ブルーたちは少し大きめの広間に出た。
予想していたことではあったが、そこにいたのは二体の宝石生命体。
「我は火のルビー」
「我は水のアクアマリン」
人間型の宝石生命体が名乗りをあげると、一気に迫ってきた。
PLUS.235
希望の船
shadow
ブルーにとって、戦闘とは、知恵比べだった。
相手の弱点、隙をついてこちらの攻撃を叩き込む。今までどんな強敵でもそうしてきた。それで負けたことはない。
そのブルーが、力押しでも勝てると思えば、それは圧倒的な戦力差があると分かっている場合だ。
この二体の宝石生命体に対し、ブルーはそれほど脅威を感じてはいない。問題はその後だ。
(本当に倒していいのか?)
最初のブラックダイアとオブシダンソードを倒したときからまとわりつく不安。この宝石生命体を倒すと何か大きな問題につながるような。
少なくともブラックダイアのもう一つの人格は戦闘を回避したがっていた。そして、自分たちならば宝石生命体を倒すことができるのも分かっていたようだった。
何故倒すわけにはいかないのか。この宝石生命体が握っている秘密とは何なのか。
さすがにその先に何があるかなど、情報の少ないこの状況で分かるはずがない。だが、いずれにしても先に進まなければならないのなら、倒すしかないのだ。
セルフィとアセルスが前に出る。この喧嘩友達のフォーメーションも、随分と慣れてきたものだった。一時期は本気で命のやり取りをしていた間柄だったというのに、今ではもうすっかりお互いの動きが分かり合えるコンビだ。
「最初から本気でいくよ!」
セルフィは海竜の角を生み出す。今となってはセフィロスの形見だが、考えようによっては自分がセフィロスに会うための鍵ともいえる。
「妖魔の剣!」
そしてアセルスも戦闘体勢に入る。さすがに出し惜しみはできない。最初から妖魔モードだ。
アクアマリンが放つメイルシュトロームの魔法を三人が回避する。次にルビーのフレアの魔法が来るが、セルフィもフレアを放ち返して相殺する。
「マジックチェーン」
反撃はブルーから。まずマジックチェーンでアクアマリンを足止め。その隙にアセルスが接近し、その剣を振るう。
アクアマリンは大きく距離をとるが、その間に近づいたセルフィがその長刀を振り下ろす。
「スーパーノヴァ!」
たったの一撃で、アクアマリンは分断された。
(やはり、弱い)
ブルーの不安がさらに増す。こんなに弱い相手がこの場を守る存在でいていいのか。
違う。
やはり彼らは『倒されるために来ている』としか思えない。
「とどめっ!」
アセルスが妖魔の剣を振りかざす。待て、という制止の言葉を放つより先に、ルビーの体もまた分断されていた。
「これで七つ。残り三つ」
徐々に力が膨れ上がる。破壊神の力とはどれだけ無限大なのか。
そしてカインたちの前にも二体の宝石生命体が立ちはだかる。
「我は魔のエメラルド」
「我は幻のアメジスト」
他のメンバーがどういう状態かは分からない。だが、確実に二体ずつ現れるのには何か意味があるのか。
「ま、倒せばいいんだろ?」
ファリスが気楽な様子で言う。だがカインは頷かない。それよりも危険なことが何か眠っているような気がする。
「待て、ファリス」
だがカインは彼女を制止する。
「お前たちに聞きたいことがある」
「笑止」
「戦うのみの関係に、話すことなど何もない」
「お前たちは自分たちが滅ぼされることを分かっていてハオラーンに仕えているのか?」
「答える必要はない」
「我らはハオラーンによって生み出され、ハオラーンの下に還る存在。相容れることはない」
今、何と。
「待て、お前たちは──」
『問答無用!』
エメラルドとアメジストはそれぞれ片手剣を持ち、すさまじい速さで迫る。カインが動かない代わりに、ティナとファリスが剣を構えてその二人と対峙した。
「カイン! 無駄だぜ! こいつらとは話にならねえ! ブラックダイアとは違うんだ!」
「だが」
「かまうことはねえ。宝石生命体が何を企んでいようが、全員倒せば済むだけの話だろ!」
ファリスが両手で剣を構えると魔法を唱える。
魔法剣は魔法を唱える術者としての力量は問われない。効果をもたらす魔法そのものの強さと、剣士としての強さのみが要求される。
したがって、魔法剣を使うものは自分の剣技を成長させるのと同時に、より強力な魔法を覚えなければならないのだ。
魔法剣アルテマまで習得した彼女にとって、それ以上の魔法など考えられなかった。
だが、あった。
それはつい最近、マレブランケとの戦いの中で見た。
それが自分に使えるかどうかは分からない。これが実戦初公開だ。
「魔法剣」
自分の体から、何かが生み出される。
強大な力だ。今までにないほどの、おそろしく強大な力。
「アポカリプス!」
魔法剣アポカリプス。リディアの放った魔法を見て、覚えた技だ。
「な」
さすがにそれを見たカインは面食らう。リディアの固有魔法かと思っていたあのアポカリプスをいとも簡単に使いこなしたこの剣士は何者か。
「お、できた。やっぱり俺って天才かな」
にやりと笑ったファリスがその剣を振るう。
「さ、行くぜ!」
エメラルドが迫る。だがファリスはそのエメラルドが持つ剣ごとなぎ払った。
「うお、凄い威力だな」
一撃でエメラルドを倒したファリスは続けてアメジストと向かい合う。
アメジストはファリスの後ろを取ろうと必死に動くが、ファリスの方が早い。さまざまなスキルで戦ってきたこの女性はまさに万能者だ。
「とどめだ!」
魔法剣がその体を分断し、カインたちも二体の宝石生命体を撃破することに成功した。
「これで九つ」
これで破壊神サイヴァの力はほぼ回収し終えた。サイヴァの力を使うことには何の問題もない。
ただ一つ問題がある。それは最後の一つ。
それがなければ、神としての力、不老不死の力を保つことができない。
既に吟遊詩人としての力を放棄したハオラーンにとって、破壊神サイヴァの力は全て吸収しなければならないもの。
「あと一つ──何をしている、ダイヤモンド」
なかなか破壊されない最後の一体に、少しいらだちを覚えた。
四つのパーティに分かれたカインたちの前にそれぞれ現れた宝石生命体。
だが、その最後の一体はそのいずれの場所でもない。全く別の場所に現れていた。
「やっぱり、来たか」
そこは、ラグナロク船内。
ユリアンとモニカ、そしてクライドの前に現れた宝石生命体。
「我は光のダイヤモンド」
威厳のある声が響く。戦力的に劣るイリーナは現在操縦室で運転中。このまま戦いには参加させない方がいいだろう。
「これは強そうだな」
ユリアンがカムシーンを構えて言う。無論ユリアンとて剣士としての力は高いし、モニカも弓士としては最高峰だ。だが、この敵を相手に力量が足りているかといえば微妙なところだ。
ならば当然、クライドの力がこの戦いの命運を分けることになる。
まずは敵の戦力を分析。しかるのちに方針を決める。
クライドはクナイを投げて牽制する。ダイヤモンドは左手に剣を持って迫ってくる。
(左利きか)
カムシーンを右手に持つユリアンと剣をあわせる。だが、普段と違う場所から剣が繰り出される感覚に戸惑い、ユリアンは傍線一方だ。
「瞬速!」
モニカがその一瞬の隙をついて矢を放つ。だがその矢はダイヤモンドに刺さったものの、かすり傷程度にしかならない。さすがは宝石生命体、防御力が半端ではない。
いつの間にかダイヤモンドの背後をとっていたクライドが一撃の刃を振り下ろす。だが、その攻撃ですら完全にはじかれた。それどころか彼の持っていた剣は折れてしまった。
(長く使ってきたからな)
使い勝手のいい剣が折られてしまってはどうしようもない。得物もなしに戦うほど愚かではないが、かといってダメージを与えられないほどの防御力を前にどうすればいいものか。
「どうする?」
「どうしようもないな。倒すのは無理だ」
あっさりとクライドは認めた。無理ならどうするのか、とユリアンはあわてない。それはクライドが全く冷静でいるからだ。
「どうすればいい?」
「注意をひきつけておいてくれ。何とかする」
クライドは特別なことは言わない。だが、不思議と相手を頷かせる雰囲気のようなところがあった。そして、有無を言わせないようするところも。
(最初からそうだったよな)
今となってはもう遠い過去。自分がこの世界に来て、サイファーたちと一緒に行動していたときに酒場に入ってきたのがこのクライドだった。よく覚えている。
「よし、行くぞ!」
間合いをとったユリアンが気をためる。これが自分の最強奥義。
「不動剣!」
ぴたり、とその動きが止まる。だが、次の瞬間、ユリアンの体はダイヤモンドの後ろにあった。
「黄竜剣!」
そのまま飛び上がり、黄竜の波動を放つ。そして、
「デミルーン──」
曲刀を直接、ダイヤモンドの胴体に叩き込んだ。そのとき、
「影矢!」
モニカの援護が決まる。反撃しようとしていたダイヤモンドの左腕に突き刺さり、動きが鈍る。そこへ──
「──エコー!」
返す刀でダイヤモンドの胴体に二度、叩き込む。そして離れた。
「不動」
その間に既にクライドの準備はできていた。ダイヤモンドの周囲に散らばる五つの魔法石。
「金縛り!」
その床に五芒星が描かれる。自分がビリーから受け継いだ技の一つだ。
ダイヤモンドはその床に足を縫い付けられたかのように全く動けない。それどころか両手、胴体、どこをとってもまるで身動きの取れない状態となっていた。
「すごい」
ユリアンが素直に賛辞を送る。
「一気に畳み掛けるのか?」
「いや、放置する。俺が気を送り続けている間は大丈夫だ」
「どれくらい?」
「一日だな。それより早くあいつらが帰ってこなければ解き放たれることになる」
「げ」
「まあ、さすがにそのときまでには戻ってくるだろう」
そうしてクライドは船の壁に背中を預けた。
気を送り続けるということは眠らずにいるということだ。消費される気力は問題ではない。ただ眠らずに起きていられるかというだけのこと。
だから一日どころか、二日でも三日でももたせようと思えば可能。それがこのビリーの技だ。
「倒せないものを無理に倒す必要はない。倒せる奴が戻ってくるまで待っていればいい。お前たちも少し寝ておけ」
「こ、こいつが船内にいるのに?」
さすがにそれで熟睡はできない。一歩間違えれば寝ている間に殺されたり船が墜落してしまったりするのではないか。
「俺が眠らなければいいだけのことだ」
「それならなおさらだろ。誰かが近くにいた方が気がまぎれるし、それに万が一のときだって何とかなる」
ユリアンが折れないのでクライドも頷いた。なら好きにしろ、ということなのだろう。
「遅い」
残り一体は何をしているのか。
全ての力がそろわなければ、完全な力を発揮することなどできない。
「何をしている、ダイヤモンド」
ハオラーンにとって、それだけが誤算だったということだろう。
差し向けた敵の方が、宝石生命体を倒す力がなかったということ。
そして、倒せないかわりに足止めだけならいくらでもすることができるということ。
クライドの存在が、ハオラーンの計画を全て狂わせた。
「まあいい、いずれにしても力の大部分は吸収した」
カオスの器を持ち、そこに破壊神の力を吸収した以上、自分の力はカオス以上のものになっている。
「最後の砦を突破されたなら、残るは私だけ。さあ、早く来るがいい、勇者たちよ」
236.魔女決戦
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