KISS IN THE SKY
第9話 風に吹かれて
惑星ストリーム。
タイムゲートの存在が知られてから既に数百年。このたびのFD世界関連で、一部の人間にはその存在の意義が知られるようになっていた。
Out of place Artifact──オーパーツと呼ばれる、FD世界の人間が配置した秘法。その代表ともいえるのがタイムゲートだ。
タイムゲートはFD世界がこの世界を監視するために設置されたもの。時には過去への旅を認められることもあった。
それが、今回の戦いでの争点となった。
ロキシ・ラインゴッド博士がこのタイムゲートを調査した際に告げられた世界の終末。
紋章遺伝子学の発展が、この世界に終末と、そして新たにFD世界からの独立を迎えることとなった。
その後、このタイムゲートはどうなってしまったのか。
ソフィアはFD世界とは完全に接触を断っている。タイムゲートやセフィラといったオーパーツがなければ、ブレアと連絡を取ることもできないのだ。
もし今セフィラを使えば、連絡を取ることもできる。
だが、先ほどクリフが言ったとおり、この世界は既に独立したのだ。
今さらFD世界とわずかにでも交わるのは、世界の後退だ。
地球連邦軍は果たしてこの惑星ストリームで何を為そうとしているのか。
「クリフ、通信が入っています」
まだ連邦軍の勢力圏外で航行中、ミラージュから連絡が入った。
「どこからだ?」
「地球連邦軍の最高司令官からです」
ヘルメスだ。
一同に緊張が走る。まさか、わざわざ向こうから出向いてくるとは思ってもいなかった。連邦軍にどうやって接触するか、それが一番の難点だったのだから」
「さて、どうするかな」
「向こうがこっちの所在を確認している以上、無視するのは危険だね」
ネルの意見が正しい。クリフは頷いて通信に応じた。
「こちらディプロ」
『やあ、クリフ君。久しぶりだね』
映像に現われた男は、少し小太りの男だった。
(ああ、そういえばこんな男を見たね、前に)
ヘルメスという男を改めて頭の中にインプットする。
「それで、司令長官殿が私に何の御用ですか」
『お互いもう隠す必要はないだろう。こちらでアルティネイションの足跡は分かっている。マリアからもう全て聞き出したのだろう?』
「あなたがそういうやり方をするとは思えなかったのでね。よくも悪くもあなたは正攻法の人だ。前のエクスキューショナー戦でもそれが致命的だった」
『そう。正面から決戦を挑むことの愚かさを学んだのがこの間の戦いだ。今度はこの宇宙を支配するために正攻法でいくわけにはいかんのだよ』
ヘルメスは自分の立場を隠そうともしない。
いったい、何を企んでいるというのだろうか。
「目的はマリアとセフィラですか」
『そうだ。もしそれを渡すというのであれば、君たちの安全と、彼の安全は保障しよう』
「仲間を売ってまで生き延びようとは思いませんよ。それに、セフィラにマリアを手に入れるのだとしたら、この船を沈めることはできないんでしょう」
『なるほど。よく状況が見えている。得がたい人材だな』
「どーも。一応これでも三七年は生きてるんでね」
『私よりは若いな。よかろう。とにかくまずは話をしよう。誘導するから、こちらへ来たまえ』
「そっちに着いた途端に捕まえられるということかい?」
『どのみち実力で彼を奪い返すつもりだったのだろう。判断は君に任せるよ。とにかく誘導指示は出す。少なくとも私はセフィラとマリアは無事に手に入れたいのでね。それに、少なくなってしまった部下たちの犠牲も出したくはない。新設の宇宙基地に来たまえ。まだ作られたばかりで番号も振られてはいないがね。よいところだ。彼もそこにいる。では、現地で会おう』
通信が一方的に途切れた。
「こりゃ罠だな」
「阿呆。そんなのは当たり前だ。問題はどういう罠かってことだろうが」
アルベルはそう言い残すと艦橋から出ていった。
「向こうには絶対的な勝算があるようですわね」
クレアが言う。
「そうだね。何があろうと自分たちが負けることは絶対にない、という様子だ」
「いかがなさいますか、クリフ」
ミラージュが尋ねてくる。
「何があってもつっきる……ってのは作戦とはいえねえよなあ」
「ファイアーウォールや螺旋の塔の時みたいにかい?」
「ま、あんときも作戦があったわけじゃねえけどな。しゃあねえ、こうなったら向こうの誘いにのるしかねえか」
クリフは椅子の背もたれに体を預けた。
「戦えるメンツ全員で行くぜ。俺にネル、アルベル、ソフィア。ミラージュ、お前も来い」
「分かりました」
「私も同行いたします」
クレアが控えめに言う。
「ああ、助かるぜ。あんたらはうちの船のメンバーの誰より強いからな」
全部で六人。ルシファー戦のときと同じ人数だ。
だが、肝心のディストラクションとアルティネイションを持ったフェイトとマリアがいないが。
(不安、か)
今まではフェイトとマリアが全ての決定権を握っていた。他人に甘えることなく自分で決定していく二人。彼らがいたからこそ、安心して戦うことができた。
だが、今は自分たちで決めるしかない。
(弱くなったものだね、このネル・ゼルファーも)
たとえ罠があったとしても、それをくぐりぬけられる自信が以前はあった。
それは、前に蒼髪の二人がいたからだ。
(助けなきゃね)
フェイト・ラインゴッド。
決して戦いや争いなんかに興味を持たない彼が、自分の意思とは関係なしにその渦中に巻き込まれてしまっている。
そんな、悲しい彼を助けたい。
「よし、誘導のサインが出たな」
宇宙空間に赤いランプが点滅する。
「よろしいですね?」
ミラージュが最後の確認をする。
「ああ。ここまで来たら逃げ出した方がヤバイ。敵さんが何を企んでるのかは知らないが、敵の懐に飛び込んじまえばこっちにだって勝機はあるだろ」
やはり作戦などというものはないらしい。ネルはマフラーに顔をうずめて苦笑した。
「ネル、お前今笑っただろ」
「言いがかりだね」
二人のやり取りを見たクレアがくすっと笑う。
「よし、それじゃあ行く準備すっか。あとのことはリーベルに任せるとするわ。あいつ、またマリアんとこか?」
「そのようです」
「しゃあねえな。呼び出せ」
その瞬間。
艦橋のドアが開いた。
五人が扉の方を向くと、そこにいたのはちょうど話題にのぼっていたリーベル。
だが、何か様子がおかしい。
「ご苦労様。やっとここまでたどりついたわね」
聞きなれた声が、リーベルの後ろから聞こえてきた。
リーベルが顔をひきつらせて、一歩前に進み出る。
その後ろから現われたのは、蒼い髪の麗しい女性であった。
「マリア!」
「動かないで。動くと彼の命はもらうわ。そこの──」
マリアが視線でクリフが座っていた椅子を示す。
「椅子みたいにね」
直後、その椅子が液体と化して艦橋に水溜りを作った。
「な」
「私のアルティネイションの力、甘くみないでね。それこそ、その気になったらこのディプロごと全部砂にでもすることができるんだから」
「おいマリア、お前洗脳は解けたんじゃなかったのか」
「ええ。そうよ」
「なら──」
「さっき、ヘルメスが通信を送ってきたでしょう? 私の洗脳がもしも解けてしまった場合、その通信で再洗脳されることが可能になっていたのよ。あなたたちはどんな罠があるのかと思ったのでしょうけど、先ほどの通信はその罠を発動させるためのものなのよ。あなたたちはまんまとこの惑星ストリームまでおびき出されたというわけ」
「おびき出す、だあ?」
「そう。フェイトが惑星ストリームにいるとなれば、別に私が何か小細工をしなくてもあなたたちはここまでやってくる。そのとき私があなたたちと一緒にいれば、こうして私を再洗脳することで、あなたたちは何もできないまま全員を捕らえることができる」
「ちっ、ヘルメスの野郎、そういう罠を仕掛けていたってことかよ」
「そういうことよ。さあ、ミラージュ」
ミラージュは苦しそうにマリアを見つめるだけで、返事はしなかった。
「そこの四人を縛り上げなさい。言っておくけど、下手な小細工はしないようにね。今みたいに視線だけで私はあなたたちの命を奪うことができるのだから」
「……了解しました」
ミラージュはゆっくりとクリフを縛り上げ、次にソフィアを、そしてクレア、ネルと四人を縛り上げていく。
(ネルさん)
マリアの死角になっている場所から、ミラージュは気付かれないように囁く。
(両腕は自由にしてあります。あなたの飛び道具だけが頼りです)
ネルは何も答えない。表情も変えない。
勝負は一瞬で決まる。
少しも不審な様子をマリアに見せてはならない。
「完了しました」
「ご苦労様」
瞬間。
そのミラージュが、石と化した。
「ミラージュッ!」
クリフが縛られたままの体勢で叫ぶ。
「り、リーダー。もう、やめてください」
首を絞められているリーベルがおそるおそる尋ねた。
「あら、さっきは私のためならなんでもしてくれるって言ったじゃない」
「それとこれとは話が違います!」
くすっ、とマリアは笑ってリーベルの頭を反対側に向けさせる。
「これはご褒美よ」
マリアは彼に口付ける。
リーベルの目が驚愕で見開かれた。
だが。
「違う! こんなのはリーダーじゃない!」
命を奪われるのを覚悟で、彼はマリアを突き飛ばした。
(いまだ!)
ネルは懐から施術の短刀を取り出し、衝撃波を放つ。
だが。
「くっ」
マリアがそれすらも視線ですべてかき消してしまった。
「ネル……そう。ミラージュ、私の言う通りにしなかったというわけ」
マリアが石化したミラージュを睨みつける。
「やめろ、マリア!」
力がこもった。
石ではなくもっと別のもの、一度変化させたら二度と戻らないもの、液体とか気体とかそういうもの。
ミラージュを、何かに変えるために。
だが。
彼女の背後に立った影が、それを許さなかった。
「いつまでも勝ち誇ってんじゃねえよ、クソ虫が」
アルベルが手刀を彼女の首筋に落とす。何も答える暇もなく、彼女の意識は奪われた。
「あ、アルベル?」
「やれやれ。そんなこったろうと思ったぜ。おいクソ虫。さっさとそいつらの縄を解いてやりな」
リーベルは自分のことを言われているとは思っておらず、行動に移すまでに少し時間がかかった。
「しかしお前さん、またどうして」
「簡単なことだ。絶対の勝算がある場合、ほとんど戦いが始まる前に舞台が整っている。その女を使えば俺たちを一網打尽にできる。ハナからそう考えてたんだろうよ」
「最初からマリアを疑ってたのか?」
「ふん」
鼻を鳴らして『そんなこともわからなかったのか、阿呆』とでも言いたげにアルベルはクリフを見た。
「アルベル」
ネルは冷たい視線で彼を見つめた。
「……助かったよ。ありがとう」
「ふん」
彼は答えず、倒れたマリアに目を向けた。
「ついでだから、こいつを縛り上げて目隠しをしておけ」
「ええっ! でも!」
リーベルが不満そうに言う。
「何をするんでもこいつの能力は邪魔だ。味方ならともかく、今は完全に敵方ときてやがる。やっかいなものは始末するに限る。お前がやらないというなら、俺がこいつの息の根を止めるぞ」
「やりますっ!」
ほとんど投げやりに、リーベルが叫ぶ。
「ミラージュはどうする?」
ネルが尋ねる石化したままのミラージュは元に戻る様子を見せない。
「洗脳が解ければ治すこともできるだろう。今はそのままにしておくしかねえな」
クリフが答えた。苦悶の表情だ。どれだけ心配しているかが読み取れる。
(やれやれ。やっぱり不器用じゃないね)
だが、ミラージュを治す術が手元にあるのだ。
マリアの洗脳を解くことができれば、全て丸く収まる。
「よし、行くぜ」
クリフを先頭に、アルベル、クレア、ソフィア、そしてネルがトランスポートへ向かった。
果てなく続くストーリー
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