今さら、こんなものが何の障害となろう。
 自分はもう、何が一番大切で、何を求めているのかがよく分かっている。だからこれは足止めにしかならない。
 ただ、知りたい。
 ティナがいったい自分のことをどう思っているのか。彼女の考えは、ここで明らかになるだろう。












PLUS.217

最後の授業







Repent and believe the gospel






「ローザ」
 カインは何もためらわず、その女性の方に歩み寄る。
「か、カインっ!」
 思わずリディアがその動きを止めようとしたが、カインは冷静に「大丈夫だ」と一言残して進む。
 カインのローザへの思いはリディアも知っている。彼にとって誰よりも大切な女神。それを前にして怯まずにいられるのだろうか。
「久しぶりね、カイン」
「ティナ。ローザの映像で俺を試すのはやめろ」
 その女性に向かってはっきりと言う。
「カイン、どうしたの」
「こんなもので俺の覚悟を試そうというのか? あのマシンマスターの館で、俺はローザよりもお前を選ぶと誓ったはずなのに、それをお前は無視するつもりか」
「でも、あなたが本当に好きなのは私でしょう?」
「失せろ、幻影」
 カインは容赦なく、槍でそのローザを貫いた。さすがに誰もが驚いて目を丸くする。
 だが、ローザはすぐに空気に溶けていなくなった。
「いいだろう。これがお前の挑戦だというのなら受けて立ってやる、ティナ」
 そして、声を大にして叫ぶ。
「俺がそこに行くまで待っていろ! 逃げるなよ!」






『幻獣』ティナは大きく震えた。たとえ映像は見ていなくても、声は届く。
 このラビリンスはティナが作り出したもの。意識を閉ざしたところで、カインが何をして、どういう行動を取っているかは手に取るように分かるのだ。
「ふむ。決断力があり、それに相応しい能力もある。また、ティナを求めるのにとても意欲的だ。少しも翳りがない。まあ、理想的な恋人だと言いたいところだが」
 だが、当のティナは震えている。カインのローザへの思いを知っているティナは、絶望に落とされるのが嫌で反応しようともしない。
「会うだけなら会ってもよかろうに」
「駄目だ」
 ティナは震えながらも答える。
「あの者ははっきりと言った。誰よりも大切な存在はローザだと。私ではないと」
「でもそれは随分前のことだろう?」
「父上は、あの男のことを知らぬ。自分の心を曲げぬ、立派な男だ。あの男が一度愛した女性ならば、それは一生愛し続けるに違いない」
「そうかもしれないけどね。でも、別の考え方もあるんじゃないかな」
「別?」
 ティナが上目遣いで見てくる。
「ああ。彼のローザという女性への愛情は変わらない。でも、それ以上に好きになった女性が出ても不思議はないということさ」
「それこそありえぬ。彼のローザへの思いは、カオスの闇をも凌駕する。それを上回るほど私のことを愛してくれるとは到底思えぬ」
「それを期待しているのにねえ」
 マディンは地下に下りてくる映像を見ながらさらに続ける。
「でも彼はここにやってくるよ。逃げるの? 逃げないの?」
「私には他に行く場所がない」
「それもそうか。じゃあ、カインがここまでたどりつくのはもう確定だね」
「何故」
「強いからさ。心がね」
 マディンは言って立ち上がる。
「さて、それじゃあ私も準備をしようか。最後の地下六階。さすがに私のところを抜けていくのはそう簡単じゃない。何しろ一人娘を奪いに来るんだから、骨の五、六本は折れるのを覚悟してもらわないと」
「父上。カインは私を選ばぬ。ただ仲間だから来てくれたにすぎぬ」
「私にはそうは見えないけどね。あれは恋する男の目だよ」
「ローザへのな」
「だったら、あんなに容易く一階を抜けることはできなかっただろうね」
 言い残してマディンは地下六階へと昇る。
 ひとり残されたティナは、小さな体をさらに小さく丸めた。






 地下一階。ミノタウロスやケルベロスといった魔獣たちを倒して進んだ先に現われたのは、『悪』の代名詞たるアーリマンであった。『悪』のアーリマンと『善』のアフラマズダとの一騎打ちとなったが、最後はアフラマズダの『神罰』がアーリマンを撃ち、滅ぼすことができた。
 地下二階。こちらを守る番人は騎士ノア。アルゴと同じ、その身にいくつもの異なる力を眠らせ、戦うことができる万能騎士だ。アルゴとの能力合戦となり、最後はアルゴの『英雄の剣』がノアの体を二等分した。
 地下三階。アルテミスは番人である兄、アポロンの攻撃に苦戦した。自ら輝く太陽は、太陽の光を映す月よりはるかに大きな力を持つ。だが、アルテミスの力が皆既日食を呼び、太陽の力を封じた。瞬間、彼女の『アストラルアロー』がアポロンを追い払った。
 地下四階。階段の前を守る番人との戦いにアフラマズダが臨もうとしたが、その前の扉に冷たく弾き返された。
『試しの間へ入れるのは、ひとりにつき一度までです』
 その言葉の意味はつまり、既に戦った幻獣たちはこの先の扉で戦うことができないということだ。
「この先、何階まであるんだ?」
『迷宮は地下六階までとなっております』
「まさにひとり一回、ということか」
 スコールは顔をしかめた。その言葉が意味するところはつまり、
「では、私が行きます」
「リディア。だが」
「どのみち私の番はいつか来るんでしょう? じゃあ、五階と六階をスコールとカインに任せるから、ここは私に任せて」
「リディア」
「大丈夫。こう見えても私だって強いんだし。でも、もし私が本当に危ないようだったら、助けに来てくれますよね」
「もちろんだ」
「期待してます、スコール」
 にっこりと笑って、彼女はその『試しの間』へ入っていく。
「さあ、誰が相手?」
 リディアが虚勢を張って声をかけると、試しの間の奥の扉が開いて、そこから誰かが歩み出てくる。
「久しいな、リディア」
 目を疑った。
「何故、あなたが」
「そう驚くこともなかろう。私も幻獣界の住人だからな」
 魔法王、エウレカ。
「エウレカ。あなたが私の前に立ちふさがるというのですか」
「そうだ。それから一つだけ言っておくが、これは私の意志だ。地下六階を守る者と同じようにな」
「どうしてですか」
「お前がやってくると思ったからだよ、リディア」
 エウレカの言葉に理解ができなくなる。
「お前にはもっと教えたいことが山ほどあった。カオスとの戦いでそれがかなわなくなったが、これはいい機会だ。私の持つ魔法の技術を全てお前に伝えよう。だが、覚えているだろうが、私の特訓はかなり厳しい」
「はい」
「つまり実戦勝負だ。言っておくが、容赦はしないぞ。死にたくなければ全力で魔法を放ってこい。まずは、お前のスピードがどれほど上がったかを確かめてやろう」
 リディアは理解した。つまり、エウレカはこのティナの一件を利用して自分を鍛えようとしてくれているのだと。
(今までも、エウレカの特訓は厳しかった)
 常に怪我や死を前提とした特訓。もちろん自分はそこから逃げ出したことはない。全てを打ち破ってきた。魔法力の回復方法、高速真言の詠唱、そして新たな魔法の技。それらを身につけることができたのは、全て厳しい特訓の成果。
「ありがとうございます、王」
 エウレカは自分を信じている。この程度の特訓で自分が死ぬことはないだろうと信じて本気の勝負を挑んでくれているのだ。
(『最強の術者』の称号を引き継ぐ者として、全力でいきます!)
 そして、ふたりは同時に魔法を解き放った。
 一瞬で、ふたりの間に魔法の火花が散る。一秒間に何十もの魔法が放たれ、消滅していく。
「な、なんだこの戦いは」
 スコールがそれを見て目を丸める。これでは間に入るどころではない。魔法のダメージですぐに倒れてしまう。
「だが、一つずつの攻撃力はさほど強くないようだな」
 カインが冷静に確認する。消えていく魔法が周囲に影響を及ぼさないのだから、魔法力はおそらく最小にしぼってあるのだろう。
「さすがはマスターですね。あれだと一分間で千は魔法を放っていますよ」
「一分で千?」
 普通ならどれくらいだろうか、と考えてみる。だが一分の間に十も魔法を唱えることができるものはいないだろう。せいぜい二か三か。真言を早めても十秒に一度唱えられれば十分速い。
「想像を絶する勝負だな」
「魔法力を高めればこうはならない。あくまでもあれは、デモンストレーション。高速真言の技にすぎない」
 アルテミスが冷静に答える。
「じゃが、いつまでもこうしてはおられんじゃろ。そろそろ動くぞ」
 アフラマズダの声に導かれるように、室内の二人は動きを見せた。
 二人の右手に光が集中する。大技がくる。
『エクスティンクション!』
 互いに最強魔法を放つ。迸る光の奔流。光同士が食い合い、消滅していく。
「私と同じ威力か。短期間でよく力をつけたものだ。さあ、次はこれだ。防げるか?」
 エウレカは両手を高く掲げる。するとそこに、巨大な三叉の矛が生まれた。
「全てを貫く、魔法の矛。どう防げばいいか、お前ならば分かるだろう」
 全てを貫く矛。それを防げるのは、何物も通さない神の盾。
「アイギス!」
 リディアが魔法を展開する。
「そうだ。いくぞ、リディア──トライデント!」
 最強の盾と、最強の矛が衝突する。その強度は、お互いの魔法力に比例する。
 魔法力が劣った方が、負ける。
 矛が消滅し、盾もまた消えうせる。お互いの魔法力は互角。
「さあ、来い、リディア」
 エウレカがアイギスを展開する。
「いきます──トライデント!」
 一度見ただけでその魔法を使いこなすことができるリディアは、まさに『最強の術者』を継ぐに相応しい能力の持ち主。
 そして、リディアの矛が、エウレカの盾を完全に消滅させる。
「さすがだな、リディア。さあ次だ、防ぐことができるか?」
 エウレカは両手で印を組む。よほどの魔法が出てくるのは間違いない。
「カタストロフィ!」
 破滅の魔法。対象の生命活動を停止させる魔法。
 セルフィのジエンドと違って、明確に対象を絞り込める分、使い勝手がいい。だが、使用された方としては回避不能、防御不能の最強奥義。防ぐ手段はない──はずだ。
(大丈夫)
 魔法の発展は日進月歩。ジエンドの魔法を知ってから、リディアはその魔法の攻略方法を研究していた。
 この系列の魔法の特徴は、いかなる防御方法も不能にし、確実に生命活動を停止させる点にある。
 だからこの魔法を防ぐ方法は二つしかない。
 一つはこの魔法効力を発生させず、キャンセルしてしまうこと。
 もう一つは──先に自ら死んでしまうことだ。
「シシュポス!」
 瞬時に自分の生命活動を停止させる、仮死の法。カタストロフィの効力が過ぎ去ってから魔法効果を解く。
「自ら死んで、やり過ごしたというのか」
「エウレカ。今度はこちらの番です」
 いよいよだ。
 自分が成長したことを見てもらう、絶好の機会。
「私の魔法を、受け取ってください」
 今度は自分のフォール・ダウンがカオスに通じなかったことから研究した技。闇に対抗するのは光、堕天に対抗するのは──回心。
「メタノエイテ!」
 闇ではない。十二条の光の筋がエウレカに迫る。
「エイシスト!」
 その光の筋を中和するかのように、エウレカの体に触れる寸前に光が消え去っていく。だが、エウレカの顔には余裕がない。一筋、二筋と光が消えていく中で、最後の十二条目。それが、エウレカの体を貫いた。
「ぐっ!」
 致命傷ではない。だがそれは、リディアの魔法力が一瞬にせよエウレカを上回った、ということだ。
「エウレカ」
「……よくやったな、リディア」
 そこで戦闘終了となった。リディアは十分に力を見せた。これ以上はもう必要ない。
「まさかこれほど容易く敗れるとはな。カオスとの戦いを通じて成長したな、リディア」
「全ては、エウレカのおかげです」
「いや、私は手を貸したにすぎん。お前の力だ。誇るがいい。お前は名実、ともに最強の術者に相応しい」
 エウレカは自分の懐から赤いクリスタルを取り出してリディアに渡した。
「持っていくがいい。マスターの証だ」
「はい」
「ハオラーンを頼む。そして、世界に平和を」
「はい。確かに」
 受け取ったクリスタルは首飾りになっている。それをリディアは装備した。
「まだまだ私は若輩です。これからも助けてください」
「知識的なことならばいくらでも。だが、すぐにお前の力には及ばなくなるだろう。たいしたものだ」
「ありがとうございます」
 こうして、リディアはエウレカから全ての魔法を伝授された。






218.戦いの続き

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