そっと瞳を閉じたままで 遠い祈りのように
 いつしか夢たちが 叶うように












PLUS.252

新たな戦いの始まり







We need us only.






 ブルー
 アセルス

 第十一世界リージョンには戻らず、ジェラールの死を伝えるために第二世界トレースへと向かう。
 そこでアバロン帝国が七英雄からの攻撃を受け、危険な状態であることを知り、国のために仕えることにする。
 その後、かつての仲間たちを何人か呼び、アバロンの精鋭集団『ジェラール』を結成。ブルーがそのリーダーとなり指示を出し、アセルスはその実行部隊長となる。



「ジェラール先帝陛下が亡くなった!?」
 皇帝ヘクターは立ち上がってから頭を抱えた。
 ブルーとアセルスによって伝えられたジェラールの死。それはこの宮廷にいる者たちに大きな衝撃を与えた。既に泣き出している者もいる。
「ジェラールは僕らの仲間として共に戦ってくれた。世界が守られたのはジェラールのおかげだ」
「確かに先帝陛下はアバロンのみならず、世界を守るためにこの世界から旅立っていかれたが」
 ジェラールが果たそうとしたことは成果として残った。だが彼が帰らなかった。
「陛下は必ず帰ってきてくださると言った。この場を一時お預かりしたのは、陛下にお返しするためのものだというのに!」
「ヘクター。皇帝であるお前がわめくな、みっともない」
 軽装歩兵のジェームズが言う。
「ジェラール様がいなくなるのはここにいる誰もが悲しいことだ。肝心のお前が悲嘆にくれてどうする」
「分かってるさ! でもな、お前だって分かってるだろ。俺には皇帝なんか無理なんだよ。陛下が帰ってくるまでの期限つきで引き受けただけなんだ! 俺はジェラール陛下以外に仕える人間は持たないんだよ!」
「レオン陛下のときと同じことを言っているな」
 重装歩兵のベアが言う。ちっ、とヘクターは何か思い出したかのように舌打ちした。
「だいたいお前らだってそうだろ。俺たちはジェラール陛下のために集まってるんだ。お前たちはこれからどうするつもりだ」
「決まっているわ」
 帝国猟兵のテレーズが答える。
「ジェラール様が愛したこの国を守ることが私たちにできることでしょう?」
「でもな、その肝心のジェラールがいないんじゃ、意味ないだろ!」
「意味はあるよ」
 そこで会話に参加したのはブルーだった。
「意味はある。僕はジェラールが自分の国よりも世界のために動いてくれたからこそ、僕はその恩返しをしたくてここに来た。自分が好きな人とのつながりというのは、結局その人の志を継ぐことができるかどうかだと思う」
「志」
 ジェームズが重い言葉であるかのようにかみしめる。
「僕はジェラールに助けられた。だからこの国が今危険なのだとしたらその恩返しがしたい。僕自身はあまり強くないけれど、僕の頭脳は国には有益なはずだ。そして僕の妻アセルスはここにいる誰よりも強い戦士だ。七英雄がこの国を狙っているのなら、この国を守ることがジェラールに対する恩返しだと思っている」
「ご高説はありがたいがな」
 ヘクターは顔をしかめて尋ねる。
「じゃあいったいどうすればいいのか教えてくれよ、軍師サマ」
「僕はこの城にジェラールのことを伝える前に、先にこの国そのものを調べさせてもらった。この国はこのままだと滅びる。それは七英雄とかが問題じゃない。この国そのものの問題だ」
「何?」
「国に人材が足りない。いいかい、国を作るのは人なんだ。人のない国は滅びるだけだ。この国が発展するならば、まず教育機関をしっかりと作り上げること。子供のうちからしっかりと学問と武術を学ばせる。これは国民の義務だ。そして帝国大学を作り、素質のある者はそこで学ばせる。術研究所も必要だ。そうやって人材を集め、人を増やす。人口が増えれば新市街地も必要になる。そうして国そのものを大きくしなければならない」
「……それから?」
「近隣諸国に対してどうするかも問題だ。今、カンバーランドというところが次期国王位をめぐって問題が起こっているらしい。アバロンはこの問題に平和的に協力し、カンバーランドと親密な関係を結ばないといけない。ステップには七英雄の一人、ボクオーンがいるからこれを倒す。幸い、南には大きな国はないから、アバロンが支配する地域をなるべく大きくしていかないと、経済が立ち行かなくなる」
「……まあ、先に調べてきたっていうのは間違いなさそうだな」
 ヘクターは勢いをそがれたかのように呟く。
「僕らの方で七英雄のうち、ロックブーケ、ノエル、ワグナスは倒した。クジンシーはジェラールがこの世界にいたときに既に倒しているから、後はボクオーン、スービエ、ダンターグの三人。これを随時撃破するためには力のある者が必要だ。僕の知り合いに何人かツテがあるから彼らの協力を得ると同時に、この国自体がもっと武力のある者を育てないといけない。皇帝直属のインペリアルガードを組織してこれにあたる」
「まてまてまて! それだけのことをするのにいったいどれだけ金がいると思ってるんだ!」
「僕の見積もりではざっと一千万クラウン。もちろんそれは最低金額で、実際にはそれ以上のお金が絶対必要になるだろうけど」
「そんな金! どこで調達するってんだよ!」
「何を言ってるんだ。そのための領土拡大じゃないか」
 ブルーはあっさりと答える。
「帝国が各地の領民を保護する。そのかわりに税金を取る。そのお金でアバロンは繁栄する。順番通りさ」
「そんな簡単に……」
「だから人材の確保が急務だと言っている」
 ブルーは相手が皇帝だろうが何だろうが容赦はしない。この国の改革はまず底辺をどうにかしないといけないのだ。
「それから交通網。アバロンは内陸の地だから、ソーモンとの交通路をもっと整備することと、南の交易都市との間の交流を盛んにするために、運河に橋をかけないといけないな」
「金のかかることばかりだな、全く!」
「国の発展にはお金がかかるものさ。いいかい、間違えるなよ。最優先は大学。そしてアバロン周辺を帝国領にしていくこと。この二つだ。それから情報。僕自身、まだよく分かっていないことが多い。分かることが多くなればそれだけ手も打ちやすくなる」
「……軍師ってのはこんな偉いもんなのか」
 はー、とヘクターがため息をつく。
「どうするよ」
「そりゃ最終的には皇帝陛下が決めるものだろ」
 ジェームズが答える。
「情報の件ならシティシーフに頼むしかないわね」
「あいつらか。ジェラールがいなくなってから非協力的なんだよな」
「シティシーフというのはアバロンの裏稼業を取り仕切っているところか?」
 ブルーが尋ねると「ああ」と返事が来る。
「なら、そこに案内してくれ。直接話がしたい」
「何?」
「情報はつまるところ国のトップか、そうでなければ裏稼業が押さえているものだ。いろいろと話を聞きたい」
「それはかまわんが、難物だぞ」
「そうでなければ盗賊などつとまらないだろう」
「それに、先代の恋人だからな」
 これにはブルーの方が目を丸くした。
「……何だって?」
 ブルーとアセルスは目を合わせる。
 少なくともジェラールは故郷のことを一度たりとも話したことはない。だから故郷に恋人がいるなどということは初めて聞く。
「シティシーフのトップはキャットっていう女だ。運河要塞を取り戻す戦いの際に協力し、そのまま付き合った。ジェラールがいなくなった直後はもう荒れに荒れてな。それ以後、こちらからの協力を受けてもらえることはまずない」
「それは……」
 確かに難物だ。だが、そういう事情があればなおさら会わないわけにはいかない。
 自分はジェラールの死を見取った者。彼の帰りを待つ者に伝えに行くのは、彼の友人だった自分の役目なのだから。






 話を全て聞き終わったキャットはしばらく何かを考えていたようだったが、やがて「分かりました」と答えた。
「シティシーフは協力を惜しみません。なんなりとご命令を」
「ジェラールのことは……」
「もう、戻ってこないと半分諦めていましたから」
 キャットは少し寂しそうに微笑む。
「彼が旅立つ前に、他の世界へ行くことを私には伝えてくれなかったんです」
「君に?」
「ええ。だから思いました。私はやっぱり愛されてなかったのかな、と。ただ、ずっと考えていたんです。あの人は誠実で真面目で、とても嘘がつける人じゃなかった。だから逆に会えなかったんじゃないかって」
「逆に──なるほど、そうかもしれない」
 この戦いではたくさんの人間が亡くなった。そして、ジェラールだって無事に帰れるかどうかは分からなかった。そして現実、帰ってこられなかった。
「帰ってくるなんていう約束はできない。だからといって帰ってくるつもりはあるんですから、何も言うことなんてできないですよね」
「そうだな」
「そのことで自分の気持ちを整理することはなかなかできませんでした。ヘクター陛下が窮地に立たされているのは分かっていましたが、でも、私を捨てたジェラールの国に心から仕えることはできなかったんです」
「その気持ちも分かるよ」
「でも、いつまでもそうしてばかりもいられません。ジェラールがこの世界のために本当に命をかけてくれたのなら、この世界を守るのは残された私たちの仕事です」
「僕もそう思う」
「だからご協力します。シティシーフはこの一年の間、世界各地の情報をつぶさに集めていました。いつかジェラールが帰ってきたときに全てお渡しする予定でしたが、あなたにお預けします」
「いいのかい?」
「はい。私は今からあなたの部下です。なんなりとご命令を」
 キャットは臣下の礼を取る。
「僕は皇帝でもなければ、この国の要人でもない。それにジェラールの代わりというわけでもない」
「無論分かっています。ですが、ジェラールの意思を継いでここに戻ってきてくれたのなら、私が仕えるのはアバロンではありません。その意思にこそ膝をつくのです」
「やれやれ。そんなことまで求めていたわけじゃないのになあ」
 ブルーは隣に立つアセルスを見る。
「ま、アンタじゃないとできないことは山ほどあるさ」
「分かってるよ。ジェラールには本当に世話になったからね。僕は何があっても彼にこの恩返しをする。だからありがたくシティシーフの情報をいただくよ」
「はい。何からお知りになりたいですか」
「七英雄の居場所と現在何を企んでいるのかということ。あと近隣諸国の様子、とくにカンバーランド。それから南のモーベルムにいる武装商戦団がいるはずだが、これについての情報」
「ただちに整理して、明日の朝にご報告に参ります」
「それ以外の国も後々必要になるからいつでも情報が聞けるようにしておいてほしい」
「分かっています。今までは収集がメインでしたが、今後は情報を引き出せる状態にしておきます」
 さすがに情報戦の大切さが分かっているシーフだ。そのあたりのことは何も言わなくても分かっている。
「それじゃあ明日、宮殿で待ってるよ」
「はい。朝一番に」
 そうして二人はシーフギルドを出る。
 墓場が入口というのもなかなか面白い。こういう場所だからこそシーフたちが隠れて活動できているということか。
「アセルス」
「何だい?」
「呼びかけて来てくれそうなのは誰かな」
「セルフィたちはセフィロス探しで忙しいし、カインとティナはあんな状況だからね。そこらへんは難しいんじゃないかな」
「同感。だとしたら──」
「ファリスかな。あとはユリアンとモニカももしかしたら」
「僕も同じことを考えていた。彼ら三人がいてくれたら僕としてもすごく助かる」
「本当はカインやスコールにいてほしいんだろ」
「まあそうだけど、でも彼らがいると僕の出番もなくなりそうだからね」
 それはもちろんただの軽口だ。カインたちもスコールたちも、おそらく今はそれどころではないはず。
 ただ、もう少し時間が経ってからなら協力を求めることもできるだろうか。
「でもさ、一つだけ言っておくけどな」
 アセルスが少し睨むような顔で言う。
「アタシが誰よりも強い戦士だって、男勝りみたいな言い方やめてほしいな」
「事実だろう」
「事実だけど! でもアンタを守るのがアタシって、普通立場逆だろ?」
「今さら。僕が君にかなわないのは事実だし、それを隠したところで意味はないよ」
「……アンタが本気で怒ったらアタシに止める自信はないけどね」
 それこそアセルスがらみとなるとブルーの理性は一光年は軽く吹き飛んでしまう。
「僕の武器は術なんかじゃない。この頭脳だ」
 ブルーは改めて言う。
「そしてこの国にはその頭脳が全くといっていいほど足りない。もし僕に代わるような人物が出てくるようなら、僕の存在は必要ないよ。また別の世界に行けばいい。二人でならどこに行ったって問題はないだろう」
「それはそうだけどさ」
「僕らに還るところなんかない。なくていい。ただ二人でずっと一緒にいられさえすればね。そしてときどき、こうして刺激的なことがあればなおいい」
「アバロンの人たちが聞いたら怒るよ、それ」
「仕方がないよ。僕らがジェラールのために何かしてあげたいと思ったところで、結局この世界はこの世界の人たちのものだ。僕らがこの世界に永住する気ならともかく、僕らは客でしかない。悪く言えば、単なる興味、好奇心を満たすだけの問題さ。ただそれだって、この世界のためになるなら害悪じゃない。そして僕らがジェラールにためにしてあげたいって思っている気持ちは本当だ」
 はあ、とアセルスはため息をつく。
「理屈家」
「それこそ今さらだよ」
 ブルーが苦笑する。この戦いの途中から、彼はこんなふうに笑うようになってきた。
 いい傾向だ。昔の、ただすましていただけの頃より感情があふれている方がずっといい。
「だから申し訳ないけど、まだしばらく子供は産めないよ。君はこの戦いで一番力のある戦士なんだから」
「分かってるよ。いちいち釘を刺さなくてもいい。でも、」
 えい、とアセルスはブルーの腕に抱きつく。
「いちゃつくのはいいだろ? せっかく人間に戻れたんだし」
「もちろん。僕だってそうしたいと思っているんだからね」
 ブルーはアセルスを正面に立たせて抱き返した。






253.最果ての地へ

もどる