KISS IN THE SKY
第11話 Shining Star
青白いスパークが、彼女の目の前で起こった。
その衝撃で、彼女は五メートルも後ろへ吹き飛ばされる。
(何だい?)
何が起こったのか分からない。ただ、何かが起こったことだけは分かる。
「敵を助けるなんて、私もどうしたのかしらね」
同時に、入り口からそんな声が聞こえた。
「お前は……」
ヘルメスの声が怪訝そうに響く。
フェイトと同じ、蒼い髪の少女がそこにいた。
「マリア?」
ネルが驚いて声を上げる。
ということは、今助けてくれたのはマリアのアルティネイションの力だというのか。
では、洗脳は解けたのか。
「まさか、後催眠が解けたというのか!」
コウサイミン──洗脳が一度解けた後に、再び洗脳状態に陥るということ。
二重に洗脳操作が行われるため、単純操作よりもはるかに覚醒率が低いというが。
「いいえ、解けてないわよ」
マリアは簡単に答えた。
「ならば何故!」
「簡単なことよ。私は洗脳操作を受けて自分の感情の赴くままに生きることができるようになった。でも、その操作の中に『ヘルメス司令官に逆らってはならない』というものはなかったわよ。私たちはお互いの目的のために協力したにすぎない。あなたは私もフェイトも含めて全てを手に入れるために、私はただフェイトを手に入れるために」
「ならば、それはかなったではないか」
「これが、かなった、というの?」
虚ろな瞳で泣いているフェイトをちらりと見てマリアは憤りを隠さなかった。
「私は彼をこんな生ける屍にするために協力したんじゃない!」
マリアのアルティネイションの力が発動する。
「くっ、フェイトよ!」
ヘルメスもフェイトのディストラクションを発動させる。
紋章遺伝子学によって与えられた攻撃の力と防御の力が、正面からぶつかりあう。
それは、小型爆弾級の爆発を生んだ。爆風が一同を壁際まで弾き飛ばす。
だが、力を放ったフェイトとマリアはその場で対峙していた。
「やれやれ。この宇宙最強の二人がこういう形でやりあうとはな」
クリフが顔をしかめる。
フェイトもマリアも、彼が保護すべき対象だ。それなのに自分は何もできず、二人が戦うままにさせてしまっている。
「クリフ」
ネルがその彼に話しかける。
「二人をなんとしても助けなければ」
「んなこたぁ分かってる。だが、どうすりゃいい?」
「今のマリアは味方ではないにせよ、フェイトの力を抑えてくれている。だから」
ネルは簡単に耳打ちした。
それを聞いて、クリフも表情が引き締まる。
「分かった。それは俺とアルベル、クレアでやるぜ」
「頼むよ。それから、ソフィア」
ネルは懐から取り出した宝珠をソフィアに手渡す。
「セフィラを預けておくよ」
「え、でも」
「これはあんたが持っているのが一番だ。何かあったら、あとは頼んだよ」
「でも!」
「大丈夫さ。私は死なないし、フェイトも必ず取り戻す」
洗脳操作が解けるのかどうかは分からない。
だが、試してみる価値はある。
そうして彼らが準備を整えている間にも、フェイトとマリアの戦いは続いていた。
フェイトの放つ破壊の力は天井、壁、床に無数の亀裂を生んでいたが、マリアにその力は届いていなかった。彼女の持つ変化の力が全て無害なものに変えてしまっていた。
だが、あくまでもマリアの力は防御のためのもの。間断なく攻撃をしかけてくるフェイトに対して反撃をしかけることができない。
常に攻撃しつづけるフェイトと、常に防御しつづけるマリア。
千日手の様相を呈していた。
「凍牙!」
だが、そこに別のアクターが入る。
クレアの放った氷の刃がフェイトを襲い、左右からクリフとアルベルが攻撃を仕掛ける。
フェイトはバックステップで攻撃を回避し、二人を破壊しようと力を放つ。
だがそれすらも、マリアの防御の力で防がれる。はじめてフェイトに困惑の様子が生まれる。
アルベルの剣圧が、フェイトの皮膚を切り裂く。
だが、それが彼を本気にしたらしかった。
彼もまた剣を抜き、アルベルに襲いかかる。たった三合打ち合っただけで、アルベルの剣はいとも簡単にはじかれてしまった。
洗脳操作を受けて、力が格段に上がっているようだった。
そこに彼の破壊の力が生じる。マリアの防御の力も発動するが、先ほどのネルのときと同じようにスパークが起きてアルベルは弾き飛ばされてしまった。
クリフがその隙をついて攻撃をしかけたが、そのクラウストロ人の脚力を持ってしても、今の彼には攻撃は届かなかった。
拳を繰り出すより早く、彼の剣が振り下ろされようとしている。
「凍牙!」
そこへ、クレアの二撃目が放たれる。凍りついた剣はクリフにダメージを与えたが、逆に粉々に砕かれてしまった。
「フラッシュチャリオット!」
クリフの連打がフェイトを叩きのめす。
「何をしておるか!」
だが、ヘルメスのさらなる制約が、フェイトを突き動かした。
額に、蒼い紋章が浮かぶ。
彼の前方に強烈な衝撃波が放たれた。マリアの力で守られているとはいえ、そのあまりの力にクリフの体も十メートルは宙を舞った。
「ふはははは! すばらしいぞ、この力!」
ヘルメスが高笑いをあげた。
「私がこの場にいるから力を制限させてはいるものの、それでも創造主を倒した者たちを完全に上回っておる。この力があれば、FD世界を逆支配することも可能だ!」
「そうはさせないよ」
──と。
ヘルメスの背後で、綺麗なアルトが響いた。
「な?」
「覚悟しな、ヘルメス」
気づかれないように背後に回りこんでいたネルが、短刀でヘルメスの首を切り裂く。
「ばっ、ばがっ」
頚動脈が切れ、天井まで血が吹き出る。
「もう、あんたからフェイトに命令は出させない」
もがくヘルメスの心臓に、短刀を突き刺す。
どさり、と倒れたヘルメスの体の下で、ゆっくりと血溜まりが広がった。
同時に。
フェイトとマリアの額に蒼い光が灯り、徐々に輝きを増していく。
「フェイト!」
ネルは叫んだ。だが、その輝きはさらに燐光を増す。
部屋中が、蒼で染まった。
(──ここは?)
その光に包まれたネルは、浮遊感を伴って蒼い世界に溶け込んでいた。
上も、下も、前も、後も、右も、左も、全てが蒼。
波の音。
風の音。
音だけが、やけにリアルに聞こえた。
(閑かだね)
自然の音だけが蒼い世界に響く。
だが、その中から、かすかに声が聞こえてきた。
(あれは……)
蒼い世界の中に、一際蒼い二つの輝きがあった。
(フェイトと、マリア?)
二人の姿が、そこにある。
『ごめんなさい、フェイト』
マリアが謝っている。
『いいよ。マリアが悪いわけじゃないから』
何の話をしているのか分からない。
だが、二人とも真剣な様子だった。
『でもね……私は、君のことが好きなのよ』
マリアは穏やかな表情で言う。
『直接言うことは多分できなかったわね。私は君にいろいろなコンプレックスを持ってるから』
『それは僕も同じだよ。意識していなかった分、特にね。エレクトラ・コンプレックスっていうんだったっけ、大学で勉強したはずなのにな』
『私はね、ずっと君に憧れていたのよ』
マリアの左手が、彼の頬に触れる。
『実の両親に愛されて育った君に……だから、私も本当の両親が知りたくなった』
『それで、ムーンベースへ行ったんだね』
『ええ。でも、それは……』
マリアの瞳から涙が零れていく。
『最悪よ』
『マリア』
『どうして、私の親が、ラインゴッド博士じゃなきゃいけないの』
──なんだって?
ネルは耳を疑う。
つまり、それは。
『どうして、私が君の、実の姉じゃなきゃいけないのよ……!』
『マリア……』
実の、姉。
マリアと、フェイトが。
血が、つながって……。
(それじゃあ、マリアは)
自分の弟を愛した、ということか。
真実を知らないままに。
つまり、洗脳されることを受け入れた、ということ。私が洗脳されることを望んだのよ。
実の弟と知って、理性で愛することはできないと悟ったマリアが、自ら洗脳を受け入れたということか。
彼女は自分に対して『復讐』だと言った。つまり、自分の感情の赴くままにフェイトを愛し、愛される自分のことが憎かったということだ。
なんて、可哀相な。
いや、そんな憐憫は彼女に失礼だろう。彼女はその運命を断ち切るために、自分から行動を起こしたのだから。
『マリア』
彼が、優しく彼女の肩に手を置く。
『もう一度、最初からやり直そう』
『え……』
『エクスキューショナーの来ない世界、僕たちがディストラクションの力もアルティネイションの力も必要なく過ごすことができていれば、僕たちは離れ離れにならなかった』
『そうね』
『だから、子供の頃に戻ろう。僕たちが離れ離れになる前に、双子の姉弟として、もう一回、最初から生まれ変わるんだ』
『フェイト……でも、あなたには』
『うん、分かってる』
フェイトには、ネルがいる。
だが、この時のフェイトが、あの究極のお人よしが、自分とマリアのどちらを取るか。
ネルには、火を見るより明らかだった。
『でも、僕にはマリア……姉さんを放っておくことはできないよ』
『フェイト……ごめんなさい、ごめんなさい。でも……』
彼女が泣き笑いの顔になった。
『嬉しい……!』
瞬間。
蒼い世界は、さらなる輝きを帯びた。
「フェイト!」
現実世界に呼び戻される。
蒼い輝きが場を支配していたのは、おそらく時間にしてほんの数秒。
だが、そのたった数秒で、彼らは死出の旅に出ることを決意してしまった。
「フェイト! マリア!」
ゆっくりと崩れ落ちる二人。
完全に意識を失っている。傍に駆け寄り、彼を揺り動かす。
「フェイト、フェイト!」
死んではいない。
だが、目覚めない。
その理由は分かっている。
彼らは、この現実世界に戻ってくることを、拒絶したのだ。
「おい……どうなってんだ、こりゃ」
クリフが近づいてきて、何が起こったのか分からないという様子で尋ねた。
アルベルも、マリアも、突然の出来事に面食らった様子だ。
ヘルメスの呪縛が解け、洗脳から解放された二人。
その二人が、精神世界で会話をしたことなど、彼らには分からない。
いや、一人だけ。
「ネルさんには、見えたんですね」
ソフィアが涙で頬を濡らしていた。
「あんたには見えたのかい?」
ソフィアは頷いた。あの蒼い世界。マリアはあの告白を、決して他の誰にも聞かれたくはなかっただろう。
だが、自分たち二人だけはあの場にいた。
「こんなのって、ない……」
ソフィアが泣き崩れる。
マリアはフェイトと一緒になるために、自ら死を望んだ。
フェイトはその想いに応えた。
自分というものがありながら。
自分を置き去りにしてまで!
「そうだね」
こんなのはない。
どんなことをしても、フェイトを取り戻す──マリアから。
「まだチャンスはあるはずだよ」
逆にネルは落ち着いていた。そう、これが精神世界の話なら、まだ方法はあるはずなのだ。
いや、方法は一つしかないはずなのだ。
ソフィアが、顔を上げる。
そう。彼女も気づいた。
ソフィアでしかできないこと、ソフィアだからできることがある。
コネクションの力を持つ、彼女だからこそ。
「ソフィア……私を、フェイトの精神世界へ送り込んでくれ」
太陽がいるから
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