目を閉じれば、あの光景がすぐに蘇る。
 倒れる人々。どれくらいの人数だろうか。百はいない。でも、十や二十ではない。
 私は自分で考えていない。ただ言われるがままに動くだけ。
 頭の片隅で『何かがおかしい』とぼんやり思っている。でもそれはささいなこと。
 自分への命令こそが絶対。
 私への命令はただ一つ。
 この場にいる人間を、全てコロスこと。
 私は機械のように動く。いわれるがままに動く。
 自分の手足となって動くロボットは、次々に人間たちを打ち倒していく。
 何故こんなことをしているのかなど、分からない。
 それが命令だから従っているだけ。
 もう、何人コロシただろうか。
 あと二人。それで終わる。
「た、たった三分で、五十人が、全滅……」
 そのうちの一人が震えながら言って、武器を落とした。彼は私にかなわないのを悟った。
「馬鹿野郎! 抵抗しないと死ぬぞ!」
「何言ってやがる! 抵抗したって死ぬなら、命乞いした方がまだ望みはあるだろうが!」
 武器を落とした方の男が両手を上げて命乞いを始める。
「助けてくれ。俺はこんな死に方なんてしたくない。敵と戦って死ぬならいい。だが、味方の力試しで死ぬなんてごめんだ。俺には恋人がいる。再来月に結婚するんだ。助けてくれ。俺は、俺は死にたくない!」
 相手の事情など知らない。私はただコロスだけ。
 ただ胸が、チクリ、と痛む。
(かわいそうに)
 そんなことを思っても、口に出す自由はない。頭の中がぼんやりとして、自分の手足を動かすだけ。
「や、や、やめてくれ! ミアが、俺はミアと──!」
 魔道レーザーがその男を貫く。全身消し炭になって彼はシんだ。
「化け物」
 残った一人が剣を構えて言う。
「化け物が! 人としての尊厳も、理性も、誇りも、お前には何もない……」
 最後の一人は泣きながら訴える。そして私におそいかかってくる。
「化け物! 貴様には、人として与えられる幸せは永遠に来ないものと思え!」
 それがどうしたというのだろう。私はただ命令されているだけ。私に言われても仕方のないこと。
 ただ。
「がああああああああああああああああああっ!」
 最後の一人をコロシたとき、また胸が痛んだ。












PLUS.221

罰と罪と罰







I can't become happy






「うる、さい」
 明らかに動揺を見せたティナが、何かを振り払うかのように頭を大きく振った。
「貴様は、私の心を惑わせる」
 再びオメガウェポンを構えたティナだが、その様子がいつもと違う。
 違うのは、そのオメガウェポンの色。
「な、これは──」
「ほう、幻獣でもその心の色は隠せないのか」
 かつてカインがアルテマウェポンを握ったとき、その武器が発したのは光ではなかった。
 闇。
 カオスよりも深く昏い闇がそこに現出していた。
「お前も心の中に闇を持つ者だったか」
「黙れ」
「お前は言ったな、ティナ。俺の罪はお前が半分背負う、と」
 カインは一歩、足を踏み出す。
「ならば俺も言おう、ティナ。お前の罪は、俺が半分背負う」
「黙れ!」
 上段から鋭く振り下ろされるオメガウェポン──だが、それをカインは避けもしなかったし、また体に受けることもしなかった。
「カイン!」
 リディアの叫び。そして、見ていた全員の顔が驚愕に満ちた。
 カインは両方の掌を合わせて、その武器を受け止めていたのだ。
「し、白刃取り……」
 オメガウェポンのような実体のない武器でそれをするのは自殺行為だ。だが、カインにだけはそれが可能だ。何故ならば。
「お前の闇など、俺の闇に比べればたいしたことはない」
 カインの闇は、カオスの闇を上回るのだから。
「この武器はお前よりもむしろ、俺に相応しい」
 オメガウェポンはティナの手から離れ、そしてカインの手元に入る。瞬間、その形が闇色の槍に変わった。
「人としての精神力では使いこなすことができない神具。精神力だけは神の域に達した俺だからこそこの武器を使いこなすことができるが」
 カインはその槍を投げ捨てた。
「俺には天竜の牙があるからな」
 そしてカインは右手を掲げた。
「どこまでも強情な奴だな。お前は口では俺を否定しながら、行動は俺を求めている」
「な、何を」
「証拠を見せてやろう。お前は俺が迎えに来ることを期待していた、その証拠をな」
 すると、カインの右手に反応するかのように、ティナの体が淡いエメラルドグリーンの光を帯びていく。
「な、な、これは──」
「我が手に戻れ。空のクリスタル」
 ティナの胸からクリスタルが出てくる。
 空のクリスタル。カオス戦後、三つに分かれたクリスタルの一つ。それはカインではなく、ティナが保管していたのだ。
「お前は、俺がこれを取りに来ると期待していた」
 ティナに答えはない。下手なことを言っても逆効果であるのは彼女にも分かっているのだろう。
「だが、俺にとってはこんなものすらどうでもいい。カオスを倒した以上、クリスタルに価値はほとんどない。俺にとって一番の価値は、お前だけだ」
「近づくな」
「もう遅い」
 カインは幻獣ティナをその腕に抱く。二回りも小さい彼女はいつもと違って、自分の娘ででもあるかのようだった。
「お前の闇を、俺に教えてくれ」
 そして、重なる。
 ふたりの鼓動と、感情と、意識が共有される──






 カインは見た。
 コロシアム。闘技場にいる、魔道アーマーを来た人間ティナと、そのティナに虐殺された五十人の兵士たちを。ケフカという男がティナを操り、そうさせたのだということを。
「ひょひょひょひょ〜。たった三分で五十人を殲滅。すごすぎる〜!」
 ケフカはそれが自分の力であるかのような振る舞いを取る。いや、ケフカの命令でティナは動かされているのだ。この場合、ティナの力は全てケフカのものといってもいいだろう。
(何だ、この男は)
 命令で身動きが取れないティナの顎を、いやらしい手が触れる。
「この娘をうまく使えば、世界はこのガストラ帝国のもの……ひょひょひょひょ。もっともっと殺せ。世界がこのガストラの下にひざまずくまでな!」
 ティナを。
 俺のティナを、こんな俗物のいいようにされていた。
(これがお前の罪か)
 場面が切り替わる。
 ティナは命令されるがままに殺した。
 何度も殺した。
 何十人も殺した。
 何百人も殺した。
 剣で殺した。
 魔法で殺した。
 魔道アーマーで殺した。
 そして、そのたびに彼女の心に、針の傷みが重なっていく。
「……私は人殺しなのです、カイン」
 いつしか、カインの隣には人間の姿をしたティナがいた。
「私はたくさんの人を殺しました。婚約者がいるのだと、もうすぐ結婚なのだと泣いて命乞いをした人もいました。でも私はその全てを殺してきたのです」
 彼女は自分の体を、一本しかない左腕で抱きしめる。
「人は私を化け物と呼ぶようになりました。血も涙もない、冷徹な魔法戦士ティナ。確かに私は誰が死んでも泣きませんでした。私には感情がありませんでした。ただ、忌み嫌われていることが少しだけ悲しかった。私はどんな悪いことをしているのか、実感を覚えることすら許されていませんでした」
「それは──」
 お前のせいじゃない、と言おうとしてカインは思いとどまる。そんな言葉が彼女を救うことにはならない。
「分かっているのです。確かに人を殺したのは私の意識ではありません。ですが、人を殺してもあのときの私は抵抗するどころか、何とも思わなかった。それが悪いことなのだとどこかで思っていても、何も行動に移すことができなかった。自分の理性を封じ込められていたのは分かっています。でも、私が殺したことには違いありません」
 その体が震えだす。彼女の懺悔が終わるまで、カインは手を触れなかった。
「化け物と呼ばれました。私には人としての幸せなど手に入らないと言われました。それだけのことを私はしてきました。だから、カイン、あなたのような存在が現れたのは私にとっては何よりも幸福で、同時に、何よりも恐怖だった。だから思ったんです。記憶をなくしていくあなたの傍で、ああ、彼に忘れられてしまうのが私の罪なのかな、と」
「そんな」
「だから、カインの記憶が戻った途端、私はマラコーダに襲われたんですね」
 振り向いた彼女の顔には涙があふれていた。
「私はカインにふさわしくないから。エアリスのことで思い悩むカインを見て苛立って、エアリスに嫉妬して、そんな権利私にはないのに、分不相応な夢を見て。私じゃなくて、エアリスが傍にいればカインだってもっと幸せになれたのに。エアリスならカインの罪を全部赦してくれて、ずっとずっと幸せになれるはずだった。私には幸せになる権利なんかない。それだけのことを、もう、してしまったのだから」
「なら、尋ねよう」
 懺悔の終わったティナの肩を、カインは力強くおさえる。
「お前の言う、幸せ、とは何だ?」
「幸せ?」
「俺がお前を諦めてエアリスと結ばれていれば、俺は本当に幸せになれるのか?」
「当たり前でしょう」
「違うな。そんなものは俺にとって幸せでも何でもない。ただの今までと変わりない日常の続きにすぎない。俺が幸せを感じるのはローザ以上に愛情を感じられる相手、それが傍にいるときだけだ。もし幸せが与えられるのを赦されないのだとしたら、それは俺の方だろう。お前はただ巻き込まれたにすぎない」
「そんなことない。カインは充分、幸せになっていいんです。カオスを倒して、この世界を救ったのですから」
「それはお前も同じだ。誰か一人欠けても、あの戦いでカオスを倒すことはできなかった。それくらい分からないお前でもないだろう」
「それは──でも」
「だからお前に尋ねよう。ティナ。俺を幸せにしたいのか?」
 話が変わる。だがティナは強く、もちろん、と頷いた。
「俺は幸せになれない」
 ティナが口を挟もうとする。だが、その口を──カインはふさいだ。
 自らの口で。
 ティナはパニックになり、何も言うことも動くこともできない。そしてゆっくりと唇が離れる。
「俺は幸せになれない」
 もう一度、すぐ傍で囁く。
「お前が、いなければ」
「カイン……」
 また、彼女の目から涙が零れていく。
「お前の罪は俺が背負う。だから、お前は俺を幸せにするために、俺の傍にいろ。それが、お前の罪に対する罰だ」
 そう言うと、彼女は笑った。
「素敵な罰ですね」
「俺にとってもな」
 そうして二人はまた、唇を重ねた。






 気がつくと、周りには全員が集まっていた。
 上半身だけ起こす。隣にいた人間ティナも目を覚まし、起き上がってくる。
 何となく気恥ずかしさがあるが、それも一瞬のこと。
「よかった、ティナ」
 その彼女の肩をカインは強く抱いた。
「ちょ、ちょっと、カイン」
「もう離さないからな。覚悟をしておけ」
「ま、待ってください。みんなが見てるから」
 ティナはもう顔を上げられない。さすがに衆人環視の下で抱きしめられるのは恥ずかしい。さすがに嫌がるものを無理矢理というのも気分がよくない。カインは彼女を離すと立ち上がった。
「おつかれ、カイン。よかったね」
 リディアが笑顔で言う。
「ああ。ようやく取り戻した」
「よかったね。本当に、よかった」
 リディアが涙目で言う。
 彼の今までの苦悩はエアリスやティナよりもリディアが一番よく分かっている。数ヶ月前まではまだ全てに絶望をしていた彼が、さまざまな経験を通して、ようやく誰よりも大切な人を手に入れた。これほど嬉しいことはない。
 自分だって、ずっとカインのことを見守り続けてきたのだから。
「今まで心配をかけさせてすまなかった」
「いいよ、もう。ティナと幸せにね」
 それに今では自分もカインと心が通じ合っている。お互い信頼し、命を預けられる相手になっている。カインとはずっと、そうなりたかった。だから今は素直に相手の幸せを祝福できる。
「ティナも、お帰りなさい」
 リディアに言われると、ティナは小さく頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
「気にしないで。いきさつは聞いてるし、もとはといえば悪いのはカインの方なんだし」
「おい」
 スコールもそれについては同感だったが、あえて口にはしなかった。飛び火されるのを恐れたのかもしれない。
「ならば、このラビリンスを出るとしようか」
 再会の一時が終わるとアフラマズダがその場を取り仕切る。
「お前さんたちはまだ終わりじゃない。これから最後の戦いが待っておるのじゃろ」
「ああ」
 カインは頷く。
 ハオラーン。古き神。世界の破滅を願う者。
「世話になった。アフラマズダ、アルゴ、アルテミス。お前たちがいてくれなければティナを取り戻すことはできなかった」
「ふむ」
 少年の面影を残しているアルテミスがカインを見て頷く。
「やはりいい男だな。ティナ、お前は男を見る目がある。捨てられないように心がけるがいい」
「はい」
「俺がティナを見捨てる日が来るとは思えないが……」
 苦笑しながらカインが答える。
「それに俺はティナを守る。それが俺の使命でもあるからな」
「なるほど。己が宿命を既に心得たか。ならば行くがいい、月へ。そこでお前の運命は明確に分かるだろう」
 頷くと、四人は再び戦いの場へと戻っていく。
 この世界で行うべき全てのことは終わった。
 後は、そう。
(月だ)
 いよいよ、最終決戦のときが、近づいてきた。






222.守護者

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