二章  旅の仲間






 エルフィアは大陸随一の王国である。ここと肩を並べられるだけの国力を持つ国はどこにもない。もちろんそれは十以上もある国々を比較した時、相対的にそうだといえることであり、絶対的にみて他の国々を押さえ込めるほどの力があるというわけではない。単純に、大陸の中で最も栄えている所、と評価できるであろう。
 面積が格別広いというわけではない。西は海、北は大山脈で遮られ、東と南にはそれぞれ湖、大森林という特殊な地形のために滅多なことでは戦争という被害にあうことがない。無論なかったわけではないが、国の誕生からの長い歴史の中で片手で数えるほどしかない。それだけに産業が富み、亀の歩みながらも着実にその力を増していったのである。
 大陸随一、と呼ばれるようになったのがいつごろからなのかもはっきりとはしない。気がつけばそういう位置づけがなされていた。
 地理的にどこか閉塞感があることはやむをえまい。またそれだけにこの国に住む者たちはエルフィア人であるという意識が強い。そして余所者と国民とを明確に区別する。不当な差別はないが、外の人間にとっては住みやすいところではない。
 だが余所者を見ないかというと、決してそういうわけではない。特に国を南北に縦断している『大街道』にはそういった余所者の方が多い。というのは、大森林を境に南にはクラヴィナ王国、大山脈を境に北にはトルトリア王国が存在し、この『大街道』はこの二国を結ぶ最大の要路だったのである。しかも二国いずれにしても、出入国が可能な道はこの『大街道』しかないとなれば、その重要性ははかりしれない。
 王国は二国との間に関所を設け、旅人からは通行税を、商人からはさらに関税を徴収した。それは呆れるほどの金額であった。
 安いのである。
 どこの国でも土地から土地へ移動するだけで税金がかけられており、まして他国へ移動しようとなると莫大な金額がかかる。だが王国は大陸でその税を最も安く設定していた。
 特別理由などない。それで充分すぎる収入を得ているのである。もちろん税による収入は大きいが、それ以上に人が流れることによって金も流れ、ひいては景気がよくなっているのである。さらには商人が許可をもらって(無論これも安価な営業税が課せられる)国内、すなわち『大街道』の付近で簡単に商売ができることもあって、さながら祭のような賑やかさがここにはある。
 だが当初の問題に戻るが、彼らはあくまでも『余所者』である。
 王国で市民権を得ることはほぼ不可能に近い。通行許可、営業許可はいくつかの条件が満たされてさえいれば簡単にとれるのだが、それらはあくまでも短期にすぎない。年単位での滞在許可となると、担当である出入国管理官が、滞在理由が明確で合理的であると認められないかぎりは不可能である。例をあげれば戸籍上の問題。すなわち婚姻や養子縁組などがその多数をしめる。
 山脈や森林を越えて不法に入国することは決して不可能ではないが、大きな都市に入るためには通行許可証を提示しなければならない。あまり現実的な行為とはいえないであろう。





 マリーはその日、早くに目が覚めた。このような森の中で眠るという尋常ならざる状況が、おそらくは彼女の心を高ぶらせているのであろう。
 回りを見ると、まだ皆よく眠っている。ジャンヌとニーダが姉弟仲良く同じ毛布にくるまって眠っている。ジャンヌの毛布をマリーが借り受けたからなのだが、どうしてロイスダールと夫婦仲良く眠るというわけではないのか、少々疑問だ。
 ニーダは眠っている時でもローブを脱がなかった。眠る前に、そのままで眠るのですかと尋ねたのだが、答えにくそうにして「うん、まあ」と言っていた。そういえば彼は魔法が使えるというし、そのあたりに何か原因があるのかもしれない。
 反対側を見てみると、あの迫力のある戦士ルファーが座ったまま、剣を抱いて眠っていた。一応肩に毛布がかかってはいるが、おそらくはそうして回りに注意を払っていたのだろう。
 ロイスダールは──とまだ消えていない焚き火の向こう側を見るが、そこには彼の姿はなかった。どこへ行ったのだろう、と辺りを見回すと、少し離れたところで泉の方を向いて座っていた。
 マリーは三人を起こさないようにして立ち上がると、足音を立てないようにしてそのロイスダールのところへ近づいていった。気配は消しているつもりだったが、あと十歩くらいのところまでいくと彼は振り向いて「おはよう」と微笑みながら言う。
「おはようございます」
 マリーもまた小声で答えた。そうしてゆっくりと近づく。
「何をなさっていたのですか?」
 彼の手の中にあったものはスケッチブックと筆、そして近くにはパレットと水差しが置いてあった。
「絵をね、描いていたんだ」
 そのスケッチブックには、綺麗な泉が描かれていた。
「お上手ですね」
「儀礼的なお言葉、ありがとう」
「いえ、本当に。この泉の薄い藍色がとても印象的です」
 ロイスダールは目を細めて喜んだ。
「それは、浅葱色、っていうんだ」
「あさぎいろ……」
「綺麗な泉や湖を描く時は、必ず自分でこの色を作るんだ。これが一番印象的に見えるから」
 言われた通り、確かに印象的であった。若干緑が混じっているようでいて、それでいて青色が少しも失われておらず、なおかつ透明感がある。
「本当に素敵な絵です」
「ありがとう」
「これほどの絵は、なかなか見られないと思います。いつも旅の合間に絵を描いていらっしゃるのですか?」
「まあね。傭兵なんて護衛の仕事で暇を持て余すか、殺伐とした仕事で憂鬱になるかだから、どちらにしてもこう、落ちついて何かをしていると気が紛れるんだ」
 そして、自嘲気味に笑った。
「少し、気が弱いように見えるかもしれないけど」
「そんなことはありません。これだけ素敵な絵が描けるということは、心がとても澄んでいるからだと思います。サロンに出品なさってはいかがですか? きっと好評がいただけると思います」
 だがそれには返答がなく、再び握られていた筆が動き始めた。
「この鳥は?」
 邪魔になるかとも思われたが、マリーはあえて尋ねた。というのも、水面すれすれを飛ぶ一羽の小鳥が、あまりにも印象的で目を惹かれたからだ。
「ああ、それはミソサザイだよ」
「ミソサザイ?」
「普通、山の中の水辺に住んでいるんだけれどもね。小さくて全身が焦げ茶色をしていて……泉の藍色とよく生えるだろう?」
「そうですね、不思議と」
「バランスを崩さないように気をつけているんだけどね。難しい色だから」
 だがその絵からは少しも乱れたところは見られない、調和がとれた美しいものであった。写実的で『動き』のある絵。すごく心を奪われる。
「よろしければ、他の絵も見せていただけませんか?」
「そうだね、後でよければ」
「お願いします」
 そして、マリーは最後に一番気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、この絵のタイトルはなんというのですか?」
「うん、そうだな」
 それから少し間があって、ロイスダールは答えた。
「『出会いの記念に』というのはどう?」
「え……」
「この絵、完成したらプレゼントするよ」
 マリーは顔を赤らめて俯いた。そして頭の片隅で、ジャンヌさんもこうして口説かれたんだろうか、などと場違いなことを考えていたりもした。
 そして、しばらくその作業を見つめていた。まだ絵が完成するまでには時間がかかりそうであったが、それでもその綺麗な絵が貰えるかもしれないというのは、とても嬉しいことであった。
 と、ロイスダールが不意に声をかけた。
「早いな。寝ていたんじゃなかったのか」
 マリーに話しかけたというわけではないようであった。はっとして振り返ると、そこにはルファーが機嫌悪そうに立っていた。
「仮眠はした」
「まだ二時間はゆっくり寝ていていいぞ。俺が見張りをしておくから」
「絵なんかに心を奪われている奴に、任せるのは不安だ」
 マリーは少し顔を歪ませた。これほど綺麗な絵を非難されたのが悔しかったからだ。
「どうだ、ルファー。今回の絵は」
 ロイスダールはスケッチブックを見せる。その絵をじっくりと見てから、ルファーは答えた。
「悪くない」
「お前にそう言ってもらえるとはね」
 ロイスダールは微笑んだ。だがルファーは全く表情を乱さない。感情というものが存在していないかのようである。
 この二人が並んでいると、気が合っているようにも見えるし、全く合わなさそうにも見える。マリーにはその違和感がおもしろかった。
「仲がよろしいんですね」
 そう思ったからこその台詞であった。その言葉に二人は目を見合わせた。
「確かに悪くはないね。ルファーのことは一番信頼できる相棒だとは思っているけど」
「けど?」
「ルファーが同じように思ってくれているかどうかは謎だね。この無表情な男がさ」
 それはきっと、ロイスダールの挑発に違いない。そうして吹っ掛けておいて相手の気持ちを確かめているのだろう。だが、ルファーは答えることはおろか、笑うことすらしない。
「お二人はどういうご関係なんですか?」
「関係?」
「あ、ですから……いつお知り合いになったのか、とか」
 ロイスダールは筆をとめて少し考えこんでしまった。
「もう二年くらい前になるかな」
「ああ」
 ルファーも反応する。マリーは「二年前?」と尋ね返した。
「初めて出会ったというか、遭遇した、というべきだろうなあれは」
 苦笑しながらロイスダールは言う。
「やっぱりこんな同じような森の中で、行き倒れていた男がいたんだ。それがルファー」
「じゃあ、偶然」
「そう、本当に偶然。お腹をすかせていた黒くて大きい、目つきの悪い犬がいたんだけど、何か食べるものをよこせって目で訴えかけられたから餌をあげたんだ。そうしたら懐いてしまってね」
 マリーはびっくりしてルファーの顔を思わずまじまじと見つめた。その表情が全く変化がなかったことがおかしくなってきて、吹き出してしまう。
「聞けば特別行くところもないっていうし、剣は使えるっていうからそれ以来なんとなく一緒に行動しているというわけ。何をするにしても文句も不満も言わないから、旅の同行者としては少し張り合いがないんだけどね」
「俺には別に、何も意見はない」
 ようやくルファーがその挑発に乗ったのか、それとも単に応答しているだけなのか、とにかく答えた。
「お前についていけば退屈が紛れるしな」
「とまあ、こいつはいつもこんな調子さ」
 ロイスダールは肩を竦めてみせた。
「こっちから話しかけない限り、一週間でも一ヶ月でも黙り通しなんだ」
「必要ないからな」
 演技まじりで話すロイスダールと、全く抑揚のないルファーとの会話があまりにもおかしくて、マリーはくすくすと笑いつづけた。本人たちはきっと、大真面目だったのだろうが。





 さて、その大陸随一の王国であるエルフィアであるが、決して悩みらしい悩みがなかったというわけではない。いや、どの王国にでも必ず一度以上は浮上するであろう問題がまさに今生じていた。
 つまり、世継問題である。
 現在の国王アレン=ヴェーダーは四六歳であり、まだまだ壮健である。だが王妃は存在しなかった。かつてはいたのだが、既に故人となっている。彼自身は再婚もしなかったし、側室も置かなかった。妾すらいない。亡き妻以外の女性には一切興味がない、そういう人物であった。
 子はいた。たった一人である。男子であり、当然故王妃の嫡子である。名をパルスと言い、この国で唯一の王位継承権者である。聡明であるという評があるが、それ以上にもう一つの評判の方が名高かった。
 彼は、病弱であった。
 主治医からは、二十まで生きられないかもしれない、と幼少の頃に言われていた。今年二一歳となりめでたくその予言は外れたのだが、残念なことに二年前からずっと病床に伏し、一切の公式行事に参加することを控えている。
 もう長くないのではないか、という悲嘆の声は宮廷どころか国内のあちこちで飛び交っている。そんな不敬なことを、と叫ぶ者にしてもその不安は常に心の内にあった。
 パルス王子は名君と称されるアレン国王の血と頭脳をしっかりと受け継いでいると言われる。五年前の大飢饉の際には、その対策の責任者を志願し、国内における餓死者の数を最小限度におさえている。
 またこの時被害を完全に食い止めることができなかったと嘆き苦しむだけの良心と気概も持っている、と一般には言われている。それだけ領民思いの人物であり、アレン国王の跡を継ぐに相応しい人物だと誰もが考えている。
 その王子が病死したらどうなるのか。
 国民にとっても、それは慢性的な悩み事の一つだったのである。





 ようやく泉に日が差し込んでくると、姉弟も起きて朝食を取ることになった。
 マリーが加わったことで食料が足りなくなるのではと尋ねたのだが、万一のことを考えて食料は余分に持ってきているという。しかもいつの間にかルファーが野兎を捕らえて火にかけていた。この辺りはさすが、冒険慣れしていると感心した。
 食事の準備をしている間もロイスダールは絵を描き続けていた。残った四人で完全に食べる準備を整えると、ジャンヌは「さて、あの馬鹿を連れてきますか」とロイスダールの方へ向かって歩いていく。
 その後ろ姿から、ジャンヌが凄く嬉しそうにしているということがマリーにも伝わってきた。それを見て、ようやくこの二人は夫婦なのだと思ったのである。
「仲、いいだろ」
 そのマリーに、ニーダが話しかけてきた。
「そうですね。最初、夫婦って聞いたときはすごく驚きましたけど、こうしてみると本当に愛し合っているんだなって、思います」
 と、その目線の先で夫婦が接吻を始めたので、思わずマリーは目を逸らした。
「大丈夫、いつものことだよ」
 ニーダは笑う。
「でも、人前なのに」
「多分、ねぇちゃんは周りにいくら人がいても構わないんじゃないかな。ロイ義兄さんは少し困ってるかもしれないけど」
 そう言って頭を掻く。確かに言う通り、どちらかといえばジャンヌの方が押しが強いような雰囲気がある夫婦だ。
「本当は、よくないんだけどね」
「何がですか?」
「ああやって、仲良くしているのはさ」
 マリーは首を傾げた。
「どうしてですか?」
「うん。パーティの中で特定の二人が仲良くしていると、他のメンバーに影響するんだ。意識しなくたって、どこかで妬んだり拗ねたりするところが自然に出てくる。だからパーティ内での恋愛は御法度にしているところだってある」
「そうなんですか?」
「僕らのところはちょっと特殊だから目を瞑ってるけど。だってほら、僕はねぇちゃんを女性として見るなんて無理だし、ルファーはこの調子だし」
 ルファーは話しかけられたとはみなさなかったのだろう、目線だけをこちらに向けたが何も言わなかった。
「そういう心配は全くないから」
「確かにそうですね」
「でも、今回の旅の間はちょっと我慢するように言っておかなきゃ」
 マリーはその意味が分からずにきょとんとした。
「だって、マリーさんがいるから」
「わ、私、ですか?」
 大いにうろたえて、マリーは言葉を詰まらせた。
「うん、そういう感情って無意識のものだからさ。僕もマリーさんみたいに綺麗な人がすぐ傍にいたら意識するし」
「え、ええっと」
「だから今回の旅の間は──いてっ!」
 いつの間にかニーダの後ろに立っていたジャンヌがその頭を遠慮なくぶった。ニーダはうずくまって頭を押さえている。
「あんた、何依頼人を口説いてるのさ」
「く、口説いてなんかないよ、誤解だよ!」
「いーや、あたしはしっかりと聞いたよ。んー、誰が綺麗な人だって?」
「いだだだだだだだだっ!」
 ジャンヌはその耳を引っ張り上げた。可哀相に、完全に立ち上がっても身長が低いためにどこまでも引っ張られ続けている。
「ほらほら、答えないと」
「ごめん! ごめんねぇちゃん! だから、勘弁して!」
「うん、分かればよろしい」
 ぱっ、と手が離れるとニーダは全力でルファーの後ろまで非難した。
「いや、悪かったねマリー。困らせてさ」
「い、いえ」
「あの馬鹿はきちんとしつけておくからさ。まあ万が一を考えて、あまり二人きりにはならないように」
「は、はあ」
 先程の話があるだけに、どう答えていいのかマリーには分からない。とりあえず無難な返事をしておくことばいいだろう、と判断した。
「それで、絵はできたの?」
 ニーダが早くも回復し、ルファーの脇の下からにこにこと笑顔でロイスダールに尋ねる。問われた方も苦笑して首を横に振った。
「いや、もう少しかかるな」
「マリーさんにプレゼントするんだって?」
「なんだ、もう聞いていたのか」
「ま、ロイ義兄さんの絵なら持ってて自慢できるもんね。なんといっても」
「こら、また耳ひっぱられたいのかい、ニーダ」
 一歩大きくジャンヌが踏み出すと、ニーダは恐れてルファーの影に完全に隠れた。
「何か」
 あるのですか、と聞こうとしたがジャンヌの形相が怖かったので、その言葉を飲み込んだ。賢明な判断といえたであろう。
「さ、あさごはんー。いっただきまーす」
 いち早く焚き火の傍に座ったジャンヌが兎肉の最初の一切れをついばんだ。その顔が満面の笑みとなると、ルファーを除いた三人が一斉に笑った。





 大森林の南側には平原が広がっている。ここを支配するのは大陸の中で中堅国と称されているクラヴィナ王国である。中堅国、というのは決して褒められた言い方ではない。悪いところはないが、何も良いところがない国、という意味である。
 とはいえ、実際には噂ほどというわけではない。国の八割を締める平原では主要穀物である米や、嗜好品とされる煙草がとれる。この二つが国の主要産業であり、輸出品目の一、二位となっている。
 これでも農業国という評価が与えられないのは、その平原、すなわち国土の狭さが原因であったといえよう。国の南は山地が東西に横たわっていて、その向こう側は大陸最南端の国であり陸の孤島と呼ばれるバロス王国である。西は北側に海、南西方面は陸地が続いているが、西の大河ディガスを国境として、半島の国ファティアと接する。そして何よりこの国にとって最も重大な東には、東の大河テロスを挟んで軍事大国エオリアが存在する。
 これでおおよその事情が察せられるであろうが、北に大陸随一の王国エルフィア、東に軍事大国エオリアが存在するという事実は、中堅国にすぎないクラヴィナにとっては非常に辛い位置に置かされているということを示している。
 エオリアが軍事大国かつ戦闘国家であるという事実から、この国の方針は建国以来ほとんど変わっていない。すなわち、エルフィアを手を結び、エオリアと戦う。他に選択肢と呼べるものは存在しなかったのだ。無論、バロスやファティアとも不可侵条約をこじつけている。列強に囲まれた国家というのは、外交戦が何よりも重要なのである。
 幸い、エルフィアとクラヴィナの仲は悪くなかった。というよりも建国以来常に良好を維持していた。両王家の間には血縁関係もある。現王であるラルディス=プレディアの母親はエルフィア王家の者である。分かりやすく言うとラルディスとエルフィア王アレンとは従兄弟同士である。ラルディスの方が二歳年下にあたる。
 ラルディスには子が五人いた。このあたりはエルフィアから見ると非常に羨ましいことであろう。王子が二人、王女が三人である。王女のうち長女と次女が側室の子だが、残りの三人は全て正妻との子である。
 その正妻の子である三女システィーナ。彼女はエルフィア王太子であるパルスの婚約者であった。三年前、彼女が十四の時に正式に婚約が成立したのだが、二年前からパルスが病気に倒れたため、結婚はずっと延期され続けている。
 国としては早く二人を結婚させてしまいたかった。というのは、東の軍事大国エオリアがまたしても不穏な動きを見せているのである。





 一行は食事を終えると素早く行動を開始した。
 相変わらずの獣道をロイスダールが戦闘に立って歩いていく。とても二人が横になって歩けるような場所ではないので、どうしても一列縦隊にならざるをえない。二番目にジャンヌが続き、その後をマリー、ニーダが追い、少し離れてルファーが最後尾に立った。わざわざ距離を置いているのは、背後から急襲された時に依頼人を逃がすためという配慮がなされているからだ。
 先頭を歩くロイスダールの歩調は、マリーには知りようもないが昨日よりも確実にペースダウンしていた。これはマリーの進行速度を考えたものであったのだろうし、それについてはパーティの誰も文句を言わなかった。
 だが同時に、今日中に大森林を抜けることができるだろうという予測は完全に崩れてしまった。おそらくこのペースだともう一泊野宿になることは想像に難くなかった。
「疲れてない?」
 すぐ後ろを歩いているニーダが声をかける。マリーは振り向いて「ええ、大丈夫です」と答える。
「喋る時も前を見ながらでいいよ。振り返るとその分体力使うし、僕は耳がいいから」
 分かりました、と好意に甘えて再び前を向いて歩き出す。
「ニーダ! あんまりマリーを疲れさせるんじゃないよ!」
 ほらきた、という呟きがすぐ後ろから聞こえてきた。
「返事は?」
「はーい!」
 自分の前後で交わされる会話に、思わず顔が緩む。
「仲がよろしいんですね」
 マリーは振り返らずに言った。
「僕とねぇちゃんのこと?」
「ええ。素敵なお姉さんですね。弟思いで」
「ねえ、マリーさん」
「はい?」
「今までのどこをどう見たら、弟思い、なんていう言葉が出てくるの?」
 姉を恐れてか小声で尋ねてくるニーダに、マリーは真剣に答えた。
「誰よりも注意を払っているように見えます。よっぽど、弟が可愛くて大切なんだと思います」
「本当にそうだといいんだけど」
 少しおどけた口調である。昨日会ったばかりのマリーですらそれくらいのことが分かるのだ。普段から一緒にいるニーダがそれに気づかないはずはない。
「そういえば、昨日ジャンヌさんから聞いたのですが、ニーダさんは魔法が使えるということだそうですが」
「うん、使えるよ」
「秘密、というわけではないのですね」
 魔法の力というものは、確かに一般的なものとは言いがたい。
 魔法時代、と呼ばれた頃には国王から農民まで誰もが魔法を使えた。それがいつのころからか少しずつその力は失われ、今ではごく限られた人間しか使えない技となっている。
「うん。別に秘密っていうわけじゃないよ。確かに今ではほとんどなくなってしまった技術だけど、隠すことじゃないし」
「その、聞きにくいことなのですが」
「変な目で見られたりしないか、とか?」
 明るい口調だったので、思わず振り返る。だがその表情には少しの迷いもない。微笑み返され、逆にこちらが戸惑ってしまった。促され、また歩き出す。
「別に誰彼かまわず話してるわけじゃない。多分ねぇちゃんは、この先あの黒装束と戦うことになった時、僕が魔法を使っても驚いたりしないでほしい、っていう意味でマリーさんに言ったんだと思う」
「はい」
「このこと、依頼人には必ず言うことにしてるんだ。魔法を使ってから説明しても、誰もいい顔はしてくれないから」
「そう、なんですか?」
「何で隠してたって聞かれるよ、大抵。そして僕に対する目つきが変わる。危険な力を持っているってね。これが原因で契約を破棄されたことだってある」
「そんな」
 それは、随分と理不尽な話ではないだろうか。
 自分で依頼をしておきながら、たったそれだけの理由で相手を全否定するとは。
「でもいいんだ。僕は実際危険だから」
「……」
「ごめんごめん、人に危害を加えたりするっていう意味じゃないよ? ただ、やっぱり指一本で人を殺したりすることができるって言われたりしたら、怖くない?」
 背筋に悪寒が走った。だが、慌てふためくこともなく、ゆっくりと振り返る。今度こそ足を止めて、ニーダの顔をじっくりと見た。
「本当にそんなことができるのですか?」
 恐怖が半分、好奇心が半分といったところであった。ニーダのように人好きのする表情で言われても、あまり恐怖が募るというわけではない。だが、その裏で本能的なものは警告を発している。事実だ、と。
「魔法っていうものは随分と便利なものに見られるかもしれないけど、実はきちんと法則がある。その法則に従っていればできるよ」
「ニーダさんも?」
「できる。使いたくはないけど」
 再び前に進むことを促される。だが、こう言われて簡単に足を動かすというわけにはいかない。少し度胸が必要であった。一つ息を吐いて、諦めたかのように歩き出す。
「使いたくないというのはどうしてですか?」
 やはり変な目で見られることを避けているのだろうか、と思った。
「こんな力、ない方がよかったんだよ」
 それは、魔法という力を憎んでいるかのような言い方であった。
「僕は他人から変な目で見られることはあまり気にしてないんだ。ねぇちゃんは気にしてる……っていうか、僕をそういう目で見る人を許さないけど。魔法を使う人間っていうのはどうしても異端視される。それは仕方のないことなんだ。僕だって実際に魔法を使う人がすぐ後ろを歩いていたら怖いと思うよ。何をされるか分かったもんじゃない」
 それは今のマリーの立場を示唆しているのだろうか。皮肉を言われているかのような気分であった。
「一番嫌なのは、僕と一緒にいるせいでねぇちゃんまで変な目で見られることだった。小さい頃からずっと迷惑をかけっぱなしだった。ねぇちゃんが僕のことをいつまでたっても心配するのは多分、その時の名残だと思うよ」
「辛くは、ないんですか?」
 くすりと笑う声が後ろから聞こえた。
「少しはね。でも悪いことばかりじゃなかった。ロイ義兄さんとルファーはそうじゃなかった。ロイ義兄さんは僕に最初からすごく同情的だった。ルファーはまあ、ああいう人だからね。神経が本当に図太くて、何も気にしない様子だった。ねぇちゃん以外でこの力を嫌わないでくれたのは、二人が初めてだったんだ。だから僕、二人が大好きなんだ。二人に会えることができて、本当に嬉しかったんだ」
 その言葉に嘘偽りがあろうはずもなかった。言い返せば、辛いことが辛いと感じられなくなっていたということに違いなかった。
「だから、ジャンヌさんは結婚を?」
「さあ、それはどうだろう? でもロイ義兄さんがこのことを知った時に、僕の頭を撫でたことがきっかけになったんだとは思うよ。そのおかげで一緒に旅をするようになったわけだし」
 なるほど、そう考えるとこのメンバー構成というのはそれほど奇異というわけでもない。というより、この四人でいることがベストだと思わせられる。
 姉は弟が可愛い。夫は妻とその弟を大切に思っている。弟は義兄とその友人に懐いている。そしてその二人はお互いを一番信頼できる仲間だと思っている。
 最高の仲間ではないか。
「素晴らしい、仲間ですね」
 だが、返答はなかった。照れているのだろうか、とも思ったが何か様子が違う気がした。
 振り返る。
 そこに、いるべきはずのニーダはいなかった。
「ニーダさん?」
 少し遠いところで、ニーダがうずくまっていた。ルファーが追いついて、その背に手をあてている。
 マリーは慌てて駆け寄り、その傍に片膝をついた。その目に、苦しそうなニーダの表情が飛び込んでくる。しかも、脂汗をかいている。動悸も激しい。
「ごめん、マリー。ちょっとどいて」
 ジャンヌもまた少し慌てて戻ってきていた。マリーは当然逆らわずにその場を譲る。ジャンヌは弟の正面にしゃがみこんで話しかける。
「具合は?」
「……ごめん」
「立てる?」
「ちょっと……」
 切れぎれに、ニーダは何とか答える。これは相当な重症であることは見ているマリーにも分かった。
「ごめん。ちょっと時間もらうよ」
「気にするな。どうせ、休憩だ」
 ジャンヌが言うと、ロイスダールは優しく答えた。微笑み返してから、ジャンヌはニーダに肩を貸して立たせる。
「向こうまで、歩くよ?」
「うん。ごめん、ねぇちゃん」
「そう思うんだったら、具合が悪くなってきた時点で言いな」
「……うん」
 ニーダはいつにもまして蒼白な顔で頷く。よほど具合が悪いのだろう。
 二人の影が、森の奥の方へと消えていった。
「大丈夫なんでしょうか」
 マリーが不安げに言うが、残った男二人は平然としていた。
「なに、いつものことだ」
「いつもの、って」
「ニーダのあれは体質だからな」
 ロイスダールが何事もないように言う。
「体質?」
 どういうことなのかと目線で尋ねる。ロイスダールはルファーを見て、少し困ったふうに微笑した。
「俺に、何を言えと?」
「いや、悪かった。言うのは俺の役割だったな」
 何の話なのか、マリーには当然分からない。だが、説明はしてもらえるようであった。
「魔法の話を、先程していたようだが」
 ロイスダールは慎重に言葉を選んでいた。
「魔法を使うということ、魔法が使えるということ。どちらもあいつの、他に例を見ない才能だ。だがそのこと自体が、あいつの体に常に負担を与えている」
「負担」
「どういう状況でいかなる症状が出るのかはほとんど分からない。普通にしていて突然具合が悪くなるのはいつものことだ」
「それは、魔法を使うことができるという理由からなんですか?」
「信じられないかい?」
 今までそのようなことを聞いたことなどない。今までにない知識を与えられたようなものだ。信じるとか、そういう次元の話ではなかった。
「魔法を使った時はもっと症状がひどい。あの時はどうなることかと思った」
 ロイスダールにしては珍しい言い方であった。思わせぶりな言い方をするのは、この人に似合わない。
「何があったんですか?」
「呼吸が止まった」
 尋ねられるのを承知していたのだろう。打てば響くように返答があった。
 だが、それを理解することはマリーにとって大変な作業であった。
「……それほど?」
「さいわい、魔法を使って死んだことはない。当然のことだが。だが、できることなら俺たちはニーダに魔法を使わせたくはないんだよ」
 それは本心であろう。平然としている割に、ひどく実感がこもっている。
 しかも、いつも無表情なルファーまでがどことなく神妙になっている。
 なるほど、この二人にとってニーダという人物はまさに弟なのだ。
 やがて、二人が帰ってきた。ニーダの顔には血色がしっかりと戻ってきていて、先程の様子など微塵も感じさせなかった。
「ごめん、迷惑かけて」
「気にするな。もう少し休んでから行こう」
「え? 大丈夫だよ、僕なら」
「やせ我慢をすることは構わないが、少しは姉の不安を取り除く努力もしてやれ」
 その言葉に、ニーダはまじまじと姉の顔を眺めた。いつもと変わらない、何か怒ってでもいるかのような表情。だが、その裏ではきっと自分のことを心配しているに違いない。
「分かった」
「それに、ちょうど時間もいい。昼御飯にしよう」
 ロイスダールの言葉に一番喜んだのは、無論ジャンヌであった。全員の失笑をかったのは言うまでもない。





 一行は、その日のうちに森を抜けることはかなわなかった。
 四人だけならばそれも不可能ではなかったのだろうが、依頼人であるマリーの速度を考えると、どうしても間に合わなかったのだ。
 それはマリー本人を除けば全員が理解していたことなので、誰からも何も言わない。マリーもまたいつまでに森を抜けられるかなど尋ねていなかったので、不満に思うこともなかった。
 その日は先にロイスダールもルファーの眠りについていた。見張りはジャンヌが引き受け、ニーダも一緒になって起きていたのだが、やがて姉の膝枕で眠りに落ちていた。
 ジャンヌは微笑んで、弟の頭を撫で、起こさないようにしてゆっくりと毛布をかけてやる。そして、火をきらさないために薪をくべた。
 その顔に、どこか陰りがあった。
 茶褐色の肌が火に照らされて赤々と輝いている。同時に、姉にもたれかかっている弟の白い肌にも、その赤さが映っている。
 暗がりでも、似ない姉弟であった。少なくとも、マリーはそう思った。
「寝ないのかい?」
 薄く目をあけてその様子をうかがっていたのだが、ジャンヌには気がつかれていたようであった。マリーはゆっくりと体を起こし、毛布を肩から掛けなおした。
「もう少し、起きていようかと思います」
 暖かいコーヒーをジャンヌが差し出す。ニーダを起こしてはなるまいと、マリーは自分から近づいてそのカップを受け取った。
「本当に、仲のいい姉弟なんですね」
「似てないだろ?」
 かけた言葉と帰ってきた言葉との間には相当な隔たりがあった。そんなことを聞いたわけではなかったのだが、確かにそれは気になっていた。
「ええ、まあ」
 大体、姉弟だというのに肌の色も瞳の色も髪の色も、ましてや顔だちから何から何までどこも似たところがないというのは不思議なものだ。
「父親が違うんだ」
 その口調からはたいした事実ではないかのような印象を受ける。だが、マリーには衝撃的であった。だが、言われてみれば当然のような気がした。むしろ、母親だけでも同じだということの方が信じられない。
「父親はあたしも知らない。自分のも、この子のもね。母親はこの子を産み落として死んだ」
 炎に照らされたジャンヌの顔には、いつものような表情はどこにも見られなかった。ルファーと同じように、全く感情というものがなくなってしまったかのようだ。
「あたしはまだ六歳だった。それでもこの子が生まれた時から、ずっとあたしが守り続けてきたんだ。あたしにとってこの子は弟じゃない。子供だよ。ちょっと大きいけどね」
 ああなるほど、と頷く。つまり、最初の問題に対しての前置きだったというわけだ。だが、それにしてはあまりにも辛い過去だ。
「……どうして、私に?」
 自分でもそう聞き返したのは不思議であったが、口にしてみて気がついた。
「私に話す必要はなかったのでは」
「んー、ま、そうだね。でも別に秘密にしてたわけじゃないし。ロイスダールもルファーもこのことは知ってる。だからマリーにだけ特別ってわけじゃない」
 少し残念なような、それでいてほっと安心したような気持ちであった。
「この子は、生まれてくるべきじゃなかった」
「ジャンヌさん!」
「と、この子自身が思ってる。この子がだよ。あたしが思ってるわけじゃない」
 思わず声を荒らげていたが、まるでからかっているかのようにジャンヌはそれをおさえた。
「自分のせいで、母親を殺したと思ってる。あたしが縛られているものだと思ってる」
「……」
 さすがにこう言われるとマリーには何も答えられなかった。なにしろ、肝心のジャンヌがどう思っているかを教えてくれないのだから。
「だからあたしが結婚するって決めた時は、それはもうこの子は大喜びだったよ」
 ふと、疑問に思った。
「結婚を決めたのは、相手がロイスダールさんだからですか? それとも……」
 昼間、ニーダはロイスダールが自分を可愛がってくれたことが理由だったのでは、と言っていた。
 だが、二人を見ているとそれが理由とはとても思えない。明らかに、ロイスダールとジャンヌは愛し合っている。ニーダのことをぬきにしてもだ。
 だが一方で、ジャンヌはニーダを大切に思っている。では、ロイスダールがもしもニーダを快く思わなかったら、ジャンヌはどうしただろうか?
 ジャンヌは、くすりと笑った。
「分けて考えるのは、難しいねえ」
「難しい、ですか?」
「だって、この子のことを可愛がってくれないような男は多分、あたしの好みじゃない」
「それはつまり、ニーダさんのことを可愛がってくれる人だから、ジャンヌさんも好きになるということですか?」
「うーん、ちょっと違うんだよなあ……」
 指で頬をかきながら、ジャンヌは言葉を探した。
「あたしが好きになるタイプっていうのが仮にあるとする。その中にこの子のことなんて当然入ってない。あたしの好みだからね。でも、あたしのタイプの男は必ずこの子のことを気に入ってくれるんだよ」
 難しい言い回しだ。極論すれば自分の言っていることと大差はないような気がする。だが、言わんとすることは分からないでもない。
「失礼ですが、皆さんはどうやって出会われたんですか?」
「それは、あたしたちとロイスダールたち、っていう意味?」
 はい、と答える。すると今度はジャンヌは上を見ながら「うーん」と唸った。
「ま、単純に言っちゃうと、同じ傭兵部隊にあたしら四人が所属したからなんだけど。きっかけは何でもない、あたしの一目惚れ」
 やはり、というように頷いてコーヒーをすする。が、ジャンヌは苦笑してさらに続けた。
「ただし、ルファーに」
 ごほっ、と咳き込む。ジャンヌは意地の悪い笑みを浮かべていた。間違いなく、自分が飲み物を含んだのを見計らって言ったに違いない。
「ルファーさんに……ですか?」
「そ。あいつ、見目いいでしょ? もー、すっかり」
 他の三人が寝ていて本当によかった、と心からマリーは思った。
「まあ、あいつが感情ないやつだって分かってすぐに気持ちは冷めたんだけどね。かわりに今度はロイスダールがさ、これがまたいい奴で」
 今度はのろけモード全開である。マリーは頭痛がしてきた。
「あたしにもニーダにも、誰にでもすごく優しくてね。それに、許容力が大きいんだ。あたしみたいなあばずれでも、ニーダみたいな魔法使いでも、絶対に拒否しない。そんなことを考えない。大きいんだ、心が。そこに惹かれたんだろうね」
 さっきジャンヌが言っていたことがはっきりした気がした。
 つまり、ジャンヌのタイプというのは、許容力が大きい人だというのだ。そして、許容力が大きいからこそ、ニーダを忌避したりはしない。そういうことを言っていたのだろう。
「ルファーさんも許容力が大きそうですけど」
「あれは大きいんじゃないの。単に何も考えてないだけ」
 あまりといえばあまりな言いようである。
「あいつと付き合うつもりだったら、こっちが許容力大きくないとついていけないよ」
 なるほど、と頷く。だが頷いてから言外の意味に気がついて顔を赤らめる。
「わ、私は、そんな」
「いいっていいって。ま、あいつを好きになるっていうのは半端じゃできないよ。ひたすら押し、押し、押しの一手。それでも向こうから好きになってくれる可能性はゼロに等しい。こんなので恋愛なんてやってられないって。それであたしは諦めたんだ」
 たしかに冷静に考えても、難しそうな相手である。
 何も考えていない、というのは少し違うような気がする。状況を的確に判断する能力は高いように見受けられる。それを実行に移す能力もだ。
 そのかわり、自分がどうしたいのか、となると何も感じていないのではないだろうか。
 決して無口だというわけじゃない。尋ねれば返答はあるし、自分から話すことだって少ないがないわけではない。だが、喜ぶことも悲しむこともなく、人を好きになることもない。こうなると恋愛をする相手にはたしかになれないかもしれない。
「そういえば、さ」
 逆に、今度はジャンヌから尋ねてきた」
「マリーは、首都アルガまで行って何をするつもりなの?」
 質問に即答することはできなかった。眉をしかめ、どう答えたものかと悩む。
「無理には聞かないけど」
「いえ。ただ、知人の見舞いに行くんです」
「見舞い?」
「ええ。ちょっと容態が悪くて」
「親戚?」
「そんなところです」
 言葉を濁したことは互いに分かっていた。だが、それ以上をマリーが答える気がないことを理解したのか、ジャンヌはそれ以上尋ねなかった。
「明日も、いい天気になるといいね」
 木々に遮られ、空の様子は分からない。だが、二人ともなんとはなしに見上げていた。
「そうですね」
 そらぞらしいことは二人とも理解していた。










深夜、襲撃

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