「今の俺には、お前たちを祝福することはできん。
 この試練の山で技を磨き、
 父を超える竜騎士となったときには、
 バロンに戻れそうな気がする。
 それまでは……」












PLUS.230

試練の山







I want you to stay by my side.






 気づくと四人は見晴らしのいい尾根に立っていた。
 ティナにも、ブルーにも、セルフィにもここがどこかということは分からない。ただ、カインにだけは分かっている。
「懐かしいな」
 たいした感慨もなく呟く。そう、さほど感慨はない。自分がここにいたのは、ここが気に入っていたからではない。
 ただ、自分を隔離するためだけに。
「どこなんだい、ここは」
 ブルーが尋ねる。
「試練の山。俺の世界だ」
 ブルーは何か言おうとした
が、首を振ってやめた。そのこともカインには分かっている。
 ここが本当に試練の山というわけではない。おそらくは、カインの意識によって作られた合成世界。だからこそ見た瞬間に分かった。それが見慣れた景色だったから。
「寂しいとこだね」
 セルフィが素直に感想を言う。カインは苦笑せざるをえない。
「ここにはあまり人が来ないからな」
「カインはずっとここにいたんですね」
 ティナが責めるような目で言う。言いたいことは分かる。
「ああ」
 何も言わず、ティナは左手でカインの手を握る。もう、一人にはさせないから、という意味をこめて。
「さて、いったい僕らはここで何をしろというんだろうな」
 力の源を手にする。それは分かっている。ただ、どうすればいいのかが分からない。
「山頂へ向かおう」
「何があるんだ?」
「かつての俺の仲間がそこでパラディンになった。俺はあいつの影を追う」
 他にすることがあるわけでもない。何か目的地があるのならそうした方がいい。
「じゃあそうしよう」
 特にモンスターがいる様子もない。四人は山を登り始めた。
 太陽が差し込み、鳥の声、風の音が絶え間ない。
「あまり聞いたことはなかったと思うけど」
 ブルーが尋ねていいものかどうか悩んだが、やがて口にする。
「その、セシル、という君の友人はどんなやつなんだ?」
 相手のプライベートに踏み込むようなことは、これまでお互いしていない。仲間であるからといってなんでも打ち明けられるとは思っていない。
 だが、セシル、という存在はカインにとってあまりに大きい存在だ。彼なくして、今の自分はない。よくも、悪くも。
「一言で言えば、凄いやつだ」
「凄い? 何が?」
「何もかも」
 カインにはそれ以上の説明がしづらい。仲間をいたわる優しさも、戦闘における強さも、自分がセシルに秀でているものなど何一つない。
「俺はあいつにはかなわない」
 ブルーは少し顔をしかめてから「僕はそうは思わないけどな」と答える。
「会えば分かる。どれだけあいつが凄いやつなのか、ということが」
 それを聞いて、ブルーはそれ以上追及するのをやめた。
 冷静に考えて、カインほどの人物が何もかもかなわないような相手などいるはずがない。カインがそれを認められないのは、自分という人間を高く評価できないせいと、そのセシルという相手に対する過度の感情が働いているせいだ。ただ、それを否定しても彼は決して自分の意見を変えることはないだろう。だから何も言わない。
(変なところで意固地だな)
 ブルーは軽くため息をつく。隣を歩いていたセルフィと目が合い、肩をすくめる。
「カインは自分の良さが分かってないからね〜」
 フォローするように言う。前を行くカインは足を止めない。
 何がいいところか、などカインには分かるまい。だが、明らかにカインがセシルと肩を並べられることが一つだけある。
 責任感。
 自分に与えられた使命から逃げず、自分が解決しなければならないのだという考えの強さ。それはきっとセシルという人物と同じだと思う。
「山頂ですね」
 カインの隣を歩くティナが言う。
 そこから隣の尾根に向けて一つの橋がかかっている。橋の向こうは四方が崖になっている小高い尾根。
 その中央に一つの石碑。
「ここであいつはパラディンになったんだな」
 カインはその石碑に手をかける。瞬間、その石碑が輝きを放った。
「この光は?」
 まばゆい青白色の光にブルーが手をかざす。が、その光はすぐにおさまった。
 そして、そのとき既に四人はその石碑によって別の空間へ運ばれていた。
「ここは──」
 一面、鏡張りの部屋。まさかハインの城まで戻されたのかと思ったが、どうやらそうではない。
「石碑が生み出した空間、ということか。いや、試練の山が、というべきかな」
 ブルーが冷静に判断する。
 試練の山は力を求める者に対して力を与える場所。パラディンとしての力が必要だったセシルにはそれが与えられ、メテオという魔法が必要だった賢者にはそれが与えられた。
 ならば、カインには。
「だからこそ、力の源か」
 守護者としての力が必要である自分には似合いの場所だ。
「出てこい、何者か知らないが、その鏡に隠れて何をするつもりだ」
 カインは槍を鏡に向ける。すると、その鏡に映っていたカインの姿が勝手に動きだし、その鏡から出てくる。
「よく来たな、カイン・ハイウィンド。ここに力を求めに来たことは分かっている」
 鏡から出てきたカインは、一箇所だけ今のカインと違うところがあった。それは、竜騎士の仮面をつけているところだ。そして、その竜騎士も槍を構えている。
「どうすれば守護者としての力は手に入る」
「無論、己の力を我が前に示すのみ。さあ、いくぞ、カイン・ハイウィンド!」
 直後、そのもう一人のカインはその空間高く飛び上がる。
「引け!」
 カインが仲間たちに指示した。
「だが、カイン!」
「いいんだ。あいつとは俺が直接やる。それがここの儀式なんだろう」
 急降下してくる竜騎士の攻撃を紙一重で回避する。さすがに自分の映し身だけのことはある。攻撃が鋭い。
 続けて槍の基本技、薙ぎ、払い、突き、と攻撃が止まらない。自分を相手にしたことはないが、これほどまでに隙のない攻撃をするものかと正直感心する。
(強いんだな、俺は)
 外から自分を見ることなどまずありえない。こういう機会でもない限りは。
 だが、カインは決してあせってはいない。こうして自分と戦うのは二度目だ。かつてあの天空城でパラディンとして、変革者としての力を得るために自分と戦った。
 今度は守護者となるために、これまでの自分と戦うのだ。
(セシルも同じように、かつての自分と戦ったのか?)
 パラディンになるために、かつての暗黒騎士である自分と戦う。その儀式を経て、彼はあれだけ立派なリーダーとなった。
(自分を超える、か)
 研ぎ澄まされる集中。相手の動きが、やけにスローに見える。
(今の俺はもう、ただの竜騎士じゃない)
 その動きに合わせて、槍を繰り出す。
 相手の穂先に自分の穂先が合わさる。一ミリのズレも許されない、完全な同一直線上に二本の槍が衝突する。
「な」
 それを外から見ていたブルーが呆れた声を上げる。
 今のは神業どころの話ではない。動いている針の先端同士を衝突させるようなものだ。しかも全力で。
 無論、力は互角。お互いに弾かれたが有利なのはそれを狙って行ったカインの方だ。すぐに体勢を立て直すと、今度はその槍を相手に向かって投げる。
「なにっ」
 その槍が、相手の肩に刺さる。
「ば、ばかな」
 武器を捨てるなど考えられないことだ。だが、この戦法は今まで何度となく繰り返してきた戦法。
 それに対して動揺するということは、つまり。
「お前は、俺ではない」
 この竜騎士は、自分の姿に似せた、全くの別人だ。
「お前は、誰だ」
「ふっ、さすがはあのカオスをもねじふせた混沌の魂の持ち主」
 竜騎士が槍を引き抜いて捨てる。そして自らの槍を構えた。
「だが、得物がなくば戦えまい!」
 そして再び飛び上がった。
「得物がなければ戦えないだと」
 そんなことはない。
 自分には、全てを守る力がある。
『守護者』なのだから。
(そう──俺には、分かる)
 戦闘になれば、その力が具現化される。
 急降下してくる竜騎士。その攻撃の『軌跡』。
 これが自分の新たな『先読み』の力。
 だからこそどのような攻撃で回避できる。相手の攻撃が分かっていれば、それを受けない方法などいくらでもあるのだから。
「お前の攻撃は当たらない」
 その軌跡さえ分かっていればあたることはない。避けるのは紙一重に見えても、絶対にあたらない紙一重。
「そして、俺の武器は、槍だけではない」
 その手に、闇が生まれる。そして、その闇が剣に形状化される。
「オメガウェポン?」
 ティナが驚くが、それがウェポンではないことは分かる。何故なら、オメガウェポンは今、彼女の体内にある。
「違う、あれは、あの感覚は」
 かつて、その力をブルーは確かに感じた。いや、彼だけではない。ティナも、セルフィもだ。
「カオス」
 かつて、カオスと対峙したときに見た六本の剣。暗黒の剣、破壊の剣、邪神の剣、悪魔の剣、罪人の剣、混沌の剣。
 その、全ての力が、その剣に結集している。
「まさに、まさに──『カオスの剣』」
 その剣が、竜騎士の体を上下に分断する。
 強い。
 カインという騎士は、これほどまでに強くなっているのか。
「さすがだな」
 竜騎士が笑う。
「わが息子よ」
「やはり、父上でしたか」
 そう、そんな気はしていた。確信したのは竜騎士が自分ではないとはっきり分かったときだ。
 試練の山。自分が目指していたのは、父よりも強い竜騎士となること。
 だからこそ、その試練を乗り越えることができれば、自分は守護者になれると思った。
「気づいていたか」
「なんとなくですが。私を鍛えるために、来てくださったのですね」
「まあ、息子が苦しんでいるのならば、導くのが親の務めだ。それにしても、強いな。自分の息子に追い超されるのは親としては本望だが」
 カインの父親は竜騎士の仮面をはずすこともなく、徐々にその体が消え行く。
「だが、お前はまだ完全な守護者にはなれん」
「何故です。私がカオスの力を手にしているからですか」
「守護者の選定に必要なものは、全ての存在を守るものとして、その力が世界に認められること。残念ながらお前はまだ認められていない」
「どうすれば」
「もう一人」
 カインの父親は消える間際に言い残す。
「もう一人、お前が超えなければならない最後の人物がいる。そうすれば、お前は、必ず──」
 そして、消える。
 かつて、幼いころに亡くした父。それが今、こうして自分のために来てくれた。そのことには感謝してもしきれない。
 だが、今のカインにはまだやることがある。
「もう一人、か」
 半ば、覚悟はしていた。
 いや、それよりもこの試練の山に来たときからずっと抱いていた感覚。そうなるのではないかという予感。そして、
(そう望んでいる、自分、か)

 過去の全てに決着をつける。
 そのためには、これほどの好敵手はいないだろう。
 自分が目指し、恐れ、そして何より頼りにしてきた相手。
 自分にとって、決して避けることができない存在。

「どうしても『お前』と戦わなければ、俺は先へ進めない」
 鏡から出てきたのは、金色の鎧を着たパラディン。
「勝てる気はしないが、それでも、俺は、俺のためにお前と戦わなければならないようだ」
 彼はエクスカリバーを構え、既に戦闘体勢だ。カインも天竜の牙を拾う。
「カイン」
 彼の口から、懐かしい声が聞こえる。
「手加減はしないよ」
「もちろんだ。俺がどこまでお前に近づいたのか」
 槍を構えたカインが吼える。

「勝負だ、セシル!」






231.真の赦し

もどる