かつて存在し、今は滅びた世界のクリスタル。ディステニィストーン。
十柱の神の力がこめられているというそのクリスタルにはそれぞれ名前がついている。
火のルビー。
水のアクアマリン。
土のトパーズ。
風のオパール。
光のダイヤモンド。
闇のブラックダイア。
気のムーンストーン。
邪のオブシダンソード。
魔のエメラルド。
幻のアメジスト。
全てのクリスタルの力を手にしたものは、かつて存在した破壊神サイヴァそのものの力を手にすることができるという。
PLUS.233
水晶迷宮
God only knows
オブシダンソードとブラックダイアが迫る。その二人の攻撃を正面から受け止めたのは、双璧たるスコールとカインだった。
オブシダンソードはその名前から分かるように武器は剣。そしてブラックダイアは小刻みに魔法を放ちながら鞭で攻撃するという戦闘スタイル。
だがお互いに協力しようとはせず、ただこちらを倒そうと躍起になって迫ってくるのみ。
個々の能力は飛びぬけているが、人数の多いこちら側の敵ではない。
「展開して二人を取り囲め!」
ブルーの指示でアセルスとセルフィ、ティナ、ファリスが背後に回りこむ。
その隙にレノの銃がオブシダンソードを狙い、リディアの魔法が二人の間で炸裂する。
そしてアリキーノがいつのまにかカインの傍から現れて、ブラックダイアに攻撃を仕掛ける。
「くっ」
ブラックダイアが引くと、そこに攻撃をしかけたのがセルフィだ。巨大ヌンチャクがその頭部を襲う。
「この程度で!」
鞭でその武器を絡め取ると、遠方に放り投げる。だがその隙に背中を見せたカインが槍をブラックダイアの首筋にあてていた。
「そこまでだ。投降しろ」
早い。
多勢に無勢、という言葉もある。この人数差で、しかも歴戦の勇者たちが十人もいて、いまさらこの程度の敵に遅れを取ることなどない。
既にオブシダンソードもスコールに剣をつきつけられ、戦闘続行不能な状態になっている。
(強いな)
このダンジョンを守る敵なのだから、そうとう苦戦すると思っていたブルーだったが、案外あっけなく戦闘が終了して驚く。ただ、問題はこれからだ。自分たちは三パーティに分かれて行動する。こちらの人数が少なくなったときに今と同じように戦えるか。それは難しいところだろう。
「投降とは思いもよらぬこと」
オブシダンソードがその状態のまま笑った。
「我らを倒さねば先へは進めぬと思え!」
剣などないかのようにオブシダンソードが迫る。無論、手加減するようなスコールではない。容赦なくその敵を斬って捨てる。
「長兄!」
ブラックダイアが悲痛の叫びをもらす。
「よくも!」
その髪がうねる。そして──
「まずい、避けろ!」
ブルーの叫び。全員が射程範囲外に逃れる。
だが、その髪はいくらでも伸びて彼らを追う。それは、針よりも細く鋭い槍。
「女の髪はそういうふうに使うもんじゃないぜ」
ファリスがその髪の軌跡を読み取って動く。
「魔法剣アルテマ!」
最強魔法をその剣にこめて、なぎ払う。そこに隙を見出したアリキーノが突進した。
掌をブラックダイアにあて、衝撃波を直接叩き込む。これが彼女の戦闘スタイル。
「がはっ!」
ブラックダイアの体が舞う。
「とどめっ!」
セルフィとアセルスが同時に動く。セルフィは取り出した海竜の角、そしてアセルスは妖魔の剣。その二振りの剣が無防備なブラックダイアに──
(おかしい)
ブルーは違和感を覚えていた。
(こんなに簡単に倒せる相手でいいのか?)
倒すな、と彼女は言った。
それは、ブラックダイアを倒せば何か自分たちにとって悪いことが起こる、ということではないのか。
「ま──」
だが、遅い。すべては指揮者のたくらみ通りに進む。
彼女たちの剣は、ブラックダイアの体を完全に分断していた。
「まず二つ」
最奥にいるハオラーンが自分の体内に注ぎ込まれていく力を感じて微笑む。
「あと八つ。さあ、しっかりと倒してくれ」
一人でも殺せればもうけもの。狙いはディステニィストーンの力を手に入れることのみ。
かの世界に存在した至高の存在、破壊神サイヴァの力をこの手にし、全ての世界を破壊し、絶望で覆いつくす。
それまで、あと、八つ。
「案外軽かったな」
スコールが言う。だがブルーとカインはそれに答えない。答えないところでお互い違和感を覚えていることを読みあった。
「どう思う、カイン」
「マレブランケたちの方がまだ強かった印象だな。ここに配置される存在にしては強すぎないのがかえって妙だ」
「同感。変化する前のブラックダイアが言っていた『自分たちを倒すな』という警告も気になる」
二人の会話にスコールも考えさせられる。確かに強い敵がいると困るが、強くなくてもそれはそれで不思議だった。
「足止めの可能性は?」
「ありえなくはない。でも、それならもっと方法があるんじゃないかな。少なくとも僕が時間を稼ぐとしたら、この館に入り込んでくる前にどうにかする」
それこそ入り口を塞ぐだけでも効果はある。他に入り口はないのか、ないなら障害を避けなければ先に進めない。そういう遠回りをさせるための罠など無数にある。
「倒してはいけないのかもしれないね、本当に」
「だが、この先に同じディステニィストーンがいるんだろう。倒さなければ先には進めない」
「ああ。確かに僕らが一対一で戦うなら辛い相手だろうけど、集団戦になればそれほど苦労する相手じゃない」
いずれにしても、ここから先は三パーティに分かれなければならないのだ。
「さて、どういう組み合わせにしようか」
ここに一人が残り、九人が三人ずつの三パーティに分かれる。どうすれば一番戦力が平均的になるか。
カイン班、スコール班、ブルー班と分かれ、それぞれに戦力となるメンバーをあてはめると──
「正面にカイン、ティナ、ファリス。左にスコール、リディア、アリキーノ、右は僕とアセルス、セルフィで行く。レノは各チームからの連絡を受けてスイッチを切り替えて」
「了解したぞ、と」
「それで何か問題があれば」
誰にも反論はなかった。そこでレノがまず台座に近づく。
「これを動かせばいいのか?」
「そうだと思う。上下左右にスイッチが四つあって、それぞれON、OFFが切り替えられるようになっている。試しに押してみるといい」
レノが適当に一番左側のスイッチをONにする。すると左の扉が開いた。
「なるほどだぞ、と」
上のボタンを押すと正面の扉が、右のボタンを押すと右の扉が開く。下のボタンを押したが、これは目の前では何も変化が起きていない。おそらく別の場所で変化が起きているのだろう。
「このスイッチを切り替えることによって先へ進めるようになっているんだろうね」
「じゃあ連絡待ってるぞ、と」
そうして三パーティがそれぞれ入っていく。
「やれやれ、こんなところを襲われたらさすがに一人じゃ勝ち目ないぞ、と」
それだけは本気で勘弁してもらいたいと思いながら、レノは切れかけのタバコをふかした。そうして数分してから連絡が入ってくる。
「こちらスコール。扉が閉まっている。スイッチを頼む」
「感度良好。了解したぞ、と」
レノは受信してすぐに左のスイッチを押した。するとスコールの前にあった扉が自然と開いていく。
「オーケィだ。助かる」
「どういたしまして」
そして通信を切ると、すぐにブルーから連絡が入った。
「こちらブルー。今、スイッチを動かしたかい?」
「こちらレノ、感度良好。スコール班から連絡があって左のスイッチを切ったぞ、と」
「こちらの目の前で突然扉が閉まったんだ。多分、そのスイッチを切ったせいだと思う」
「なるほどな、と」
つまり、このスイッチは一つ押すだけで三つの道の全てに対して扉の開閉がかかる、ということになるわけだ。
「面倒だぞ、と」
「際限なく面倒だね。とにかく今の話を全員に伝えてくれ。それからスイッチを動かすときは全員に先に連絡して、いったんその場で足を止めた方がいい」
「了解したぞ、と」
「じゃあ頼む。連絡がついたらさっきのスイッチをもう一回ONにして」
通信が切れる。
「やれやれ、案外これは面倒だぞ、と」
レノはスコール班とカイン班にその旨連絡をしてからスイッチを入れる。するとすぐにカイン班から連絡があった。
「こちらカイン。目の前で扉が閉まった」
(いい加減にしてほしいぞ、と)
だが、最初の問題を解決すれば、あとはそれほど問題ではなかった。
スイッチの切り替えはせいぜい五分に一度くらい。その都度連絡を入れる。
そうして二時間ほど経ったときだった。
「こちらスコール」
「こちらレノ。扉か?」
「ああ。だが、かなり頑丈そうな扉だ。この先に何かあると思われる」
「了解。今動かす」
連絡を入れてから、それぞれスイッチを動かす。四つそれぞれ切り替えても反応がない。
「開かないな」
「全部切り替えたぞ、と」
「だとしたら、スイッチのオン、オフをしなければいけない部分が決まっているんだろう」
「そう言われてもどうすればいいか分からないぞ、と」
「スイッチは四つでオンかオフしかない。パターンは十六通りしかないわけだから、全部切り替えていけばどうにかなる」
「面倒だぞ、と」
愚痴を言いながらもレノはすべてを一度オフにする。
そして一つだけオンの状態を四つ、試す。
次に二つオンの状態を六パターン、試す。
さらに三つオンの状態を試して──
「こちらスコール。開いた」
「了解したぞ、と」
スイッチの配置は、上、右、下だった。左から入ったスコールたちは、左のスイッチだけがオフになっていた。
ということは、カイン班、ブルー班でもこの方式が応用できるだろう。
「スイッチが少なくてよかったぞ、と」
これが十も二十もあったらさすがに滅入る。このあたりは少しだけ感謝したいところだった。
スコールとリディア、そしてアリキーノはその扉を抜けると、ひときわ広い空間に出た。天井も高い。
「どうやら、ここで決闘のようだ」
スコールとアリキーノが武器を構えて前に出る。
そこにいたのは宝石生命体の二人。
「来たか、勇者たちよ」
「我ら二人を相手にできるのは光栄と思うがいい」
二人の宝石生命体は交互に話をする。
「我は土のトパーズ」
「我は風のオパール」
「我らが主、ハオラーン様のため」
「いざ、尋常に勝負!」
トパーズと名乗った方が大きな矛を構える。そしてオパールが魔法を唱える。これはバランスのとれたチームのようだった。
無論、スコールらも負けてはいられない。何しろ二対三。こちらの方が人数が多いのだ。分の悪い戦いではない。
「行くぞ」
スコールが言うと、リディアとアリキーノも動いた。
234.祭具奉納
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