「哀れな男だな、カイン」
火のルビカンテは竜騎士を目の前にして言う。その竜騎士は苦悶の表情を浮かべながらも何も答えることはできない。ゴルベーザによって行動が制限されているからだ。
「だが、お前のその信念は尊敬に値する。ゴルベーザ様に操られながらも、なお抵抗しようとする意思。ただの人間であれば、とうに自分の意思など崩壊しているだろうが」
「ホント、可愛いわね、この子」
風のバルバリシアが、身動きをとらないカインの顎を撫でる。かみ締めた唇から血が流れていた。
「それで、ルビィ、あなたはこれからどうするつもり?」
バルバリシアが格上のルビカンテを愛称で呼ぶ。自由奔放なこの女性魔族はルビカンテといえどもふたりきりのときはこんな調子だ。
「一度破れた相手に再戦することができる。しかも今度は、我等四名が力をあわせるという方法で。これ以上望むことはない」
「力をあわせるっていったって、結局順番に襲い掛かるだけでしょ?」
「それでもだ。我々にとっては大きな前進だ。これを我等の新たな力とすることができれば、あの方のもとへ戻ったときの財産となる」
「戻れれば、だけどね。ここの人間たち、強いわよ?」
「そうだな。協力するということがよく分かっている」
スカルミリョーネ、カイナッツォ、カルコブリーナ。いずれも自分勝手に動きまわる者だったが、この土壇場で協力することを承諾した。
「あの方は、我等が互いに協力するという道を生み出すために、我等をこの世界へ送り込んだのではないだろうか。だから、あの方はお前を選んだ。自分たちは協力した方がいいと直訴したお前を」
「考えすぎよ」
バルバリシアは肩を竦めた。
「確かにそれができるのはルビィだけだと思う。でも、私達が送り込まれたのは、そんなことを目的とされたわけじゃないもの」
「なんだと」
「分かっているんでしょう、ルビィ。私たちは捨て駒よ。私は不穏分子として。残りの三名は完全な力量不足。そしてあなたは──嫌われているものね」
ルビカンテの顔が歪む。おそらくそれは彼も分かっていたのだろう。
今回の自分達の派遣は、期待されてのことではない。半ば、追放なのだと。
「まあ、うまく目的を達成することを狙ってはいたんでしょうけど」
「捨て駒か。ではやはり、この」
「ええ。カイン・ハイウィンド。あの方の狙いはこの子よ」
その竜騎士が、うう、と唸る。
「それでお前はどうするつもりだ。もうすぐセシルたちが来る。その前にこの男をどうする」
「どうもしないわ。まあ、この場で殺してあげた方がこの子のためなんでしょうけど」
その身動きの取れない竜騎士にバルバリシアが抱きつく。
「でも、殺させない」
「……リシア」
「私の命にかえても、この子は必ず守ってみせる」
「それほどにほれ込んだか。魔族のお前が、人間の男を」
「そうね。この子を守るためには、私たちの手でセシルたちを殺すしかない。もしこの子が自分の手でセシルを殺したら、もうこの子は戻ることができなくなってしまう。だから、ルビィ。力を貸して。あなただって、あの方のなさりようには疑問を持っているはずよ」
「私はあの方の忠実な部下だ」
だがルビカンテは首を振った。
「もっとも、部下である前に一介の戦士。次のセシルたちとの戦いは全力でやらせてもらう」
「そう──結局、私達がセシルを殺すしかない。そうすればこの子の裏切りの罪はなくなる」
そうしてバルバリシアは少し離れ、彼の頬を優しく撫でた。
「ここでおとなしくしていなさい。そうすればまた迎えにきてあげる。もっとも……私達か、それともあなたの大切な親友たちか、どちらが来るかは分からないけれど」
そしてその唇を重ねる。ほんのわずかな間。
離れると同時に彼女は振り返った。
「ケインには?」
「もう連絡はしたわ。私も本気で付き合ってたわけじゃないし。それにここで私があの方を裏切れば、あの方は絶対に私を許さない。結局、この戦いに勝っても私に未来はない」
「それでもお前はこの男を取るのか?」
「ええ。本気だもの」
あっさりと答えるバルバリシア。ルビカンテは首をかしげる。
「確かに尊敬に値する人間ではあるが、お前ほどの女が惚れこむのが理解しかねるな」
「あら、恋愛に理由はないもの」
ふふ、と笑ってバルバリシアはルビカンテを指差した。
「そういうあなたは、シリアに連絡は取ったの?」
言葉に詰まったルビカンテに対して「じゃ、お先に」と言い残した彼女が部屋を出て行く。
「やれやれ、何もかも見抜かれているか」
ルビカンテはまた首をかしげた。そして、部屋に残された男を見る。
「カイン。君は、君が自分で思っているよりも重要な男だ。この戦いが終わった後に、それがきっと分かるだろう……私は君のような尊敬できる者が失われるのはしのびない。君は、自分ではなく、仲間を信じるのだ。自分の罪が重く感じたなら、それを分け合える誰かを探せばいい。まあ、これから死地に赴く私が心配しても仕方のないことではあるが」
自嘲したルビカンテが部屋から出ていく。
そして、暗闇に閉ざされた部屋で、彼の目に光が灯った。
PLUS.209
あの日の真実
They are the best partner
塵と化したグラフィケインを、シリアットは驚愕と共に見つめた。
グラフィケインは強い。自分と同じくらいに強い。だから一対一となれば負けることはなかった。現実、カインを追い詰めて今にもとどめをさそうとしていた。
それなのに。
自分のミスで、グラフィケインを死なせてしまった。
「ケイン」
ふたりの間には確かな絆があった。自分はルビカンテを、彼はバルバリシアを、共に愛する者を失った。それも、同じ相手にだ。
カイン。そしてリディア。
この二人は今、自分の盟友すら奪い取っていったのだ。
「どこまでも」
憤怒の表情でシリアットはリディアを睨む。
「どこまでも、私を苦しめる女!」
シリアットが突撃するが、その攻撃はアルテミスからの連続矢によって阻まれる。その間にリディアはフレアとホーリーの魔法を連続でかけて攻撃する。
突進が止まった彼女に、体勢を立て直したカインが槍で突きかかった。
「この、罪人が!」
大剣が一閃する。だが、飛び上がったカインは上空から槍を振り下ろした。回避しきれずにシリアットは浅手を負う。
「くっ」
しかも続けざまにアルテミスの矢、そしてリディアの魔法が続く。さすがのマレブランケも三対一では分が悪かった。
「許すものか」
シリアットはそれでも気丈に戦う。
たとえ力が弱くとも、相手の隙をついて効率的に戦う。それがルビカンテのやり方だ。
「お前たちなどに、敗れはしない!」
剣閃がカインを捕らえる。血しぶきが舞う。
「カイン!」
「大丈夫、かすり傷だ」
金髪のカインの額から血が流れている。確かに流れる血の量はおびただしく見えるが、実際の出血量はたいしたことがない。
「だが──これだけ押しているのに、効果的にダメージを与えられない」
「ええ。それどころか」
そう。二人とも認めたくはないところだが、このシリアットという敵は、この戦いの中で確実に力が増している。それはグラフィケインが倒されたことによる怒りがそうさせたのか。
「リディア、エクスティンクションはまだ撃てるか」
カインが尋ねると、もちろん、とリディアが答える。
「一回目のときのルビカンテ戦を、覚えているか?」
一回目。それは、エブラーナの国王夫妻が倒された後に戦ったときだ。そのときはカインがいた。二回目の四天王戦にはいなかったが。
「ええ、もちろん」
「俺がセシルの役をやる。お前がやれ」
一瞬、何を言われたかが分からなかった。だが、ルビカンテとの戦いのことを思い返すうちに、リディアの顔が徐々に青ざめていく。
「む、無理だよっ!」
「お前ならできる。いいか、右足だ。俺が右足を引いたら、撃て。俺を仲間だと思うのなら、やれ」
そしてカインは駆け出した。だが、そんなことを言われてもすぐに決心などつかなかった。
槍と大剣が火花を散らす。そこへ、アルテミスが近づいてきた。
『リディア』
少年のような彼女は、リディアとほとんど背が変わらなかった。
『私がかわりにやろうか』
何をしようとしているのか、アルテミスには分かったのだろう。だがリディアは少しためらった後、毅然と首を振った。
「ううん、カインが私を信頼してくれたんだもの。私、信頼に応える」
アルテミスは笑った。
『それでこそリディアだ』
「ごめんね、アルテミス。そろそろ限界だよね?」
『まだ私なら大丈夫だ』
「うん。でも、無理はさせたくないし、私、自分でやりたい。これだけは」
ずっと、カインと和解したかった。自分はカインのことをとっくに許しているのに、カインはそれを受け入れてくれなかった。
だから、これはカインからの意思表示なのだ。自分がカインのことを大切な仲間だと思っていることを、ついに受け入れてくれるのだ。
「私、カインが好き」
無論それは、スコールに対する恋愛感情とは違う。
セシルやローザ、エッジにすら感じられない、何か特殊な気持ち。
ゼロムス戦、そしてカオス戦。自分が最も長く一緒に戦ってきた唯一の相手に対する、友情だ。
そう。自分はずっとこの絆が欲しかった。この世界で運命的に再会したカインに、自分と同じ気持ちになってほしかった。
それが、かなった。
(絶対成功してみせる)
カインの期待に応えるのだ。そして、それができるのは自分しかいない。
『分かった。それにしても、リディアは厳しいな』
「何が?」
『あのスコールという男も、人間としては極上の部類に入る。リディアの男を見る目は非常に厳しい』
「アルテミス……」
思わず苦笑が漏れる。だがそれはアルテミスの気づかいだ。気負いすぎず、リラックスしてやれということなのだろう。
『リディアの成功を期待している』
「ありがとう、アルテミス」
彼女は消えた。そしてゆっくりと、リディアはタイミングを計った。
カインは空高く飛び上がり、空中からシリアットに攻撃を仕掛けている。だが、それもあっさりとかわされ、大剣の斬撃が続けざまに来る。
一瞬たりとも気が抜けなかった。実際、こちらも相手に幾つかの裂傷を負わせていたが、それと同じ数だけ傷を受けていた。向こうはリディアを気にしながらの攻撃なのだから、自分よりもはるかに強いことが分かる。
先ほど剣をあわせたグラフィケインよりもずっと強い。マレブランケというのはどこまでも戦闘集団なのだということがよく分かる。
「この程度で、ルビカンテ様を倒したというの」
「殺したのは正確には俺じゃないが、一度倒したのは間違いない」
「ふざけるのはやめなさい。この程度で私に勝てるはずがない!」
「なら実証しよう。お前はルビカンテと同じように倒す」
「やれるものなら!」
シリアットはまた飛び上がるカインに対して大剣を合わせて迎撃する。だがカインもすぐに円を描くように動いて足を止めず、続けざまに槍を繰り出す。
カインは左目でリディアの様子を確認すると、槍をもう一度握りなおした。
そしてシリアットの足を払う。飛び上がったシリアットに向かって、引いた槍を素早く突く。だが、シリアットは左手でその突き出された槍の柄を叩いて二段ジャンプする。
「なっ」
「くらえっ!」
シリアットの足がカインの頭を蹴った。さすがに不安定な体勢で重い大剣を振り回すことはできなかったようだ。だが今のは完全に油断していた。大剣の攻撃だったら間違いなく殺されていた。
だがカインは敵が着地した瞬間を見計らって槍を薙ぐ。今度はシリアットは大剣でそれを抑えた。逆撃を撃つ彼女に、カインは円を描くように動いて、止まる。そして力を溜めた。
(今だ!)
カインは右足を引いた。瞬間、また飛び上がる。
「何度飛び上がっても──」
カインを追いかけて視線が上に動いたシリアットの目の前に、突然光が溢れた。
「!?」
カインの背で陰になったところにリディアがいた。死角になって見えなかった彼女が『カインの背に向かって』エクスティンクションを放ったのだ。
当然光は、飛び上がったカインではなく、その延長線上にいたシリアットを焼いた。
「あああああああああああああああああああああっ!」
やられた。
何度も飛び上がって、円を描くように動いていたのは、全て、彼の体でリディアが魔法を放つのを隠そうとしていたのだ。
「とどめだ」
急降下してくるカインの槍が、彼女の胸を貫いた。
「あ……あ……」
がはっ、と血を吐く。もはや、戦う力が残っていないのは分かっていた。
「こ、これが……ルビカンテ様を、倒した……」
「そうだ」
ルビカンテと初めて戦った、あの時。
合図を送られたカインは、セシルの背を目掛けて槍を放った。
回避したセシルの先に、ルビカンテがいた。
もちろん、事前に申し合わせた上でのことだ。訓練のときに実際に練習したこともある。
だが、命をかけた戦闘で、どうしてそれが実践できるだろう? セシルは無制限にカインを信じていたし、カインもまたセシルが必ずタイミングを合わせると信じていた。
全力で放たれた槍は、確実にルビカンテを貫いていたのだ。
「そして、これがお前たちにはできない『力を合わせる』ということだ」
「そう……ルビカンテ様もおっしゃっていた。人間は力を合わせて、弱い部分を補うのだと。そう、これが……そうなのね」
槍を引き抜かれたシリアットが地面に倒れる。
強い相手だった。勝てたのは運の要素も強い。戦えば必ず勝てるというようなものではなかった。
「遺言は」
「ないわ。どうせ、聞いてほしい方は、この先にいるのだから」
そして彼女は目を閉じた。
「ルビカンテ様、今、おそばに……」
彼女の体が塵となるまで、十秒もなかった。
彼女の体が完全に消え去ってから、リディアはカインに近づいて尋ねた。
「そういえば、前にルビカンテにやったときって、事前に打ち合わせしてたの?」
ずっと気にはなっていた。
あの命がけの戦いの中で、何も事前に打ち合わせなく、突然カインはセシルの背に槍を投げつける。それをセシルが分かっていて投げると同時に身をかわす。
そんなことが、果たして可能だったのか、と。
「もちろん、打ち合わせはあった」
「どんな?」
「まあ、練習していたからな。右足を引いたら合図、って」
「ふーん。じゃあ、二人にしてみると、あれは練習通りってことなんだ」
「いや」
だが、カインはしれっと答えた。
「もともとはセシルの暗黒波を俺が飛んで回避するというものだった。だから、俺が槍を投げる側に立った練習は一度もしていない」
リディアは絶句した。
「もっ、もしセシルに当たったらどうするつもりだったのっ!」
これはもう、あのルビカンテ戦の直後に言ったことと全く同じだった。
そしてカインは皮肉混じりに苦笑して答えるのだ。
「セシルは分かってるから大丈夫だ」
絶句した。
どうしてこの二人は、こんなにも息が合うのだろう。
(……そう、か)
その、カインの無制限のセシルへの信頼を目の当たりにして、ようやくリディアは思い至った。
どうして自分がカインにこだわるのか。その理由を。
(私、セシルとカイン、二人の関係が、理想だったんだ)
協力する。それは召喚士と召喚獣にも同じことが言える。
お互いのことが全て分かって行動する。背中を預けられるパートナーであり、お互いの役割分担がはっきりとできている関係。
(私、カインとそういう関係になりたかったんだ)
あの日、セシルとカインの協力攻撃を見た、その日から。
「……じゃあ、練習してたから、私に背中から打たせたんだ」
「ああ。正直なところ、セシルより筋がいい」
「え?」
「セシルの奴、何度やっても暗黒波を俺に当てるんだ。練習で何回気を失ったか覚えていない。俺に恨みでもあるのかって何度も思った」
そういえば、カインがセシルの愚痴を言うのは初めてかもしれない。思わずリディアは吹き出してしまった。
「カイン、セシルのこと、本当に好きなんだね」
返事はない。それは肯定しているのと同じだ。
「照れなくてもいいじゃない、カイン」
「……俺にとっては切り離せないものだからな」
自嘲するように笑う。
「セシルも、ローザも。それに……」
「それに?」
「お前もな、リディア」
どきん、とリディアは反応する。
「わ、私?」
「ああ。今のお前は、セシルやローザがいるときと同じように安心させてくれる。まあ、それだけ付き合いが長いっていうことか」
涙が出た。
まさか、あの、ひねくれものでがんこものでなにかというとすぐにつみとかばつとかそんなことばっかりいいつづけてこっちのきもしらないでひたすらじぶんのからにとじこもってばかりいてかれのせいしんせかいではじぶんのことなんかまるではなしをきいてくれなくてそのくせじぶんがおもいえがくじょせいのことならすなおにきいてまったくじぶんのことなんかかんがえてもみてもくれなかった、あのカインが。
「嬉しい」
泣きながら、彼女は笑った。
「嬉しいよ、カイン」
思わず抱きついていた。信頼できるこの人なら、スコールも許してくれるだろう、と思いながら。
そしてきっとカインも、同じようにティナに対して思っているのだろう、と思いながら。
それから少しして、彼女が残した剣から闇が放たれた。
その闇は徐々に人の形を取って、やがて闇は完全に払われる。
闇がなくなると同時に、剣もなくなった。
そして後には、ファリスの姿だけがあった。
「悪い。迷惑かけたな」
少し疲れた様子でファリスは手を上げた。
「自分の状態が分かっているのか?」
カインが尋ねると彼女は頷く。
「ああ。剣を通して、状況は全部見聞きしてた」
「そうか。とにかく、無事で何よりだ」
「ああ。死んだら何もできないからな。俺はまだ死にたくない」
「同感だ」
そうして三人が少し疲れを癒していると、やがてガーデンの方から発光弾の輝きが見えた。
「やれやれ。休む暇もなしか」
「まだマレブランケは残ってるからな。二体倒しただけで浮かれるなってことだろ」
ファリスの言葉にカインが頷く。そして三人は駆け出した。
残るマレブランケは、あと二体。
竜魔
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