私たちは、それぞれが自分の目的を持っていた。
人間へ復讐するものもいれば、恩を返すために戦ったものもいる。
この、目の前の者たちと決定的に違うこと。
それは、彼らのように操られた存在ではなかった、ということだ。
PLUS.234
祭具奉納
God's gift
トパーズの矛がうなる。スコールの突進を止めるほどだから、かなりの力だと言わざるをえない。だが、こちらは三人、向こうは二人。その数の差が必ず出る。
オパールが唱えるフレアの魔法に対し、リディアもフレアを打ち返す。
攻撃が単調だ、とアリキーノは判断する。確かに一人ずつの力は自分やスコールと同等なのだろう。だが、それだけだ。結局使役されるものの力は高まることはない。
ただ、彼らを見ていると思う。
自分も昔は、誰かに使役される存在にすぎなかったのだと。自分ではそう思っていなくても、全ては誰かの手のひらの上で踊っていたにすぎなかったのだと。
いらいらする。
この宝石生命体を見ていると、昔の自分を思い返すようで、いらいらする。
「そこまでです」
アリキーノが接近する。彼女の武器は拳に装着したナックル。肉弾戦こそ彼女の持ち味だ。
「たかが魔族に」
「我らが連携を崩せるものか」
だが、スコールと間合いを取ったトパーズが矛を繰り出してくる。続けざまにオパールのホーリーが放たれる。
「たかが?」
その言葉も癇に障る。
「宝石生命体の分際で、この私を『たかが』というのですか」
使役される存在でありながら、自分の意思で歩むものをとぼしめすなど。
許さない。
「死になさい」
アリキーノは紙一重でその矛を回避し、ナックルをその宝石の左胸めがけて繰り出す。
一撃で、その胸は貫かれていた。
「トパーズ!」
さらにアリキーノはホーリーのダメージをものともせず、一気にオパールまで近づく。そして同じように拳を繰り出した。
「くっ」
オパールの表情が必死なものに変わる。同時に最強魔法アルテマを放とうとするが、遅い。
スピードとその鍛え抜かれた肉体をもってなる戦士を相手に、その行動は遅すぎた。
アリキーノの拳が、そのオパールの体をも貫く。
「わ、我ら、十体の宝石生命体、これほど、たやすく……」
そしてトパーズとオパールは同時に砕け散った。
「これで四つ」
また、力が吸収される。あと六つ。
アリキーノは死ぬ間際のオパールの言葉に焦燥を覚えた。
今、全部で十体だと、そうオパールは言った。
最初に二体。ここにも二体。
おそらく、ブルー、カインらもそれぞれこのままいけば二体ずつを相手にすることになるだろう。
ならば。
残り、あと二体はどこにいる?
「さすがだな。頼りになる」
スコールが賛辞を送ってくる。アリキーノは頷くが、その表情は硬い。
「どうした?」
「いえ。その──」
気になる。
残り二体の行方。まさかとは思うが。
残っているレノのところに、行きはしまいか。
「気になるのなら、そちらを優先していただいてかまいませんよ」
リディアが相手の様子を読み取って言う。
「置いてきたレノさんのこと、気になっているんですよね」
「はい」
「もしここで戻らなかったら、万が一のときに後悔します。だから」
「ありがとうございます」
アリキーノは礼をすると、そのスピードにものを言わせて一気に走り去る。
「……なんだ?」
「レノさんに今の宝石生命体が差し向けられてるんじゃないか、と思ったんですよ」
なるほど、とスコールも頷く。だが、そうなると。
「二人きりですね」
「ああ」
前衛と後衛。二人だけでも充分に強いのは分かっている。自分たち二人だけで、他の班と同じ程度には強い。
「お前は俺が守る」
「はい。お願いします」
そして二人は、さらに先へ進む。
『扉が開いた。ありがとう』
ブルーからの返信がレノに届く。が、その返信に答えられる余裕はレノにはなくなっていた。
スイッチを押した瞬間、この迷宮の入り口から一体の宝石生命体が現れたからだ。
「タイマンかよ。随分なめられたもんだぞ、と」
腰に電磁ロッドとショートガンブレード。どちらも自分のお気に入りの武器だ。
「我は気のムーンストーン」
そのムーンストーンが手にしているのは斧。それもレノと同じくらいの大きさのある巨大斧だ。どれほどの重量があるのかは分からないが、直撃したら軽く彼を肉塊に変えられるくらいはあるはずだ。
「我の使命は、ただ一人を殺すことのみ」
「俺を倒せば道を開くことができない。まあ、作戦としては悪くないぞ、と」
もっともそう簡単にやられるつもりもないが。
「参る」
その斧を片手で振りかぶりながら突進してくる。
レノは相手の動きを見切りながら、斧の軌跡に入らないようにして相手の後方へ回った。
「ぬう」
距離を置いて、レノは懐からタバコを取り出す。火をつけて、ふぅ、と煙を吐く。
余裕を見せているわけではない。このタバコは自分の生命線だ。このタバコは自分が調合した薬を使っている。これを吸い込むことで通常よりも強い力を発現することができる。
「さ、行くぞ、と」
スピードを上げて、今度はレノから突進する。
斧の軌跡に入らないようにし、至近距離に入って電磁ロッドを一撃。
電流は効果がないようなので、さらにショートガンブレードに持ち替えて背後から一撃。
(どっちも効果なしかよ、と)
武器の力が高くないのは分かっている。だが自分はこのスタイルで今まで戦って生き延びてきた。いまさら変えることはできない。
とはいえ、どうやってこの防御力の高い敵にダメージを与えるか。
援軍の見込みがない以上は、独力で敵を倒すか、でなければ撤退。
ダメージを与える武器でもあれば、何とかなるのだが。
(ふむ)
思いついたことがある。というより、おそらくそれしか倒す手段はない。だが、どうすればいいのかが分からない。
(もう少し、敵の動きを見てみるぞ、と)
ショートガンブレードを両手で握って、相手との間合いを測る。
鋭い斧の一撃。軽々と振り回すその武器だが、はたしてどれほどの重さか。
すぐ近くでうなりを上げていく斧。
「くっ」
銃を乱射するが、相手はそれをものともせずに近づいてくる。
(タイミングが大事だぞ、と)
相手が自分の思い通りに動いてくれなければ負け。だが、うまくいけば逆転できる。
右手にガンブレード、左手に電磁ロッド。
「武器を増やしても、無駄なこと!」
さらにスピードを増す斧。だが、その攻撃を見切り、バックステップで避ける。
「馬鹿めが!」
直後、その斧がムーンストーンの手から離れ、レノに向かって飛んでくる。
「げっ!」
斧が、レノの正面からぶつかる。そのまま、レノの体は斧ごと吹き飛んで後ろの壁にぶち当たった。
「これで我の使命がなった」
ムーンストーンが一歩ずつ近づいてくる。
レノの体はぴくりとも動かない。
そして自分の武器を引き抜こうとした瞬間。
斧は、レノの体ごと空中に飛び上がった。
「なに?」
後には、二つに分断されたショートガンブレードと電磁ロッド。
二本の武器を盾にして勢いを相殺。
そして、ムーンストーンにダメージを与えることができる武器を手に入れた。
そう、彼自身が持つ、巨大斧。
「くらいやがれ、と」
死ぬほど重たかったが、そこは気力だ。
ムーンストーンの頭部に巨大斧を上から叩きつける。
回避することもかなわず、ムーンストーンの体と斧は、両方とも粉々に砕け散った。
「これで五つ」
また、力が吸収される。これであと五つ。
「ふう……」
なんとか倒した。さすがにきつかった。倒せたのは運の要素も強い。
「キノの奴だったら、軽く倒してたんだろうな」
そこで通信が入る。カインからだ。
『扉が閉まっている』
「了解したぞ、と」
台座に近づく。足取りが重い。
一歩進むごとに、床に大量の血液。
そして震える手で、スイッチを操作する。
『開いた。ありがとう』
「気にするな、と」
これで全ての仕事は終わった。
レノは台座を背にしてその場に座り込むと、懐からタバコを取り出す。
「最後の一本か、と」
オレンジのテープが巻かれているタバコ。ふっ、と笑ってそれに火をつける。
「ふぅ……」
美味い。
やはり、タバコは美味くなければ意味がない。
他のタークスの連中が調合したタバコはまずくていけない。
「あいつ、ちゃんと真面目にやってるかな、と」
タークス主任の座を半ば強引に押し付けてきた後輩のことを思い出す。
と同時に、なぜか今までのことが急激に思い返された。これが走馬灯というものか。
(ま、賭だぞ、と)
意識がなくなっていく。
せめて、あともう一口だけ。
「キノ……」
ふぅ、と煙を吐いて、力が抜ける。
(俺が死んでも、悲しむんじゃないぞ、と)
そのまま、彼の意識は闇の中に消えた。
アリキーノは駆けに駆けた。
こみ上げる焦燥。この先に愛しい人物がちゃんと無事でいてくれるのか。
最初の扉まで戻ってくるが、しまっている。
だが、そんなのは関係ない。自分の大切な人が、この扉の向こうにいるのだから。
フルパワーで、その扉を殴りつける。案外、あっけなく扉が壊れた。自分の拳のナックルも壊れたが。
「レノ」
見た瞬間、彼女は目を疑った。
大量の失血。
そして、台座に背を預けているレノ。
「──!」
言葉が出ない。
長い時間の果てに、ようやく自分を救い上げてくれた男性。
それが、自分の目の前で。
嘘だ。
こんな現実は、嘘に違いない。
彼女の白い肌が、みるみるうちに黒く染め上がっていく。
許さない。
許さない。
自分の愛しい男性を、こんなふうにした相手を絶対に許さない!
「レノ」
彼女は、彼の傍に近づいて、強く抱きしめる。
「なぜ、なぜ私を置いていくのですか。どうして、どうして!」
彼女は気づかない。
その、彼の体。
右手が、一人でに、動いたのを。
そして、ゆっくりと持ち上がって──
ぽん、と頭の上に置かれた。
「え……」
「勝手に人を殺すな、と」
レノの目が、うっすらと開いていた。
「レノ?」
「あいにく、生き残ったぞ、と」
アリキーノは目の前の現実が再び信じられなくなる。これは夢なのか? それとも現実か?
「なんとか、間に合ったみたいだぞ、と」
震える手で、レノが床に落ちたタバコを拾う。
ラストエリクサーを調合して作った、世界に一本しかないタバコだ。
「生きているのですか」
「ああ。死ぬ可能性はあったが、なんとか無事みたいだぞ、と」
「よかっ……」
またアリキーノが抱きつく。ふう、と息をついて彼女の背に腕を回す。
「宝石生命体が?」
「ああ。一体来たが、倒した」
「さすがです」
「お前がいれば楽だったぞ、と」
「すみません」
「気にするな、と。それより、まだ体が動かない。もし通信が入ったら頼むぞ、と」
「分かりました」
「少し眠るぞ、と」
「はい。ゆっくり休まれてください」
もう、彼に生命の危険はない。ようやく生気が戻ってきた彼の様子を見て、アリキーノは安心してそう答える。
「それから」
「はい」
「黒いアンタも、やっぱり美人で綺麗だぞ、と」
そう言って眠りにつく。ふう、とアリキーノは安堵の笑みを見せた。
「全く、あなたという人は」
その眠った彼の唇に自分の唇を重ねる。
「あなたが生きていてくれてよかった、レノ」
235.希望の船
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