FRIENDS
第1話 いつかのメリークリスマス
惑星ストリームで地球連邦と一悶着があってから三ヶ月。エリクールも冬がそろそろ終わり、雪解け水が大地を潤し始める頃のこと。
フェイト・ラインゴッドは通信機に内臓されている宇宙暦のカレンダーを見て目を見張った。
「そうか……もうそんな時期なのか」
12月21日。
もうすぐクリスマス、そして新年という時期であった。
となると、当然プレゼントが必要になる。
去年までは毎年ソフィアにプレゼントをあげることが習慣になっていたが、さすがに今年はエリクールまで押しかけてくることはないだろう(もっとも既に実の姉が押しかけてきているが)。
まあ、姉に対するプレゼントはさておき、大切な人へのプレゼントはさすがに気をつかう。
どうしたものだろうか。
アイテムクリエイションで自分で作るか、それとも街で何か買うか。
「考えてみたら、今までネルにプレゼントしたことってなかったな」
いったい何がいいだろう。
そもそもネルはシーハーツでも良家の生まれで、現在もクリムゾンブレイドとして国から高額の俸給をもらっているのだ。自分からプレゼントする必要性がまずない。
もちろんプレゼントされる方としては、されないよりされる方が嬉しいに決まっている。それが恋人からのものならばなおさらだ。
ふと、いいことを思いついた。
彼も技術者として国から俸給をもらっている立場で、ネルには及ばないとはいえけっこうな高額である。プレゼントの一つや二つ買っても懐が痛むわけではない。
少し値ははるかもしれないが、きっと悪くない。いや、良いに決まっている!
強引に自己完結させ、彼は町へと繰り出していった。
「遅いよ、フェイト」
翌日、いつものように寝坊してきた彼をたしなめ、ため息をつくのはクリムゾンブレイドことネル・ゼルファー。
「ごめんごめん、ちょっと昨日は夜更かししてたから」
「あんたの言い訳は聞き飽きたよ。エレナ様が待ってる。さっさと研究室へ行きな」
「ああ、分かった。それから、ネル」
忙しそうに書類に目を通している彼女の視線がこちらを向いた。
「明後日の夜、暇かな」
「明後日? そうだね……今のところは何も予定は入っていないよ。どうしたんだい?」
「たまには食事でもどうかなと思ってさ」
「あんたね。食事ならいつもしてるだろ」
「マリア抜きでさ」
そう。
ここしばらく、押しかけ姉のマリアがいたため、なかなか二人で食事をするという機会に恵まれないでいる。
彼女はペターニに在住しているはずなのだが、気がつけばほとんどフェイトの家で暮らしているようなものだ。
「マリアがうんとは言わないんじゃないのかい?」
「もう話はついてる。その日は二人だけで食事したいってね」
「へえ?」
フェイトも姉を大切に思っているため、食事となるとたいがいマリア同伴になってしまう。こうしてあらかじめマリアを除け者にするとは滅多にないことだ。
「何かたくらんでるんじゃないだろうね」
「何かって、何だよ」
「聞いてるのは私だよ」
「何もたくらんでなんかないよ。ただ──」
「ま、いいさ」
とんとん、と書類の束を整えてネルは答える。
「明後日だね。空けておくよ」
「ありがとう」
「別にいいよ。私だって、たまにはあんたと二人で過ごしたいとは思ってるのさ」
「よかった。それじゃあ、お願いがあるんだ」
顔に疑問符を浮かべたネルに、彼は微笑んで言う。
「明後日、ネルのところにプレゼントをとどけて置くから、それを見てほしいんだ」
「食事の前にかい?」
「ああ。ぜひ」
ネルはため息をついて「仕方がないね」と答えた。
「場所は任せるよ。明後日の夜を空けるとなると、少しやらなきゃならない仕事を切り詰めなきゃいけないから」
「分かった。無理させて御免」
「いいって。ほら、エレナ様をあんまり待たせるんじゃないよ」
「ああ」
そうして、彼はネルの部屋を出る。
うまくいった、とほっと一息つく。あとは『プレゼント』を見たネルがどうするかということだけだ。
そう、彼が笑顔で歩いていると、突然後ろから肩をぽんと叩かれて飛び上がる。
「やっほ〜」
にこにこ、と笑っているのは紋章兵器開発部の部長様であった。
「え、え、エレナさん」
「随分とご機嫌だね。彼女と何かイイコトでもあった?」
「そんなところです」
「正直だね。でも、遅刻はよくないぞ〜っ」
「すみません」
「ま、気にしない気にしない。実は私も今来たところなんだ」
「え、そうだったんですか」
「そ。だからオアイコ」
思わず苦笑してしまう。本当に、この人のペースにはいつまでたってもなかなか慣れることができない。
すっかりエレナの助手という、かつてのディオンの地位が定着してしまったような感のあるフェイトであったが、決して同じ仕事をしているというわけではない。言うなればエレナの諮問相手とも言うべきであって、フェイトがこのエリクールに来てからの半年間、さまざまな機械についてエレナと深く話し合っていた。
彼女の知識が底知れないということは彼にもよく分かっていた。この国の文明レベルは水準に比べて随分高いと思っていたが、それは彼女の傑出した才能の賜物であった。
ロキシ・ラインゴッドの息子で地球連邦の最高学府で学問を行っているフェイトと張り合えるほどの知識の持ち主はそういるものではない。ましてやここはエリクール。知的水準は地球の17〜18世紀程度でしかないのだ。
紋章兵器がオーバーテクノロジーなら、彼女の知識はオーバーナレッジだ。
彼も未開惑星保護条約に反しない程度に知識は披露しているのだが、どうやら知識をセーブしているのは彼女にはお見通しらしい。もっとも、その知識を要求されたことは一度もなかったが。
本日は銅にかわる伝導性物質の研究についてであった。
無抵抗アルミニウムなどをこの世界に持ち込むわけにもいかなかったが、銅よりも体積抵抗率が低い物質を合成で作り出すことができないかということであれば、いくらでも協力できる。
伝送効率だけを考えるならば銅よりも銀の方が優れている。だが、紋章兵器に使用している水銀との絡みで銀を用いるのはよくない。
そこで合成──と簡単にいけばよかったのだが、あれこれ物質同士合成してみてはいるのだが、なかなか都合のいいものは生まれなかった。あるものは融点の問題で、あるものは強度の問題でクリアできないことがあった。
「まだまだ時間はかかりそうだね」
「そうですね。簡単にはいきませんよ」
「それからさ〜、一つ聞いておきたかったことがあったんだけど」
研究室に到着して、彼女はまっすぐにフェイトを見つめた。
「はい」
「フェイト君はさ、もしもこの世界を壊してしまおうっていう人がいて、実際に実行している人がいたら、どうする?」
脈絡のない話に突然切り替わったので戸惑うが、気を取り直して答える。
「止めます」
「たとえ相手を殺してでも?」
「それは……その状況にもよります」
「じゃ、殺すっていう選択はあるんだ」
さすがにその質問には答えられなかった。ふむふむなるほど、とエレナは頷く。
「じゃあさ〜。もし君の知り合いにそういうことをしている人がいたら、どうする?」
「ええっ?」
そうなってくるともはや冗談ごととは思えない。いったい自分の何が試されているのか不安にすらなる。
「知り合いなら、何があっても止めます」
「そっか〜」
そのまま研究室の自分の机についたエレナは、それで話を切り上げてしまった。
「えっと、いったい何の話だったんですか?」
「な〜んでもない」
くすくす、とエレナは笑った。
そうして宇宙暦の12月24日を迎える。
フェイトにしてみると、プレゼント自体は使ってもらえなくてもかまわない。だが、一度くらいは見てみたいと思ったから、ネルに送った。
ネルはどうするだろうか。
シランド城におけるフェイトの部屋はネルの部屋の隣だ。
今ごろ、ネルは届いたプレゼントを見ているころだろう。
さて──
と思っていると、勢いよく扉が開いた。
「フェイト!」
怒っている。
これは見るからに怒っていた。
「これはいったいどういうつもりだい!」
ネルは自分が送ったプレゼントを手にして激怒していた。
ネルが手にしていたもの。
それは、淡いブルーのワンピースだった。
「プレゼントのつもりだけど」
平然と答える。
「私にワンピース? 冗談じゃない!」
「どうして?」
「どうしても何も、こんなものを私が着れるはずがないだろう!」
「あれ、寸法間違えた? 一応ネルの寸法は調べておいたんだけど──」
「そういう問題じゃない!」
フェイトは苦笑した。こうも予想通りの反応を示してくれると笑うしかない。
「あんた、私をバカにしてるのかい」
「まさか。僕はそれがネルに似合うと思ったから送ったんだ」
「似合うはずがないだろ!」
「似合うよ、絶対」
真剣な表情と口調で言うと、ネルも当然ながら言葉を詰まらせる。
そう。似合うのだ、絶対に。それを信じていないのは本人だけで。
こんなに綺麗なのに、戦うだけの生き方しかできないなど。
「ネルは絶対に綺麗なんだ。だから、僕にだけその綺麗な姿を見せてほしいんだけどな」
「だからって……!」
さすがにこういう攻められ方は予期していなかったらしく、ネルも困って頭を押さえる。
「大丈夫。他の人に見られたら、これは僕と賭けをして負けてそんな格好をさせられているって言えばいいから」
「そういう問題じゃ……」
「絶対に似合うよ。それとも、僕からのプレゼントは受け取ってもらえないのかい?」
「〜〜〜〜〜」
もはや言葉にもならないらしい。
「仕方がないね……今度だけだよ!」
「ありがとう、ネル」
フェイトは笑顔で答えた。ネルは「まったく……」と呟きながら自分の部屋へ戻っていく。
やれやれ、とそれを見送ったフェイトはほくそ笑む。
結局、ネルはフェイトの言うことなら断りきることはできない。それを見越しての言動である。腹黒いと言われても仕方がないだろう。
だが、正装したネルはフェイトの予想をはるかに上回る破壊力があった。
恥ずかしいのか怒っているのか、俯いている姿がいっそう煽情的だ。
あまり肌の露出が多いと絶対に着てくれないだろうと思い選んだのが、胸元はあまり開いておらず、肩から腕だけを露出する淡いブルーのワンピース。それよりも薄いブルーでレース状になっているストールを羽織り、前でクロスさせて左右からくるりと胸を一巻きして後ろでピンで止めている。
レースの向こうに見える肩が艶めかしい。
俯いたネルが、ちらり、とこちらを見る。何か言え、という意思表示だ。
「ごめん。こんなに似合うとは思ってなかった。見惚れたよ」
「なんだい、それは……」
「綺麗だよ。本当に。目を離せない」
「お世辞はいいよ」
「お世辞なんかじゃないよ」
フェイトが何も企むことなく、本気で言っていることが彼女にも伝わったのだろうか、ようやくほっと安心したように穏やかに笑う。
その姿が、見慣れた笑顔とはどこか違っていて。
「それじゃ、行こうか。エスコートはしてくれるんだろうね?」
「ああ、もちろんだよ。城下町のレストランで申し訳ないけど、すごくいい店に予約しているから」
「楽しみだね」
くすり、と笑う彼女はいつもの彼女とは別人のようで。
(……駄目だな、これは)
彼は降参した。
前からネルに惚れ込んでいたのは当然のことだが、今日のネルは今までにないほど強力だ。
もう、彼女の魅力から逃れられることはできないだろう。
こんなに、素敵な姿を見せられたのでは。
「どうしたんだい?」
「ああ、ごめん。ネルがあまりに可愛いから動くこともできなかった」
「それは言いすぎだよ」
「本当だよ」
「どうだか」
そう言うネルも、それほど気を悪くする様子もない。
これほど綺麗な彼女を独り占めできるのだ。
自分はなんと恵まれているのだろうと、本気で考えるフェイトであった。
食事が終わって、帰り道。
お互い少しほろ酔い加減で暗い王都をゆっくりと歩く。
街灯がないのだから、日が沈めば外を歩く者は少ない。
レストランにしても九時になればもう閉店だ。十時まで営業しているところは皆無に近い。
当然、ネルの正装を見られる者はほとんどいない。
正真正銘、フェイトの独り占めであった。
「あそこはいいところだったね」
ネルはたいがい自分で料理をするし、城の食堂ですませることがほとんどなので、外食は滅多にない。
だからこそ滅多にない外食ではかなり評価が厳しい。良家の令嬢という立場でもあるため、舌は充分に肥えている。彼女を満足させられる料理というものはなかなか少ない。
「喜んでもらえてよかったよ」
「あんたにしたら上出来だよ。近いうちにまた行きたいね」
そうだね、と答えてフェイトは空を見上げる。
彼女と見たオリオンは、この星からでは形が変わって見ることができない。だが、この空には確かにその星座がある。
無数の星々が、エリクールを照らしている。
「ネル」
勇気が必要だ。
視線をネルに戻して、フェイトは真剣な表情で見つめる。
「……なんだい?」
フェイトの様子が真面目であることに気づいたのか、彼女もまた真剣な様子で答える。
「今日、僕の家に来ないかい?」
その言葉にどういう意味がこめられているか気づかないほど、ネルも鈍感ではあるまい。
「どうせマリアがいるんだろう?」
「マリアは昨日からアーリグリフだよ。僕が絶対に来ないでくれって言ったら、アーリグリフでアルベルをからかってくるって言って飛び出していった」
「でも」
「駄目かい?」
さすがにフェイトも緊張していた。
断られるかもしれない。そのときのことを考えると、なかなか一歩を踏み出せずにいた。
「まいったね」
ストールに口元を隠して、上目遣いで鑑定するかのようにフェイトを見る。
「フェイト、私は──」
そのとき。
ザザアッ、という風の音と同時に、声がその場に響いた。
『死ね』
殺意のこもった声。
二人は一瞬で戦闘状態に入り、その場を飛び退く。
『己が罪科を知れ』
続けざまに放たれる風を伴った衝撃波。
「バカな」
ネルがその姿を見て驚愕に目を見開く。
「あれは……」
フェイトもまた、信じられないという様子でその姿に見入った。
『我は、神の使い。エクスキューショナー』
──忘れもしない、代弁者の姿であった。
僕の罪
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