だから、これで最後にしよう。
PLUS.245
闇の終幕
the last battle
「満足か、カイン」
カオスは素早く動き回りながら手にした剣で攻撃を繰り返す。だがその剣の軌跡はカインには見えている。守護者の力はさらに高みを目指して進化を続けている。
「何がだ」
「この私を、ここまで追い詰めていることがだ!」
カオスの声には既に余裕はない。その力のほとんどを奪われ、もはや人間体として発揮できる力にとどまっている。
「満足も不満もない」
激しい応酬の中で、なんとか言葉を紡ぎだす。
「今の俺には、お前を倒すこと以外に考えることはない」
「ならば何故、全員でかかってこない。先ほどの攻撃を繰り出せば今度こそ我を倒せるかもしれぬというのに」
「見くびるな、カオス」
カタストロフィをかけたオメガウェポンがカオスを切り裂く。
「カオスとしての力を無くしたお前は、手負いの獣。お前の闇に耐えられる精神力の持ち主でなければ、お前の餌になるだけのことだろう」
「分かっていたか」
そう、カインはカオスとの戦いに際して仲間たちを邪魔だと割り切った。その理由は単純。
この強烈な負のエネルギーに耐えられるものは、幻獣であるティナを含めても一人もいないということだ。
自分を除いて。
「貴様が守護者となったのは運命なのだろうな」
カオスの連続攻撃がカインの体に裂傷を二つ、三つと重ねていく。
「俺は運命など信じない」
「いや、違うな。貴様は守護者になるように導かれていたのだ。幼い頃からすぐ近くにいたセシルやローザ、そして彼らを裏切ったことも、それによって誰よりも深い罪の意識と、我をも凌駕する闇を手に入れ、こうしてこの場で渡り合えるようになっている」
「偶然だ」
カタストロフィの魔法は確実にカオスにダメージを与えている。だが、致命傷と呼ぶにはまだ全然足りない。
「俺は自分が何をしたかったのか、ずっとわからなかった」
セシルを裏切り、ローザを手にしたときも、自分がどうしてそんなことをしているのかが理解できなかった。
ほしかったのはローザの愛情であり、そんな強引に奪ったところで手に入るものではない。
ゼロムスを倒したのは、セシルとローザに対する罪滅ぼし。
ローザの花嫁姿は見たかったが、見ればセシルをまた憎んでしまうと思ったから距離を置いた。それなのに二人に会いたいと願ってしまう。
矛盾。矛盾。矛盾。
自分は常に矛盾の中にいて、寝ても覚めてもそこから逃げることはできなかった。
その意味でもこの戦いはありがたかった。簡単に故郷に帰ることはできず、さらなる罪滅ぼしができるからそれで自分は安定していられる。
しかも。
「ティナに会えた」
今となってはもう、誰よりも大切な存在。
彼女に会えたから、自分は救われた。
もう自分の中に餓えはない。
そして、自分が今、心から願うこと。
「俺が守護者になることができたのは……!」
カインの体を、一陣の風が取り巻いていく。
「あれは」
リディアが気づく。あの優しい風には覚えがある。
「風の神、ミルファ」
風の中、ほんの一瞬、幼い少女の微笑みが見える。
「俺が守護者になりたいと思ったのは……!」
さらにエメラルドグリーンの光が彼の体を優しく包む。
「今度はあいつか」
スコールも気づいた。あの光には何度も助けられている。
「星の民、エアリス」
茶色の髪をした乙女の慈愛に満ちた笑みが一瞬浮かぶ。
二人の力がカインに注ぎ込まれていく。
これが最後。
かつて記憶を失いながらもカオスを倒した【変革】の力とは違う。
自分を昇華しつづけ、そして今、完全にカオスを倒すことができるための力。
自分を赦し、その罪を赦し、何の迷いもない彼にだけ使える【守護】の力。
「世界を守りたいなんて、そんなことを思ったことはない」
ゼロムスのときも、カオスのときも、世界を守ることは罪滅ぼしのための手段でしかなかった。
「だが、今の俺は何があっても世界を守らなければならない。それは」
世界を守りたいなんて、そんな大それたことは言わない。
ただ、守りたいものがある。
「あいつを、ティナを守るためなら」
幻獣、ティナの顔に表情はない。
だが、その目から一筋の涙がこぼれる。
「俺は、どんなことだってしてみせる!」
カタストロフィを振りぬき、カオスにさらなるダメージを与える。
「甘い!」
だがカオスもまた、鋭く剣を閃かせ、カインの腹部を傷つける。
カインの傷口からは血が流れ、カオスの傷口からは暗黒の煙が舞う。
ミルファやエアリスの力を加えて五分。完全に膠着した状態だった。
「スコール、ティナ、セルフィ」
リディアはそのカインの言葉を聞いて理解した。
今、彼が何を望んでいるのか。
そして、もしここに。
(セシルだったら、絶対こうするよね)
カインにとって、一番大切な相手はティナ。
だが、自分もまた、カインにとっては唯一の戦友なのだ。
友の危地を、ただ黙って見ているようなセシルではない。
「力を、貸してくれる?」
リディアが三人に願う。無論、彼らもこの戦いに参加できない自分たちを歯がゆく思っている。
「無論」
「当然だ」
「おっけ〜」
三人はリディアの背に回ると、その背に手を置く。
「ありがとう」
三人から力が流れ込んでくる。
機会は一度。それを逃せば、カインに勝ち目はない。
(絶対に、見逃してはいけない)
リディアの視線の先。そこで、カインとカオスは死闘を繰り広げている。
「その程度か、カイン!」
カオスの剣はカインの腹部を貫く。
「貴様こそ!」
カインの剣はカオスの左肩を貫く。
カオスの攻撃は、速い。今までのどの戦いよりも速い。
かつて戦った相手にも強い相手はいた。
土のカオス、リッチ。ティナを守るために命をかけた戦い。
風のカオス、ティアマット。自分がパラディンとなって初めて倒した相手。
紅。さまざまな剣を繰り出す音速の戦士との戦いでは、剣の使い方を学んだような気がする。
リック。先代の守護者。その資格を彼から受け取った。守護者の苦しみと共に。
カオス。既に記憶を失った状態で、何も考えられない状態での戦い。そして、守護者の力が初めて覚醒した戦いでもあった。
マラコーダ。自分の闇との戦い。そして、本当の意味で自分を赦すことができた戦い。
幻獣マディン。完全に自分が守護者として自覚した戦い。相手の動きを見切る『先読み』を意識したのもこのときからだ。
誰もが強かった。そして、戦うたびに自分が徐々に強くなっていった。
その、誰よりも今のカオスは強い。
既に封印の六芒と、それに続く連続攻撃でかなりのダメージを与えている。それなのに、カオスはなお最強を誇る。
「だが」
カインが剣を構えなおして言う。
「お前よりも強い奴がいる」
「何?」
「カオス。お前なんかより、はるかに強い奴がいる。俺はそれに打ち勝ってきた」
そう。
あの試練の山。
誰よりも強い、自分などでははるかにかなわない相手に自分は競り勝ってきた。
セシル・ハーヴィー。
あの男を倒せたのだ。
自分が、こんな相手に負けるはずがない。
「いくぞ、カオス!」
間合いを詰める。
『先読み』の力で相手の攻撃を読む。問題は、それができているにも関わらず、自分が動くより早くそこに攻撃が来ることだ。
攻撃が来ることが分かるだけではどうにもならない。それを避けるだけのスピードがなければならない。
だが、今の自分ではカオスより早く察知して動くことは不可能だ。
なら、どうする。
(簡単だ)
守護者の力は何のためにあるのか。
『先読み』で遅いのなら『先の先』を読めばいい。
さらに力を覚醒させる。
次に攻撃を仕掛けてくる軌跡を読む──その前に、カオスがどう動こうとするかを読む。
ほんの一瞬、体が右に揺れる。瞬間に剣が繰り出される。
それなら。
体が揺れる前に、動く。
「なっ」
カオスは機先を制され、回避行動に移る。
だが、それすらも赦さない。
回避する方向を先読みし、その前にどう動くかを読む。
バックステップで回避する。瞬間に右足に溜めができる。
それなら。
溜めを作る前にさらに接近する。
「くっ」
回避など許さない。
続く連続攻撃でカオスの左腕を切り飛ばす。
「貴様ごときに!」
カオスの剣もまた、カインの足を深くえぐる。
(この怪我では)
足の怪我はよくない。相手を制することができるのは、相手より先に行動しているからで、その元となるのは素早く動くこと。
足は、全ての戦いにおいて最重要なのだ。
「これで、終わりだな、カイン」
カオスの顔が笑みを作る。
「もはや、貴様には、我を倒すことは、できん」
こふぅ、という呼吸。
黒い煙が流れ出て、カオスもまた限界が近いということを示している。
だが、それでも。
諦めない。
自分は、決して。
(セシル)
自分の友にかけて。
(ローザ)
かつて奪った女性にかけて。
(ティナ)
愛する女性にかけて。
倒す。
「くらえ!」
カオスの一撃が頭上から振り下ろされる。
カインは全力でその剣めがけて、カタストロフィを振り上げた。
狙うは、一つ。
武器破壊。
カオスの剣と、オメガウェポンが、最大の力を発揮し合って、共に砕け散る。
瞬間、
「とどめだ!」
カインは、片足を引いて、残る力で思い切り飛び上がる。
その手には、自分の意思で作ることができる『カオスの剣』──いや、違う。
長い。
剣の範囲におさまらない。一メートル、二メートル。そして──
『カオスの槍』
「馬鹿め、上空に飛び上がれば、もはや回避はかなわ──」
カオスがカインを追撃するために上空を向く。
その、カオスに。
強大な光が、降り注いだ。
「なっ」
その、正面にいたのは、無論。
カインにとって唯一の戦友。
リディア。
「フォース・エクスティンクション!」
スコール、セルフィ、そしてティナの魔法力を重ねた四重のエクスティンクションが、カオスを巻き込んでいく。
リディアはこの一瞬を待っていた。カインが飛び上がる瞬間を。何度も実戦で訓練してきた、この一瞬を。
「ばかな」
その一撃はまさにカインが戦友に求めていたもの。
カインが四人を近づけさせなかったのは、単に邪魔になるからではない。
カオスとの最後の戦いを決定づける、最後の一矢を、確実に放ってもらうため。
カオスの監視下だったために伝わるかどうかは賭けだったが、やはりリディアは自分の最高の戦友だ。自分の考えがこれ以上なく分かっている。
「滅びろ、カオス」
カオスよりも深い混沌の槍が、カインの手の中で爆発せんと脈打つ。
「俺たちの勝ちだ!」
そして、放つ。
光よりも速いその槍は、確実にカオスの心臓を貫いていた。
それが、終幕。
246.長い戦いの終わりに
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