だ。
だが、ここまできてできないとはいえない。この戦いにはファリスの命がかかっている。
「できます」
「そうですか。なら、証明していただきましょう、リディア」
その表情に、それまでのどこか相手を認め、感心していた様子が消え、復讐者としての顔が浮かび上がった。
「私の愛する、ルビカンテ様を奪った女……あなたは私の手で殺す、リディア」
208.憎悪と嫉妬と
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