そして今、もう一度だけ、あなたに会いたい。











PLUS.246

長い戦いの終わりに







I want to meet you again.






「まさか、な」
 こふぅ、と力ない呼吸音。
「仲間の力を借りるとは。一人で戦おうとしたのは、我を油断させるための布石か」
「そこまで考えていたわけではなかったが」
 滅びゆくカオスに向かってカインが言う。
「仲間がお前に近づけないのが事実ならば、後は遠距離からの支援を頼む他はない。それならリディアとの連携攻撃が一番だ。それを気づかれるのだけは避けなければならなかった」
「やれやれ、最後くらいは一対一で、と思っていたのだが」
「この戦いに世界がかかっていないのならそれでもいいが、さすがにこの戦いは俺一人のものじゃない」
「そうだな。結局我の一人相撲ということか」
 カオスは諦めたように笑う。
「もう一度問う、カインよ」
「何だ」
「満足か。我を倒すことができて」
「満足も不満もない」
 改めてカインは答える。が、それをすぐに訂正した。
「違うな。満足も不満もある。だが、それはもう言っても仕方のないこと。勝ったのは俺たちで、負けたのはお前だ。それで全てだ」
「その通りだ」
 カオスが形を失い始める。
 指先が、足が、体が、徐々に消えてなくなり、そして頭部へといたる。
「前に」
 カオスの呼吸音ももう聞こえなくなってきた。
「友を愛すると共に憎んでいると言ったな」
「ああ」
「今はどうなのだ。その矛盾はないのか」
「矛盾はある」
 カインは自分の手を強く握った。
「あいつにはかなわない。勝てるとは思えない。俺がどれだけ力を上げてもあいつには届かない。それでも、俺は、あいつに勝ちたい」
 だがそれはもう、負の感情ではない。
 目標、といってもいい。それは正しい心の動き。成長するための動きだ。
「やはり変革者か。それでいて全てを守ることのできる守護者」
「俺はもうどちらでもない。俺はカインだ」
「そうだな。これでお前は、友の下に戻るのか?」
「ああ」
 かすかにカインの体が震えた。
「正直に言う」
 カオスは消え去る前にその言葉を聞いた。
「お前と戦うより、あいつに会いに行く方が怖い」
 ふっ、と笑った。
 そしてカオスは、この世界から完全に消滅した。






 全てが消えて、静寂が残る。
 カオスの消えた場所を呆然と見つめていたカインだったが、すぐに現実に引き戻された。
「カイン!」
 リディアが駆け寄ってくる。
 そしてスコールも、セルフィも。
 だが。
「その役は譲れぬな」
 幻獣のまま、ティナが最後方から三人を一気に追い抜き、カインの胸に飛び込んできた。
「ティナ」
「よくがんばったな、カイン。お主は私の誇りだ」
「お前がいたからだ」
 その幻獣ティナをカインは強く抱きしめる。
「お前を守りたいと思ったから、強くあることができた」
「最高の口説き文句だな。では、お主の望む姿に戻るとしよう」
「俺にとってはどちらもティナだ」
「分かっている。だが、この抱き心地のない体よりも、人間の体の方がよかろう?」
 ふふ、と笑ったティナはすぐに人の体へと戻る。
 が、考えてみれば人間の体に戻るということは、何も着ていない状態だ。
 リディアはあわててスコールを振り向かせ、セルフィが落ちてた服を拾ってティナにかぶせる。
 だが。
「カイン」
 ティナはそんなことを気にすることもなく、カインに微笑む。
「あなたが、生き残ってくれて、良かった」
 涙がこぼれている。
 完全に人を愛するということを覚えた少女。
「ああ。愛している、ティナ」
 そのままカインは、彼女に唇を重ねた。
「こら〜っ!」
 だが、その状態にセルフィがぷんすかと怒る。
「い〜からさっさと服着るの、ほらっ!」
 強引に引き剥がされたカインもまたセルフィに後ろを向かされる。その間にティナはいそいそと着衣を行った。
「それにしても〜」
 ようやく一段落ついてセルフィがへたりこんだ。
「つかれた〜」
 全く誰もが同感だった。リディアも既に体力の限界。エクスティンクションを限界以上に放っているのだから当然だ。スコールもダメージが蓄積される中での行動だったのでさすがに足にきている。セルフィも最後の修正魔法がやはりきつかったようだ。
 とはいえ。
「よくやったものよのう」
 それを外から眺めていたカロンが声をかけてくる。
「カロン」
「たいしたものじゃ。あのカオスを倒すとは」
 カロンはカインを見て言う。
「リディアもたいした力の持ち主じゃと思ったが、お主も相当よの」
 カインは何も答えない。答えようがなかった、と言ってもいい。
「それよりも、じゃ」
 カロンは今度はカオスの消えたポイントを見て言う。
「裁きの時間じゃ。妖精がおらんので、ワシの方でやらせてもらうとしよう」
 その場所に。
 徐々にかえってきたのは、あの吟遊詩人の姿だった。
「ハオラーン!」
 そういえば、ガーランドのときもそうだった。カオスのヨリシロとなったものは決して滅びたわけではない。カオスさえ消滅させてしまえば元に戻る。ただし、何の力もなくした状態で。
「私は負けたのですね」
 綺麗な声で敗北を認めるハオラーン。
「そういうことじゃの。今の気分はどうかの」
「最低です。今まで感情を制限してきただけに、こんな気持ちがあること自体忘れていました」
「ふむ。もう既に、神々の罰を受ける覚悟はあると?」
「はじめから失敗したときの覚悟はできていましたよ。でも私はそれでも自分の内から起こる衝動を止めることはできなかったのです」
「衝動とな?」
「ええ。全てを破壊する。私が歌ってきた全ての世界が壊れていくことが運命だというのなら、壊される前に自分の手で壊してしまえと。だから破壊神サイヴァの力も取り込み、カオスの力も取り込んだ。後悔はありません」
「よろしい。先に──」
 カロンはセルフィを見つめる。
「お主は、この男にどのような罰を与えたいかの?」
 無論、セルフィが指名された理由は誰もがわかっている。
 ハオラーンは、セフィロスを殺した。だから復讐の権利はセルフィにこそある。
「死──」
 セルフィは言い、さらに続けた。
「──それよりも、もっと重い罰を」
「よかろう」
 カロンは答える。
「どのみち、死などという生ぬるい罰で終わらせる気はなかったからの」
 カロンは右手をハオラーンの額にあてる。
「お主の罪は決定された。お主の罪は、永遠」
「永遠?」
「そうだ。お主が今までにつむいできた滅びた世界の歌。その記録を、世界の礎と融合させる」
「世界の礎──まさか、全てが記録されているという伝説の書物か」
「そうだ。魔神の書など、力ある七冊の書のオリジナル。お主はその書物の一部となり、世界の記録をさらに続けていくのだ」
「私が、書物の一部に」
「その書物に封じられたとしても、お主の意識が消えることはない。未来永劫、全ての世界が滅んだとしても記録だけが残る。誰にも見られることのない記録が、永劫。それこそがお前の罪に対する罰」
「滅びることのない、永遠の牢獄か……」
 ハオラーンは笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
「それこそ、私にふさわしい」
「ならば、行くがよい。お主の罰が決まった。もはや二度と、その姿が現れることはなかろう」
「いいでしょう」
 ハオラーンは最後に一度カインを見た。
「たいしたものですね。まさかカオスまで倒してしまうとは」
 カインは答えない。何も言うことはなかった。
「これで私のレクイエムは終わりです。結局滅びをもたらすことはできませんでした。それについては成功しようと失敗しようと、今となってはどちらでもかまわない。ただ、一つだけ心残りがあります」
「何だ」
「あなたが、親友の元に還る。その場面を歌うことができない、ということです」
 カインは顔をしかめた。
「それは俺の物語だ」
 何と答えていいか分からなかったが、思ったままに答える。
「人に語ってもらうようなことではない」
「では、そういうことにしておきましょう」
 ふっ、とハオラーンは笑う。
「皆さんの行く先に、幸いあれ」
 そして。
 この長い戦いを見守り続けた最後の俳優は、舞台を降りた。
「終わったな」
 スコールが言う。そう、これで完全に終わり。
 もう戦うことはない。何もかもが終わったのだ。
「では、お主たちを案内するとしようかの」
 カロンは笑顔で言う。
「案内?」
「そうとも。ここは月の地下渓谷。この場所は必ず、幻獣界に通じておる」
 そして。
 彼らの姿は、一瞬でその地下渓谷から消えた。






「ここは」
 広い空間だった。
 前後上下左右、さまざまな方向に伸びる道。三次元空間。
「幻獣界」
 リディアがすぐに反応する。こんな町のつくりをしている世界が他にあるはずがない。
「さてと、まずは幻獣王のもとへ行くとしようかの」
「ちょっと待ってくれ」
 だがその展開に待ったをしたのはカインだった。
「俺たちだけでは困る。他にも残してきた仲間がいる」
「分かっておる。大丈夫、その者たちも順次この世界へ連れてくるから安心せい。それよりもお主たちに会わせたい者がおるのじゃ」
「会わせる?」
「行けば分かる」
 五人はカロンの導かれるままに幻獣界を歩いていく。
 セルフィ以外は来たことのある場所だった。ティナは来てすぐにラビリンスを作ったためあまりよくは覚えていないが、それでも来たことがあるのとないのとでは感想が違う。
「うわ〜、スコール、ねえ見て、あれあれ〜。建物さかさま〜!」
 重力というものが存在しない世界なので、建物の向きなどどうにでもなる。ここで普通に歩いているのは、道そのものに重力があるように設定されているからだ。建物もまったく同じ原理になる。
「確かに最初に来たときは戸惑ったが」
 スコールは苦笑する。セルフィの素直な反応に、自分のときと全く違うと楽しんでいる。
「さて、あの建物じゃ」
 正面に大きな建物。それが幻獣王の屋敷。
「入るぞい」
 カロンはそこに入っていく。五人もそれに続いた。
 リディアなどは何度も足を踏み入れた場所だが、さすがに他のメンバーはそうではない。多少の緊張がそこにある。
「待っておった」
 そこで待ち受けていたのは幻獣王リヴァイアサンと、その妻アスラ。
 そして。
「よく来ましたね、リディア」
 幻獣、ルナ。






247.伝えたい言葉

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