カインたちはそのまま先に進む。
 三人はほとんど何も話さない。重苦しい雰囲気の中、ようやくたどりついた巨大な扉の前で三人が立ち往生する。
 扉は開くことができる。ただ、問題があった。
 扉の開閉レバーが手前側にあるのだが、それを押さえ続けていないと扉が開かない仕組みになっているのだ。
「固定させられないか?」
 カインが尋ねるが、調べていたファリスが「無理だな」と答える。
「こりゃ魔法的な力がかかってる。人の手じゃないと押さえられない」
「一人残れ、ということか」
「そういうことだろうな。じゃ、後は任せたぜ」
 ファリスがあっさりと言う。
「この先にいるのはハオラーンだろ? だったらお前が決着つけるべきだろ。そうなったらティナが一緒に行かないなんて言うはずないし、それなら残るのは俺しかいないだろ」
 至極正論だ。ただ、ハオラーンがこの先にいるというのなら、逆に戦力は多いにこしたことはない。
「なに、他のルートからブルーやスコールも来る。大丈夫だろ」
「分かった。気をつけろ」
「俺の強さはもう分かってるだろ?」
 確かに、ファリスの力ならば一人でも多少の敵は軽く倒せる。それは先ほどのディステニィストーン戦で分かっている。
「頼むぜ」
「ああ」
 そうして、二人は最終決戦の地へと臨む。












PLUS.236

魔女決戦







witch






 一方で、残り二つのルートを進んでいるスコールたち、ブルーたち。彼らはカインたちとは違い、進んでいくうちに五人がちょうど一つのルートに合流する形となっていた。
 アリキーノがレノのところに戻ったのは話に聞いていたので、ブルーも人数が減っていることについては問題にしなかった。それよりもカインたちと合流ができないことの方が気にかかる。
「レノと連絡を取ったところ、カインたちの方はカインとティナの二人で先に進んでいるらしい。ファリスが扉を開けて進ませるのに残らなきゃいけなくなったとか」
「ファリス一人か。それはそれで危険だが、カインたちの方も先に進んだということは、もうハオラーンが近いということか?」
「そういうことだと思う。急がないと」
 スコールとブルーが素早く意思疎通をはかると、五人はさらに奥に向かって進む。
 が、その最後尾を歩いていたはずのセルフィが立ち止まる。
「どうした、セルフィ」
 スコールが振り返る。そのセルフィは真剣な表情で虚空を睨みつけている。何かそこにあるのか、だが他の四人には分からない。
「ごめん、先、行ってて」
 セルフィの声が低くなっている。その声に四人の体が震えた。
「後で、絶対行くから」
 逆らえない空気──それは、魔女の発する『恐怖』の力。
「セルフィ、どうして」
「今は言えない」
 セルフィの目は真剣で、スコールをすら黙らせる。さすがにスコールももうそれ以上は何も言えなくなった。
「先に行こう」
 場の緊張を解いたのはアセルスだ。別に彼女はセルフィに対して何か含むところがあって言うのではない。単純に、セルフィがしたいようにさせてあげようと思っただけだ。たとえ心配だとしても、それが彼女の望みなら。
「分かった」
 スコールも頷き、ブルーとリディアも頷く。
 そしてセルフィだけがその場に残る。
 しばらくして、彼らの姿が全く見えなくなり、それからさらに数分経ってから、彼女はささやいた。
「いるんでしょ? そこに」
 その空間に向かって言い放つ。すると、くすり、という笑い声と共に実体化する影。
 そこにいたのは『黒いリノア』ことレイラ。
「よく分かったね」
「ウチの力、もともとはリノアのだからかもしれへん」
 セルフィが既に普段の口調に戻っている。
「他のみんなは気づいてないみたいだけど、ウチは分かった。あの魔女の庭で何があったのか」
「ふうん?」
「もしかしたらカインも気づいとるかもしれへんけど、スコールは全然分かっとらへんし」
「だから先に行かせたの? 事実を知らせないために?」
「それもあるよ。スコールは内心、ラグナ様のこと心配しとるけど、どういう状況だったのか教えてへんから、あまり深くは考えてへんから」
 だが、それだけではない。
 ここに一人残り、みんなを先に行かせた理由は他にある。
 あの惨劇の場を見て、すぐに分かった。レイラがラグナとジュリアを襲った。そしてその力を吸収したのだと。
 そうなると、おのずと次に何をするかは分かっている。スコールたちはもうレイラにかなわない。たとえハオラーンには勝ててもレイラにはかなわない。
 何故ならば、レイラには最初の魔女ハインの力が全てが吸収されている。ということは、レイラは恐怖の力を最大限に使えることになる。つまり、とどめをさそうとすると、その恐怖の力によってこちらの力が自動的にセーブされることになる。
 だから、セルフィだけが分かった。
 レイラを倒せるのは自分だけ。同じ魔女の力を持つ自分だけなのだと。
(魔女の庭に行っといてよかった)
 もしあの場面を見ていなければ、レイラに対してそこまで警戒することはなかっただろう。あの場面で、何が起こったのかを、冷静に分析したからこそ分かったのだ。
「そして、アンタがウチを狙ってくるのも予想してた」
「へえ?」
「だって、ウチだけがアンタを倒すことができる可能性を持っている。同じ魔女だから」
「よく分かってるわね」
 レイラはリノアの顔で笑う。いちいちその仕草が気に入らなかった。
 リノアはいい娘だった。お嬢様で、世間知らずで、そのくせ何かを成し遂げようとする気持ちだけは誰にも負けなくて。その彼女をみんなでサポートしてあげたいと思うようになったのは不自然なことではない。
 そして、彼女を気に入っている自分だからこそ、最後のとどめを刺すのも自分でやった。そして彼女の力を全部受け入れたのも自分だ。
 リノアのことは大切な思い出の一つ。
 それを、こんなふうに、穢してほしくない。
「でも、どっちの方が強いかは分かってるよね」
 くすくすと笑うレイラ。
「私は魔女の力をほとんど無制限に使える上に、魔法王や指導者、代表者の力まで持っている。それに比べてあなたは魔女の力の一部と、修正者の力だけ。これでどうやって私と戦うつもり?」
 どうやっても何もない。
 倒すだけだ。
「海竜の角!」
 不慣れな武器。だが、セフィロスの魂が宿った武器。
 これを使うだけで、自分は彼を感じることができる。
「ふうん。そんな剣で倒せると思ってるんだ」
 だが軽口にはのらない。自分だけが彼女の恐怖をほとんど無効化できるのだ。だからこそ自分でなければレイラは倒せない。
 彼女は大きく剣を振りかぶると、セフィロスの最強奥義を最初から放っていく。
「スーパーノヴァ!」
 強大な衝撃波がレイラを襲う。だが、そんな技は彼女にとって児戯に等しい。
「アイギス」
 魔法王の力を手に入れたということは、その魔法全てを手に入れたということ。もはや彼女は魔法王に翻弄された頃の彼女とは全く違う。
 このラストダンジョンを守る、最強の敵の一人。
「この程度で私を倒そうなんてね」
 そして右手を高々と掲げる。その手からあふれる強大な光。
「エクスティンクション!」
 その、光の洪水。それに巻き込まれたら間違いなく死ぬ。
 必死に回避しようとしても、次から次へと襲いくる光に回避しきれない。
「スロット魔法──ホーリー!」
 なんとか相殺できるところはしようとホーリーを放つが、それでも最終的には光に飲み込まれる。その膨大な熱量に彼女の肌が焼かれていく。
(耐え切れない!)
 その圧倒的な力量の差に絶望さえ感じた。






 SeeDというのはある種の連帯感を持っている。
 セルフィも同じSeeDにはそれなりに敬意と連帯感を持っている。それは、何かしらの犠牲を払って手に入れた称号だからこそだ。
 その中でもスコールは別格だ。彼と一緒にいるのは楽しい。彼があの能面の中で考えていることを想像するのも楽しい。正直、自分にセフィロスがいなくて、彼にリディアがいなければ、自分が恋人に立候補したいくらいだ。
 ただ、それ以外のSeeDとなると自分は明らかに一線置いている。ゼルやキスティスらに対して、確かに仲間としての感情もあるし魔女戦を生き抜いてきた同志としての連帯感もあるのだが、だからといって親しいかといわれると必ずしもそうではない。むしろトラビアガーデンの旧友たちの方がずっと距離が近い。
 ではリノアはどうかというと、最初に会ったときから彼女は自分にとってコンプレックスを感じる対象だった。自分と違って容赦ない美人。大人びた様子で、スコールと並んで立つと本当によく映える。そのくせ考え方がやけに幼い。レジスタンスのリーダーとして活動しているかと思えば、よくこんな組織で活動する気になれるものだと思った。
 それなのに、リノアはやけにセルフィと一緒にいることが多かった。リノアとしても叱られたことのあるキスティスより、友人感覚のセルフィの方が付き合いやすかったということがあるのだろう。自分も別にリノアのことを嫌っているわけではない。どちらかといえば好きな方だ。
 だが自分は無制限にリノアを許容していたわけではない。
 自分の境界から内側に誰かを招きいれたことはセフィロス以外にはない。それを平気で踏み越えてこようとするリノアは、自分にとっては警戒すべき相手だった。
 リノアは自分のことをどう思っていただろうか。
 幼い妹の感覚か、頼れる姉の感覚か、単なる仲間・友人の意識だったのか。それとも、都合のいい相手としか思われていなかったか。
 それは分からない。ただ確実に一つだけ、いえることがある。

 リノアは自分を攻撃しない。






「あれ」
 ほんの一瞬だがあまりの熱量で気を失っていたらしい。だが、気づいたら既に火傷の痕もなく、戦う分にはまるで問題がなさそうだった。
「便利な能力ね、それ」
 呆れたようなレイラの表情。何が起こったのか自分ではわからないのに彼女には分かっているようだ。
「修正者の力。まさか焼ききれる瞬間にフルケアで最大回復するなんて思いもよらなかったわ」
 ああ、なるほどと頷く。フルケアは使用直後、少しの時間全く敵からの攻撃を受け付けない。無意識に放った魔法で自らの身を守ったということだ。本当に便利な技だ。
 修正者にのみ使える奥義、スロット魔法。
(倒すとしたら、それしかないんかな)
 その究極奥義、ジエンド。これを使えばいかにレイラとて耐え切ることはできない。
「でもまずは、自分で決着つけないとね〜」
 もう一度海竜の角を握る。ジエンドに頼るとしても、簡単に使わせてくれるほどこの敵は甘くない。
「抵抗しても殺されるだけなのに」
 でも、とレイラは薄笑いを浮かべる。
「抵抗してくれた方が、後で食べるあなたの心臓も美味しそうね」
 魔女はそのままでは死なない。自分の力を誰かに託さない限り、死ぬことは許されない。死ぬ前に自分の力を誰か別の人間に譲らなければならない。だからリノアは死にきれなかった。
 レイラは自分の魔女としての力を全部吸収してしまうつもりなのだ。いや、ほしいのはむしろ修正者としての力か。
 どちらでも別に問題はない。
(倒すのはウチ、倒されるのはあっちや)
 だからどういうつもりなのかなど別にたいした問題ではないのだ。
「これで!」
 セルフィは間合いを計って一気に詰め寄る。そして一度、二度、三度と剣を振るうが、レイラは軽くそれらの軌跡から逃れていく。
「無駄よ。その程度のスピードで倒せると思ったら大間違い」
 レイラはその右手に力をこめる。
「アイギスと対を成す最強の矛、受け止められる?」
 三叉の矛がその手に現れる。凶悪な魔法がそこで使われているのが分かる。
 あれは、防げない。
「トライデント!」
 レイラがその矛をセルフィに放つ。それを回避しようと動く。だが、そのセルフィを追いかけるようにトライデントが方向を変えてきた。
 これでは逃げられない。
「くっ」
 やむなく、セルフィは海竜の角をその矛に向けて叩きつける。
 その剣が、根元から折れた。
(え)
 竜にもらった剣。セフィロスの形見が。
 こんな、あっけなく。
「剣だけか。ま、いいか。これであなたは剣を使って攻撃できなくなるわけだし」
 レイラは魔法の威力に少し不満があるようだったが、セルフィにとってはそれどころではない。
 大切な、大切なセフィロスの形見。
「さて、と。それじゃ、そろそろ本気出そうか」
 にっこりとレイラが笑う。だが、そんな邪悪な笑みには負けない。
(負けない)
 セフィロスに会うためにも、こんなところで敗れるわけにはいかないのだ。






237.魔女決着

もどる