永い、永い時間の果てに、ついにこの時が来た。
 これが終われば、全てが解放される。
 全ての罪は許される。












PLUS.242

音楽神殿







a long long ago






 パーティのメインブレインたるブルーがいなければ、効果的な作戦を編み出すことはできない。それはもう、彼らにとっての既成事実となりつつあった。
 だがこの戦いにブルーは最後までいない。ならば当然自分たちで考える他はない。
 カインとスコールがそれぞれ剣を構えて迫る。だがハオラーンもそれにあわせて動く、カインの剣を剣で捌き、スコールの剣を盾で受け止める。この吟遊詩神、剣士としても超一流だ。
「メルトクリムゾン!」
 スコールが隙をついて拳を繰り出す。が、ハオラーンはそれを拳で弾き飛ばす。
 そのハオラーンの正面でカインが剣を構え──跳んだ。
「む?」
 寸分たがわず、リディアの放ったトライデントがハオラーンを襲う。最高硬度を誇るトライデントの前ではさしもの盾といえども無傷ではいられない。勢いは止まったが、完全に盾は壊れた。
 そして振り下ろされるカインの剣。しかしハオラーンは衝撃波を周囲に放ってカインを吹き飛ばした。
 やはり追い詰めることはできても、ダメージを与えるところまではいかない。今の攻撃は盾で防がれたが、次からはそうやすやすと受けてはもらえないだろう。
「連携攻撃ですか、上手なものですね」
 既にカインとリディアとの間ではこの程度の連携は常時こなせるようになっている。もっとも、倒せないまでもダメージ程度は与えられると思ったのだが。
「お前は強くない」
「ほう」
 カインの言葉にハオラーンは楽しそうに笑む。
「何故そう言い切れますか」
「俺程度ですらお前とこうして渡り合えている。ここにいるのがセシルだったら、お前など簡単に倒せているだろう」
 ふ、とスコールは笑う。逆にリディアなどは少しため息をつくくらいだ。
「もう、カインったらこんなときくらい、セシルのことを引き合いに出さなくたって」
「でもそれが、カインのいいところです」
 ティナが笑顔で言う。
「では私はセシルよりも弱い、と」
「そうだ。そして同時に俺より弱い」
 オメガウェポンで片手で切り払う仕草をして、言う。
「俺はそのセシルと唯一互角に渡り合える人間だからだ」
「人間」
 くくっ、とハオラーンが笑う。
「あなたほど、人間の規格から外れた男が人間などと! あなたが人間だというのなら、私ですら人間と言えましょう!」
 ハオラーンの体から電撃がほとばしる。それはカインたちを傷つけるものではなく、この空間に亀裂を生じさせた。
「なんだ?」
 スコールがその空間の変化に反応する。
「お見せしましょう、この空間の真なる姿」
 そこは舞台。
 客席のないコンサートホール。
「まあ、最終決戦の場としてはふさわしくないかもしれません。ですが、この空間こそが私が最も力を発揮させることができる場所」
 もっとも、この空間にはまがまがしい気が満ちている。ただのコンサートホールであるはずがない。ここはハオラーンの力をいくらでも引き出すことができる場所なのだ。
「このホールで戦うことがどれほどの苦痛か、その身で味わいなさい」
 ハオラーンが指を鳴らす。すると、その音が反響してカインの背後から鋭い剣閃となって襲い掛かってくる。
「なっ」
 間一髪、回避したがその『音』は防具を無視してカインの体を傷つけていた。
「私の奏でる音」
 その声がまた、別の攻撃を生み出す。あるときは炎、あるときは電撃、そしてあるときは破壊の力をもって。
「破壊神サイヴァの力が、私の音を全て破壊に導くのですよ!」
 光の矢が四人を襲う。回避しようとしても次々に放たれる矢に回避しきれない。急所は回避するが、光に貫かれたところに激痛が走る。
(怪我をしていない?)
 だが貫かれたというのに怪我はない。痛覚だけがある。
「この攻撃は苦しいですよ。ただひたすら痛むだけ。しかし死にいたることも何もない。ただただ苦しむだけです」
「ブラックホール!」
 リディアがその光を吸収せんと闇の塊を放つ。それに引き込まれるようにして光の矢が消え去っていく。
「音とは、波動」
 ハオラーンは指を鳴らす。
「その波動を重ねることによって、いくらでも力を高めることができる。弱い音と強い音を重ねれば、ほら、こんなふうに」
 もう一度、今度は強く指を鳴らす。それだけで、リディアのブラックホールは粉々にくだけた。
「え」
「さて、そろそろ力の違いが分かってきましたか」
 その言葉すら、鋭利な刃物となって四人を襲う。
「ですがこれからです。この状況であなたたちは私に近づくことすらできない」
 気づけば舞台の上にはさまざまな楽器がそろっている。ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、コントラバス、そして巨大なハープ。
「それとも、こうした趣向の方が好みですか?」
 そして舞台の背後にはパイプオルガン。何百、何千というパイプがびっしりと壁から天井、そしてホール全体へ伸びている。
 そのパイプオルガンの傍に近づいて、ハオラーンは剣を立てかけると両手を鍵盤の上に置く。
「私の大好きな……小フーガ、ト短調」
 その旋律が流れ出た瞬間、四人の全身が軋んだように激痛が走る。
「こ、これはっ」
 何かに締め付けられるような痛み。体中が圧縮されていくかのような幻覚。だが、痛みは確実にその体にある。
「くっ、セイレーン!」
 リディアはたまらず幻獣会の姉を呼び出す。
「サイレンス!」
 瞬間、いっせいにその音は止んだ。
 がくり、と四人がその場に膝をつく。
 だが。
 顔を上げた四人の前で。
 ハオラーンは彼らを一度見てから、大きなモーションで両手を振り上げ、
 その手を、鍵盤にたたきつける。
『みんな、見たら駄目っ!』
 リディアは叫んだつもりだった。だがセイレーンの力で音が出ない以上、それが回りに届くはずがない。ただ状況を理解したのかティナだけは目を伏せた。
 しかし、カインとスコールだけはさらなる苦痛がもたらされた。音の出る場面を『見た』彼らには、脳内に音楽が再生されてしまっていた。
 ハオラーンは次の攻撃でセイレーンを消し去ると、息をついて言う。
「よく分かりましたね、音を『見た』だけで脳内に直接音を生み出すことができるということを」
「前にそういう戦いをしたことがあったから」
「なるほど。ですが既に二人は虫の息。そしてこのホールで戦う以上あなたたちに勝ち目がないことは理解できたはず」
 ハオラーンは続けてハープに近づく。
「さあ、どこまで耐えられますか」
 そのハープの弦、全てを一斉にかき鳴らす。
 瞬間、彼女たちの周りの景色が全て消え去る。
「これは?」
 ティナが周囲を見回すが、リディア以外何も見えない。
「分からない。でも、攻撃の仕方を変えてきたのは間違いない」
 その二人の目の前に現れた幻覚。
 それは、彼女たちの愛する男性。
 そしてその隣に立つ女性。
 カインとローザ。
 スコールとリノア。
 こんな幻覚で。
 ハオラーンは自分たちの動揺を誘うつもりなのか。
 二人は同時に魔法を唱えた。
 その幻覚を振り払うために──
『待ちなされ』
 だが、その二人の攻撃が発動する前に、何か声がした。
 二人ともその声の主には気がつかない。
『やれやれ、悲しいのう。あの者との戦いの時はワシの出番じゃと言うておいたはずじゃが』
 すると、リディアの中から光があふれ出て、それが人の形を作る。
『思い出したかね、リディア』
「カロン」
『呼び出してくれるのかと思ってたが、いつまでたっても呼んでもらえぬから忘れられたのかと思ったよ』
 ほほ、と小柄な老人が笑った。
「忘れていたわけでは」
『わかっとる。老人のひがみじゃ。気にするでない。それより』
 目の前にいるカインとスコールの姿を指さす。
『まずはそれをどうにかしようかの』
 その指から光が放たれ、瞬時にその姿を消し去る。
 同時に、その暗闇がはれて、再びコンサートホールに戻ってきていた。
「ぬ」
 ハオラーンが初めて動揺する素振りを見せた。
「貴様、カロン」
「懐かしいの、ハオラーン」
「そいつらに肩入れするつもりか」
「無論。世界を守ることこそワシの使命じゃてな」
 するとカロンを中心に大気が渦を巻く。
「まさか」
「ふむ、そのまさか」
 カロンを中心として、四方に突風が吹く。
「このワシの前ではいかなる空間も意味を持たぬ」
 そのコンサートホールに亀裂が入っていく。
「何しろワシの力は破壊から世界を守ること。そなたの作り上げた世界ならば消すことはたやすいことよ」
 その音楽堂が消え去った後に残ったのは、宮殿ではなかった。
 荘厳な神殿。神話の世界に踏み入れたかのような、巨大な神殿の中だった。
「ワシは今まで、世界を守るためにずっと戦ってきた」
 カロンは笑顔を絶やさずに言う。
「じゃが、どれほど世界を守ろうとも変わらぬものがあった。それは人の心。良きも悪しきも、人の心だけはどうすることもできぬ。だからこそワシは、世界を守りたいと思う者を手助けすることにした。少しばかりの力にすぎぬがな」
「貴様、まさか」
「なに、お主ばかり強くなりすぎるのも卑怯じゃろうて」
 カロンが生み出したのは武器。
「お主にこれを授けておこう」
 一振りの剣はティナに授けられた。
「これは?」
「神々の剣、レフトハンドソード。これがあればハオラーンの力を阻むこともできようて」
「何故私に」
「一番適任じゃと思うがの」
 レフトハンド、すなわち左利き。確かに左腕しかないティナにとっては理想的な武器なのかもしれないが。
「私にはそこまでの力は」
「力がないと思っているのはそなただけじゃよ。ここにいる誰もが自分の力を出し尽くしているにすぎん。そしてお主はまだ力を出し切っておらん。その差じゃ。それから」
 続けてカロンは手に力を込める。
「来い」
 念じると、すぐに異変があった。






 その異変が起きたのはラグナロク。
「なんだ?」
 ユリアンやシャドウの目の前で突如震えだしたダイヤモンド。
 そして次の瞬間に、それは消えた。
「何があったんだ?」
「さあな」
 シャドウはぶっきらぼうに言う。
 だが、ありがたい。
 既に自分の力は限界に来ていた。もってあと一時間かそこらだっただろう。
「疲れた。少し休む」
「ああ。あとは任せておいてくれ」
 そしてシャドウは少しの眠りにつく。






「光のダイヤモンド!」
 ハオラーンは突如現れた宝石に驚愕を隠せないでいる。
「十個のディステニィストーンの最後の一つ」
 カロンはそれをスコールに向かって放る。
「使うがいい。それはお主にふさわしい」
 スコールがいぶかしげにそれを握ると、突然その宝石は一本の剣と化した。
「自分の気を操れるのなら、その『光の剣』はお主にとってもっとも良い武具となろうて」
 確かに何もないところから剣を生み出すより媒体があった方がやりやすい。
「さて、これで最後じゃ」
 カロンはさらに気をためる。そしてハオラーンに向けて右手を構えた。
「カオス、そしてサイヴァと合神したお主は既にハオラーンにてハオラーンにあらず」
「何をするつもりだ」
「決まっておろう。お主の殻を破ろうというのよ」
 そして放たれる波動。それを身に浴びたハオラーンの姿が変質していく。
「さあ、お主たち。ここからはお主たちの仕事じゃ」
 カロンは笑って言う。
「世界を守るも滅ぼすも、お主たちがどれほど働くか次第。じっくりと見せてもらうとするよ」
「ありがたい」
 カインは痛みが消えた体を動かす。
「いずれにしてもアレは、俺たちが倒さなければならない相手だ」
 そして四人は変質したハオラーンを見る。

 そこにいたのはカオス。

 三面六臂、まがまがしい混沌の気を放つ『破壊神カオス』がそこにいた。






243.封印の印

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