KISS IN THE SKY
第6話 Don’t stop music!
三人となった一行は、すぐにアリアスを出てペターニへ向かった。
まだ日は昇ったばかりだ。急げば今日のうちにシランドへ着くことができるはず。
正直、一人でシランドへ行くのは辛いと考えていた。別に行動事態が辛いというわけではない。
現実を目にしたとき、一人では耐えられないかもしれない、ということだ。
シランドには、陛下がいて、タイネーブがいて、マリアがいて、他にもたくさんの大切な人たちがいて、そして何よりフェイトがいる。
廃墟を見たときに、心がくじけないかどうか。
彼女には、自信がなかった。
「様子が変だな」
ふと、アルベルが口にする。
「どうなさいましたか」
「見ろ」
クレアの問いかけに、アルベルが義手で前を示す。
もう少しでペターニというところで、一人の中年男性が腰を下ろして座り込んでいる。
どうしてこんなところで座り込んでいるのかというよりも、その様子がおかしい。
呆然として、何かおびえているような。
「おい、クソ虫」
アルベルはその男性に向かって声をかけた。
「あ、ああ……」
「おい、聞いてるのか」
「アルベルさん。そんなに凄んでいては、答えられるものも答えられませんよ」
クレアは男性の前に来て、かがみこんだ。
「おじさん? 大丈夫ですか?」
「あ、あ、く、クレア……様?」
「はい。気がつかれましたか?」
男性はまだ呆然とした様子が続いているようで、その場に立ち上がったもののまだふらふらとしていた。
「大丈夫ですか?」
「クレア様……ペターニへ行かれるのですか?」
「ええ、まあ。もっとも目的はシランドですけど。おじさんはシランドから来たんですか?」
男性は違うと首を振る。
「クレア様。ペターニへ行ってはいけません。あそこは駄目だ。シランドとは別の意味で滅びてしまった」
三人の表情がこわばる。
「それはどういう意味なのでしょうか」
「とにかく、行ってはいけません」
「理由を言えっつってんだろ、クソ虫」
アルベルが凄むと、男性は「ひぃっ」と言って逃げ出してしまった。
「あんたね……せっかくの情報源、逃がしてどうするのさ」
後ろで状況を見守っていたネルが溜め息をつく。
「あんな阿呆にかまっていられるか。んなもん、さっさと自分の目で確認すりゃいいだけのことだろうが」
「あんたの言うことは、極端すぎるんだよ、まったく」
ふん、とアルベルが鼻を鳴らして先に歩き出す。
「やれやれ。頼りになるのかならないのか」
「そうね。でも、彼の言うことにも一理あるわよ。要するに、ペターニがどうなっているのか、見てみた方が早いわ」
「そうだね」
ペターニは滅びた。
シランドとは別の意味で。
(いったい、何が起こっているっていうんだい?)
三人の足は自然と早まった。
本来の目的地はシランドのはずだったが、ペターニでも何か事件が起こっているという。
そうして進むに連れて、先ほどの男性のような、呆然とした人が少しずつ増えてきた。
ペターニ前の通りでは、かなりの人数がそこに集まっていた。
そして、そこまで来たとき、ようやく三人にも状況がつかめた。
「これは……」
ペターニの門をくぐる。
広場では、同じように呆然としている人々の群れ。
「いったい、何が起こったっていうんだい、ペターニに」
「俺が知るか、阿呆」
三人もまた、しばらく呆然として動けなかった。
ペターニの全ては、石と化していた。
建物、植物、そしてそこにいる人々まで。
道には壊れてしまった石の破片がある。形から見て、おそらく飛んでいる鳥だったのだろう。
人々は話し合っていたり、笑っていたり、道を急いでいたりとさまざまだ。おそらく、自分が石になっていることなど分かっていないのだろう。
まさに、一瞬で全てが石と変わってしまったのだ。
「あたりを見てきましょう」
クレアが言い、三人は西地区の方へと足を向ける。
だが、そこも同じ状況だった。
通りに倒れている少年、これは走っていた瞬間に石化してしまったので、バランスが保てなくて倒れてしまったのだろう。
商売をしている女性、手に持つ林檎までが綺麗に石になってしまっていた。
そして──
「ちょっといいかい」
二人に断って、開いたままの一軒の店にネルは入っていった。
そこは今日も人が多く集まっていた。もちろん、石化してはいたが。
そして、ステッキをびしっと指し示したまま笑顔でいる一人の女性。
(ウェルチ)
ギルドも、完全に石化してしまっていた。
今、ネルの手元にはいくつかのセージがある。
この石化状態がいったい何故起こったのかは分からないが、一度セージを使ってみてこの状態を解決できるかどうか、どのみち試すことになるだろう。
自分の知り合いを優先的に試すことになるのは、罪だろうか。
(かまうもんか)
ネルはセージを握りつぶして、その液をウェルチにかけた。
だが、その石化は解けなかった。
(そんなことだろうとは思ったけどね)
この石化は単純なものではない。もっと何か魔法的な力によるものだ。だからアイテムでは回復させることができない。
(あとで助けに来るよ。あんたはフェイトにいつもちょっかいかけてるけど、いないといないで何か変な感じだからね)
彼女はそう思いながらギルドを出た。
外では二人が待っていた。
「どう?」
「駄目だね。何もかも石になっている。いったい、どうしてこんなことになったのか」
「想像はつくだろうが、阿呆」
漆黒の隊長の言葉は、クリムゾンブレイド二人を驚かせた。
「想像がつく、だって?」
「こんなことができるのは、一人しかいねえ。あいつの仕業だ」
そう言いながら、アルベルは何かの気配を察知して、あたりを見回す。
「誰かいる?」
「ああ。奴だ」
「だが、いったいどこに」
「ここよ」
声は、上から聞こえてきた。
職人ギルドの屋根の上。そこにいたのは、二人の人物。
一人は両の手足を縛られて、苦しそうに顔をゆがませ、後ろからもう一人の人物に右腕で首をしめられている。
短い金色の髪が光った。
「タイネーブ」
「ネルさま……に、げ……」
「駄目よ、ネル。あなたが逃げるのなら、この子の命はないわ」
そして、その後ろで首をしめていたのは。
蒼い髪の、女性。
「マリア!」
「久しぶりね。あなたがいつまでたってもセフィラを持ってこないから、こちらからもらいうけに来たわ」
そしてマリアは左手で銃をかまえて、発射する。
そのレーザーガンは、ネルの近くで倒れていた少年の石像を粉々に破壊した。
「マリア! あんた、なんてこと……」
「三人とも動かないでね。こう見えても私、銃の腕はいいつもりだから」
わざわざ高い所に上ったのは、こちらを見下ろし、威圧感を与えるためか。
そしてそれ以上に、タイネーブという人質を効率的に使うためだ。同じ平地にいたなら、どうにかしてタイネーブから逃げ出したり、もしくは救出したりすることができるかもしれない。だが、こうして屋根の上などにいられたら、助け出しに行くことも難しい。
「馬鹿と煙は高いところが好きだっていうけどな。てめえは阿呆ではなくて馬鹿の方だったか」
「あらアルベルじゃない。久しぶりね。少しは剣の腕があがって、フェイトに勝てるくらいにはなったの?」
「てめえ!」
一歩踏み出そうとしたアルベルの足元に、マリアのレーザーガンが放たれる。
「それ以上近づいたら、石像さんと同じようになるわよ。ただし、生身のままでね」
「マリア」
ネルが慎重に声をかける。
「フェイトは無事なのかい?」
気になることはいくらでもあった。だが、もっとも知りたいのはそのことだ。
無事でいてほしい。
気が狂うぐらいに、そのことばかり考えていたのだから。
「知りたい?」
マリアは楽しそうに笑った。
「あなたの苦しむ顔を見るのは楽しいわね、ネル」
「マリア」
「少なくとも死んではいないわ。生きているともいえないけれどね」
死んではいないが、生きてもいない。
「それは、どういう意味だい?」
「さあ。知りたかったら、まずはそこにセフィラを置きなさい。他の二人! そのまま、動かないでね。目の前にいる人質さんの命が惜しければ」
ネルとの会話に集中している隙をついて動こうとしたクレアとアルベルに牽制が入る。
「ね、ネル様……」
苦しそうに顔をゆがませているタイネーブ。
「セフィラを渡せば、タイネーブを助けてくれるのかい?」
「いいえ。セフィラだけでは駄目よ」
「じゃあ、何が必要なんだい?」
「あなたの命」
マリアの冷たい言葉が響く。
「私の命?」
「そうよ。あなたみたいな恵まれた人に、フェイトの傍にはいてほしくないのよ。彼には私こそが相応しい。ディストラクションの力とアルティネイションの力。私達こそが結ばれるべきなのよ」
それが目的か、と逆にネルは安心した。
これまではマリアの目的がどこにあるのかが分からなかった。だから不安で動くことができなかった。だが、これからは違う。
単にフェイトを手に入れるためだというのなら、話は早い。
「フェイトを連れていけばいいじゃないか」
ネルはそう切り出した。
「なんですって」
「あんたはこんなことをしなくても、フェイトを拉致するくらいのことはできただろう。それなのに、こんなに回りくどいことをする理由はなんだっていうんだい?」
「こんなこと? ああ、ペターニを石化したこと? それともシランドを滅ぼしたこと?」
「両方だ!」
「そう。でもね、ネル。私はペターニは石化したけど、シランドを滅ぼしたのは私じゃないわよ」
その予想はできていた。
だが、だからこそ聞きたくなかった。
「あなたの敬愛する女王陛下も、エレナさんも、みんな死んだわ」
「嘘だ!」
「そして、シランドを滅ぼしたのは──」
「言うなっ!」
だが、マリアの言葉は止まるはずもなかった。
「あなたの大好きな、フェイト・ラインゴッド。そう、フェイトがシランドを滅ぼしたの。フェイトが陛下を殺したのよ。あなたがセフィラを持ってきてくれないからね」
「やめろっ!」
「でも事実よ。言ったでしょう、彼の力が暴走している、と。それを止めるにはセフィラを使うしかないのだ、と。あなたがセフィラを持ってこないからシランドは滅びたの」
くすくすと笑いながらマリアが言う。
「私の命を取ろうとしていたのはあんたじゃないのかい」
「そうよ。一応言ったわよ、生死は問わずって。もっとも、あなたが死んでいてくれた方が都合がよかったんだけれども。殺す手間が省けるから」
「マリア……」
完全に変わってしまったマリアに、憐憫の情すら覚える。
いったい、彼女に何があったというのか。あの理知的で、リーダーシップあふれるマリアはどこへ行ってしまったのか。
「こんなことをして、いったい何が楽しいっていうんだい」
「楽しい? そうよ、だってこれは復讐だもの」
「復讐?」
「そう。あなたへのね、ネル」
瞬間。
タイネーブの足元から、徐々に石化が始まった。
「い、い、いやああああああああああっ!」
得体の本能的な恐怖に対して、タイネーブは隠密であることも忘れて叫び声をあげる。
「やめろ!」
「やめないわ。でも……そうね、このまま中途半端なままでやめても面白いかもしれないわね。頭だけ普通のままで、他は全部石にしてしまったら、どういう気持ちになるのかしら。少し興味があるわね」
「マリア……」
そう言っている間にも、タイネーブは悲鳴をあげ、石化は既に腰まで及んでいる。
「さあ、どうするのネル。セフィラを渡して、あなたも死ぬの? そうすればこの子は元通りにしてあげるわよ?」
「いやっ! 駄目ですネル様! 私にはかまわないで!」
もはや狂乱状態となっていたタイネーブだが、最後の勤めだけは忘れなかった。
自分が犠牲になってでも上官を守る。
自分のミスのせいで、上官の命を危険にさらすなど、ごめんだった。
「かくなる上は──」
タイネーブは舌をかみきろうとした。そうすれば、ネルたちは自由に動ける。
だが、その瞬間、頭まで全て石化してしまった。
「駄目よ。死なれたりしたら、人質の意味がないんですもの」
目の前で、完全に石となったタイネーブを見て、ネルとクレアに殺気がこもる。
「あんた……許さないよ!」
「お仕置きが必要ですわね」
二人が武器をかまえる。だがマリアは余裕の表情だ。
「あら、そんなことを言ってもいいの? 石化した人間を元に戻すことができるのは、私だけよ。このアルティネイションの力は私が死んだりしても解けることはない。私はもう、それだけの力を手に入れたのだから」
たとえ、そうだとしても、今の彼女がタイネーブを元に戻すという保証はどこにもない。
戦うこと。
それがもっとも、最善の方法に思えた。
「なるほど。いいわ。あなたが部下を見捨てるというのなら、それでも」
マリアは銃を右手に持ちかえて、石化したタイネーブの頭に銃をつきつけた。
「選びなさい。自分が生き残ってこの子が死ぬか、自分の命を捧げてこの子を殺すか。どっちにしてもかまわないわよ。あなたたちを石化することだって、私にはできるのだから」
だったら何故そうしない──?
それは、一瞬の疑問だった。先ほどからマリアは『自分ならできる』という言葉を連呼している。
本当なのだろうか?
確かに目の前でタイネーブは石化した。街の全てを石化している。そしてその石が壊れたなら、復元することもきっとできないのだろう。
だが、元に戻す戻さない、自分たちを石化するしないとは、別の問題だ。
(私に交渉するのなら、アルベルやクレアを石化した方が早い)
それなのに、石化してこないというのは。
(セフィラか。私が持っているだろうと推測はしていても、アルベルやクレアに預けてあるかもしれないって考えているのかもね。それとも、セフィラの力がアルティネイションの力をはばんでいるのかもしれない)
だが、いずれにしてもセフィラがキーになっているのは間違いない。
「分かった」
ネルは戦闘態勢を解いた。
「ネル?」
「阿呆。あいつが他の連中を助けるつもりなんぞさらさらないのは分からねえのか」
クレアとアルベルが止める。マリアが笑った。
「そう。なら、実行でそれを示しなさい」
「ああ、分かったよ」
ネルはゆっくりと懐に手を入れる。
固いものが、手に触れた。
一瞬の勝負だ。
ネルは、一瞬マリアから視線を上にずらした。
その、ほんの一瞬。
マリアが、何かあるのかと意識をわずかに逸らした。
その、ほんの一瞬。
ネルの懐から施術の短刀が飛び出し、マリアに向かって衝撃派が放たれた。
マリアは、咄嗟のことに反応することができず、銃を放つことすらできず、その施術を左肩に受ける。
「キャアアッ!」
だが、その衝撃で、タイネーブの石像が、屋根の上からぐらりと揺れて、地面へと落ちた。
「タイネーブッ!」
ネルの叫び声が、石の街に響いた。
Fly away
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