守りたい。
 その気持ちの芽生えは、本当に些細なこと。

 この、隣にいる少女が笑顔をなくして悲しそうにしたこと。ただそれだけ。

 二度とそんな顔はさせない。
 ただ、彼女の笑顔を守りたい。

 だから俺は、守護者になる。












PLUS.222

守護者







My name is proof of the contract






 そうして戻ってきたカインたちを待ち構えていたのは、ブルー重体という事実だった。
 四人は大統領の部屋に戻ってきていたが、そこにいたラグナとエルオーネが暗い表情で悩んでいた。ただ事ではないのを悟った四人が尋ねると、これまでの経過が伝えられた。
 カインたちが幻獣界に行ってすぐ、エスタは再度襲撃を受けた。もちろん相手はマラコーダではない。もう一方のラスボス、ハオラーン直々の襲撃だった。
 エスタ市民にガーデンの生徒。罪のない人々がハオラーンの手で殺されていく。詩人の服装をした殺戮者が次々に生命を奪っていく。
 そのハオラーンに立ち向かったのがブルーとアセルスだった。現時点で戦力になるメンバーは多く残っているわけではない。セルフィとレノ、アリキーノ、ユリアン、モニカらの協力もあおいだが、あっという間に駆逐された。全員が倒れたところに最後、立ちはだかったのがブルーだった。
 彼の魔法力は既に尽きていた。必殺のレミニッセンスを放ったが通じなかった。全ての魔法力を注いでも倒せなかったのだ。
 ごめん、と後ろで倒れていたアセルスに一言呟くと、彼は無謀にも突撃をはかった。
 否、彼には勝算があった。少なくとも勝つことができない、不可能なことを彼が考えて実行するはずがない。レミニッセンスと双璧をなすもう一つの魔法。自らの生命を触媒とし、全生命力をかけて放つ朧なる記憶の魔法。
 リコレクション。
 その魔法は確かにハオラーンに直撃したはずだった。だが、その直撃をハオラーンは耐え切った。もっとも、そのハオラーンの姿は半身が崩れ落ち、逃げ帰るのが精一杯というものだったが。
 ブルーは、自らの命をもって仲間たちの命を守りぬいたのだ。
「残された者のことを考えているのか!」
 スコールが壁を殴りつける。この若い青年は誰よりも『死』に対して敏感だ。精神的な脆さを常に抱えている。
「ブルーはどこに」
「今は医務室だ。アセルスがつきっきりだ。時間の問題だそうだ」
 ラグナも声に元気がない。どんな時でも元気だけがとりえの男だというのに、さすがに定められた死の前でまでその力を発揮することはできないらしい。
「すぐに行く」
「だが」
「いや、まだ死んでないのなら可能性はある」
 カインは落ち着いた声で言う。そう。今の自分なら、死者を蘇らせることはできないとしても、まだ死んでいないものを守ることはできる。
「急ぐぞ。ティナ、リディア、スコール」
 カインが駆け足で医務室に向かう。三人ともそれに続いて駆け出す。
 ブルーを助ける。今の自分にはできる。
 自分はもう、目覚めた。
 カインは自分の存在が『何』になっているのかを既に理解していた。あとはこれからどうするのかをブルーと打ち合わせるだけだった。
 ブルーがいなければ、自分たちは全く行動できなくなる。このパーティにとって最も不可欠な軍師を欠くわけにはいかない。
「アセルス」
 カインが医務室に飛び込むと、泣きはらした目でアセルスが振り返る。
「カイン。ブルーが」
「分かっている。まだ死んでいないのなら、俺に任せてくれないか」
 その言葉に、動揺していた彼女の顔が和らぐ。
「……助かるの?」
 おそるおそる尋ねる。
「分からない。だが、このままでも変わらないのなら、試せるものはすべて試してみた方が後悔しなくていい」
 一刻を争う。アセルスの気もちは分からないでもないが、カインはすぐにブルーの枕元へ行く。
 真っ白な顔だった。息があるのが不思議なくらい、その体は活動している素振りを見せなかった。全生命力をかけた魔法。そんなものを使ったこの男を、目が覚めたら一度全力で殴らないといけない。
(少なくともお前はアセルスを泣かせ、スコールや俺たちを苦しめた)
 マラコーダ戦の前。会話はほとんどなくとも三人で飲み交わしたあの時、自分たちは何か同じ運命を共有したように思えた。
(お前だけが勝手に一人いなくなるのは絶対に許さない)
 カインは自分の右手を強く握る。血管が浮き上がり、握った拳の中から血がしたたり落ちる。
「カイン」
 リディアが声をかけようとする。だが、カインは既に集中してその声すら聞こえないようだった。
 そのときだ。
(あれは)
 そのカインの背に、確かに見えた。茶色のツイストの髪。後姿だから確認はできないが、あれは間違いなく──
「エアリス」
 呻くように呟いたのはティナ。あとは誰も何も言うことができない。
(お前の力を貸してくれ、エアリス)
 それは既に自分の力なのかもしれない。だが、この力は間違いなく彼女の、エアリスの残してくれた力なのだ。だから使うたびに彼女にそれを感謝しなければならない。
「ブルー。お前は死ぬにはまだ早い存在だ。戻って来い!」
 そして、部屋中が淡いエメラルドグリーンの光に染め上げられる。
「大いなる福音!」
 星の声が、部屋の中を通り過ぎる。
 そして、その光がすべて消え去った後。
「……今のは」
 彼らには分かっていた。マラコーダ戦で、そしてサタン戦で自分たちを守った淡いエメラルドグリーンの光。あれは、エアリスのリミット技。その寿命を縮めながらも仲間の命を守った奥義。
「ブルー」
 アセルスが彼の体にすがりつく。
「ブルー。ブルー……大丈夫、かい?」
 おそるおそる、その頬に触れる。すると、彼の目がゆっくりと開く。
「……ああ、おはよう、アセルス」
 呆けた声が聞こえた。感極まったかのようにアセルスは声を上げてしがみつく。
 カインは一つ息をつくと、二人だけにしようと視線で三人に告げる。そして四人は医務室を出た。
「もう、大丈夫なんだね」
 廊下に戻ってリディアが尋ねる。ああ、とカインは小さく答えた。
「今の力は、マラコーダとの戦いのときも起こっていたが、あれはあんたの力なのか?」
「見たなら分かるだろう。俺の力でもあるし、そういうわけでもない。あれはエアリスが俺に残した力だ」
 やはり、と三人とも頷く。あそこまではっきりとした映像があるのだから間違いはないと思っていたが。
「どうしてエアリスの力を?」
「俺もはっきりとしたことは分からないが、はっきりと分かっているのは、俺をこの世界に呼んだのはエアリスだということだ」
「エアリスが?」
「ああ。もともと俺は代表者でも何でもない。変革者として世界の運命を変えるために必要な人材ではあったんだろうが、それをエアリスがうまく誘導してこの世界へ導いてくれたようだ。それも、俺の罪を救い、さらには自分の力を俺に託すようなことまでしてな」
「エアリスの力?」
「ああ。前にも一度問題になったことがあっただろう。エアリスは何故死んでも代表者として蘇ったのか。何故新しい代表者が生まれなかったのか」
「あ、うん。そういえば」
「それは俺を救うためだとかいう感じだったが、それが本質ではない。エアリスはもともとその身に別の使命を帯びていた」
 今のカインにはそれが分かっている。そして今の自分にその資格があるということも。
「つまり」
 後を続けたのはカインではなかった。
 扉が開いて話に参加してきたのはブルーだった。
「エアリスの使命は君が受け継いだ、ということだね」
 さすがは大いなる福音。さっきまで瀕死だったブルーは既に完全回復し、自在に動けるまで回復していた。
「そうだが、ブルー」
 カインは表情を変えてブルーを睨む。
「なんだい」
 するとカインは有無を言わさず、一発全力で殴りつけた。突然の行動に誰もが目を丸くする。
「俺やスコール、他の連中を心配させた分だ。お前がハオラーンとの戦いに何をしたかは聞いている。二度と自分を犠牲にするなどという行動をするな。これは命令だ」
「……ああ、分かった。ちょっと痛すぎるけど、これくらいやってくれないと僕も理解できなかったと思うよ。すまないね」
「お前の行動はアセルスを泣かせ、俺たちを困らせた。あのラグナですら意気消沈するくらいだったんだ。ハオラーンがうまく撤退したから良かったようなものの、それで倒せなければどうするつもりだったんだ?」
「反省してるよ。アセルスにもさっき噛みつかれた」
 もっともブルーがそういう行動に出た理由の一旦はカインたちにある。自分たち四人がここに残ってさえいれば、ブルーが特攻することもなかったのだ。
「というわけでスコール。今の一発でお前の怒りもチャラにしておいてくれ」
 突然話を振られたスコールだったが、憮然とした表情で「了解」と答えた。
「だが、俺より多分もっと怒ってる奴がいると思う」
 スコールの言葉に全員が疑問符を浮かべる。
「目の前でそんなことをされたら、セルフィがおそらく黙っていないだろう」
 そういえばこの場に彼女がいない。セルフィのことだから烈火のごとく怒り狂っていることだろう。それは間違いなく矛先がブルーに向かうはずだ。
「覚悟しておくよ。それより、今の話をもう少ししておきたい。僕も体力が完全というわけでもないし、立ち話もなんだから中で話そう」
 ブルーが全員を医務室の中に呼び戻す。そして六人掛けのテーブルについて緊急の作戦会議が始まった。
「今回のハオラーンの襲撃、そしてカインのレベルアップでようやく全ての謎が一つにつながったよ」
 ブルーの明晰な頭脳はこれまでの全ての問題に対する解を見つけ出したようだった。
「ハオラーンの狙いは二つ。ラグナロクと、僕だ」
 ブルーの言葉にアセルスが跳ねるように驚く。
「どうして」
「ハオラーンは、本拠地である月に僕たちを来させたくないんだ。だからラグナロクを破壊してしまおうと考えた。ついでに、この世界を救うただ一つの方法、それを見つけてほしくなかったんだろうね。僕はその秘密に一番近いところにいた。だから狙われた。ハオラーンははっきりと言ったよ。お前だけでも殺しておけば充分だ、ってね。まあ、ハオラーンが僕を殺したとしても、カインはどうやらそれに自力で気付いてるみたいだけど」
「というより、俺自身が一番気付きやすい条件を備えていただけのことだろう。傍から気付いたお前の分析力は異常だ」
「これだけが取り柄だからね。つまり、こういうことだよ。カオスと戦うとき、僕たちは未来を変えなければいけなかった。変革者が必要だった。でも、今度は違う。世界を破壊しようとするものから守らなければいけない。守護者が必要なんだ」
「それは分かっている。そして守護者は魔女と同じように受け継がれる存在であるということも聞いた」
 スコールが続けるが、ブルーはそれに対して答える。
「そう。そしてここに、既に守護者の資格を手にした者がいる」
 一同が驚く。が、カインだけが表情を変えずにいた。
 ブルーと視線が合う。
「そうなんだろう、カイン?」
「そのようだ」
 カインの返事にさらに全員の表情が変わる。あまりの事実にアセルスなどは腰を浮かせ気味だ。
「か、カインが、守護者?」
 ティナが隣に座るカインを見る。
「おそらく。ブルーも俺と同じ結論に達していたということは、ほぼ間違いないと見ていいだろう。おそらくハオラーンがブルーを狙ったのは、そのことにブルーが気付く可能性があると見越したからなのだろう」
「その件で情報収集を担当していたのも僕だったしね。カインが資格を持っているのなら話は早い。あとは月にある『力の源』に行くだけで君は完全な守護者となり、ハオラーンを倒す『最後の力』が手に入るはずだ」
「先に聞かせてもらおうか」
 カインが一度話を切って尋ねる。
「どうして俺を守護者だと判断した?」
「まず、ハオラーンがラグナロクを破壊しようとしていたのは、以前に襲い掛かってきた邪龍のことを考えても明白だった。じゃあどうしてラグナロクの破壊にこだわったのか。それは僕たちを月に行かせないためだ。つまり、僕たちが月に行くことはハオラーンにとって都合が悪いということだ。だったら後は逆算すればいい。ハオラーンの弱点は何か? 答え、守護者。では守護者はどうすればなれるのか? 答え、その資格を持つ者が月にある『力の源』と接触すること。つまり、僕たちの中に守護者の資格を持つ者がいるからこそ、ハオラーンは僕たちを月に来させないようにしたということだよ」
「それが俺だと判断したのは?」
「マラコーダ戦で『大いなる福音』を見たとき。あれはパラディンとなった君が使えるレベルのものじゃない。全てのものを守ることができる力。『守護者』が持つ力に相応しいと思ったからだよ。それが答えでいいかい?」
「ああ」
 確かにブルーほどの頭脳であれば、パーツを結ぶだけでそうした答えは簡単に出せるものなのだろう。大した人物だ。
「逆に僕から聞きたい。カイン。君はいったいいつ、どこで、その『資格』を手にしたんだい? その辺りを教えてもらえるとありがたいんだけど」
「カオス戦の直前だ」
 既にその答は自分の中でも分かっていた。ヒントはマディンからもらっていた。
「カオス戦で守護者としての力が目覚めた。となれば当然、守護者の資格を手に入れたのはその直前だ」
「直前──僕らが別行動になったときか」
 暗黒神殿のことを思い出す。あのとき、先行して入ったミルファを追いかけるようにしてカインは神殿に入った。そして彼だけがはぐれ、別行動となった。その後カインは記憶を失い、ミルファも風に溶けて消えた。そのときのカインの行動を知る者は誰もいなかった。
「あの別行動をしていたとき、俺はある人物と一騎打ちを行った。カオスの負のエネルギーの中で一万年の間を消滅することなく生きつづけていた『守護者』リックという男だ」
「その男を倒して、守護者の資格を手に入れたというわけか」
 誰もその情報をおさえていないのだから、ブルーがそれを知っているはずはない。だがこうして情報はそろった。どうやらカインが守護者で間違いはないらしい。
「状況はすべて把握した。じゃあ、あとは」
 ブルーが締めに入る。カインも頷く。
「ああ。月に行って完全な守護者になる。そしてハオラーンを倒せば、全ての戦いは終わりだ」






223.束の間の休息

もどる