KISS IN THE SKY

第2話 ovr bit






「マリアが行方不明に?」
 フェイトの部屋、フェイトとネルがその通信をクリフから受け取ったのは、その日の夜だった。
 フェイトとクリフとの間には超光速通信の機材が設置してある。その仕組みを知っているのはこの星ではフェイトの他にはネルだけであった。
『ああ。ムーンベースに到着してから、ここ一、二日、全く消息がつかめてねえみてえだ。ま、あいつのことだから心配はねえと思うが、一応何かあったら教えてくれ』
「マリアがこんなところまで来るとは思えないけどね。もし何かあったら連絡するよ。それと、もし見つかったら連絡をくれよな」
『当たり前だ。それよりお前、マリアがお前のところに行くとは考えねえのか?』
「僕のところに? どうして?」
 画面の向こうと、画面のこちら側とで同時に溜め息が生じた。
『ま、いいや。とにかく何かあったら連絡くれ』
 一方的に告げられ、一方的に通信が切られた。
「どういう意味だよ」
 彼は振り返って尋ねるが、シーハーツの誇るクリムゾンブレイドはもう一度大きく溜め息をついた。
「マリアが、あんたのことを好きだっていうことだろ」
 これだから、天然は罪深い。マリアにソフィア、マユ、ウェルチ、その他何人の女性が彼の毒牙にかかったことか。
 しかも本人にその意識がないのだから、いっそう罪深い。
「でも僕がネル一筋だっていうのはみんな知っていることだろ?」
「そういう恥ずかしいことを平気で言うんじゃないよ」
 まったく、とつぶやきながらもそう言ってくれることは悪い気はしない。
「でも、たとえそうだとしても、理由もなくマリアがここまで来ることはないだろう」
「だとは思うけどね。でも、こんなことは今までになかったから、なんだか嫌なものを感じるね」
「ああ。無事でいてくれるとは思うけど」
 そう言って、彼は通信装置をしまった。
「それで、ペターニには明日からだって?」
 フェイトが残念そうに尋ねてくる。
「ああ、ペターニの件は放っておくことはできないからね」
 ペターニで反乱の兆候あり。ただ、それはあくまでも極秘裏のものなので、気付いているものは多くないという。
 とりあえずタイネーブを調査担当とするが、先にネルが実地でいくつか確認をすることに決まった。  ただ、せっかくフェイトと再会できたばかりだということで出発をわざわざ明日にしてもらったのだ。それに、まだ動きは大きくないらしく、一日や二日で情勢が変わるというものでもない。
「とりあえず行ってみるさ。そうだね、五日は戻ってこないと思う」
「せっかく僕が戻ってきたばっかりだっていうのにな」
 ふとそのとき、ネルの頭にひらめいたことがあった。
「あんたも一緒に行くかい?」
 ある程度予想していたのだろうか、彼は表情を変えずに尋き直してきた。
「いいのかい?」
「陛下は何もおっしゃらなかった。あんたをわざわざ同席させたってことは、特別問題はないっていうことだろうさ」
 彼女にしても、せっかく再会できたのにすぐに別れるというのは寂しかった。
 あの頃のように、一緒に旅をすることができるなら、それにこしたことはない。
「それなら一緒にペターニまで行こうかな。いくつか新製品も届けなきゃいけないし」
(こいつは本当に)
 どこまでも天然なのだ、とネルは頭痛をこらえた。





 翌朝。
 朝日が少し差し込むと同時にネルは目覚める。
 いつもの装束に着替え、準備を整える。
 さすがに今日は寝坊もできないということで早めの就寝となった。
 それでも彼はまだ寝ているだろうか。
(やれやれ)
 結局自分が起こしに行くことになるのかと、ため息をつきつつもその久しぶりの場面に心が躍る。
 朝方のシランド城はまだ動く者は少ない。誰もいない廊下をネルはゆっくりと歩いた。
(あいつと、久しぶりの旅か)
 少しだけ浮かれている自分が分かる。
 こんなことではいけない、と気を引き締めても、彼と旅が出来るという嬉しさにはかなわない。
 旅の中ではいろいろなことがあった。そして、今度の旅はどうなるのだろう。
 少しの不安と、たくさんの希望。
 それを感じつつ、彼女はフェイトの部屋の扉を開けた。

「うあああああああっ!」

 その直後、部屋の中から悲鳴が聞こえてきた。
 一瞬で戦闘モードに切り替わり、手を武器に添えて中に入る。
 だが、そこには誰もいない。
 ただ、フェイトがベッドの上で寝ているだけだ。
「フェイト?」
 その様子は尋常ではなかった。
 全身に汗をかき、苦しそうな表情で叫んでいる。
 そして、その額。鈍く、ほの蒼く何かが発光している。
(これは、あのときの?)
 バンデーン艦を消滅させたときの、あの発光と似ている。
「フェイト、フェイト!」
 気がはっきりしていない彼の頬を叩き、目覚めさせようとするが効果がない。
 何が起こっているのか、全くわからない。
(どうすれば)
 彼のことはネルも少しは知っている。
 ムーンベースで、彼の力、ディストラクションのことは学んだ。
 全てを消滅させることができる力。
(暴走しようとしているのかい?)
 だが、それを止める手段までネルは知らない。
 何しろ、昨日まで暴走するなどということは一度もなかったのだ。
 彼にその力があるということを、真剣に考えたこともなかった。
 彼もまた、自分の力をそこまで深く考えようとはしていなかったから。
 お互いに、そのことを考えることが怖かったのかもしれない。
(どうすれば)
 そこで思考が硬直する。
 どうすればフェイトのこの発作を止めることができるのか。
「どうやら、間に合ったみたいね」
 と、そこへ扉の外から声がかかった。
 彼女にとっても、よく聞き慣れた声だった。
「マリア?」
 フェイトと同じ、蒼い髪をなびかせて彼女は部屋の中に入ってくる。
「あんた、行方不明になってたんじゃ」
「話は後よ。彼を助けるのが先でしょう?」
 いつものリーダー口調で、彼女はフェイトの額に触れる。
「熱があるわね。ディストラクションの力が暴走している」
「やはり、力のせいなんだね」
「ええ。この発作が始まってしまうと、簡単には治療できないわ」
「どうすればいいんだい? あんたの落ち着きぶりからすると、方法があるんだろう?」
 マリアは穏やかに微笑んだ。
「さすがね、その通りよ。彼の力の暴走を止めるには、ここは都合がよかったというべきね。ここにはアレがあるのだから」
 マリアの言うことがすぐにネルに伝わった。不思議な力を持つもの、といえばシーハーツにあるものは限られている。
「セフィラか」
「そう。あの力を借りれば彼の発作を止めることができるわ。でも、あそこに行けるのは限られた人間だけ。そう、あなたがいてくれてよかったわ、ネル」
「私に行ってこいというんだね。でもいくら私でも、聖殿カナンへ行くためには陛下の許可がいるんだよ」
「でも、このままだと力が暴走して最悪、彼の命に関わるわ。時間は少ないのよ。私から陛下に直接この件については申し上げるわ。だからあなたは早くカナンへ行って、セフィラを持ってきて」
「なるほど。役割分担というわけか」
「そういうことよ。いくら緊急事態とはいえ、私が一人でカナンへ行くわけにはいかないでしょう。兵士に止められるもの。でもあなたが行けば問題はないわ。その間に私が陛下に話をしておくから」
「分かった。それじゃあ、フェイトを頼むよ。できるだけ早く戻ってくるから」
「ええ。早くね」
 軽く手を合わせてから、ネルは駆け出した。
 そして、残ったマリアは一度、フェイトの苦しそうな寝顔を見つめる。
「ふう」
 右手をそっと、彼の頬にあてる。
「久しぶりね、フェイト」
 彼女はゆっくりと、彼に近づいた。
「大丈夫。私があなたを助けてあげるから」
 そして。
 ゆっくりと、その唇を合わせた。
「さて、陛下に『話』をしにいかないとね」
 彼女はその美しい顔に微笑みを浮かべさせた。





 大聖堂に入り、陛下の許可があると神父に詰め寄って聖殿カナンへの道をあけさせる。
 全力で駆け、封印洞をぬけ、聖殿カナンへ突入する。
「ネル様?」
 入り口で見張っている兵士から、突然の来訪者に詰問される。
「この先は聖殿カナン。たとえネル様といえど、陛下の許可なくして通行は認められませんぞ!」
「その陛下の許可は得ている! 緊急事態だ、通せ!」
「は、はっ!」
 さすがにクリムゾンブレイドの言には力がある。ネルが『許可がある』といえば、それで通じるのだ。もちろん、陛下への照会は後で行われるのだが。
 聖殿カナンは、相変わらずひっそりとしていた。
 もともと侵入者撃退用の罠が無数にひしめいている場所だ。それだけセフィラが重要であるということを意味している。
 だが、どこにどのような罠があるかは前に来たときに確認済みだ。
(そういえば、ここに来るのはこれで三回目だね)
 走る足は止めず、着実にカナンを進んでいく。
 一度目は、セフィラを守るため。
 二度目は、セフィラを手に入れるため。
 そして今度は。
(フェイトを助けるため、か)
 結局セフィラが鍵になっているということには違いがない。
 FD世界の人間が、この世界への楔となるために作られたオーパーツ。
 それがフェイトの命を助ける鍵となっている。理由は、よく分からないが。
(フェイト……)
 あれほど苦しそうにしている彼は見たことがない。
 どんな時でも、笑顔で、全員の希望をそこに詰め込んだかのような顔をして。
 もし、彼がいなくなったら。
(考えたくない)
 彼のいない世界など、何の価値があろう。
 何もいらない。明日も、夢も、愛も、この世界に彼がいないのなら。
 全ては、無。
 そんな世界を、自分は望まない。
(必ず私があんたを助けるよ、フェイト)
 そして、カナンの最奥にたどりつく。
 セフィラからは今も不思議と聖なる水がただ溢れ出している。
 どういう仕組みになっているのかは、作ったスフィア社の人間でなければ分からないこと。
 必要なのは、このセフィラの力。それだけだ。
「陛下。謹んで、お借りいたします」
 彼女はその宝珠を手に取った。
(これで、フェイトを助けることができる)
 セフィラを手にした彼女はすぐに引き返す。
 マリアならこの宝珠の使い方が分かる。これを使ってフェイトを癒すことができる。
 そして、一刻を争う。
 ほとんど休み無く駆けていたので、彼女の足は正直悲鳴を上げている。
 だが、ここで休んだとして、もしフェイトの身に何かがあったとしたら。
 そう考えると、足を止めるわけにはいかない。
(しっかりしなさい、ネル・ゼルファー)
 彼女は自分を叱咤する。
(あいつを助けるんだろう!)
 必死になって全力でカナンを駆け抜け、入り口まで戻ってくる。
 そして、先ほどの見張りの兵士、さらには数名の兵士たちがそこにいた。
 その中の一人が、自分に向かって言った。

「ネル様! 宝珠セフィラ強奪の罪で、逮捕します!」





Destiny’s Rule

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