こんな小さな掌では 抱えきれぬほど時は長い
 幾千万里の旅の果てに 優しい笑顔にめぐりあえる












PLUS.253

最果ての地へ







I want you.






 リディア
 スコール・レオンハート
 セルフィ・ティルミット

 それぞれの世界には還らず、この世界の『最果ての地』を目指す旅に出る。
 セフィロスが見つかるか見つからないか、それはまた別のお話。



 おかしい。
 スコールは首をひねった。おかしい。間違っている。こんなはずじゃなかった。
 てっきり自分は、リディアとセルフィとだけで旅立つつもりだった。
 それなのに。
「マスターのお供ができて幸いです」
「やれやれ、お主はいつも堅苦しいのう」
「まあ、力のある幻獣が一緒にいないと不安だろう?」
 というわけで。
 いつものアルゴ、アフラマズダ、アルテミスのAAAトリオ(彼らは自分たちのことを勝手にチーム名『A’s』と名乗っている)が彼ら三人の同行者となった。
 リディアと二人きりになれなくなるのは最初から諦めていたが、それでもこの数では普通に話をすることすら難しくなる。そしてリディアは彼らが来てくれることをとても喜んでいる。
「嫉妬か。だらしないぞ、スコール」
「お前も黙ってろ、グリーヴァ」
 そしてグリーヴァ。これだけの多数パーティも久しぶりだ。
「えーっと、このたびはセルフィちゃんのセフィロス奪回作戦にご協力いただきまして、まことにありがと〜ございますっ!」
 その幻獣たちに大きく礼をして挨拶しているのは無論セルフィ。
「なに、最果ての地は遠いからの。久しぶりにいい運動になりそうじゃて」
「幻獣界の外側は危険が多いですが、マスターたちの安全は我らが必ず確保いたします」
「ふむ。メンバーは一人変わったが、人間と組むのはやはり面白いな」
「あ、グリーヴァもよろしくね〜」
「ああ、よろしくお嬢さん」
 グリーヴァだけが獣の姿で、あとの三体はみな人間タイプだ。
「そ〜いえば、グリーヴァも人間の姿をとることができるの?」
「無論。幻獣は誰もが人間タイプと本来のタイプを使い分けることができる。エウレカやマディンのように、もともと人間が昇華したタイプの者は人間タイプしかないが」
「え〜、じゃ、見てみた〜い。見たい人〜、挙手っ!」

 ノ←アフラマズダ
 ノ←アルゴ
 ノ←アルテミス
 ノ←リディア

「おおおお、凄い! スコール以外全員手が上がったよ!」
 なんだろう、このきわめて遠足的なノリの良さ。
「スコールは見たくないのか?」
 グリーヴァが見上げながら言う。
「……見たいが、見たくない気もする」
 人間タイプになれば嫌でも意識せざるをえない。パートナーというよりも、自分より目上のような感じがしてしまう。
「ふむ。主がそう言うのならば仕方あるまいな」
 ぶーぶー、とセルフィがブーイングをする。どこまで子供なのかと。
「ワシらの間でもお互いの姿を変えないと人間タイプは見ることができんからのう」
「ええ。お互いの理解を深めるためにも、是非人間タイプを見ておきたいものです」
「見られて減るものでもないだろう。それともグリーヴァの人間タイプは自分のものだというつもりか?」
 アルテミスの言葉が一番懐を抉ってくる。もちろん彼にはそんなつもりは微塵もないが。
「私も、見たいです」
 リディアが少し控えめに言う。
 この状態で「見たい」以外の選択肢がどこに存在するというのか。
「……見たい」
 不承不承、そう言わざるをえなくなり、そうしてグリーヴァは「ふむ」と頷く。
「主の許可が得られたのならば、やぶさかではないが」
 そうしてグリーヴァの姿が徐々に人間に変わっていく。
「え」
「うわ」
 リディアとセルフィが目を丸くする。
 そこにいたのは、髪の色が白いという違いはあれど、スコールそのものだった。
「うわー、うわー、スコールが二人、スコールが二人」
 大事なことなのか二度言う。
「いえ、少し雰囲気とか輪郭とか、違いますけど……でも似ています」
 確かに微妙な差はある。だが、ぱっと見て全く違うということはないだろう。
「まあ、私を生み出したのは主ゆえ」
 人間型グリーヴァはスコールの方を向く。
「その姿に似るのは仕方のないことであろう」
「……そんな気はしていたが」
 スコールはため息をつく。だが、もう一つの不安が的中しなくてよかった。
(もしかしたら、ラグナみたいになるんじゃないか)
 という当たったら超絶勘弁してほしい状況だけは避けたかったのだ。
「やはり主には不満かな」
「……いや」
「そうか。最悪ではなくてほっとした、というところか」
「何でお前は俺の考えていることがそんなに分かる」
「私は主の分身。思考パターンは読める。もっとも正しいという確証はないがな」
 嘘つけ。
 心の中で愚痴るが、まあそれすら気づかれている可能性が高い。あまり考えないことにしよう。
「それじゃあ、これからのことを確認するね」
 一段落ついたところでリディアが説明を開始する。
「セフィロスさんの言っていた『最果ての地』っていうのは、本当にこの幻獣界から一番遠いところにある場所のこと。私が行ったことがあるのは、だいたいだけど、多分二万分の一くらい」
「にまん!?」
「もっとも、その最果ての地というのも、この幻獣が住むことができる可能領域の最大外側ということじゃがの。そのさらに外側には幻獣が住むことのできない、まさに深宇宙空間じゃて」
 リディアが行ったことのある場所まででもおそらくは相当のものだろう。
「たどりつけるんやろか、ほんと」
「大丈夫だ」
 スコールが言葉にするがセルフィはまだ不安がっている。
「お前はやるといったら必ずやりとげる。だから大丈夫だ」
「何の理由にもなっとらへんやないの」
 ぶんぶんとセルフィは首を振る。
「でも行くんだろう?」
「もっちろん!」
「ならさっさと行くとするか。あまりセフィロスを待たせるわけにもいかないしな」
「では乗るがいい」
 アフラマズダが本来の姿、巨大な光の鳥へと姿を変えた。
「おそらくこれが一番速い移動手段じゃろ」
「助かる」
「ありがとうございます」
 スコールとリディアが礼を言いながらその背に乗る。グリーヴァも、アルテミスも、アルゴも。そして、
(今、行くからね、セフィロス)
 失ったものを取り返すために。
 自分の最も大切なものを取り返すために。
「お願いします」
「よし。急ぐぞ」
 そして、アフラマズダはまさに光の速度で発進した。






「お主は行かなくてよいのか?」
 そこにいたのは小柄な老人。無論、今まで彼らをずっと見守り続けていたカロンだ。
 声をかけられた方は普通の人間に見えるが、ここにいる以上は普通の人間であるはずがない。幻獣だ。
「俺が出てったら大事になるだろが」
「既になっとる気がするがの。リディアには守護役が必要だと思ったから、ワシは辞退したというのに」
「余計なお世話だじーさん。こう見えてもあいつらには悪いことしたと思ってんだよ、俺は」
「ならば償うのがお主のするべきことではないかね」
 ふてくされている男にカロンがその名を告げる。
「ディオニュソスよ」
「いくらなんでも、この間の今だぜ」
 ディオニュソスはため息をつく。
「一緒に行動したいって言ったところで、素直に聞いてくれるかよ。しかも俺が殺した男に会いに行くってのに」
「まあ、同行している嬢ちゃんは確実に怒り狂うじゃろが」
 カロンは苦笑をこらえながら言う。
「だが、いつまでもそうしているつもりもなかろう? リディアは間違いなくお主を探すことも頭の中に入っとるよ」
「だろうな。まあ、俺が逃げ回ってりゃあいつが俺を見つけることはできないだろ」
「確かに。じゃが、問題はお主がそれをよしとするのか、ということじゃよ」
 ディオニュソスは右手に酒瓶を出すと、それをあおるように飲む。
「なあじーさん」
「カロンと言え」
「あんた、俺の過去を知ってるのか?」
「そりゃ、最古の幻獣としては知らんことはないがのう」
 カロンは首をかしげる。
「何か聞きたいことがあるかね」
「俺は王としてふさわしくなかったか?」
「そりゃ自国の民を全て失えばいい王様とは言えんのう」
「そりゃそうだな」
「ただお主は好かれておったよ」
 良いか悪いかで言えば、確かにディオニュソスは悪い王様だったかもしれない。
 だが好かれていたか嫌われていたかと言われれば、それは間違いなく誰からも好かれている国王だった。だからこそ全ての民が彼に従った。彼を孤独にしないために。
「せっかく知りたいことを知ったのだから、もう少し有意義に生きればどうかね」
「さあ。俺はもう分からなくなっちまった」
 ごろんとディオニュソスは横になる。
「強くなるのはかまわないさ。だが、俺がこの先幻獣として生きていって何をすればいいのかがまるで分からねえ。あんたら幻獣は普段、何を考えて生きてるんだ?」
「生きることに理由などないよ。ただ生きるために生きている。人間も幻獣も変わりはない。どこから来て、どこへ行くのか。その正しい答を持つ者はこの地上に存在しないのだよ」
「理由もないのにどうして生きられるんだ?」
「それは、自分が決めるからだよ。自分はこれを達成する、こうなる、こうする、自分で決めて、その通りに生きる。だからこそ誰もが生きられる。だが、何もすることがない者には何もできん。生きた屍じゃよ」
「ま、俺にはお似合いかもな」
 ディオニュソスは軽くぼやくと目を閉じる。
「行かんのかね?」
「行く気になったらな。ま、もう少しはのんびりするさ。どうせ追いつく気になればあいつらくらいいつだって追いつける」
「ま、あまり時間を浪費しすぎんようにな」
「あんがとよ、じーさん」
 そうして立ち去っていこうとするカロンに、ふと気になったことを尋ねた。
「そういや気になったんだが」
「何かの」
「あんたが待ってた弥勒菩薩ってのは結局、誰のことだったんだ?」
「言われなければ分からんかね。この世界を最終的に救ったのは誰かね」
 そうしてカロン=地蔵菩薩は消えた。
「むしろ」
 目を開けてから彼は虚空を見る。
「あの男の方が気になるな。今ごろどうしてやがるんだか」
 弥勒菩薩と呼ばれる男。いや、弥勒菩薩の力を手に入れた男。
 もはや彼の力は人間の枠内におさまるようなものではなくなっている。
「この先あいつがどういう進化を遂げるのかは見てみたいもんだな」
 だが、それは今ではない。
 自分は生まれてからずっと戦い続けてきた。少しくらい、休む時間があってもいいだろう。






254.最後の罪

もどる