まず顔面に一撃。それから胸を三回殴られた後、腕を取られて床に投げつけられる。そして馬乗りになりマウントポジションから一、ニ、三回。既にこの時点で意識がなくなりかけていたが、彼女の猛攻はそれで終わらなかった。最後に、彼女の目から零れた涙が、彼の頬に落ちた。
「残された方の身になってよね……!」
 そのままブルーの胸の中でしゃくりあげる彼女を、ブルーは体が痛んだがそれでも頭を優しく撫でる。既にカインからの一撃でよく分かってはいたのだが、これだけ強烈なものをくらえば二度とあの魔法を使いたくなくなるのは当然だ。
「ごめん。もう、二度としない」
「もし約束破ったら許さへんから」
「どうするの? もしそうなったら僕はもう死んでるけど」
「ジエンドでアセルス殺す」
 さすがにその発言にはブルーも固まった。これでは人質を取られているようなものだ。
「アセルスを助けたかったら、自分から死ぬのは絶対ダメ」
「よく分かった。アセルスを君から守るためにも、あの魔法は封印するよ」
 もっとも、以前に一度使ったときも二度とあの魔法は使わないと決めていたはずだった。
「分かったらええよ。ブルーは約束を破らないって信じてるから」
「ああ」
「アセルスのためにも、先に死ぬようなことだけはやめて。お願い」
 置いていかれたセルフィのことを思えば、確かに軽率な行動だったと反省する。この少女はセフィロスを失っているのだから。
「約束する」
「ありがと」
 するとセルフィはブルーの上から降りて離れる。それから背を向けて言った。
「本当は、言うつもりなかったんやけど」
 セルフィの背中だけがブルーに映る。その表情がどうなっているのかは分からない。
「助けてくれたことには感謝してる。ありがと」
「……分かった」
 何が分かったのか自分でも分かっていないのだが、それでも何か言わなければいけないという彼女の気持ちは分かった。きっと彼女も感謝の気持ちを持ち合わせてはいないだろう。それでも実際に助かったことに対して相手を責めることしかできず、どうしていいのか分からないでいる。
「はよ医務室戻った方がええよ。でないと痛み出すと思うから」
 既に痛んでいるのだが、口ごたえはしない。そのまま彼女の姿が消えてから体を起こす。
「つつ……容赦ないな、セルフィは」
 立って歩くのも辛かったが、このまま倒れているわけにもいかない。痛む体をこらえてブルーは何とか医務室まで戻ろうとした。












PLUS.224

もしも死んだら







If he is dead






 正直、セルフィは戸惑っていた。
 ブルーを許せないという気持ちと同時にわきあがってくるもう一つの思い。自分を置いていってしまった彼に対する想い。欲しい。欲しい。欲しい。彼が欲しい。彼に会いたい。ブルーが目の前からいなくなったとき、思い浮かべたのはただ銀色の妖精のことだけだった。
「セルフィ」
 通路を早足で歩いていた彼女を呼び止めたのは、もはや唯一と言ってもいい魔女戦を生き抜いた仲間、スコールだった。
「あ、はんちょ」
「制裁は終わったのか?」
「なにそれ〜。ちょ〜っと話があっただけだよ?」
 さきほどの氷の仮面はどこへ行ったのか、今のセルフィはすっかりいつもの通りだった。先ほどのトラウマなのか、リディアはスコールの後ろに隠れる格好になっている。
「話がある」
「へ〜、はんちょからなんて珍しいね〜。どしたの?」
「セフィロスに会える」
 その言葉は、たった今回復していた笑顔を再び凍りつかせることに成功した。
「と言ったら、お前はどうする」
「もちろん、決まってる」
 すっかりセルフィの表情は真剣そのものだ。
「会いにいくよ。何があっても」
「会えないかもしれない。そのために一生を棒に振るかもしれない。それでもか?」
「うん。アタシにとってセフィロスは、何よりも大切な人だから」
 迷いはない。それなら問題はない。スコールも頷いて続けた。
「お前の方がよく分かっていると思うが、セフィロスはガーディアンフォースになった」
「うん。今もジャンクションしてるよ。話はできないし、呼び出すこともできない。ただ力をもらっているだけなんだけど」
「幻獣界でもセフィロスは自分の姿を実体化できないでいる。だが、ティナが作り上げていたラビリンスの中でだけは元の姿を取り戻すことができていた」
「それって」
 セルフィが歯を食いしばった。
「セフィロスに会ったの?」
「会った」
 このとき。
 セルフィがスコールに感じたのは何でもない。
 ただの、憎しみだった。
「ずるいっ!」
「そう言われても困る。俺だって会いたくて会ったわけじゃない」
「それでも!」
「そう言われると思ったから、最低限のことは伝えてきた」
 ふえ? とセルフィの表情がころころと変わっていく。
「セルフィはセフィロスのことしか考えていない。会える可能性があるのなら必ず会いに行くだろう、と」
「もちろん」
「だがセフィロスは断った。会える可能性がほとんどないのだから、無駄なことをさせるなと」
「でもスコールは会ったんでしょ〜!」
「だから説得した。セフィロスもお前に会えるのを待つことにしたそうだ」
 大きな目がますます丸くなる。
「セフィロスを? 説得? はんちょが?」
「……なんだその、ありえないものを見たという目は」
「だって、ありえないです〜。ど〜してそんなことができたの?」
「要するに、セフィロスはお前が一人で幻獣界にいても仕方がないと考えたんだろう。誰も傍にいない、ただセフィロスだけを探す旅。会える可能性すらない。そんな果てのない旅を一人で続けさせるのがしのびないと思っていたんだ。だから、俺とリディアが手伝うことにした」
「は?」
 次から次へと明かされる事実に、セルフィの方がついていけなくなる。
「リディアは幻獣界の娘。俺も向こうにいくらか知り合いもできたし、相棒のグリーヴァもいるしな。お前が一人で探し回るよりずっと効率的だろう。それに、仲間がいれば寂しくもない」
「はんちょ……」
「リディアは既に了承済みだ。お前が、俺たちが一緒に来るのを認めてくれるのなら、セフィロス探しの旅に俺たちもつきあう。というか、無理にでもついていくつもりだがな」
「どうして?」
「どうして……と言われても」
 そこで言葉がつまる。後ろでふふっとリディアが笑った。
「スコールは、セフィロスさんにこう言ったんです」
「リディア!」
 だが叱責されてもリディアも止まらない。困っているスコールを見ているのはちょっと楽しい。
「セフィロスさんも仲間だって。カオスを一緒に倒した仲間なんだから、仲間のために協力するのは当然だって」
 そこまでは言ってない、と答えたかったがそれが照れ隠しであるのは自分にも分かる。ぶすっとしてセルフィから視線を逸らす。
「はんちょ」
 だがセルフィはスコールを逃がさなかった。後ろにリディアがいるのが分かっていたが、えいっ、とそのスコールの胸に飛び込んで抱きつく。
「ありがと、はんちょ」
「……仲間だからな」
 長い旅の中で、失いたくないと思った仲間たち。
 まだセフィロスに対してそう思うことはできないかもしれないが、それでも仲間のセルフィが喜んでくれるのなら、自分も二人のために何かしたいと思う。
「リノアのことは、もういいの?」
「ああ」
 そのことならとっくに話は終わっている。けじめもつけた。セフィロスに対するわだかまりはない。
「じゃ、この戦いが終わったら幻獣界?」
「ああ。この戦いはもう次が最後だろう。それが終われば、三人で探しに行こう」
「いいの、リディア?」
「もちろん」
 リディアは笑ってセルフィの手を取る。
「セルフィさんにも幸せになってほしいですから」
「む〜」
 今度はリディアに抱きつく。
「ありがと」
「その言葉は、無事にセフィロスさんを見つけることができたときに聞かせてください」
「うん」






「やれやれ、ひどい目にあったよ」
 なんとか医務室まで戻ってきたブルーは椅子に座りながらアセルスから応急手当を受ける。ぎこちない動作だが、ブルーを労わろうとする気もちが伝わってくれるのが嬉しい。
「まあ、これにこりて二度とあの魔法だけは使うんじゃないよ」
「分かってる。おそろしい約束までさせられたからね」
 さすがにアセルスを人質に取られては手の出しようがない。もっとも、こういう人質ならばおおいに歓迎なのだが。
「もうすぐなんだね」
 アセルスの手が止まる。その手を取ってブルーも頷く。
「ああ。ディオニュソスとの戦いは近い」
「ブルー……」
「僕らの仲間たちはきっとそのために全力を尽くしてくれるんだろう。だが、分かっているな、アセルス」
「もちろん」
 何を言われているのか分からないアセルスではない。
「捕らえることができない状況なら諦める。これが最後のチャンスってわけでもないからね」
「うん。今回の戦いは世界の命運が決まる大事な戦いだ。そんなところに僕らの問題を乗せていいわけがない」
 仲間たちは確かに言ってくれるだろう。ディオニュソスを捕らえてアセルスを人間に戻すと。だが、自分たちはそこまでディオニュソスだけにこだわってはいない。朱雀が駄目でもディオニュソスがいた。ディオニュソスが駄目なら別の存在がまたいるだろう。何もこの場で必ずアセルスが人間に戻らなければならないという理由はない。
「運が良ければ程度にしか考えてないよ、最初から」
「うん。僕がもう少し気をきかせていればよかったんだ。君にも期待を持たせることになってしまって本当に申し訳ないと思っている」
「気にするなよ。ブルーらしくない」
 空いている手を頭の上にぽんと置く。
「アタシはアンタと一緒にいられるだけで充分さ。ただ、アタシはこの姿のまま年を取らないから、もし人間に戻れたとしてもあんまり年が離れてるのもイヤだな。できるだけ早くには戻りたい」
「もちろん、できるだけ早くに戻ってもらうさ。この半年で二体。ペース的には早い方だしね。オルロワージュを捕らえた後、いったい何年かかるだろうって本気で思ったものだけど」
「そうか。もう半年になるんだ……」
 オルロワージュを倒して半年。この戦いを始めて半年。
「アンタは勝手にこっちの世界に来たんだったよね」
「正直、こんなに長くなるとは思ってなかったんだよ。ごめん」
「大変だったんだよな。ヴァジュイールから話を聞いて、無理に世界をつなげてもらってようやくこっちの世界に来てみればアンタはルージュと真剣勝負の真っ最中で手が出せないし、あやうく死にかけてるし」
 何も返事ができない。確かにアセルスを待たせておいて勝手に死ぬのでは文句を言われても仕方がない。
「なあ、ブルー。アタシさ、アンタが一緒に戦ってくれるって言ってくれて本当に嬉しかったんだよ。みんないなくなって一人で残って、でもアンタもルージュとの戦いが終わったらアタシのことを捨てて行くんだと思っていた。でも、アンタだけが一緒に来てくれるって言ってくれた。アタシはアンタに救われたんだ。だから、アタシを置いて一人でどこかに行くのだけはやめてくれ」
「アセルス」
「一人で別の世界に行かれたとき、やっぱり捨てられたのかって思った。ブルーがそんなことを思っていないことは分かってたし、理解もした。でも、やっぱり駄目なんだ。アタシ、ブルーがいないと」
 アセルスの腕が彼の体を包む。怪我が痛まないように、優しく触れるくらいに。
「アタシを守って死ぬのもダメだよ。そんなことをして置いていかれたら、アタシ、本当にどうしていいか分からなくなる」
「僕はどこにも行かないよ、絶対に」
 ブルーが自分の手をアセルスの腕に重ねた。
「だいたい、順番が違う。アセルスは僕に救われたというけど、先に救われたのは僕の方だ。双子と殺しあう運命を全員が否定したとき、アセルスだけが僕を認めてくれた。あれがどれだけ僕を助けてくれたか。だから僕はアセルスことだけは最優先でいつも考えている」
「だったら」
 ブルーの言葉を遮ってアセルスが震える声で言う。
「いなくなるのは、絶対にナシだ」
「分かった。ごめん」
「うん。次にやったら許さない」
 なんだかセルフィにも同じことを言われたな、と思い返す。
「もしそうなったら僕は死んでるけど」
「アタシを守るために自分が死ぬっていうんだったら無駄だよ」
 アセルスははっきりと言った。
「アタシ、必ずアンタの後を追うから」
 それは、奇しくもセルフィの言ったことと全く同じ内容だった。
「ああ。絶対にそんなことにはならないようにするよ」
「絶対に」
「絶対に」
 アセルスの体温を感じながら、ブルーは「女って怖いな」と頭の中で考えていた。






225.本当に大切なもの

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