そうして、このラビリンスの戦いも最後を迎える。
 地下へ下れば下るほど、徐々に高さが増していく空間、ラビリンス。
 最後に彼らを待つのは無論、このラビリンスを作り上げた張本人。

 半獣、ティナ。












PLUS.220

罪と罰と罪







true reason






 半獣の状態であるティナの姿は、体全体が普段の彼女よりも一回りも二回りも小さい。おそらくカインの胸くらいまでしかないだろう。そして腕も足も短く細くなっている。もっとも、失われた右腕だけは人間のときと同じようにまったく存在しない。
 そして体から緑白色の光を発している。それが半獣としてのティナの存在の証。迸る生命力が彼女の体に収まりきらず、体の外まであふれ出ている。
 あの様子では、ハオラーンに傷つけられた部分は全く問題ない。
 いや、逆に大きな問題がある。何しろその彼女は、その手に巨大なオメガウェポンを装備しているのだから。
 彼女の武器、オメガウェポンは装備者の体調と大きさが正比例する。心身共に健康である場合はその長さが最大に達する。長さはおよそ一メートルと二十センチほどで、ロングソードよりも若干長いくらいだ。それがティナにとって最も使いやすいサイズであるというのは間違いない。
 武器の力は誰もがよく分かっている。単純攻撃力だけで言うならば、たとえ竜の力を模しているとはいえスコールの地竜の爪やカインの天竜の牙よりも、オメガウェポンの方が上だ。現在のカインたちの中に、このオメガウェポンを上回るだけの武器は存在しない。
 それを体調万全のティナが使うのだから、正面から特攻しても撃退されるのがオチだ。
(戦うつもりか、ティナ)
 カインとしても戦いは避けられないものと思っていた。ずっと自分に尽くしてくれていたティナが戻ってこようとしないのは自分を避けているからだ。つまり、彼女を取り戻したければ、実力で彼女をねじふせるしかないのだ。それは最初から分かっていた。
「すまないが、ティナとの戦いは俺に任せてくれ」
 カインはここまで一緒に来てくれたメンバーに申し訳なさそうに言う。
「カインとティナのことだから、死ぬようなことはないと思うけど」
 リディアが少し困ったように顔をしかめる。
「ここまで来て見せ場がないのも残念だがな」
 スコールも和やかな様子で言う。だが、カインだけは二人とは様子が違った。
「いや、あいつは本気だ」
 カインは装備しなおした槍をしっかりと握って言う。
「手を抜くようなつもりはないが、最悪の場合は俺はあいつに殺される」
 さすがにその言葉に二人とも声が出なくなる。まさかいくら幻獣化しているとはいえ、ティナがカインを殺すようなことがあるだろうか。
「まあ、正確には殺されるという表現はおかしい」
 フォローするような言い方ではない。もっと不吉な何かがその言葉の中にある。
「心中する、と言った方がいいだろう」
 もう何も言うことがない。固まってしまった人間二人よりも、幻獣たちの方が衝撃がなかった。
「まあ、お主の思う通りにやってみるとよい。結局、幻獣というのは相手との信頼が全てじゃからのう。お主の気もちが伝わればあの娘の気持ちも折れるじゃろうて」
 アフラマズダが孫を見るかのような暖かい目で見つめる。
「同じ騎士として応援しよう。騎士は大切なもののために命を懸けるもの。汝の願いが叶えられんことを」
 アルゴが頷く。そして、
「もう少し、女心を分かってやれ」
 最後にアルテミスが言う。
「あの子は誰よりも不安になっているだけだ。不安を取り除けるのはお前しかいないだろう」
「ありがとう。必ず、彼女を連れて戻ってくる」
 マディンとの誓い。そして、自分の願い。
 全てをかけて、カインは今こそ、彼女に自分の気持ちを伝えなければならない。
 そうして彼女のもとへと歩む。
 十メートルほどの距離をおいて対峙する二人。
「ティナ」
 声をかける。だが、彼女は答えない。
「迎えに来た。行くぞ」
「行かぬ」
 だが、明確に彼女は拒否した。その声と表情に動揺はない。
「なら、力づくでも連れていく」
「力づくだと?」
 幻獣ともなると口調や態度まで変わるものなのか。そこに昔の彼女の優しげなものは何もない。
 ただ。
 意識だけが同じであると、本能が告げた。
「何でも力に任せればいいと思っているのか。そんなことだから『ティナ』と取り逃がす」
 オメガウェポンが高く掲げられる。浮遊するティナの体が一気に戦闘モードに入った。
「罪人よ。汝の真なる罪が何か、分かっているか」
「真なる罪?」
「そう。全てにおいて貴様の罪はただ一つ」
 オメガウェポンが煌く。
「愛する者を他に持ちながら、この私を求めたことだ!」
 瞬時に間合いを詰めたティナのオメガウェポンが鋭く振り切られる。身を引いてかわすが、続けて二撃、三撃と剣閃が疾る。
 ティナの攻撃は確かに鋭い。だが、かわせないことはない。
 何故ならば。
(視える)
 そう。
 この段階において、カインの能力はさらに高みを目指している。
(マディンとの戦いの中で手に入れたこの『先読み』の力)
 それが、ティナの攻撃を完全に回避できるという確信につながっている。
(剣筋が、変わる)
 回避した方向へ、オメガウェポンをまげてくる。ならば、
(先に、止める)
 カインは槍を使わずに右手で彼女の左腕を取って、その攻撃を封じ込める。
「くっ──貴様、この動きは」
 ティナの顔に動揺が生まれる。自分でも驚いている。だが、この力をもってすれば、確かにハオラーンとてうまく封じ込めることができる。
「俺のことなどどうでもいい」
 だが今はそのことを気にしている場合ではない。問題はティナだ。
「俺がお前を求めたことを罪というのならば」
 左手の槍を落とし、その左手で彼女の肩を握る。
「俺にはどのような罰が与えられることになる?」
「罰、だと?」
「そうだ。記憶を失う前の時点で、俺がお前よりローザを愛していたのはまぎれもない事実。だから、その罪を清算する。お前は俺に対して、罰を与える資格がある」
「よく言った。ならば、その体をもって罰とするがいい!」
 カインの拘束を力ずくで解いたティナは、左手のオメガウェポンを全力で振り切った。
(視える)
 この剣は確実に自分を右肩から左の腰へかけて両断するラインを取る。だがそれはあくまで、剣筋にすぎない。
(俺はパラディンだ。もはや未来を変える者ではない)
 そう。パラディンとなったカインにとって最初の壁は、自分自身だった。
 一度死に、蘇ることで竜騎士としての力を失った。
 だがそれは竜騎士から聖騎士──パラディンへのクラスチェンジを果たしたにすぎなかった。
 パラディンは守る者。自分の体を盾にして仲間を守るのがパラディン。
『聞こえる?』
 迫るオメガウェポン。だが、それとは全く別の声が、直接頭の中に響く。
『いつだって会える。そう、言ったよね』
(ああ、言ったな)
 回避もしない。防御もしない。
 カインはその斬撃を、その体で受け止めた。
「なんだと!?」
 全く微動だにしないカインの姿にティナが逆に驚く。
『さあ、唱えて。もうカイン、自分の力に気付いてる』
(ああ──ありがとう、エアリス)
 本当に、彼女がいなければ今頃自分は何度死んでいたことだろうか。
「──『星の守護』!」
 全ての攻撃を無力化する、エアリスのリミット技。その最大の防御技がティナのオメガウェポンをすら弾いていた。
「まさか、オメガウェポンの攻撃を弾くとは」
 ティナがあまりの事態に空中で静止する。
「無傷、というわけでもなかったがな」
 もっとも、その最強の防御技でもティナのオメガウェポンを完全に防ぐことはできなかった。確かにその剣体は完全に弾いた。だが、その武器から発せられる衝撃波までを完全には防ぎきれなかった。カインの技が甘かったのか、ティナの攻撃が予想以上だったのかは分からない。ただ、その衝撃波は確実にカインを切り裂いていた。肩から腰にかけて鎧が完全に分断され、彼の肉体に激しい裂傷を与える。
(防御陣を破り、鎧まで破壊されたか。死ななかったのが不思議なくらいだな)
 慣れない回復魔法を唱える。だが、自分の力が徐々に高まっているのは分かる。
 先読みの力に、エアリスの星の守護。
(そういうことか)
 だんだんと分かってくる。自分がこれから『何』になろうとしているのか。
(『だから』この先読みの力はカオス戦で最初に目覚めた、ということか……)
 だが繰り返すが、今は自分のことを考えている場合ではない。
 最優先は、彼女だ。
「これが俺に対する罰というのなら、何度でも受けよう」
 我慢比べをするというのならかまわない。自分は死なずに、彼女を受け止める自信がある。
「だが、お前を愛したことが罪だというのならば、お前の罪はどう償うつもりだ?」
「な、私の、罪、だと」
「そうだ」
 ほぼ傷口が癒えたことを確認して、カインは自分の目線と同じくらいのところに浮いている彼女に一歩近づく。
「私に何の罪があるというのだ」
「決まっている。ローザへの愛を上回るほどの愛情を俺に抱かせておきながら、俺を置いて逃げた罪だ」
「な……」
 揺らぐ。
 彼女の心の安定はここにきて初めて揺らいだ。
「そ、そんなことは、私の預かり知るところではない」
「お前は言ったな。俺に罪があるのならそれを半分背負うと。無論、俺がお前を好きになったのはそんな言葉が理由ではない。お前の純粋無垢な精神、その清らかな心に俺は惹かれたのだ。だが、俺はもうお前なしでは生きられなくなってしまったというのに、お前は俺から逃げ出した。この罪は重いぞ。何しろ、カオスを上回るほどの俺の負の感情が行き場を求めて彷徨っている。お前が俺を受け入れないというのなら、俺の感情は全ての世界を破壊することになるかもしれん」
「何を、馬鹿な」
「かつて俺は、自分の愛が報われないくらいならば他のあらゆるものを犠牲にしてもかまわないと思っていた。だが、今は違う」
 さらに近づく。ティナは怯むように後退する。
「もしお前を手に入れることができないというのなら、そのような世界が存在したところで俺にとっては何の価値もない。全てを滅ぼそう。ガーランドと同じように、愛する者を失った悲しみを、世界を破壊することで満たそう」
「馬鹿なっ! ならば貴様は何のために世界の滅亡を食い止めたというのだ!」
「そんなことは決まっている」
 カインの言葉にためらいはなかった。
「お前と生きるためだ」
「ふ……ふざけるな!」
「本気だ。俺の望みは一つしかない。お前が傍にいて、お前と共に生きること。それ以上に俺の望みはない。そうだ、ティナ。伝えるのが遅れてしまった。最初にこれを言えばよかったというのにな」
 カインも今さらながらに苦笑した。そして、手を伸ばす。指先が触れるかどうかくらいの位置に、彼女がいる。
「愛している。ローザ以上に。この真実を伝えるために、俺はここに来たのだ」
「嘘だ」
「嘘のはずがない。俺はお前に対して、真実以外を言ったことはない」
 揺らぐ。
 揺らめく。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だ!」
 触れようとしていた指先から離れ、幻獣の頭が激しく左右に揺れる。
「嘘だと、言え!」
 ティナがオメガウェポンを振りぬく。先読みの力を使うまでもない。動揺した剣でカインを切ることはできない。
「それは無理だ。俺は、お前に真実しか言っていない。それに、お前にももう分かっているのだろう、ティナ。俺が本当にお前を愛していることを。それなのに、何故拒む」
「嘘だ。貴様は私を愛してなどいない。愛されてなどいない。愛されるはずがない。愛されては──!」
 言いかけたティナが止まる。だが、その先に飲み込んだ言葉を『同類』であるカインは敏感に感じ取った。
「今、何を言おうとした」
 ガードすることすらせず、カインは近づく。
「近づくな!」
 魔法が放たれる。だが、そんなものが今のカインに通用するはずがない。
「愛されては、だと。その先に今、何を言おうとしたか当ててやろう、ティナ」
「言うな。それ以上言えば──」
「罪の上に罪を重ねる気か!」
 振り上げたオメガウェポンが止まる。まさに金縛りにあったかのように、ティナの体は完全に動きを止めた。
「愛されては『ならない』、だと? 何故自分を貶める必要がある」
「言うな。それ以上言うな。この娘は、ティナは、それを望んではいないのだぞ!」
「何故『人間の』ティナをかばう必要がある。お前たちは性格こそ違えど、同一の存在だろう」
 カインは怒りを覚えた。
 騙されたことに、ではない。
 自分が、信じられていなかったことに。
「俺がお前を嫌うとでも思っていたのか。いや、だからこそお前は俺を騙したのだな」
「違う──」
「何をもって違うというつもりだ。お前は俺を騙した。そう、お前が俺から離れたのは確かにローザのことがあったのだろう。だが、それは口実だ。お前の本心はまだ隠されている」
「違う、違う、違う!」
「もう一度問おう、ティナ──罪人よ」
 完全に硬直したティナは、何も答えることができなかった。
「お前の真の罪は何だ。お前が俺に隠さなければならないほどの罪とはいったい何だ、この場で懺悔してみせろ!」






221.罰と罪と罰

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