彼の枷はこれが最後。
全ての枷が外れたとき。
彼は最後の力を手に入れる。
それは、この世界を救うため。
そして、彼自身を救うために。
PLUS.231
真の赦し
to be stronger
セシル・ハーヴィーという男は、カインの目から見たとき、全てにおいて自分を上回る存在である。そのように認識されてしまっている。太陽が西から昇ることがないように、自分がセシルより上回ることはない。
だからそのことに対して疑いもなければ、抵抗する気持ちもない。自分の中で考えていることは、少しでもセシルに近づきたい、というもの。
目標であり、超えられない壁。それがカインにとってのセシルという存在。
だからこそ超えなければならない。超えることによって、超えようとすることによって、自分はようやくセシルと並び立つことができるのだ。
(まさに試練だな)
自分が絶対にかなわないと思っている相手に勝つこと。それがどれだけ大変か。それは技量の差ではない。精神的な問題だ。
(セシルに勝つ、か)
槍を構えて、カインは考える。
(無理だな)
そこで自分を変えないあたりが、カインのカインたる所以である。
そう。この戦いはセシルを倒すことではない。セシルに勝つことではない。
自分がセシルにかなわないという気持ちを払拭するための戦いなのだ。
だから、無理なのだ。
「戦わなければ先へは進めない」
もう一度、カインは繰り返す。
セシルを認め、セシルという存在を怖れながらも、それに立ち向かう勇気。
以前のように憎しみにとらわれた心ではない。
「俺が、本当にお前の隣に並んで立つために」
後ろではない。前でもない。隣だ。
自分こそが、唯一あの男の隣に立って、ともに前を向いて進んでいける存在なのだということを、自分自身が理解するために。
「俺は、お前を倒す」
セシルが動く。
訓練された身のこなしだ。格別速いわけでも、鋭いわけでもない。それなのに確実に自分の急所に当てようとしてくる。回避するのが精一杯だ。
(相手の先を読む力、か)
敵の動きを先に読み、その位置をふまえて攻撃を繰り出す。だからこそ速くなくてもいい。
(お前の強さの秘密はそこにあったんだな)
もともとセシルは先読みの力を訓練していた。それは他ならぬカインがその訓練相手だった。
自分が盾となり、回避した瞬間にセシルが暗黒波を放つ。その、カインが飛び上がる一瞬のタイミングをつかむ訓練。
(知らずのうちにお前は守護者が持つ先読みの力を手に入れていたというわけか。やはり俺はどこまでいっても、お前にはかなわないのだな)
やはり、カインはセシルのことになると気づかない。
自分の目の前にいる人物と動きをあわせることは確かに難しい。
だが、それよりも『自分の背後にいる人物』と動きをあわせることは一層難しい。
「だが、俺は負けられん」
決して越えられない壁を越える。それが今の自分に課せられた使命。
「来い、セシル!」
鋭さが増すセシルのエクスカリバー。その軌跡を先読みして回避する。が、回避しようとしたところへさらに剣が迫ってくる。
先読みの、さらに先を読む。読み比べだ。
(どこに来る?)
軌跡が、増える。
一筋から、二筋、三筋。
(どの軌跡にも攻撃ができる、ということか)
上から、右から、左から。どの剣閃から来るのか。
(違う!)
どれも違う。そんなに簡単に先読みをさせてくれるほど、セシルは甘くない。
三筋の剣閃は全て罠。本命は、
(ここか!)
読みきった。
その軌跡は線ではなく、点。
自分の心臓めがけて、まっすぐに繰り出される剣だ。
(槍使いに突きで勝負するとは)
カインもまた槍を構えなおす。
「お前らしいな、セシル!」
勝った。
カウンターで、セシルより速く槍を繰り出す。
その槍がセシルの左胸を捉える。
だが、そこに手ごたえはなかった。
(なに?)
四筋目の剣閃が消える。
そして、最後の剣閃が見えた。
(しまった)
セシルが隠していた四筋目も罠だ。
真の本命は、下。
鋭く振り上げられるエクスカリバーが、カインの鎧を打った。
「カイン!」
大きくはじかれて、カインは宙を舞う。だが、その空中で体勢を整えて、なんとか地面に着地する。
「大丈夫だ、ティナ」
思わず悲鳴を上げていた彼女に言葉だけ応える。
運が良かった。
最後の攻撃が下からだったからかわせた。下から来るということは、空中へ飛んで逃げるだけの余裕があるということ。咄嗟に竜騎士のジャンプで回避しようとして、なんとか致命傷を免れた。もしこれが上か左右のどちらかから攻撃されたら完全にアウトだった。
(やはり、セシルだな)
こちらが勝ったと思っても、さらにその上を行く。こちらにそれを気づかせないままに。
なんという強敵。
「本当に、敵にすると厄介なやつってのはお前のことを言うんだろうな、セシル」
「カインほどじゃないよ」
その『セシル』は苦笑しながら言った。
「僕にとってはカインほど厄介な敵はいなかった。どんなに追い詰めても絶対に倒せない」
「結局追い詰められるのは俺か。俺じゃお前にはかなわないってことか」
「僕はカインに勝てると思ったことはないよ」
その『セシル』の口調が真剣になった。
「僕は、僕より強いのは世の中でカインだけだと思っている」
「どの口がそれを言う」
「本当だよ。だから僕は絶対に君を敵にしたくなかった。勝てないと思ったから。ゼロムスにからむいくつかの戦いの中で、僕が君より優勢に立てた理由はただ一つ。僕には味方がいたけど、君にはいなかった。それだけだ」
「……」
「ゼロムスを倒すことができたのは、カイン。君がいたからだよ。エッジでもリディアでもローザでもない。あの戦いでゼロムスを倒すために絶対にはずせなかったのは、君だけだ」
このセシルは。
「お前、何者だ」
「僕はセシル。『この』僕が考えていることは、本物のセシルが考えていることと同じだと思ってくれてかまわない。この場所はそういう場所だから」
「そうか」
自分がセシルに対してあれこれ思っているのと同じように、セシルはセシルで自分のことを考えている。
眼中にない存在だと思われている、などと考えたことはない。一番の親友は誰かと尋ねたら絶対にカインの名前を挙げるだろう。だが、それ以上ではない。セシルの中で自分の存在はちっぽけなものだと思っていた。かけがえのない存在になっている自信などまるでなかった。
(俺は、セシルの)
かけがえのない、ただ一人の。
何か。
体の中から、こみあげてくる感情がある。
これは、なんだろう。
とても一言では表せない。
だが、分かる。
自分は、今、ようやく。
本当に、自分を許すことができるのだと。
「なんだ!?」
傍で見ていたブルーが驚きの声を上げる。セルフィもティナも、その場の変化に思わず目を丸めた。
カインから今までとは異なったオーラが放たれている。
「俺は、結局」
苦笑した。今までにない力が自分の中に宿っているのが分かる。
「お前に救ってもらう他、なかったんだな」
もちろん、過去に自分がしたことの罪は罪だ。その事実をなくすつもりはない。
だが、今ようやく自分は、過去の自分を精算して、新たに前へ進むことができるのだ。
「それなら良かった。今や全ての世界の命運はカイン、君に託されている。君が真のパラディンとして活動できるなら、僕も君もここに来れてよかった」
「ああ。だが、けじめはつけておかないとな」
そして、今度こそ。
二人は、完全な無心で互いの得物を構える。
先読みの力が発動する。相手よりも深く、遠い先を見据える。
(剣閃が、見える)
幾筋もの剣閃の向こうにいるのは、まぎれもない好敵手。
そこに届くためには、自分の渾身の力を振り絞るしかない。
(いつかはお前と、こうして自分の力を試してみることになると思っていた)
望みがかなう。
そして、カインは目を閉じる。
目を閉じても、彼は脳裏に詳細な剣閃を描くことができる。
もはや、この力は完全に自分のものとなった。
セシルの攻撃してこない場所。その場所をかいくぐって、一撃、当てるだけだ。
「行くぞ、カイン!」
セシルが動く。
回避しきれないほどの剣閃。だが、唯一の死角。それは、
「上だ!」
飛び上がって、上空からセシルを攻撃する。
竜騎士らしい、自分のもっとも得意とする戦法で。
「この僕に上空からだって?」
セシルは飛び上がったカインを睨む。
「空中で身動きが取れなくなって自滅するだけだぞ、カイン!」
再び軌跡が描かれる。だが、それらの軌跡は全て無意味。なぜならば、
「お前こそ、忘れたようだな。俺たち竜騎士は」
そして、急降下。
「風を操れるのだと!」
急降下するカインにセシルの攻撃が閃く。閃こうとする。
だが。
そのセシルの攻撃よりも速く、カインの槍はセシルの体を貫いた。
「馬鹿な」
ごふっ、と血を吐く。その血が自分にかかった。
「繰り出す剣より速く、懐に飛び込んで来るなんて……」
「俺はもう、竜騎士でも聖騎士でもない」
槍を抜く。そして、宣言した。
「俺は、カインだ」
「……見事だよ、さすが、僕の親友、だね」
「まだだ」
倒れ行くセシルの手をつかむと、もう一つの守護者の力を発動させる。
「大いなる福音」
エアリスから受け継いだ最高の回復術を放つと、致命傷だったセシルの傷が癒えていく。
「どうせ僕はこの山が生み出した影なのだから、助ける必要はなかったのに」
一瞬で完治したセシルが不満のようなものをもらす。
「お前を殺したとなったら寝覚めが悪い」
「全く、カインはそういうところ、律儀だよね」
本当に、こうして話しているといつものセシルと何も変わらない。本当に偽者なのか疑わしくなってくる。
「僕はどのみちもう消える」
「ああ。お前のおかげで俺もようやくあの戦いの後遺症から立ち直ることができそうだ」
「それはよかった。じゃあ、今度こそバロンで待ってるよ。僕はまだ、君から結婚の祝福をもらっていないんだからね」
「そうだったな。まあ、これが終わればすぐに行く」
「了解。待ち遠しいよ」
すると彼の体が少しずつ透けていく。
「最後に一つだけ教えてくれ」
消えゆくセシルに、カインは一つだけ聞いた。
「俺が戻っても、お前にとって俺は邪魔ではないのか?」
もはやその質問には意味がない。何故なら。
「分かってるくせに」
その通り。分かっているのだ。だが、ただ相手からその答が聞きたかった。
「まったく、いつまでも子供だな、カインは」
完全に消える瞬間、彼は確かに言い残した。
「早く戻ってきてくれ。君にいてほしいんだ」
「ああ」
そして、消えた。
「必ず行く。もう迷わない」
それは、彼が完全に過去と訣別したことを示す言葉。
232.地下渓谷
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