幾千光年闇を超えて ひとつの大地にたどり着いた












PLUS.251

違う世界へ







for our mates






 ユリアン・ノール

 モニカと共に、第四世界ペルジスタンへ戻る。
 故郷にいたエレンにサラが亡くなったことを告げた後、再びプリンセスガードとしてモニカの傍で護衛を務める。
 モニカとの身分差に悩む毎日が続いている。



 ユリアンは久しぶりに故郷へと戻ってきていた。
 自分やモニカ、そしてサラ、ハリード、ゼロ、カタリナと、多くの人間がフィールディに向かい、そして亡くなった。
 すべてはサラの体内に潜んでいたアビスと、そしてサラ自身が代表者としての使命を帯びていたせいだ。
 だが、それは今さら言っても仕方のないこと。
 彼は、サラが亡くなったということを姉に伝えなければならない。
 過保護な姉だったが、それだけ彼女は妹を愛していたということ。
 平和な故郷の村の一軒を、彼は訪ねる。
「エレン、いるかい?」
 彼はここに一人で住んでいる女性の名を呼ぶ。
「ユリアン!」
 中にいた彼女は驚いた顔であわててかけつけた。
「今までいったいどこにいたのよ! モニカ姫といい、サラといい、みんないなくなったりして」
「ああ。いろいろと伝えないといけないことがあるんだ。そのためにここに来た」
「いろいろって……サラは? サラはどうしたの?」
 そう。
 これは生き残った者の使命。
 そして一緒に戦ってきた者が行わなければいけない宿命だ。
「エレン、落ち着いて聞いてくれ」
 金色の髪の女性は、その響きにただならぬものを感じたのか、一歩後ずさる。
「いや」
「サラは」
「待って、ユリアン」
 一度、彼女は後ろを向く。
 もう、彼が何を言おうとしているのか、彼女には分かっているのだろう。
 だがそれを聞くには心の準備がいる。
 しばらくして。
「ユリアン」
 振り向いたとき、エレンの目はもう迷っていなかった。
「サラは死んだの?」
 自分から尋ねてきた。
「ああ。アビスに操られて、他に方法がなかった。なんとか守ろうとしたんだけど、僕もモニカも意識を失ってしまって、最後はハリードがやむなく死なせた」
「ゼロは何をしていたのよ!」
「もうその前に、サラの身代わりになって死んでいた」
「……ハリードは」
「その後に別の戦いで死んだよ。カタリナさんはそれよりずっと前に。無事に戻ってこれたのは僕とモニカ姫だけだ」
「そんな……」
 がくり、と崩れる。
「どうして、あの子ばかりがそんな目にあわないといけないのよ!」
 ユリアンには何も言えない。
 あの場では他に方法がなかったことはよく分かっている。それに自分はハリードの襲撃で既に意識を奪われていた。サラが死んだと聞かされたのは全てが終わってからだ。
「守れなくて、ごめん」
 ユリアンが謝ると、エレンは声を上げて泣いた。
 この痛みも、苦しみも。
 生き残った人間が、背負わなければならないものだ。






 モニカ・アウスバッハ

 第四世界ペルジスタンに戻り、ロアール侯へ報告を行う。
 その後、ロアール侯妹として政務に明け暮れるが、再び結婚の話題になるとまたしても王宮を抜け出す。その傍には常に、緑色の髪のプリンセスガードがいた。
 その後、彼らをこの世界で見かけた者はいない。



「お兄様、カタリナが亡くなりました」
 再会の喜びも束の間、モニカはすぐに本題に入った。
「カタリナが。あれほどのものが、何故」
「敵の待ち伏せにあい、一撃で倒されました。崩壊する建物から脱出する際です。最も危険な場所を率先して受け持ってくれました」
「お前をかばって死んだようなものか」
「はい」
 否定はしない。実際に行動を共にしていたのだから、カタリナとしてはそのつもりでいただろう。
「ならば、お前はどうする」
「カタリナの犠牲に恥じない生き方を」
「それはロアールの姫として生きるということか?」
「いいえ」
 モニカはきっぱりと首を振って否定した。
「カタリナは私個人のために命をかけてくれたのです。ロアールの姫だからではありません」
「はたして本当にそうかな。あいつは生粋のロアール軍人だ。そして俺の信頼も厚かった。お前が姫じゃなかったなら、あいつはお前のために命をかけたと思うか」
「それは──」
 無論、違う。
 カタリナが一番に仕えていたのは自分ではない。
 自分の兄。
「お兄様」
「まあいい。しばらくは休め。お前もいろいろあって疲れているだろうしな。政務に出るのはそれからでいい。だが、あくまでもお前はロアールの姫。政略結婚が嫌ならば勝手にどこへなりと行くがいい」
「それは勘当するということですか」
「俺もお前も、所詮はロアールという国の駒にすぎん。駒が勝手に動くのでは戦いはなりたたん。いるだけで害悪だ。そのことをしっかりと意識するのだな」
 兄はそれだけ言い残すと妹を置いて出ていこうとした。
「お兄様!」
 その背に向かってモニカが問いかける。
「……お兄様は、カタリナを愛していたのですか?」
 身分違いの恋であったとしても。
 もし、そうなのだとしたら。
「それがお前に何の関係がある? だいたいもう、死んでしまった者だろう。今さら蒸し返したところで意味はない」
 そう返した兄は、どのような表情だったのだろう。
 だが、足早に去っていった兄の姿は、自分の指摘が間違いないということを如実に語っていた。
(お兄様)
 カタリナも、兄を愛していた。兄も、カタリナを愛していた。
 それを引き裂いたのは自分。
 サラを助けたいと飛び出して、勝手にユリアンやカタリナを巻き込んで、あげくのはてに救うこともできず、犠牲まで出して。
(私はいったい、何をしてきたのだろう)
 もちろん、世界の平和のために活動してきたという自負はある。
 だからといって自分の行動の結果が正当化されるわけでもない。
(ロアールのために尽くすのが償いだというのでしょうか)
 だが、それならば自分が飛び出した意味も意義もなくなってしまう。
 カタリナに、ハリードに、サラに、ゼロに、恥じない生き方とは。
(でも)
 今はまだ分からない。
 だが、いつかは自分が、誰かの、何かの役に立ってみせる。
 そう、信じる。






 シャドウ

 ただ一人、第九世界PLUSへと渡る。
 その世界でシャドウという名の人物が後世に伝わることはなかった。
 だが、エウレカの二代目の王に護衛として仕えた男の名前だけが伝わっている。



「ビリー」
 かつてシャドウと呼ばれた男は自分の主君から呼ばれて姿を現す。
 このPLUSは完全に疲弊しきっているが、それでもカオスの影響がなくなった今、少しずつ復興してきている。
 世界に色が戻り、結界も必要はなくなった。
 豊穣の季節に蓄えができて、年々少なくなっていた子供の数も今年は多くなっていた。
「どうした」
「例の残党、どうしたものかな」
 だが、それでも不安は残る。カオスの眷属、カオスがこの地に残したモンスターたち。それから身を守らなければならない。
 この世界はまだ安全になったとは言い切れない。
「今はまだ」
「まだ?」
「俺が少し状況をよくしてくる。それから一気に倒すといい」
 そして彼の姿はふっと消え去る。
「やれやれ」
 まだ若い二代目の国王はため息をつく。
「死に急ぐなよ、ビリー。お前が来てくれたからこの国は何とか持ちこたえたようなもの。この国にはお前が必要なのだから」
 だが、彼の心にはもはや平穏はない。
 故郷と、月と。二度も死に損なって、もはや自分がどうすればいいのか分からない。
 故郷に戻るという手もあるのは分かっていたが、何があっても自分にはもう安らぎはないだろうということも分かっていた。
 それならば自分にできることは何なのか。
 それは、死ぬまで戦い続けること。
 その意味ではこの世界に来たことは大正解だった。一日たりとも休む暇なく戦い続ける。
 ふと。
 目を閉じれば、かつてのことが思い出される。
 死にかけていた自分を優しく介抱してくれた女性。
 そう、あれが、自分が生涯唯一愛した女性。
(あのとき、あの村に留まっていたら別の人生があっただろうか)
 それは考えても仕方のないこと。
 だが、それでもときどき思う。
(ビリー。俺たちの人生はいったい、何だったんだろうな)
 その答は分からない。だからこそ、自分は後世にこの技を残す。
 親友の名前と共に。






 ファリス・タイクーン

 第五世界アルトゥールへと還り、妹たちと再会を果たす。
 が、もちろんタイクーン城に居続けることはなく、城で彼女を見かけることはほとんどない。
 最近は手に入れた代表者の力の使い方を覚え、世界を移動したりもしているようだ。



 ファリスは本当に久しぶりにぶらりとタイクーン城に戻ってきた。
 前のエクスデスとの戦いの後、自分が世界を救う代表者だとか何とか、よく分からないことを言われたので、言われるままに世界を移動した。結果、これだけの長旅になってしまった。
 途中でいろいろな出会いがあり、別れがあった。
 だが、共通して言えることはただひとつ。
 いい男は早死にする、ということだ。
「お姉さま!」
 城を訪れたファリスに、レナが駆け寄って抱きつく。
「一年も音沙汰がないんですもの! いったい今までどうなさっていたのですか」
「ああ、悪い悪い。ちょっとトラブルごとに巻き込まれててな。ま、もう全部解決したし、今度からはきちんと連絡を入れるようにするさ」
 そして遅れてやってきたバッツの姿にため息をつく。
「何だよ、人の顔を見るなり」
 せっかく喜び勇んで来たバッツも、その態度で一気に興奮が冷めたらしい。
「いや、何でもない。ただちょっと思い出しただけさ」
 そしてファリスはバッツの首に腕を廻すと、思い切り締め上げる。
「ちょ、ファリス!」
「おいバッツ。せっかくの機会だから言っておくが」
 後ろのレナに聞こえないように小声でささやく。
「レナを泣かせたら許さないからな」
「当たり前だろ!」
「違う。お前がレナを置いて死んだりしたら、という意味だ」
 物騒な表現にバッツが言葉を失う。
「いい男は早死にするっていうからな。お前は死ぬな」
「あ、ああ」
「それだけ言いたくてな、今日は」
 そして解放する。首筋をさするバッツと、それを労わるレナ。
 お似合いの夫婦だった。
「それじゃ、俺はもう行くぜ」
「ええ!? だって、今来たばかりじゃないか」
「そうです。お姉さま、しばらく一緒にいてください」
「そうしたいのはやまやまなんだけどな、ちょっと応援を頼まれそうな感じなんだ」
 ファリスはにやりと笑う。
「前はあまり活躍できなかったから、今度はおもいっきり暴れてやろうと思ってるんだ。そうしたらあまり帰っては来られなくなると思う」
「そんな」
「だったら今日一日くらい」
「お前らの傍も居心地はいいんだけどな」
 ファリスは肩をすくめて言った。
「今は、俺を必要としているところに行かせてくれよ」
 にっこりと笑うと、ファリスは自分の力を解放する。
「そのうちまた顔出すよ。じゃな」
 そして、ファリスは世界を移動した。






252.新たな戦いの始まり

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