決着の時は来た。
 世界のこととかはどうでもいい。
 ただ自分は許せないだけ。
 自分がこうして存在していること。
 その存在全てを否定するにはどうすればいいか。
 単純だ。
 自分を生み出した者全てを消滅させればいい。

「来たか」

 ディオニュソスはいつになく真剣な表情でやってきた四人の人間をにらみつけた。












PLUS.238

神々決戦







the moon and the bacchus






 彼とは必ず決着をつけることになるとは思っていた。だから、このメンバーで立ち向かえるということは正直ありがたかった。
 ディオニュソスとは誰もが何らかのかかわりを持っている。この場にいないセルフィだって、本当ならばディオニュソスとの決着をつけたいだろう。何しろ彼は、セフィロスを殺した張本人だ。
 ただ、彼らにはしなければならないことがある。人間に戻るというアセルスの願いをかなえるためには、ディオニュソスの力が必要なのだ。
(スコールがいれば何とかなる)
 ブルーの中にある作戦はそれほど難しいことではない。召還獣を従えるということは、相手と戦って、相手を力で上回らなければならない。その勝負ができないというのなら、相手を従わせるために戦って倒さなければならない。
 問題はそれを、死なない程度に行わねばならないということだ。
「ようやく来たか。遅いぜ」
 ディオニュソスが声をかける。が、以前のような飄々とした感じはない。追い詰められた野生の獣。手を出したら体こと食い殺されてしまうような。
「ディオ」
「リディ。覚悟はしてきたろうな」
「それはこっちの台詞だ」
 スコールがガンブレードを構える。互いに話し合う余地など残っていない。あとは勝つか、負けるか。それだけだ。
「頼むぞ、スコール」
 ブルーが声をかける。
「ああ」
 ぶっきらぼうに言う彼の返事が、戦いの開始の合図となった。
「行くぜ!」
 ディオニュソスが接近する。この幻獣の正面からの突進を防ぐことができるのはスコールしかいない。
 ディオニュソスの豪腕を剣で応戦するが、最強硬度の地竜の爪をもってしてもディオニュソスの腕には傷一つつかない。
(なんて硬さだ)
 しかも力が強い。一打撃ごとに剣を弾かれそうなところをかろうじて押さえ込む。一回ずつ手にしびれが走る。これは思っていた以上にタフな作業だ。
「分かってたことだろ」
 ディオニュソスが余裕の表情で言う。
「俺を倒すのは、そんな程度じゃ無理だってことはよ!」
 右腕を剣で受け止めるが、その剣ごとスコールの体が飛ばされる。
「エクスティンクション!」
 だがそこで最強の魔法が放たれる。全てを消滅させる光の魔法。そして、続けて放たれる魔法。
「トライデント!」
 最強の物理攻撃魔法。メテオよりも収束して放たれるこの魔法は全ての防御属性を打ち破る必殺の槍。
「そんな技が」
 ディオニュソスは左手に酒瓶を生み出す。
「通用するかよ!」
 一直線に飛び出す槍に、ディオニュソスはその酒をぶちまける。するとどういう効果か、魔法で収束されたその槍は雲散霧消した。
「そんな」
 あの魔法なら鉄壁の防御力を誇るディオニュソスでも貫くことができる。そしてそれはおそらく間違いない。そうでなければ彼が魔法を打ち消すなんていう方法に頼ることはないからだ。
「その程度かよ、リディ」
 その目にこもるのは殺意。
「そんなんじゃ、この俺様は殺せねえ!」
 ディオニュソスは再び生み出した酒を自ら飲み干す。それは攻撃力を増大させるバッカスの酒。
「いくぞいくぞいくぞいくぞいくぞ!」
 瞬発力、破壊力共に格段に上がったディオニュソスの前にスコールが再び立ちふさがる。
 しかも今度は、グリーヴァを従えて。
「ゆくぞ、スコール」
「ああ。たのむぞ、グリーヴァ」
 既にライドオンしているスコールは全ての集中を攻撃のみに専念する。移動と回避はグリーヴァがやってくれる。
「エンドオブハート!」
「甘いぜ」
 だが。
 その効果が発動するよりも早く、ディオニュソスはその剣を握った。
「なっ」
「てめえの攻撃なんざ、剣がなきゃ何もできねえんだよ!」
 骨が軋む音。いや、違う。
 それは『爪』が折れた音だ。
「地竜の爪が!」
 ブルーが呻く。
 まさか、最高硬度を誇るあの竜の武具が、いともたやすく折られるなど。
「死ねよ」
 豪腕がうなる。
「メルトクリムゾン!」
 せめて効果を半減させようとスコールがその拳をあてる。が、その拳が砕ける音と共に、スコールとグリーヴァの体は吹き飛ばされた。
「スコール!」
「さて、これで邪魔者はいなくなったぜ、リディ」
 ディオニュソスはブルーとアセルスを眼中に入れていない。彼を傷つけられる唯一の可能性をもった男がスコールで、彼にとってもっとも影響力のある女がリディア。それ以外の人間は目に入っていないのだ。
「ディオ」
 だがリディアは哀しい目で相手を見つめる。
 この孤独で哀しい幻獣を嫌えるはずがない。ただ、自分たちの前に立ち塞がっているから倒す。
「悪いがここで終わりだな。お前は俺が殺す。お前が死ねば、幻獣も少しは人間の束縛から解き放たれる」
「本当にそう思うの?」
 だがここでリディアが引くわけにはいかない。
 相手を認め、相手の力と自分の力を重ねることが召還士の在り方だ。
 だからこそ相手を倒し、その消滅を願う彼のやり方に負けるわけにはいかない。
「ディオ。あなたの周りにいた人間は、そんなにあなたのことを忌み嫌っていたの?」
「いいや? 知ってると思ってたが、俺は他の誰からも使役されたことはねえぜ? お前だけが例外だ。お前と戦ってるのは案外楽しかったぜ」
「なら、どうして」
「それは感情でも理屈でもねえ」
 ディオニュソスはこのあふれ出る衝動をどう呼べばいいのか分からない。
 だが、確実に湧き上がる『何か』がある。
「本能、ってやつかもしれねえな。アンタと一緒にいるのは楽しい。アンタと一緒にいた方がいいってのも分かる。だが、俺の存在そのものが、その両方を認めてねえのさ」
「人間を?」
「いや、俺自身をだ」
 右手をにぎったりひらいたりしながら答える。
「俺が生粋の召還獣じゃないせいなんだろうな。この存在の仕方は間違っていると俺の中の何かが言う。俺はその衝動に逆らえない。理性も感情もなくして、本能のままに生きたい。何も考えなくなれば、こんな無駄な悩みとはオサラバだ」
「でもそれは、理性を持つ者の考えじゃないわ」
「そうさ。だが、思考を放棄したくなるくらい、アンタと一緒にいるのは快楽でもあり、苦痛なのさ」
 ぎりっ、と歯軋りの音がした。
「さ、おしゃべりはここまでだ。そろそろ死にな。アンタのことはずっと忘れないどいてやる」
「それは駄目」
 リディアは首を振った。
「私はまだ死ぬわけにはいかない。この世界を救うと決めて、全ての召還獣たちと契約を果たすまでは」
「全ての?」
「そう。人によって生み出された召還獣たち。私はその人の思いを全て知りたいから」
 ディオニュソスは喉の奥で笑う。
「やっぱアンタはすげえな。俺にゃそんなこと考えもつかねえよ」
「それにね、ディオ」
 リディアは目の前で魔法を唱え始めた。
「あなたの友人が、あなたのことを心配しているわ」
「なに?」
「アルテミス!」
 そこに生み出された召還獣はボーイッシュな服装をした少女、アルテミス。
「また会ったな、ディオニュソス」
「おいおい」
 ディオニュソスは肩をすくめて両手を上に向けた。
「俺はそんな奴と友人になった記憶はねえぜ」
「同感だな。私にもそんなふざけた男と友人になった記憶はない」
 漆黒の長い髪をなびかせたアルテミスだったが、今日はいつもの月女神の弓を装備していなかった。
「だが、お前に一つだけ言い忘れていたことがあったのを思い出してな。リディアに呼び出してもらった」
「へえ? 他人に全く興味がなかったお前に言われることなんか何もないぜ」
「私もそう思っていた。だが、お前の話を聞いて一つ思い出したことがあってな」
「何をだ?」
「お前を生み出した人間たちのことをだ」
 ディオニュソスの顔が凍りつく。
 それはつまり、ディオニュソスのルーツに関するもの。彼が何よりも求めてやまない情報だ。
「それは──」
「既に滅んだ世界の、一地方の民間伝承だ。その国の王は自分の国の民を連れてさまざまな国を巡り歩いた。神々が全ていなくなった世界に、王は神々と同じ力を兼ね備えていた。王は回りに自分と同じように力を使える存在を探していた。だが見つからず、王は自らの民たちが一人ずつ倒れていくのに気づかなかった。いつしか王の周りには誰もいなくなっていた。そして彼は全てに絶望し、最後に倒れた。哀れに思った神々が、彼を神の末席に呼び寄せた。彼は神として生まれ変わり、その地に酒をもたらす酒神バッカスとなった。それがお前だ、ディオニュソス」
 ディオニュソスはその話をじっと黙って聞いていた。
 だが、それほど詳しい話を何故このアルテミスが知っているのか。その理由は一つしかない。
「てめえ、まさか」
「私はその地方の神々の一柱だった」
「アルテミス、あなた」
 彼ら召還獣は自分が誰かによって生み出されたことは知っていても、誰によって生み出されたのかは基本的に覚えていない。グリーヴァのような例外は稀にあるが。
 アルテミスも完全に忘れていた。かつて滅びた国のこと。そして、自分がその世界で何をしたのかということ。冬に一人の人間の男を愛したということ。尊敬していた女神のこと。大好きだった兄上との思い出。
 そして、神々の列に加わることができなかった、一人の国王のこと。
「私はお前と同じ世界の神の一柱だった。だが、それだけではない」
 彼女は思い出した。
 神の力をその身に備えながら、神に出会うことなく倒れていったその国王を見て、確かに彼女は哀れんでいたのだ。
「お前を、神の座へ呼んだのは私なのだ」
「……」
「お前は神々に会いたがっていた。だから願いをかなえてやりたくなった。そうしなければ、お前があまりにかわいそうだったから」
「俺が、かわいそう、だと?」
「そうだ。自分の民が倒れていったことに気づいたお前は、自分の境遇に涙すると同時に、自分の民のために涙を流した。こんなわがままな自分についてこさせて申し訳ないと。いなくなった民たちにお前は心から謝罪していた。だから私はお前に、その償いをしたいのならそうすればいいともちかけたのだ。そしてお前はその地に酒を送り、人の役に立った。ディオニュソス。お前は、人間のために働く神だった」
「……」
 ディオニュソスは苦悶の表情に変わっていた。
 それを思い出したのか、それとも思い出せないのか。
 だが、いずれにしてもその事実はディオニュソスに考えさせる何かを備えていた。
「だが、今、お前がこれほど苦しんでいるのならば、その直接の原因は私だ」
 アルテミスはそう言うと、ゆっくりと前に進み出た。
「なんのつもりだ」
「私を殺すがいい、ディオニュソス。それでお前の気が晴れるのなら。そしてもう、人間に復讐などするな。お前は本能だなどと言っているが、本当はそうではない。ただ突き上げる衝動をどうすればいいか分からないでいるだけだ。分からないなら私が教えてやる」
「なに?」
「お前の力はハオラーンを倒すために使われるべきものだ。そしてお前はそれを自ら望んでいる。そのことに気づけ」






239.神々の座

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