遠く静かな星空から あふれる命の唄が響く












PLUS.250

今までと違う生き方







Turks






 レノ

 アリキーノと共に第七世界ゼルヴァータに還る。
 一度神羅カンパニーに戻るが、その際に辞表を提出。案件を一つ解決することを条件にタークスから出て、タークス主任の座を正式に後輩に押し付ける。
 その後、レノは神羅カンパニーに関係するところに姿を見せてはいないが、トラブルがあると首を突っ込む性格なだけに、世界のあちこちで目撃例が確認されている。



「どうしてもやめるというのか」
 まだ車椅子生活をしているルーファウス神羅が残念そうに言う。
「ま、俺がいなけりゃ動かないような組織でもないぞ、と」
「だが、君にイリーナ君と、二人の優秀なメンバーが抜けるとこちらとしても大きな損失でね。考えなおしてはもらえないだろうか」
「俺の知ったことじゃないぞ、と」
「というよりも、ロッドは確かに力をつけてきてはいるが、君にいてくれた方が安心できるのだがね」
 確かに後をたくすことになる後輩はまだそそっかしいところもあるので、一から十まで仕込んでやりたいという気持ちはある。
 だが、自分がタークスに入ったときのことを考えると、誰も自分に教えてくれたものはいなかった。ただ一つ、あの女が教えたことがあった。
『自分の仕事には、命をかけるんだね』
 以来、自分はそれを忠実に守っている。そして、そのことだけは今のタークスたちには全員教えている。今いち分かっていないのはイリーナくらいだろう。
「いや、分かった。君がそこまで言うのならあえて止めはしない。ただ、君さえよければ一つだけ受け持ってもらいたい案件があるのだ」
「悪いが──」
「エレナの死に関わっている、と聞いてもかね?」
 その言葉はレノの態度に劇的な変化をもたらした。それまで全くやる気を見せなかった男に、急激に魂が入り込んできた。
「ずるいぜ、社長」
「すまないね。彼女と君のことは他の者から聞いている。だからこそこの案件は他の者に任せず、君が帰ってくるまで待つことにしていた」
「あれは自殺だぜ。第一発見者の目から見て」
「確かに。だが、自殺をするには理由が必要だろう」
 そう、レノもずっとそのことは思いをめぐらせていた。
 何故彼女は死を選んだのか。死を選ばなければならないほど追い詰められていた理由は何なのか。
(あのときは、確か任務遂行後だったな)
 彼女が特別おかしかったわけではない。いつもと同じように、堂々としていた。それなのに死ぬ理由が全く分からなかった。
「どうするかね」
「逃げ道塞いでおいてよく言うぞ、と」
 降参した。さすがにこの状況にあっては引くわけにはいかない。
「どういうことだ?」
「引き抜き工作があったことが判明した。タークスのWエースだった二人が同時に主任に昇格したにも関わらず、片方はいまだに現場仕事。環境を変えてやってみないかと彼女に接触した組織があった」
「どこだ?」
「プレストン・コーポレーション。神羅カンパニーに次ぐ世界第二位の企業だ」
「なるほどな。そういや俺のところにも引き抜きが来たことがあったぞ、と」
 つらっとして言うとルーファウスは顔をしかめた。
「初耳なのだが?」
「言う必要もないと判断したぞ、と」
「やれやれ。案外足元をすくわれかねないな、これは」
「タークスが引き抜かれることはないから安心していいぞ、と」
「そうかね」
「タークスはタークスの理論で動く。そんなことも分からない奴が続けられる職場じゃないぞ、と」
 部下たちの誰であれ、引き抜きに応じる者などいないだろう。それに応じるようなら誰もタークスになど入っていない。
 タークスのメンバーは、タークス以外では生きられない。そういう人間しか入ってこない。
「まあ、当時のタークスとしても彼女が引き抜かれるとは思っていなかったようだがね」
「プレストンっていや、最近例の星痕症候群について調べてたっけな」
「さすがに詳しいな。そちらの件はシスネ君に頼んでいる。詳しい情報がほしければ聞くといい」
「了解。それで、俺は何をすればいいんだぞ、と。仮に引き抜き工作があろうが、あの女が自殺する理由にはならないぞ、と」
「その通りだ。ツォンも全く同じことを言っていた。ならば別の可能性が生まれてくる」
「別?」
「彼女は生きていて、プレストンの諜報組織のTOPにいる、という可能性だ」
「それこそもっとありえないぞ、と。あの女がタークスから出て活動するなんてな」
「我々も確証があるわけではない。だが、タークスの動きが完全に裏をかかれている。それもタークスでなければ知りえないようなことまで漏れているようなのだ。今のタークスに裏切り者はいない。これは確認した。ならばタークスの事情を知る者が向こうにいると考えた方がいい」
「それであいつか。だが、わざわざその名前を持ち出すということは確証はなくても何か理由はあるんだろ」
「もちろんだ。組織のTOPの情報が手に入った。長い金髪の女性だ、ということだ。思い当たることがあるだろう」
 なるほど、と頷く。確かにこの業界で女性でTOPに上り詰めるというのはなかなかあるものではない。だがあの女ならそれくらいのことは軽くこなすだろう。
 金色の髪が返り血を浴びて染まることからついたあだ名が『血染めの月』。
「オーケイ。ま、こちらで何とか調査してみる」
「期待している。ここのところ、プレストンの追い上げが苦しくてね。その諜報組織さえ押さえ込むことができれば、いやタークスの動きを制限されなければ充分なんだ」
「ま、やるだけのことはやってみるぞ、と」
 タークスとしての最終任務。
(俺にはうってつけだぞ、と)
 これを最後に、この業界からは完全に訣別する。
 この業界に入る理由となった女が相手だというのなら、自分の最後の任務にふさわしいと思えた。






 アリキーノ

 レノと共に第七世界ゼルヴァータへとやってくる。
 彼がタークスの最終任務を請け負った際、彼女はその能力でいかんなく彼を窮地から救う。
 彼が昔の女性に対して複雑な想いを抱いていることに、多少の嫉妬も生まれているようだ。



「どうやら間違いないようですね」
 倒した相手から『血染めの月』の情報を手に入れた二人はしばらくその場に留まっていた。
 こんな森の奥だ。逃げ隠れする場所などいくらでもある。もし仮に彼女がここにいたとしても発見するのは困難だろう。そんな無駄なことをするより、さっさと敵本部を襲撃した方が早い。
「俺が動いたことに気づいてやがるぞ、と」
「それほど使える相手なのですか」
「アンタといい勝負だぞ、と」
 そう言う彼の表情はあきらかに翳りがある。
 彼がこれだけこだわりを見せたことは今までに一度もない。やはりまだ、その女性のことを大切に思っているのだろうか。
「一つおうかがいしたいのですが」
「何だぞ、と」
「あなたにとって、私と彼女とではどちらが大切ですか」
「分かりきってる答なんか聞くもんじゃないぞ、と」
 それでも彼は自分が不安に思っていることを悟ったのか、ぐい、と抱き寄せてくる。
「俺にとってあいつは超えなければならない壁。今度こそ決着をつけてやるぞ、と」
「勝てるのですか」
 レノは肩をすくめた。一度も勝ったことがない相手だけに、自信はないということなのだろう。
「私が参加してはいけないのですね」
「もちろんだぞ、と」
 これはもう任務でも何でもない。
 彼女を超える。それは彼にとって、絶対に避けては通れない道。
「では、露払いは私が」
「ああ。頼むぞ、と」
 敵本部。そこへ乗り込むのだから当然大量の敵が待ち構えているに違いない。だが、元マレブランケの彼女にしてみればただの人間などものの数にも入らない。
「必ず戻ってきてください」
「約束するぞ、と」
 そうだ。
 この人は、いつだってどんな危険も何とか脱してきた。力だけなら自分の方が強いのに、真剣勝負をするとなったら何故か勝てない気がする。
「女を安心させるのが上手ですね」
「女たらしみたいなことを言うもんじゃないぞ、と」






 イリーナ

 第七世界ゼルヴァータには帰らず、カインの故郷である第十世界キトレニアへとやってくる。
 カインのいる世界を実際に見て回りたいと言って、この世界へやってくるなり放浪の旅に出かけていった。
 最近は、とある国の王族のボディーガードをしているらしい。



「モンスターの襲撃、持ちこたえられません!」
 ここは砂漠の国ダムシアン。この一年で砂漠のモンスターは否応なく凶暴化していた。
 先の戦いで疲弊しているダムシアンにとって、このモンスターの脅威は国の浮沈がかかっていた。これをしのぎきればダムシアンは存続できるが、もし滅ぼされたとしたら。
 国王となったばかりのギルバートには苦しい状況だった。
 バロンやファブール、そしてエブラーナからもわずかばかりの援軍は届いており、砂漠のモンスター退治に協力してくれている。だが、それらの国だって国内のモンスターが凶暴化しているのだ。自分の国を犠牲にしてまで他国を救う余裕などない。
 何とか自分の国の兵士だけでこの苦難を乗り切らなければならない。
「ここまでか」
 ギルバートは城を放棄する決断に迫られていた。ここ数日、モンスターの群れがダムシアンに総攻撃をしかけていて、もはや落城寸前という状態だったのだ。
「かくなるうえは」
「おっと、逃げ出そうなんて思うんじゃねえぞ、国王陛下よ」
 声は崩れた建物の壁から聞こえてきた。
「まさか」
「そのまさかだよ。ぬかったな、国王。空を飛べるモンスターだって、いるんだぜ」
 その瓦礫をすりぬけて入ってきた人型のモンスターに、思わずギルバートは後ずさる。
「お前さえ倒せばダムシアンは落城だ。悪いがその命、もらったぜ!」
 長い爪を振りかざしてギルバートに襲い掛かるモンスター。ギルバートは死を覚悟した。
 そのときだ。
「どりゃああああああああああ!」
 突如横から乱入していたレモン色の髪の女性が、そのモンスターの横面を殴り飛ばしていた。
「大丈夫ですか!」
 ギルバートは突然の展開に目が点になる。
「あ、えっと、君は」
「私のことは後! とにかく今はこの部屋から避難して!」
 立ち上がって向かってくるモンスターに対し、彼女は両手を握り締める。
「もう、厄介ごとが次から次へと」
 そのモンスターの動きを見切ると、近距離から今度はアッパー。そして、渾身の力をこめたストレートパンチが、そのモンスターの頭蓋骨を粉砕していた。
「一丁上がり」
 外目にも、そのモンスターは決して弱くなかっただろう。だがそのモンスターに一度も危ないところを見せずに悠々と勝利したこの娘は何者か。
「君は」
「紹介が遅れたね。私はイリーナ。ちょっとこの世界のあちこちの国を見て回ってる最中。あまりに危険そうだったから、ちょっと助太刀しようと思ってさ」
 ふふん、とイリーナはギルバートに近づいてその胸を軽く叩く。
「王様なら、もっとしゃんとしなきゃね?」
「あ、ああ。僕はギルバート。協力してくれるのかい?」
「ま、成り行きだし。それに──」
 ふとイリーナは考えてから尋ねる。
「ちょうど雇い主がいなくて困ってたところでもあるんだ。よかったら雇ってくれない? 戦力になることは証明できたと思うけど」
「え?」
「そして任務とか与えてくれると嬉しいな。こう見えても仕事はプロフェッショナルにやるよ?」
 確かにまだ歳若いが、実力の程が申し分ないのは分かる。
 ただ。
「今のダムシアンには、君の働きに報いられるほどの財力はないよ」
「わかってないなあ」
 ちっちっ、と指を振る。
「私らにとって一番大切なのは、必要とされてるかどうか、ってことさ」
「必要?」
「私の力がどうしても必要だっていうんだったら、それこそただ同然だってかまわないよ。そのかわり、本気だと分からないと駄目だけど」
「助けてほしい」
 ギルバートは間髪いれずに答えた。
「この通りだ。頼む」
 そして頭を下げる。一国の王が、行きずりの傭兵に。
「んー、ま、本気かどうかは一旦置いておくとして、まずは現状を打開しましょうか。さて、国王陛下。命令があればなんなりと」
 にっこりとイリーナは笑った。
「城内に侵入しているモンスターを撃退しろ……って言ったらできるのかい?」
「造作もないこと」
 イリーナは笑って懐からいろいろとアイテムを取り出す。
「正面きって戦っても時間と労力の無駄だからね。ここはタークス特性のアイテムの出番かな」
 そしてイリーナは近くの兵士をひっつかまえるといくつかのアイテムを渡し、使い方を説明する。
「じゃ、王様。私が帰ってくるまで死なないでよね!」
 そして疾風のように駆け去っていく。この間、わずか五分。
 だが、この突然の来訪者にギルバートの心はなぜか澄み渡っていた。
「竪琴を持て」
 部下に命令する。
「は、ですが」
「いいから持て。国王命令だ。僕も戦う。こんなところにいたって何も変わらない」
 勇気を持てと、彼女は言った。
 そう、今こそこの国のために勇気を奮うとき。
(そうだよね、アンナ)
 竪琴を手にしたギルバートはイリーナの後を追った。






251.違う世界へ

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