ようやくここまで来た。
 私がこの束縛から逃れられる瞬間。
 私がずっと追い求めてきた最期のとき。

 このために、私はどれだけの犠牲を払ったのだろう。












PLUS.229

眠りの城







you are the leader






 話をまとめるとこういうことだ。
 ハイン=ジュリアはまず月にいて、そこでラグナを見つけた。
 そしてラグナに接近したが、ラグナがエスタで死亡したという誤報を聞いた。
 失意のうちに慰めてくれたカーウェイと結ばれ、リノアを産む。
 その後、シドの陰謀に気づいて再び月へ。
 そこでラグナがエスタで生きていることを知り、再び地上へ戻る。
 エスタに入ったジュリアがキロスに会い、そこでレイラを産むことになる。
「いくつか疑問があるのだけれど」
 当然尋ねるのはブルーの役目だ。
「何かしら」
「まず一つ。魔女は恐怖を与えると言っておきながら、あなたはラグナ以外の、カーウェイやキロスとの間にも子供をもうけている。この矛盾」
「たいしたことではないでしょう。リノアやセルフィにしても、またイデアにしても彼女たちを愛する人はいました。それだけのことです。先ほども言いましたが、魔女は自分の身が危険度を増すに連れてその力が強まる。たとえば、この中に私を殺そうとしている者がいたとしましょう。そうすれば自動的に、あなたがたは魔女の重圧を受けることになる」
「つまり、危険がない状況での魔女は、恐怖を感じない?」
「そうです。あなたがたももう分かっているのではないですか? 最初に私に会ったときは今よりずっと重圧があったはずです。それはあなたがたが、最悪私と戦うことを想定して館に入ってきたからに他なりません」
「では、ガルバディアでラグナ以外の人間が近づいてこなかったのは」
「当然、私が意図的にラグナ以外の人を近づけたくなかったからです。セルフィはまだのようですが、私くらい魔女の力が分かっていると、恐怖の力を操ることもできます。試してみますか?」
「いえ、怖いので遠慮しておきます」
 それはブルーなりの冗談だったが、意外に好評だったらしい。ジュリアはくすくすと笑う。
「次の質問は?」
「キロスのことです。キロスはあなたの顔を知っていたはず。エスタで再会したというのなら、あなたがジュリアだと気づいたはずです」
「それもたいした問題ではありません。レイラが自分の姿を成長させたのを見ませんでしたか?」
 そういえば、最初にレイラが現れたときはまだ子供だったとスコールの証言から分かっている。だが、その後現れたレイラは完全に成長して、肌の黒いリノアのような姿になっていた。
「つまり、私たちは外見を変えることができるのです。簡単なことではないですけれど」
「なるほど、言われてみると単純なことなんですね。それでは今のところ最後の質問ですが」
「予想はしているわ。何故レイラを産んだのか。何故ラグナに会わなかったのか。エスタでの私の行動のことですね」
 そう。ラグナに会いにいったというのに、その目的を達成しないまま終わった。それは何故なのか。
「簡単なことです。私はそこで、同じ相手に二度目の失恋をしたからです」
「二度目の?」
「ええ。一度目はガルバディアでエスタで亡くなったと聞いたとき。二度目は、彼には愛する女性がいて、その女性との間には息子がいると聞いたときです」
「あなたはそれを」
「ええ。キロスから聞きました。大統領補佐官という立場からは軽率な行為だったと言えるでしょう。ただ、彼の精神は多少、私に操作されていましたから」
「ですが、あなたがキロスに会った頃というのは、もうラグナの奥さん、レインさんでしたか、その方はもう亡くなっていたのでは」
「そうです。ただ、キロスは教えてくれました。ラグナは今でも、レインを愛していると。そしておそらく、まさに今でもその通りなのでしょう?」
 最後の質問はラグナに向けられたものだ。まあ、そうなるかな、と彼は頭をかきながら言った。
「なんで分かるんだ?」
「昔、ガルバディアで会ったときのような熱心な瞳を向けてくれないからよ」
「そうか? 相変わらず美人だなあって、さっきからまじまじと見てるつもりだったぜ?」
「それは美しさを見ているのであって、好きな相手を見る眼差しとは違うものよ。私がそれを向けられたのはたったの一回だけで、私はそれをよく覚えているのだから」
 まいったなあ、とラグナは頭をかく。
「だからレイラを授かったということか」
 ブルーは納得した。
「どういうことだ?」
 ラグナには分からない。
「つまり、ジュリアは生きることに絶望した、ということです。娘とはもう会えない。ラグナからも愛されていない。自分が生きる目的を見失い、それならばどうにかして死ぬ方法はないものかと思った。答は簡単。指導者と魔女の子がいれば、自分を殺すことができる。だから子供を必要とした。相手がキロスだったのは、たぶんそれが一番都合が良かったとか、その程度の理由なんでしょう」
「ええ」
 ジュリアは少し笑って頷く。
「あなたの言うとおりです、ブルー」
 そしてジュリアは月でレイラを育てた。いつか彼女がスコールの妻になるということを教えながら。
「レイラは今でもスコールを狙っているのでしょうか」
「さあ、あの子はもう自分で自分のことが分かる歳ですから。ですが、あの子にとって理想の男性はスコールに他なりません。そうなるように教育しましたから」
「代表者の力や魔法王の力をその身に蓄えて、何を企んでいるのですか」
「あの子は世界制服をするのが目的だ、と言っていました。子供の言うことですから、それほど真剣なものではないでしょう。おそらく今は、スコールに振られてしまって、自分がどうすればいいのかが分からないというところではないでしょうか」
「彼女はハオラーンのところにいます。ハオラーンは世界を滅ぼすことを望んでいる」
「そのようですね。まあ、あの子がこの先何をしようと、私には関係のないことです。ただ、もし万が一、あの子がスコールの子を授かるようなことがあれば、それは私が取り上げます。確実に私を殺させるために」
「何故そこまで、死ぬことに固執するのですか」
「私には生きていても何も望みがないからです。永遠に続く時間という牢獄の中に一人でいることの孤独がどのようなものか、あなたにはお分かりになりません」
「でもあなたはリノアという宝を一度手にしたはずです」
「だからといって、望まぬ男と一緒になり、その子をまた授かれというのですか。リノアは確かに宝でしたが、夫は私にとって宝でも何でもありません。レイラにいたっては完全に自分のために子種だけ必要としただけのこと。私の望みはもう、どこにもないのですから」
「じゃ、俺が一緒にいりゃいいんだろ?」
 あっけらかんとした口調でラグナが言う。
「……何をふざけたことを。あなたはまだ、レインを愛しているくせに」
 だがその返答にタイムラグがあったことは認めざるをえない。聞いていた誰もがそのことに気づいたのだから。
「そりゃレインのことはな。まあ言っちまうと、ジュリアもレインも、俺にとってはいい思い出なんだ。それ以上のことはないって思ってた。ジュリアもレインも死んじまったと思ってたしな。でも、お前は生きてただろ? だったらやり直しはできるんじゃねえかな」
「あなたが私を見る目は変わってしまったわ」
「そりゃ初めて会ったときは俺も若かったからな。今はいろ〜いろなこと勉強したから、少しはヨノナカってものが分かるようになってきたんだぜ? その俺が言うにはだ。あー、エスタから帰ってきてからお前に伝えるつもりだったんだけどよ」
 ラグナは一呼吸置く。
「俺はお前が好きだぜ、ジュリア。できれば俺と一緒に、世界中を回ってくれたらなって思ってる」
「……馬鹿な人」
 あきれたようにジュリアはため息をつく。だが、顔は笑っていた。
「あなたはいくつになっても変わらないのね」
「ま、それが取り柄っていや取り柄だからな」
「いいわ。その話は置いておきましょう。いずれにしてもこれからの話だから。あなた方が聞きたいのはもっと、他にあるのでしょう?」
 話はおしまい、とジュリアはラグナから視線をそらしてブルーを見る。
「そうですね。今までの話でも充分にいろいろ分かりましたが、それでも本題ではありませんでしたから」
 ブルーがまとめてカインを見る。
「僕らの仲間であるカインが、守護者としての適正があることが分かりました」
「そのようね。あなた方が求めているのは『力の源』なのでしょう?」
「そうです。ハオラーンは世界を破壊しようとしている存在。世界を守るには守護者の力が必要だと聞きました。その力の源へ案内していただけるのでしたら」
「そうですね。私としては断る理由はありません。ただ、カイン」
「はい」
「あなたはこれまで、さまざまな罪を重ね、そして罰を受け、それを贖ってきました。あなたは充分に強い。ですが、あなたが唯一、超えられなかった壁がある。それが何か、分かりますか」
「友、セシルの存在」
 自信を持って答えたが、ジュリアは首を振った。
「違います。何故ならあなたは、セシルを『超えるべき存在』とはみなしていない」
 言われてみるとそうかもしれない。だが、そうするといったい何が存在するというのか。
「あなたは試練の山に登りましたね」
「ああ」
「そこで誓いを立てた。いつの日か、必ずセシルのところへ戻ると。そのとき同時に、条件もつけたはずです」
 カインの頭の中に、唐突にその日のことが蘇ってくる。
 そうだ。確かに自分は『その人物』を超えることを目標に、ずっと生きてきた。いつの頃からか、それすらも忘れて自分のことばかり考えていたが。
「お前はどこまで知っている」
「何もかも、というにはほど遠いですよ。私はただ、あなたがやって来ると聞いて、あなたが過去に何をしてきたのかを見せていただいただけです。そして、あなたの心の闇に潜む、最後の一かけらを見つけました」
 ジュリアは立ち上がった。
「案内しましょう。力の源へ」






 案内された場所はクリスタルルームだった。とはいえ、実際にクリスタルが置かれているわけではない。この世界のクリスタルは今でもカインとスコール、セルフィが持っている。
 もっともこの世界から離れるときにカインはこのクリスタルを返さなければならないと考えている。一番無難なのはスコールに渡しておくことなのだろうが、ラグナでもきちんと保管してくれるだろう。
 クリスタルルームは壁、床、天井全てが鏡のように磨き上げられている。ジュリアはその中の一枚の壁に触れた。
「ここに鏡の扉があります」
 そうして扉が開く。
「この先に、試練が待っています。ただし、全員が行くことはできません。通れるのは四人までです」
 カインたちは総勢五人でやってきている。ということは一人を残していくか、それとも二人と三人に分かれるか。
「お前らで行ってこいよ」
 ラグナが気楽そうに言う。
「俺はここで待ってるからよ」
「どうする、ブルー?」
 セルフィが尋ねる。少し悩んだが彼も頷いた。
「ではお言葉に甘えて。カイン、ティナ、セルフィ、それから僕の四人で行ってきます」
「おう。吉報、待ってるぜ」
 ブルーも頷き、その扉を四人がくぐっていく。
 そして四人が通ると、自然とその扉は閉まった。
「なあ、ジュリア」
「なんでしょう」
「通れるのは四人までって、嘘だろ?」
「どうしてそう思いますか?」
「四人と指定したら、おそらく入っていかないのは俺だと踏んでたんだろ? つまり、俺とさっきの話のケリをつけるためによ」
「まあ、あたらずとも遠からずです。別に決着をつけようとは思っていません。ただ、誰にも邪魔のされないところであなたとは話をしたかった。それだけです」
 ジュリアはようやく、落ち着いたように微笑む。それを見てラグナも笑った。
「ああ、その顔だよな」
「何がですか?」
「ピアノを弾いてたときのジュリアさ。落ち着いてて、見てて安心できた」
「私が微笑んでいたのは、あなたが見ていたからですよ、ラグナ」
「そうと知ってたら、早くアプローチしたのになあ」
「近くに来ただけで足を攣る人が?」
 二人の間に笑いがもれる。
「変わらないのはあんたもだな、ジュリア」
「当然ね。私が何百年生きてきたと思っているの」
「でもあんたはずっと綺麗だぜ。今でもそう思ってる」
「あなたは少し貫禄が出たわね。でも、あのときからそうだったけど、少年の心が全く失われていない。本当に奇跡のような人」
「俺が傍にいたら迷惑か?」
「まさか」
 ジュリアは首を振る。
「私に、あなた以上の望みがあると思うの?」
 ふっ、とラグナが微笑む。
 が、次の瞬間、その目がかっと見開かれた。

「あれ、お母さん、死にたかったんだよね?」

 ラグナの口から血反吐が飛び、正面にいたジュリアにかかる。そして、ラグナの体がゆっくりと横に倒れた。
 そこに、ジュリアと瓜二つの顔をした少女が立っている。
 手に、ラグナの心臓を持って。
「これで、準備完了」
 レイラはその心臓を、丸ごと飲み込む。
「指導者の力、もらったよ。これで私はお母さんのお望み通り、お母さんを殺せる唯一の存在になった」
「れい、ら」
「大好きな人に告白されて、それを奪われて」
 にっこりとレイラは微笑む。
「もう、どうしていいか分からないくらい混乱してるみたいだね、お母さん」
「どう、して」
「だって、お母さんが望んだんじゃない」
 レイラはラグナの心臓を持っていた右手を、ジュリアの左胸に当てる。
「死にたい、って」

 ずぶり、とその手がジュリアの体内にもぐった。






230.試練の山

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