世界は、お主を必要としている。
さあ、目覚めよ。
そして、その名にふさわしい活躍をしてみせるがいい。
PLUS.243
封印の印
hexagram
くふぅ、と。
カオスはいつもの呼吸を繰り返す。もはやハオラーンの面影はどこにも残っていない。巨大化し、人の形質を失った破壊神カオスは完全にハオラーンとは別個の存在となってしまっていた。
「カイン、か」
呼吸音と共にその異形が語りかけてくる。
「まさかお前が現存する間に、再び現界することになろうとはな」
「お前はカオスなのか」
「然り」
尾がうねり、その六本の腕の先には六本の剣が生まれ、翼がはためく。
「ハオラーンはどうした」
「ここにいる」
カオスは自らの体を揺さぶる。
「ハオラーンはヨリシロ。ガーランドと同じようにな。たとえ我が現れても消滅するわけではない」
「あの最終決戦のやり直しというわけか」
ガーランドがハオラーンにかわり、カオスが再び現れる。
違うのは、こちらのメンバーが半数になってしまったことだ。
「カイン。お主と本気で戦うことができるのを楽しみにしていた。お主の矛盾がどれほど純粋なものか、試してやろう」
「くだらんな」
カインもまた言い返す。
「俺が求めているのはそんなことではない。俺はお前を倒して、この戦いを早く終わらせたいだけだ」
「そして、苦痛を受けるために元の世界へ戻るのか」
「そうだ。俺が本来いるべき場所へ戻る」
「それがまたお前を苦しめることになったとしてもか」
「俺はもう苦しまない。ティナがいれば」
「ほう……」
カオスの視線がティナの方を向く。
「その娘を殺せば、苦しむお主が見られるということだな」
「守ってみせる」
「安心するがいい。ハオラーンも言ったであろう。卑怯な真似はせん。最後くらいは何も考えず、全力で戦いたい……そうは思わぬか?」
「最後?」
「そうとも。お主と戦うのはこれが最後で、二度とあるまい。ガーランドやハオラーンのような都合のいいヨリシロはそう多くない。ならばこれがお主と全力で戦う最後の機会」
がしゃん、と剣が合わさる音がする。
「さあ、行くぞ」
待ちかねたかのようにカオスが動き出す。
カインより二回りは大きいのに機敏に動く。そして六本の剣がカインめがけて次々に繰り出される。
「エクスティンクション!」
だが先にリディアからの援護射撃が来た。カオスは直撃を避けるために飛び上がり、そのままカインに向かってくる。
「ブラスティングゾーン!」
その無防備状態となったカオスへスコールからの援護射撃。『光の剣』によって生み出された衝撃波は今まで使っていた武器よりもはるかに強くなっている。
その直撃を受けながらもカオスはカインへの攻撃を止めない。一度に六本全てとは言わないが、二、三本もの剣が同時に閃く。これではカインとて受ける術はない。
受けられないのなら避けるしかない。カインはその剣の軌跡から逃れるように動く。
(カイン)
その姿をじっと見ていたティナが精神を集中し始めた。
(まだ、出し尽くしていない自分の力)
それを使うことにはまだためらいがある。
だが今は、そんなことを気にしている場合ではない。
カインを助けるために。
そして、この戦いを終わらせるために。
(自分の、もう一つの力を!)
ティナはレフトハンドソードを掲げて唱えた。
「トランス!」
その体が幻獣のものへと変化していく。
赤紫色に体が発光し、その体が少しずつ縮んでいく。
燐光にまとわれた幻獣、ティナ。
「参る」
そして左手にレフトハンドソードを構えたティナが飛ぶ。
その剣がカオスの剣と交差し、スパークを起こした。
「今だ!」
カインとスコールが駆ける。そしてリディアからも魔法が跳ぶ。
「トライデント!」
カオスに突き刺さる最強魔法。そして、カインとスコールの武器がそれぞれカオスにダメージを与える。
そのときだ。
(見える)
先見の力。カオスの次の動きは──
「下がれ、ティナ!」
その言葉にティナが上空へ跳び退る。その場所をカオスの二本の剣が過ぎる。
「スコールもだ!」
言いながらカインも下がる。スコールに向かって伸びる剣、そしてカインに向かって伸びる剣がそれぞれ空を斬る。だが、もし声をかけなければ間違いなく誰もが致命の一撃を受けていた。
「守護者の力か」
カオスは二本ずつ、剣をクロスさせて三つの×字を描く。
「その力を消し去ってくれる」
その×字に紫色のオーラが宿り、カインへと放たれる。
「クルシフィクション!」
三つの×字が閃光となってカインに突き刺さる。
(これは)
右腕、左足、左肩に突き刺さった×字。それが刻印となって自分の行動を封じている。
「これでもまだ避けきれるか!」
カオスが跳びかかってくるが、左足が不自由な状態ではうまく回避できない。
「下がって、カイン!」
逆にリディアがその前に出る。
「アイギス!」
最強の盾の発動。さすがのカオスですら、この盾を打ち砕くことはできない。全てを阻むことができるからこそ最強の盾。
「覚悟! カオス!」
その後ろからスコールとティナが襲い掛かる。が、すぐに体勢を立て直したカオスは二人を剣で弾き飛ばす。
「フルケア!」
そこに、優しい癒しの光が満ちた。もちろん、その主は決まっている。
「セルフィ」
スコールがほっとしたような表情を見せる。
「大丈夫、カイン?」
セルフィは素早くスコールの隣に立つ。今のフルケアのおかげで刻印は完全に消え去っていた。なるほど、どうやらステータスまでまとめて回復してくれたらしい。
「動ける、助かった」
「一つ貸しだからね〜」
そしてセルフィは魔法のダガーを構える。セルフィが持っている武器はもうこれしか残っていない。
「まずはあの剣をなんとかしないとね〜」
前回の戦いでも六本の剣をカインの力で破壊したことから致命の一撃を与えることができた。だが、今度は同じことはできない。今回はもう竜の加護があるわけではない。カオスの剣をカインの体で受け止めることはできない。
「どうすればいい」
「それが分かれば苦労しないよね〜」
つまり無策ということだ。本当にこういうとき、ブルーの存在というのはありがたかったと痛感する。
「混沌に対抗するのは完全なる秩序のみ」
ふわり、とカインの後ろに浮く幻獣ティナ。
「何か考えがあるのか、ティナ」
「ないわけではないが、人数が足らぬ」
「人数?」
「カオスの力を封じるために必要な人数だ。あと一人いれば違うのだが」
当然それはカインやスコールくらいの力のある戦士が一人、ということなのだろう。
「六人いればどうなる?」
「封印の六芒を描くことができる。二つの正三角形を組み合わせた形は完全なる秩序を産む。その力でカオスの力を封じることができる。六人の戦士が六芒の頂点に立てば、後は私が発動させる」
だが封印の六芒を描くには六人の人間が必要となる。カイン、スコール、ティナ、リディア、セルフィ。一人足りない。
「ふむ」
そこへカロンが微笑みかけた。
「ならば、ちと協力しようかの」
「ですが、カロン」
カロンの立場は破壊から星を守ること。そしてその使命は既に果たしたといっていい。後はカインたち、この世界にいる者たちの任務である。カロンの使命は実際に戦うことではない。
「なに、私が封印の六芒を描くのに協力するわけではない。一人、お主らに協力してくれそうな男を召還するだけだよ」
カインとスコールが視線を交わす。
「お願いする、カロン」
「頼まれよう。さ、早うせい。カオスは待ってはくれんぞ」
すぐに五人は動きだした。
封印の六芒。正三角形を二つ互いあわせに重ねることで描かれる六芒星は、古来より完全なる秩序をあらわす印として神聖視された。
「何をしようとも同じこと」
カオスはカインを執拗に狙ってくる。
「お主が倒れるかどうかが全てなのだからな、守護者よ!」
「簡単にやられてたまるか!」
カインはオメガウェポンの長さを最大にして薙ぎ払う。カオスは回避すると背後に回りこむようにしてから六本の剣を次々に繰り出してくる。
(左上、右下、右中)
次々に繰り出される剣の軌跡を先読みして回避していく。回避だけならば何とかなる。時間を稼ぐことはできる。
今、スコールたちは自分の場を定めるために動いている。
封印の六芒でカオスの力を奪うのならば、カオスを中心におき、六人がそれぞれ六芒星の頂点に位置しなければならない。カオスもカインから離れなければ六芒に封じられることはないと分かっているから接近戦をしかけてきているのだ。
(つまり、俺がうまくカオスと距離を置かなければならないということか)
先読みを続けながら仲間たちの位置関係を把握する。
六芒の上が空いている状態で、左下にスコール、右下にカロン。逆三角形の下にティナ、右上にリディア、左上にセルフィが位置している状態。
(カオスが中心にいて、俺が頂点に立つことができれば六芒は完成する)
だが実際にはカインとカオスの二人が中心にいる状態だ。瞬時に移動したとして、およそ五秒はかかる。それだけの時間、カオスが全く動かないでいるということは難しい。
「トライデント!」
リディアからの援護。だが最強の矛をカオスとて簡単にくらうことはしない。回避しながらなおもカインを狙う。
「くっ」
そのカオスの攻撃を回避したときだ。
(待て)
自分にまだもう一つだけ、武器が残っていた。
だが、これだけでカオスの動きを封じられるだろうか。
カインは歯を食いしばりながら、スコールとセルフィに同時に視線を送る。
気づいてくれるだろうか。いや、彼らなら必ず。
信じることにした。
一瞬でいいのだ。ほんの五秒でいい。それだけの時間を稼ぐことができれば封印の六芒は完成する。
「くらえ、カオス!」
オメガウェポンで剣を弾く。だが別の剣がカインに攻撃してくる。
「ウェポン!」
カインは左手に剣を生み出した。自分の混沌を具現化した『カオスの剣』。混沌の力比べなら自分の方が上だと信じている。
「甘い」
だが続けて三撃、四撃と攻撃が続く。その攻撃をなんとか回避するも、五撃目でついに足をとられ、ばったりと倒れる。
「カイン!」
ティナのアルテマが、スコールのブラスティングゾーンが放たれるが気にせずカオスは六撃目を放った。
それこそが罪人の剣。カインに最もふさわしい剣。
だった。
もはや今のカインは罪人にあらず。この世界を守るべき守護者でしかない。
「星の守護!」
守護者の力を全開にする。その力がカオスの剣を一瞬はじく。
「今だ!」
カインは懐から取り出したモノをカオスに投げつける。同時に、セルフィとスコールも同じようにした。
クリスタル。
「これは、クリスタルの力か」
空、海、地のクリスタルが共鳴し、カオスの力を弱めていく。その隙にカインは六芒の頂点にたどりつく。
「はあああああああああああっ!」
カオスがフォールダウンを放ち、三つのクリスタルを全て破壊する。だが、遅い。
「ティナ!」
既に封印の六芒は描かれた。
最後の一人が召還され次第、図形は完成される。
「待たせたの」
カロンはにこやかに笑って唱えた。
「いでよ、お主の力にふさわしき働きを見せるがよい、最後くらいの」
召還魔法。
世界を守るカロンが放つ召還魔法は、彼らにとっては予想外であり、予想通りの相手だった。
いや、一人だけ。
完全に予想外だという表情を見せた者がいた。
「うそ」
セルフィが呟く。足が駆け出していかないのが不思議なくらいだった。
召還獣、セーファ・セフィロス、降臨。
244.深遠の闇
もどる