いつだって、この絆は切れない。












PLUS.249

仲間と共に







good-bye.






 スコールは館の外にいた。
 ラグナが死んだ。もしそうなったらどうなるかなど考えたことはなかった。あの男はいつも笑っていて、どんな困難にも正面から立ち向かって、それを乗り越えてきた。
 父親の強さだ。彼は世界の父だった。世界を守り、子供を守った。
(俺はまだ)
 それがよく分かっているのに、あの性格がなじめないというただその一点だけで。
(あんたを『父』と呼んでいない)
 父親だということはよく分かっている。それでも今までいなかったものをいきなり言えというのは無理があった。だからこそ時間が必要だった。その時間は永久に奪われた。
(なんで勝手にいなくなるんだ)
 誰も彼も。
 魔女戦を戦った仲間たちのほとんどが死んだ。今またラグナもいなくなった。好敵手のサイファーもいない。
 自分は、奪われてばかりだ。
「スコール」
 だが。
 その背に、優しい、暖かい手が触れた。
「私がいます」
 彼女はいつも、自分を導いてくれる。
「私だけはずっと、スコールから離れません」
 そうだ。
 奪われてばかりではない。自分は手に入れた。
 この、誰よりも愛しい女性を。
「リディア」
 スコールは振り返ると彼女を強く抱きしめた。
「しばらく、こうさせていてくれ」
「はい。いつまでだって大丈夫です」
 自分にとって彼女は仲間であり、恋人であり、母であり、全てを兼ね備えている女性だった。
 守り、守られ。
 導き、導かれ。
 この女性にめぐりあえなかったら、今頃自分はどうなってしまっていたのだろうか。
「いつまでも一緒にいてほしい」
「もちろんです。私の願いも、同じですから」






 ティナが彼を探し回ってようやくたどりついた場所。それは、館の最深部だった。
 そこは転送の場。十六の世界全てに通じるゲート。かつてリディアもこの場所から第十六世界フィールディへと向かった。
「シャドウ!」
 彼の名を呼ぶ。彼はアスラと共にいた。
「一人で、先に帰っちゃうの?」
「いや」
 彼は小さな声で否定する。
「俺は元の世界には戻らない」
 その言葉はティナに対して強い衝撃を与えた。
「どうして?」
「あの世界に俺の居場所はない」
「リルムは? あの子は、あなたの」
「関係ない。血がつながっているだけだろう。俺はあいつに親らしいことは何もしていない。それどころか俺に娘がいることすら知らなかったのだからな」
「でも!」
「インターセプターを失った今」
 シャドウの覆面の奥の眼光が鋭くなる。
「俺に必要なのは死に場所だけだ」
「シャドウ!」
「この戦いでは死ねなかった。ならば、別の死に場所を探すだけだ」
 そして彼は十六あるゲートの九番目に立った。
「PLUSへ行く」
「……」
「カオスによってほとんど滅ぼされた世界。そこなら俺の居場所もあるだろう」
「待って、せめて、もう少しだけでも」
「平和な世界に俺のような男は無用だ」
 そしてシャドウはゲートの中に入っていく。
「そういえば」
 シャドウはふと立ち止まって振り返る。
「お前は、答を見つけたようだな」
「え……」
「俺は感情を自ら捨てた男だが、お前はなかったはずの感情を見出した」
「シャドウ」
 かつて、故郷で、そんな話をした。あれは、船の上だったか。
「あいつはいい男だ。手放すな」
「シャドウ!」
「それと、リルムには何も言わないでくれ。俺が親だということもな」
 そして──消えた。
「シャドウ」
 迷いのない行動。
 もはや、死ぬことしかできない彼は、それでも自分の生を少しでも意義あるものにしようとして足掻いている。
 そう。
 かつての友人の力を、少しでも後世に残すために。
 死ぬまで、生き続ける。
(せめて)
 願うことくらいは許されるだろうか。
(シャドウの心に、少しでも平穏がもたらされますように)
 それが、彼女にとって最も古き友人への餞別となった。






 アセルスはなかなか目を覚まさない。もう丸二日になるというのに、人間に戻ってからというもの彼女は全く復活の気配をみせない。
「さすがにここまで遅いと心配になるな」
 ブルーがいらいらしたかのように言う。
「体に問題はないんだろう?」
 カインが尋ねるとブルーは「もちろん」と頷く。
「神経系も何もかも問題ないんだ。ただ目覚めない」
「さっさと起きてよね〜ホント」
 セルフィが「えいっ」とアセルスの頬をつつく。ぷにっとした感触に、思わずえいえいと何度も繰り返す。
「何が原因だと思う?」
「おそらくは心因性のものだろうね」
 カインが尋ねるとブルーが間髪いれず答える。
「どういうことだ?」
「目を覚ましたくないっていうこと。何が理由かはわからないけど、多分いろんなものがあるんじゃないかな」
 今までの力がすべてなくなってしまうこと。人間としてブルーと一緒に生きていくことの力不足。目が覚めたときに仲間たちがまたいてくれるのかどうか。そもそも人間としての自分に価値があるのか。
「半妖だったからこそアセルスは自分に価値があると思っていた。それを否定できるものが彼女の中にないとね」
「お前の思いやり不足だろう」
 カインが言うとブルーも「おっしゃるとおり」と手を上げた。自覚はあるらしい。
「口にしないと分からないと言ったのはお前ではなかったか」
「確かにね。でも言わせてもらうと、その点についてだけなら自信はあるんだ。何しろ人間に戻ってからもずっと一緒にいようって約束したからね。多分、問題は僕じゃない」
 ブルーははっきりと言う。
「多分、君だよ」
 カインは何を言われたのかが分からずに顔をしかめる。
「さっきも言っただろう。目が覚めたときに仲間がいなくなっていることを恐れているって」
「トラウマの話か。だがここにそんな薄情な奴がいるとは思えないが」
「そうだね。そして僕たちもあの頃はそう思っていたよ」
 当時の八人は、お互いの利益損得だけで結びついていた間柄だった。だが、それなりに仲間への愛着も執着心もあった。
 それなのに、裏切られた。
「だから君なんだ」
「だからの理由が分からん」
「言っておくけどね、僕がこんなことを君に頼むのがどれほど悔しいか分かっているかな。この場で君の自由を奪ってねちねちいぶってもいいくらいだよ。それでもアセルスの目を覚ますために頼んでいるんだからね」
「恩着せがましい言い方をするな」
「呼びかけてくれ。彼女に」
 ようやく本題に入った。
「手を取って。そして、帰ってこいと言ってくれないか」
「お前の役目だろう、それは」
「もちろん僕もする。でも、君の声が必要なんだ。恋愛感情を一切抜きにした、信頼している仲間の声が。少なくともアセルスが仲間の中で一番信頼していたのは君だよ、カイン」
「ありがたいことだ。涙が出るほどにな」
「ほらほら、僕だってアセルスの手を他の男に握らせたくないんだからさっさとしなよ」
「それが物を頼む態度か」
「じゃあ君は、ティナがもしこういう状態になったとして、そのために自分以外の人間の協力が必要だと思ったとき、平静でいられるの?」
 絶対無理。
「だったら早くしてよね」
「分かったから露骨に嫌そうな顔をするな」
 やれやれ、と思いながらカインはアセルスの手を取る。
「アセルス」
 そして呼びかけた。
「さっさと起きろ。お前が目を覚ますのを俺たちはみんな待っている」
「そうだよ、アセルス。君は僕を一人にするつもりかい」
 ブルーももう片方の手を取って語りかけた。
「君と一緒に暮らしていくために人間に戻ったんだ。早く声を聞かせてくれ」
「さもないと」
 セルフィが頬に触れながら言う。
「私がブルーを取っちゃうよ〜」
 ぴくり、と反応があった。
「お、反応あり。愛されてるね、ブルー」
「茶化さないで。カイン、頼む」
「ああ。アセルス、聞こえるか」
 少しずつ反応が大きくなっている。
「俺たちは仲間だ。誰が何を言おうと、相手のことを自分のこととして考えられる本当の仲間だ。目を覚ますのを恐れるのは仕方がない。だが、俺のことを少しでも信頼してくれているのなら、その恐れを打ち破って、目を覚ましてくれないか」
 そうして。
 ゆっくりと、彼女の目が開く。
「アセルス?」
 ブルーが尋ねる。
「あ、ブルー……私……」
 眠そうな目。
「起きたかい、アセルス?」
「うん。なんか、すごい眠いけど……大丈夫」
 半目のまま、目だけが左右を探す。そして、
「よかった」
 アセルスが笑顔になった。
「本当にいた、カイン」
「聞こえてたのか」
「ああ。ブルーには悪いけどさ、怖かったんだ。目を覚まして、もしアンタがいなかったらって思ったら……自分の殻の中から出てこられなかった」
「だから、なんで俺なんだ。お前にはブルーがいるだろう」
「だって、ブルーは絶対私から離れていかないって分かってるから。失うことはありえない」
 それは惚気か。まったく、心配していたのが馬鹿みたいだ。
「でも、アンタは違う。アンタは私とは何の関係もない、ただの仲間。だからこそ、アンタに捨てられたくなかった。大切な仲間だと思っていてほしかった。それに、スコールやリディアもそう。みんな、本当に私のことを心配してくれた仲間だったから」
「なんかアタシのことが言われてへん」
「だからカイン、アンタにいてほしかったんだ」
 アセルスはセルフィを華麗にスルー。むう、と唸るセルフィにブルーがまあまあとなだめる。
「アンタにとって、私は、仲間?」
「当然だ。だが、ただの仲間じゃない」
「ただの?」
「近くにいようと、離れていようと、相手の苦難を自分の苦難と考え、共に乗り越え、歩んでいくことができると信じて疑うことのない、かけがえのない仲間だ」
「うん、そうだな」
 アセルスは笑顔を見せた。
「だからアンタは優しいって言うんだよ」
「その話を蒸し返すな」
「いやだね。アンタにはこれでもかっていうくらい迷惑をかけるつもりなんだから。ごめん、ブルー。ちょっと起こして」
 ブルーが凄く嫌そうな顔をしたが、腕を相手の首に回すとゆっくりと起き上がらせる。
「一回だけだよ。でないと本当に血を見るからね」
「分かってる。アタシだってティナに殺されたくないから」
 そしてアセルスは、そのままカインに抱きついていた。
「おい」
「ありがとう、カイン。アンタに会えてよかった。アタシ、ブルー以外の誰も信じられなかったけど、アンタのおかげで、もう一度人を信じられるようになった。アンタのおかげだよ」
「その辺りにしておいてくれ。さっきからブルーが俺を殺しそうな目で睨んでいる」
「もう少しだけ我慢してくれよ。正直、まだ体もあまり自由に動かないしさ。それに、アンタから抱きしめてくれると嬉しかったりする」
「すまない。俺はまだ死にたくない」
「まったく、度胸のない」
 苦笑してからアセルスは離れた。それでもまだブルーの表情は険しい。
「なんかまだ体がうまくうごかな──」
「フルケア」
 一瞬でその機能が回復する。完全に元通りだ。
「悪いね」
「いーえ。そうしないと本当にブルーが怖いだけだから」
 ブルーの顔は大魔神も驚きの怒り顔。
「まったく、そんなやましい気持ちじゃないのは分かってるだろ」
「それとこれとは話が別。アセルスは僕が他の女の子を抱きしめていたらどうするのさ」
「アンタを殺してアタシも死ぬ」
「だったら今の僕の気持ちも分かるはずだけど?」
 冷たい視線は魔女すら凍てつかせるほどの恐怖を呼び起こす。
「まあまあ」
 アセルスはその場で軽く唇を合わせた。
「こんなことするのは、アンタだけだよ」
「そうでなかったらとっくにカインのことは殺してるよ」
 物騒な会話だ。だいたい、ブルーも自分から頼んでおいてどういうつもりかと小一時間問い詰めたい。
「それにしても、これでようやくすべて終わったな」
 カインが話題を逸らす。
「そうだね。長い戦いだったけど、終わってみれば早かったのかも」
「時間だけは普通に流れてるってことなんだけどね」
 ブルーとアセルスも頷く。
「さ、それじゃパーティの準備〜!」
 セルフィが笑顔で言う。
「そうだな。生き残った俺たちは、死んだ奴等の分まで騒がないとな」
「そういうことそういうこと! さ、れっつごー!」






250.今までと違う生き方

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