戦いの時は来た。

 全ての物語に結末を。
 全ての生命に終幕を。
 全ての世界に滅亡を。

 今、私は、神となる。












PLUS.241

最終決戦







minstrel song






 カインとティナは誰よりも早く、最奥へと進んでいた。
 途中から連絡が取りづらくなって、もはやレノたちとの交信も途絶えたが、もはやスイッチ切り替えの必要はなくなっていた。
 どうやら、最終決戦まではあと少しのところに来ているようだった。
「今回は、カインが最初なんですね」
 前回のカオス戦ではカインは一番最後にやってきた。それも、記憶をもうほとんど手放した状態で。
「勝ちましょうね、絶対」
 ティナが左手で右手を握ってくる。
「私は絶対、カインといつまでも一緒にいますから」
「ああ」
 その手を握り返す。
「俺もお前を手放すつもりはない。この戦いに勝ち残って、元の世界へ戻ろう」
「はい」
 そして二人は迷宮の最深部へと到達する。
 そこは、あまりにも広い空間。
 謁見の間。
 豪奢なビロード、赤い絨毯、きらびやかな飾りと、そして玉座。
 その玉座に居座っていたのは無論、
「来ましたか、カイン」
 静かな顔で座る、吟遊詩神ハオラーン。その姿はまだ吟遊詩人のときのままで、緑色のローブに身をくるんでいる。ただし、いつも手元にあった竪琴はもうない。
 彼が歌う必要はもうない。
 歌声は、全世界の悲鳴。
 全ての人間の鳴き声こそが、彼の奏でる音。
「あなたは私にとって、誰よりも興味深い対象です」
「光栄だな」
「あなたの精神はおそらく、私のものよりも崇高で、気高く、強い。それほどの負の感情をどうやってそのちいさな体の中に押し込めておけるのか、不思議でなりません」
「大切なものがあるかないかの違いだろう」
 カインはぶっきらぼうに言う。
「親友だと認めた男を裏切ることはできない。そして、愛する女性を悲しませることはできない。後悔で押しつぶされるようなことは、今の俺にはできない」
「そうですね、私にはそんなものはひとりもいませんでした。私が一つの世界の一柱だったころからずっと。私もまた、神の力を持ちながら神々の座に加われなかった者ですから」
 ディオニュソスと同じように。
「歌い、奏で、全ての世界の全ての事象をその身に刻みました。私のこの体の中には二五六の世界で行われた全ての悲劇が刻まれているのです」
「物語は悲劇だけではない」
「そうです。ですが、私にとって全ての物語は悲劇です。何故ならば、全ての人間と全ての神と全ての世界は、私だけを現実に残して全て過去へと流れさっていく。いつも私だけが残されたのです。私だけが時の流れに乗ることができなかったのです」
「だから時の流れに乗ることにした、と?」
「そうです。全てを破壊する。そうすることによって、自らこの物語に参加する。私自らが物語の登場人物となる。それはあなた方の仲間としては叶えられないことでした。今まではそうして物語だけを残されてきたのですから」
「だから、いっそのこと敵になろうと」
「そうです。敵としてあなた方の前に立つ。全てを滅ぼせばそれでよし。また逆に、あなた方に滅ぼされるとしてもまたよし。私はこの永劫の命に終止符を打つことができる」
「倒すも倒されるも、どちらでもかまわないと」
「そういうことです」
 そしてハオラーンは立ち上がる。
「ですが、だからといって手加減するなどとは思わないように。私が死ぬということは、これまでに滅びた二四〇の世界の物語全てを消失させるということ。私には、彼らが存在していたことを忘れず覚えていなければならないという義務があります。私はそう簡単に滅びるわけにはいかない。私を倒すというのは、既に滅びた二四〇の世界が存在していた記録すらも抹消させることだと、そう思いなさい」
「滅びたものより、今ここに存在するものの方が貴重だ」
 カインは言う。
「俺もいつかは死に、誰からも忘れられ、存在していたことすらなかったことになるだろう。だが、それは人間の、そして世界の営みの中の大切な歯車の一つ。その繰り返しこそが、世界を存続させるための礎となる」
「ええ。ならばお互いの譲れないものを守るために、始めるとしましょうか」
 吟遊詩神はそのローブを脱ぎ去る。その下に暗黒騎士の装束。
「言っておきますが、私は強いですよ。カオスの力を取り込み、そして、私を生み出した破壊神サイヴァの力を九割方手に入れた今の私にどれほどの力があるか」
 ハオラーンが気合を入れる。それだけで衝撃が生まれ、二人の体を吹き飛ばそうとする。
「私にも分かりませんから」
「その程度ならば俺も同じようなものだな」
 カインもまた気合を入れる。その負の感情がほとばしり、ハオラーンの鎧に皹を入れる。
「たいしたものですね」
「俺ももう、人の領域を超えているようなものだからな」
 竜の力を手にし、そしてカオスを上回る闇の力をも備えたカイン。まさにハオラーンといい勝負だ。
「行くぞ」
 天竜の牙を手にしたカインは一息で接近する。そして手にした槍を繰り出す。
「まさかとは思いますが」
 ハオラーンも右手に暗黒剣を持つが、その槍を回避することも受けることもせず、ただその軌跡に合わせて左手を出した。
「このような児戯で、私を倒そうとは思っていないでしょうね」
 その手が触れた瞬間、天竜の牙は粉々に砕け散る。
「む」
「全力で来なさい。あなたの持つカオスを上回るその負の感情を全開にして」
 一歩後退する。そこに「カイン!」とティナから声がかかる。
「これを」
 ティナが放ったのは、最強の武器オメガウェポン。これを使えるのは半獣であるティナの他は、人間ではカインだけ。
「人間の精神を何十倍にも高めて具現化する武具、オメガウェポン。そう、あなたの負の感情を操るにもっともふさわしいのはその武具でしょう。さあ、仕切りなおしです。かかってきなさい、カイン。あと、それから──」
 ハオラーンはティナの方を向く。
「あなたは下がっていなさい。あなたの力ではもはや我々の戦いに参加すれば、ただ巻き添えをくらうだけですよ」
 ティナがたじろぐ。確かにこの二人の力を前にしては自分の存在などないようなものだというのは分かる。
「人質に取ろうとかいう考えはないのだな」
 カインが感心したように言う。
「もちろんです。物語風にいえば、私は最終ボスにあたります。その最後の敵がそんな姑息な真似をするのは興が殺がれるというもの。世界の守護者たるあなたが勝つか、世界の破壊神たる私が勝つか、純粋な力と力の勝負。物語のクライマックスに望まれるのはそこです。決して姑息な戦いではない」
 それは無限に等しいほどの物語を歌い継いできたハオラーンだからこそ備わっているポリシー。ならばそれを最大限に利用させてもらうとしよう。
「ですが、最後にあなたが勝って喜劇となるか、それとも私が勝って悲劇となるか、この物語の結末はまだ誰にも分かりません」
「いいだろう。ティナ、下がっていろ。こいつは一対一の勝負が望みらしい」
「いいえ、下がりません」
 だがティナは踏みとどまる。
「オメガウェポンを預けてしまえば確かに私には攻撃手段はほとんどありません。でも、それこそ物語風に言うなら、ここは一対一ではなく、仲間の援護をもらいながら主人公が最後の敵を倒すシーンではありませんか?」
 確かに英雄叙事詩では最後に一人で戦うシーンというものは少ない。それに、今までの戦いだって最終決戦を一人で迎えた者はいない。
「あなたの尊敬するセシルさんなら、一人で戦いに行こうとするのですか?」
 カインは意表をつかれた。確かにその通りだ。
「いや、しないな」
「なら、私も援護します」
「分かった。だが、不用意に近づきすぎるな」
「はい」
 そしてカインはオメガウェポンから闇色の剣を生み出す。カオスの剣。
「いくぞ」
 そして、死闘が始まる。
 カインの振るう剣に、ハオラーンが剣をあわせる。火花が散ったその合間をめがけて、ティナのアルテマが飛んだ。
 その魔法を衝撃波で打ち落としたハオラーンは高く飛び上がると、竜騎士さながらにカインめがけて急降下してくる。カインもまた迎撃するためにハオラーンめがけて飛び上がる。
 空中戦。上から落ちてくるハオラーンの方に分があるはずだが、カインも負けてはいない。竜騎士が空で負けたとあってはその戦いに勝ち目はない。
 一合組み合ったと思いきや、カインは相手の力を空中にいながらそらす。反対に、受け流されていくハオラーンの上にするりと踊りでる。
「覚悟!」
 鋭く振り切られるカオスの剣。身をよじって回避するハオラーンの左腕に裂傷。浅い。
「さすがに竜騎士、空中戦では分が悪いようですね」
「いまさら分かりきったことを」
 ふたり同時に着地する。その瞬間を狙って再びティナのアルテマが飛ぶ。
「私が何故、あなたに下がっていろと言ったのか」
 その魔法を手で弾いたハオラーンは左手をティナにむける。
「目障りなあなたを先に倒したくなるからですよ!」
 暗黒波でティナを吹き飛ばす。無論致命傷ではない。それが分かっているカインはその隙に相手の背後を取る。
「破壊の力よ!」
 だが、迫るカインを弾き飛ばしたのは吸収したての破壊神の力。その波動がハオラーンの周囲を床ごと破壊したのだ。
「茶番は終わりです、カイン。カオスの力とサイヴァの力。これだけ吸収した私は、無敵」
 カオスの周囲に十二条の闇が生まれる。
 あれは、最強の闇魔法。
「フォール・ダウン!」
 その十二条の闇が全てカインに注がれる。さすがにこの直撃はまずい。死ぬ。
(まだ全力を出し尽くしていないのに)
 いきなり敵の攻撃で倒れるわけにはいかない。だが、回避しようがない。一筋見切っても、まだ次がある。どこまで逃げても追いつかれるイメージ、先読みの力はこんなときまるで役に立たない。
「メタノエイテ!」
 だが、どこからか聞きなれた声がした。
 その十二条の闇のことごとくを打ち砕いていく、十二条の光。
「なっ」
 ハオラーンも驚く。そして、
「ブラスティングゾーン!」
 衝撃波がハオラーンを襲う。それを後方に飛び去って回避する。
「リディア、スコール」
「遅くなった、すまない」
 スコールがカインと肩を並べる。そういえば、自分と同じように肩を並べることができる相手にこの青年もいることをすっかりと失念していた。
「剣は?」
「壊れた。そっちもか?」
「ああ。だが、壊れたなら今の技は?」
「一瞬だが」
 スコールの手に光の剣が生まれて、消える。
「剣を持っている感覚で、攻撃の瞬間に具現化させる。ひどく体力を消耗させるが、ディオニュソスもこれで倒すことができた」
「そんな技があったのか」
「いや、さっき武具が壊れたときに閃いた」
 なんだろうこの戦闘センスは。まあ自分も父との戦いで、一度カオスの剣をオメガウェポンなしで具現化させているが、自在に操れるというレベルではない。
「たいしたやつだな」
 その間にティナも戦線に復帰してくる。
「他のメンバーは?」
「セルフィは途中から自由行動。ブルーとアセルスは無事にディオニュソスを捕らえることができたが、逆に力が強すぎて意識を失ってしまった。ブルーが残って人間に戻る儀式をしているはずだ。それからアリキーノはレノが心配で戻ったが、これは聞いていたか」
「ああ。こちらもファリスがスイッチ切り替えの作業で残らざるをえなくなった。今はレノのところまで戻っているはずだ」
 ならば仲間たちは皆無事ということだ。これほどの激戦続きでよくもまあ生き残れたものだ。
「なら、あとはこいつだけだな」
 スコールの言葉にカインも頷く。
「倒す」
 ハオラーンを見据えて言った。






242.音楽神殿

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