私はどれほど、この日を待ち望んだことでしょう。
 あなたに会いたかった。
 あなたに会うためだけにここにいた。

 そんな私の気持ちに、あなたは気づいてなどくれないのに。

 馬鹿みたい。












PLUS.228

魔女の庭







magic garden






 そこに立っていたのはまぎれもなく最初の魔女ハイン。そして、誰もが見間違えることのない、リノアの姿。
 いや、ただ一人、彼女と実際に会っている者がいる。
「ジュリアか? 元気そうだなあ」
 このシリアスな雰囲気を唐突に和やかなものに変えたのは予想通りの男。
「久しぶりね、ラグナ」
「やっぱりジュリアかあ。あいかわらず美人だぜ」
「ふふ、ありがとう」
 セルフィは二人の顔を見比べる。彼女はラグナとジュリアがバーで会ったところを見ている。ただ、キロスに憑いていた彼女には二人が個室に行ってからどんな会話をしたのかは知らない。
(はんちょに聞いとけばよかったかな)
 もっともスコールとてそんなことを細部まで覚えているはずがない。
「ここがお前さんの家か? 随分と豪華じゃねえか」
「ありがとう。庭が自慢なのよ。いつかあなたが来てくれると思ったから、そのために準備をしていたの」
「俺が?」
「ええ、あなたが。まあ、あなた自身は何も気づいていないんでしょうけど、ここにいる全員の力を束ねているのはあなたの力なのよ」
 指導者として、彼の元に人が集まる。確かにこれまで行動してきたのはカインやスコール、ブルーたちだ。だが、彼らをうまく動かし、支えながら全体の動きを統率してきたのはやはりラグナなのだ。
「その意見については反論はないね」
 ブルーも頷く。
「ああ。だが、今はそんな話をしている場合ではない」
 カインが一歩前に歩み出る。
「なにかしら?」
「真実を知りたい。お前やハオラーンが知っていること、そして俺たち自身のことも」
「そうね。ここまで来てくれたご褒美に、少しくらい話をしてもいいでしょう。でも、立ち話には長くなるかもしれないわね。こちらへいらっしゃい」
 そしてジュリアは紅い絨毯の階段を上がっていく。
「じゃ、行こうか」
 セルフィが先頭に立って歩き、ラグナがそれに続く。
 だが、少しの間、カインとブルー、それにティナは立ち止まっていた。
「どしたの?」
「いや、なんでもない。セルフィとラグナは平気なんだな」
「?」
 カインの言葉にブルーが説明を付け足す。
「魔女の力だよ。正直、面と向かって立っているだけで震えが走った」
「魔女の力って、恐怖、ってやつ?」
「ああ。普通に話せたのが不思議なくらいだ」
「私は声も出ませんでした」
 カインとティナが感想を述べる。
「あたしは何も感じなかったけど?」
「それは君も魔女の力を持っているからだろうね」
「ふ〜ん。ま、あんな綺麗な人を怖がらなくていいのはよかったけど。でも、ラグナ様は?」
「俺はまあ、ジュリアとは知り合いだからな」
「そういう問題じゃない」
 ぴしゃり、とブルーがすぐに言葉をさえぎった。
「おそらくはそれも指導者の力の一部なんだと思う」
「ふ〜ん。でもジュリアがガルバディアにいたころは、みんなジュリアに首ったけだったぜ」
「そのジュリアを口説いた人はあなた以外にいましたか?」
「へ? うーん……」
 ラグナは考えるが、確かに上級将校もただジュリアを見ているだけで近づくことはしなかった。
「あ、そういえば」
 セルフィが思い出したように言う。
「ラグナ様がピアノを弾いているジュリアに近づいていったとき、キロさんとウォーさんが話してたのを思い出したんだけど」
「なんだ?」
「よくあんな度胸があるものだ、って。それに、ジュリアが席に来たときも、キロさんとウォーさん、席譲ったよね? てっきりラグナ様のために避けたものと思ってたけど」
「魔女の力に怯えたってことか。それも、本人たちはそれを意識しているわけではなく、ラグナのためにと思わせて気づかせないようにした」
 ブルーの言葉にラグナがうーんとうなる。
「でもよ、俺、ジュリアに恐怖なんて感じたことないぜ?」
「それか」
 ブルーがやっと納得いったというように頷く。
「?」
「指導者は魔女に対して恐怖を感じない。だから魔女を倒すことができる。エスタで魔女アデルを倒したのはラグナ、そして未来の魔女アルティミシアを倒したのは──」
「スコール、か。なるほどな」
 カインも頷く。だからこそジュリアはラグナの子を授かろうとした。自分を殺させるために。ラグナに殺してもらえば一番なのだろうが、問題はラグナは理由もなくそんなことをする人間ではない。それは見ればすぐに分かる。
 だとしたら子供だけを授かってしまえばいい。指導者の血が流れていれば、魔女に対して恐怖を覚えることがないのであれば。
「そういやまま先生やアルティミシアと戦ったときも、しょ〜じき怖かったもんね〜。はんちょがいてくれたから安心できたのはあったし。あと、リノアもなんだけど」
「リノア?」
「リノアは魔女としてきちんと覚醒してなかったから、普段はなんとも思わなかったんだけどね。でも、力が暴走したあのときは、ちょっと」
「あのときってーと、宇宙か」
 リノアが暴走したのはたった一回だけ。したがって、それを見たことがあるのはスコールとセルフィだけだ。
 スコールは何度もリノアを止めようとして立ち向かっていったが、正直セルフィにはそこまでできなかった。何か、近寄りがたい、恐怖を感じた。
「魔女の力の源は恐怖……」
 セルフィはくるりと振り返った。
「あたし、怖い?」
 そんな困ったような表情で尋ねられても困る。
「俺はぜんぜん怖くないぜ」
「それは指導者の血があるからだろう」
 カインは言ってからセルフィに近づくと、その小柄な体を抱きしめる。
「セフィロスではなくてすまないが。少なくとも今のお前は怖くない。それに、たとえ怖くなったとしてもお前は仲間だ」
「ありがと〜。優しいからカインは大好き」
 むっ、とそれを聞いてティナがセルフィの手を取る。目が『それは私の』と所有権を主張している。
「大丈夫、ティナも好きだから」
「ありがとうございます」
 だが目が冷たい。カインに近づく女性はみんな敵なのか。
「恐怖を感じるのは仕方がない。それは君の特徴の一つだ」
 ブルーが冷静に言う。
「ただ、僕らはセルフィのことをよく知っている。だからそれは問題にならないんだろう」
「ありがと、ブルー」
 そのブルーはセルフィの恐怖を一身に受けている。それでもセルフィを敬遠しないのだから、その言葉には重みがある。
「じゃ、そろそろ行くか。上でジュリアが待ってるぜ」
 ラグナが階段に足をかける。この若い男女を導くのが年長者の役割であると、彼はよく分かっている。
「でもなあ、俺もどきどきしてたんだ」
 先頭で歩くラグナが後ろのメンバーに言う。
「だってよぉ、もう会えないと思ってたジュリアが目の前に本当にいるんだもんな! 足がつるかと思ったぜ」
「ラグナ様は緊張すると足がつるんですよね〜」
 そうして五人が城の二階へ足を運び、明るい方の廊下を歩いていく。
 その一番奥の部屋の扉をラグナがノックもせずに開けて入る。
「待たせたな、ジュリア」
「いえ。たいした時間じゃないわ。私の生きてきた時間の長さに比べれば」
 部屋の中は十人で話しあうことができる会議室のような場所だった。もちろん壁には装飾画、床は一面のカーペット、そして椅子と椅子の距離はひどく広い。豪華きわまりない。
「どうぞ、おかけになって。今、紅茶を入れますから」
「悪いな」
「あ、手伝いまーす」
 セルフィがぱたぱたとジュリアの隣に向かう。
「なるほど」
 ブルーがそれを見て頷いた。ラグナが「どうした?」と尋ねる。
「あなたがジュリアに口説いたときに、キロスが感じた恐怖の感情を僕たちも感じたということですよ」
 セルフィがジュリアの傍に近づいたときに、ラグナ以外の三人は『危ない』とか『戻れ』とか感じた。それは魔女に対する本能的な恐怖。魔女の持つ力の表れだ。
「スコールを連れてくるべきだったかな」
 失敗した、とブルーは思いながら席に着く。ここまできてじたばたしても仕方がない。
 セルフィはジュリアが注ぐ紅茶をお盆に載せていく。
「あなたは、リノアから力を受け継いだのね」
「え? あ、はい、そうです」
「リノアは本当は、魔女になることのない子だった」
 一碗ずつ注ぎながら、ジュリアがゆっくりと話す。
「なることはなかったのよ。イデアと会わなければ……いえ、違うわね。シド・クレイマーという男にさえ会わなければ」
「学園長?」
「そう。シドは魔女となったイデアから、魔女の力を取り除くことだけを考えていた。だから、探していたのよ、イデアの力を受け継がせることができる相手を。魔女の力は誰しもが手に入れられるわけではない。でも、ついに見つかってしまった。そしてリノアはシドを頼り、魔女戦争の中核に放り込まれることになった……それはいくつかの偶然が重なった結果に違いない。でも、リノアが魔女戦争に巻き込まれた直接の原因は、あの男なのよ」
「そんな」
「イデアよりも魔女にふさわしい器であるリノアに魔女の力が移る。それは必然だわ。セルフィ、あなたも魔女の器としてはふさわしい。でも私の子であるリノアは、誰よりも魔女にふさわしかった。だからあのとき、魔女はイデアからリノアに変わった」
「あ……」
「あの魔女の交代劇には脚本家がいたのよ。愛する妻を取り戻したいという男の。妻のためならばどんな犠牲もいとわないと考えた男の。その気持ちは理解できるけど、犠牲にされたリノアのことを思うと、私があの男を快く思わないのは当然のこと」
 言いながら準備ができる。既に盆を運んでみんなの前に碗を置くだけだ。それなのにセルフィは動けずにいた。それは、ジュリアの悲しみと怒りを感じたからだ。
「てことはだ」
 沈黙した場を和ませるのはやはりラグナであった。
「ジュリア、あんた、リノアのことを大切に思ってくれてたんだな」
「自分の娘を思わない親はいないわ。ましてやそれがリノアなら当然でしょう」
「ましてや?」
「私がどうしてリノアから離れたと思っているの、ラグナ。私があの場にいたら、間違いなくリノアはシドから狙われる。だから私はリノアがただの女の子として、恋をして、結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を築いてほしかった。だから私はあの子の前から姿を消したというのに」
「離れることが守ることか。でもよ、ジュリア」
 言いにくいことをずばっと言うのもこの男の特徴だ。
「リノアはあんたにいてほしかったんだぜ」
「そのことも分かっているわ」
 ふう、とジュリアがため息をつく。
「でもね、ラグナ。それを言うのならあなただって悪いのよ」
「俺が?」
 ぽかんと口を開けるラグナ。
「そうでしょう? だって私はあなたに恋をして、あなたと一緒にいられればいいと思った。それだけのことだったのに」
 しばらく沈黙。そしてジュリアがセルフィを促す。
「紅茶を置きなさいな。冷めるとおいしくないわ」
「あ、はい」
 いつしか敬語で話しているセルフィ。
 確かに今、ラグナとセルフィ以外の三人は感じていた。魔女の力、逆らえない恐怖の力を。
「質問を許してもらえますか」
「いいわよ、ブルー。おそらくあなたが一番話者として適任でしょうから。何から答えればいいかしら?」
「あなたは敵ですか、味方ですか」
 さすがはブルーだ、とカインは感心した。この質問は的確だ。これから協力してくれるのか、そうでないのか。今のところは会話の内容だけみれば協力してくれているように見える。だが、最悪の場合、自分たちはハインと戦う覚悟もしていたのだ。
「難しいわね。私は別に、誰と戦うつもりもないから、敵ではないことは確かだけれど」
「積極的に協力してくださるわけでもないのですね」
「ええ。私の望みは別に、人類の平和でも何でもない。ただ静かに生きていることだけ。かなうなら私を殺してくれる人がいればいいのだけれど、現状でそれができる人間はいないわね」
「あなたを殺す条件とは?」
「指導者と魔女、両方の力を兼ね備えた存在であること。だから、ラグナかスコールが魔女と結ばれない限り、無理なのよ。今となってはレイラがスコールと結ばれるなんていうことは、ありえないでしょう?」
「僕たちでもあなたを倒せない?」
「無理ね。魔女は自らの危険が強まれば強まるほど、恐怖の力が増していくもの。あなたたちでは私にとどめは刺せないわ」
「セルフィやスコール、ラグナでも?」
「無理ね。魔女の完全なる消滅には、指導者と魔女の血がかけあうことによって生まれる力が必要だから。だから私はラグナに近づいた。そこには打算があったんだけれど、困ったことにね、その人はちょっと私にとって、特別すぎたのよ」
 昔の恋心を隠すことなく伝える。
「私がどれだけ人間と魔女の歴史を見てきたか、分かるかしら? 私がこの地に誕生してから、私の力を受け継いだ者たちが人間と争い、そして滅びていった。私は誰からも恐れられ、ついには月にいたった。ここなら誰からも恐れられることはない。でも、ここは孤独。たった一人で永遠の時間を生きるのはつらかった。だから、死にたかった。そんなとき、地上に私を殺すことができる可能性を見つけたのよ」
「それがラグナというわけですか」
「そう。魔女を恐れず、魔女をいとわない奇跡の人。誰も分け隔てることがない、真の平等と勇気と知性を兼ね備えた人。それが指導者。その指導者の血と私の血をかけあわせれば私を殺せる者が誕生する。それが分かった。でも、私も甘かったわ」
「甘い?」
「だって、心から私を恐れず、熱いまなざしで見つめられたのは初めてだったのよ」
 少しうっとりとした、少女のような微笑。
「ラグナに見られると、心の中が熱くなって、何も考えられなくなるくらいに。そうね、ラグナが私のことに無関心だったらもっとよかったのかもしれない。でも、私はラグナを愛してしまった。それが私の敗因」
「敗因ですか」
「だって、そうでしょう? ラグナの子さえ手に入ればよかったのに、私はラグナと一緒にいられる喜びを知ってしまった。だからつかず、離れず、ラグナからの視線を受けるためだけにピアノを弾いた。そしてあの日、私も決心した。死ななくてもいい。この人と一緒にいられればそれでいい。それなのに……」
 自虐気味な笑み。
「馬鹿みたいね。ラグナはエスタで亡くなったと聞いて、私の初恋も終わってしまった。半分自暴自棄になってカーウェイと結婚してリノアが生まれた。リノアはラグナに変わる、私の宝となった。でも」
「さっきの話ですね。シド学園長が」
「そう。あの男が魔女の受け皿を探しているのに気づいた。少なくとも私のことは知っていたみたいね。魔女の波動っていうのはどういう仕組みか場所を把握することができるみたいね。私の傍にいるだけでリノアが危険なのは分かりきっていた。魔女の受け皿として、これほどふさわしい人材はない。だから、シドに気づかれる前に私はリノアの下を去ったのよ。それから長い時間が過ぎた。私はこの月からずっと地上の様子を見ていた。リノアが成長して、こともあろうにスコールと結ばれるというところまで来た。二人の子なら、私を殺してくれるかもしれない……と思ったけど、結局かなわなかった。リノアが死んでしまったから」
「スコールはリノアをよくは思っていなかったようですが」
「そうね。ただ、リノアにとってはスコール以外の人に目はいかなかったんでしょうね。親に似て、男を見る目がいいのね」
 にっこりと微笑む。それはつまり、ラグナという人物を高く評価しているということだ。
「おいおい、照れちまうぜ」
「でもね、ラグナ。私はあなたが生きていると知って、後からあなたを追いかけたのよ、エスタまで」
「そうなのか?」
「ええ。そこで私はキロスに再び会った。レイラを産むことを思いついたのはそのときなのよ」






229.眠りの城

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