FRIENDS

第2話 僕の






 代弁者のディバインウェイブ──衝撃波が二人を襲う。
 左右に飛んで回避した二人は、突然の襲来に動揺を隠し切ることができない。
 ここは王都シランド。
 全てのエクスキューショナーは滅ぼしたというのに、否、たとえエクスキューショナーが活動していた時期ですら、王都に侵入させたことは一度としてなかったのだ。
 それが、いったい何故。
「やっぱり、こんな服を着てくるんじゃなかったね」
 そう言うネルは、可愛らしいブルーのワンピースだ。てっきり武器など持っていないと思っていたのに、気づけば愛用の『施術の短刀』を手にしている。
「いったいどこに持っていたんだい?」
「そんなの気にしてる場合じゃないだろ!」
 ネルの叱責と同時に、フェイトに向かってダークサークルが放たれる。これを食らうわけにはいかない、一撃で全ての力を奪われる。
「黒鷹旋!」
 施術の短刀を振り下ろし、代弁者の体を切り裂く。
「ディバイン・ウェポン!」
 その間にフェイトは自分の剣に追加効果を加え、そして一気に距離を詰める。
「ブレード・リアクター!」
 剣を下から降りぬき、二撃目で上から振り下ろす。
 そして、三撃目で貫く──
「フェイト!」
 だが、それより早く代弁者のディバインウェイブがフェイトを捉えた。
 その波動に一度捕らわれると、何もできないまま弾き飛ばされてしまう。
「くっ!」
 なんとか抵抗を試みるが、効果はない。
 波動の直撃を腹部と頭部に受け、フェイトは完全に弾き飛ばされた。
「がはっ!」
 なんとか立ち上がるが、ほとんど直撃を受けたために足元がふらつく。
 代弁者はさらに近づいてきて、攻撃を繰り出そうとする。
 ──やられる?
 事態の急変についていくことができないフェイト。
「フェイト!」
 ネルが反対側から黒鷹旋を放つが、それにかまわず代弁者は攻撃を放とうとする。
 とどめの一撃がまさに放たれようとした時。
「バースト・エミッション!」
 全く検討外の方向から、代弁者を飲み込むほどの強大なレーザービームが闇夜に輝く。
『ぐわあああああっ!』
 そのレーザーに飲み込まれた代弁者は、機械的な悲鳴を残して、その光の中に溶けた。
「危ないところだったわね」
 その声はもちろん。
「マリア?」
 ふふん、と得意気に愛用の銃を腰に落として近づいてくる蒼い髪の女性。
「あら、随分と可愛い格好してるのね、ネル」
「こ、これは……」
「ま、フェイトが強引に着せたんでしょうけど。大丈夫?」
「ああ、助かったよマリア」
 ようやく意識がはっきりと戻り始める。
「マリアはアーリグリフに行ったんじゃなかったのかい?」
「予定を変更したの。どこかの誰かさんが、自分の家に女の子を引きずり込まないかと思ってね」
「ま、マリア!」
 直後に赤面する二人。それを見てマリアがくすっと笑った。
「冗談よ。あなたたちは冗談じゃなかったみたいだけれど」
「意地が悪いね。いったい何があったっていうんだい?」
 マリアは手を顎にあてて、少し悩んだ風に俯く。
「今の、見たでしょう?」
 フェイトとネルはしっかりと頷く。
 代弁者。エクスキューショナー。
 FD世界からゲーム中のバグを排除するために送り込まれてきたウィルス撃退プログラム。
 それが、今になって、何故。
「マリアも見たのかい?」
「私が見たわけではないわ。アルベルが言ってきたのよ」
「アルベルが?」
「ええ。まだ生き残りの代弁者がいたからぶっつぶしてやった、ってね。でもどう考えてもおかしいもの。ルシファーを倒してこの世界が独立してから、もうエクスキューショナーは完全にいなくなったはず。それなのにこうして奴らはここにいる」
「FD世界で何かあったのかな」
「即断は禁物よ。可能ならブレアと交信したいところだけど、あの娘がいないとそれもかなわないものね。ましてやこちらにはセフィラもないわけだし」
 あの娘=ソフィア。FD世界の人間と交信ができるのは彼女だけだ。それもオーパーツを使わなければそれもかなわない。
「困ったことになったね」
 ネルが真剣に言う。それをまじまじと見つめてマリアがため息をついた。
「……なんだい?」
「いいえ。フェイトの目利きに改めて感心しただけ」
 何のことを言われているのか分からないといった様子でネルが首をかしげる。
「改めて言うことじゃないと思うんだけど」
「うるさいわね。姉として、弟の彼女くらい検分したっていいでしょう?」
「悪いんだけどさ」
 ネルはこめかみを押さえてこの会話を断ち切る。
「一旦城に戻りたいね。ともかくこんな格好してるわけにはいかないよ。いつ戦いになるか分からないからね」
 フェイトは当然残念に思うが、こうした事態に陥ってまでわがままを貫くわけにはいかない。
「よし、じゃあ急いで戻ろうか」
「私も行くわ。緊急事態にはいつでも動けるようにしておいた方がいいでしょうし」
 というわけで、三人はシランド城へ戻っていった。
 こうして、前の戦いからわずか数ヶ月。次の戦いは始まろうとしていた。
 それも、誰も予期しなかった形で。





「おはよ〜」
 翌日。代弁者の件でクリフと連絡を取るなどしてゆっくりと眠れなかったフェイトがあくびをしかけたとき、間延びした声が後ろからかけられて振り向いた。
「おはようございます、エレナさん」
 そこには相変わらず美形の施術兵器開発部長さんがのんびりとした様子で笑顔を向けていた。
「あら、随分眠たそうね。ひょっとして昨夜はネルが寝かせてくれなかったとか〜?」
「ち、違いますよ!」
 突然何を言い出すのかとあわてて否定するが、やましいところが全くなかったというわけでもなく、気のきいた否定の言葉が出てこない。
「ま、若いんだから何したっていいけどさ」
 それは普通逆なんじゃないだろうかと思うが、藪蛇になるのも怖かったのであえて彼は何も応えなかった。
「それより、出たんだって?」
「出たって、何がですか?」
「隠さなくてもいいよ。あのエクスキューショナーっていうやつ」
 それを聞いて彼は驚く。自分はまだ誰にもその話はしていない。ということは、ネルが伝えたのだろうか。朝一番でネルは女王陛下に報告に行くという話はしていた。エレナが聞いていてもおかしくはない。
「ご存知だったんですか。ええ、ちょうど昨夜城下で遭遇しました」
「ふーん。でも、エクスキューショナーって積極的には攻撃してこないんだよね?」
「そのはずだったんですが、いきなり攻撃をしかけられました。それも無差別じゃなく、僕たちを狙っていたようでした」
「たいへんね、フェイト君も」
 彼女が言うとどんな一大事も大変ではなく聞こえるのが不思議だ。
「でもいったいどうして今ごろになって、それも城下で出現したのかが分からないんです」
「そうよね。卑汚の風がやんでもう一年近くになるのに、どうしてかしらね」
 そういえばエレナは卑汚の風の対策責任者として、ずっとその作業に追われていたのだ。
「卑汚の風の原因とかは調べられたんですか?」
「うーん、できたようなできないような」
 このように少しもったいぶった言い方は相変わらずというか、らしくないというか。
 エレナは普通、あとは任せたという感じで完全にノータッチになるか、そうでなければ科学的理論的に説明するかのどちらかだ。
 だから説明してくれないときは全くしてくれないが、そのときでも歯切れの悪い言い方は決してしない。
「どういうことですか?」
「うーんとね、フェイト君なら分かると思うんだけど、人間の体はプログラムでできてるって言って通じるかな」
「えっ」
 一瞬、血の気が引く。
 この世界がプログラムで作られているということを、この人は知っている──?
「あ、驚かせちゃったみたいだね、ゴメン。別に本当にプログラムを打ち込まれてるわけじゃないんだよ? 人間の体にはDNAっていうのがあって、そこが人間の体を今の形にしているプログラムみたいなものなんだよ」
「ああ、そのことですか」
 ほっと息をつく。
 だが、今の話はあまりに心臓に悪かった。『プログラム』という言葉を聞いた瞬間に、自分の存在を一瞬見失いかける。これは真実を知った者の贖罪なのかもしれない。
「そのことって、他に何かあるんだったら教えてほしいな」
「あ、いえ。何か別の意味に聞こえてしまったので」
「うん。そのDNAってやつなんだけどね。細胞の核の中にある染色体っていう奴の中に入ってるんだ。本当はディオキシリボ核酸っていうんだけど、この中には生物の活動に必要なタンパク質をどうやって作るかって言う設計図みたいなもの、つまり遺伝子が含まれてるのよね」
「はい、そこまでは分かります」
「で、生物が細胞分裂をするときにね、細胞の中で遺伝子のコピーが作られるわけ。当然コピーだから、設計図どおり同じものが作られるはずなんだけど、卑汚の風を受けてしまうと、それが正常に働かなくなるの」
「どうなってしまうんですか?」
「うん、遺伝子コピーのことをRNA、リボ核酸っていうんだけど、このリボ核酸とコピー元の遺伝子とが違ってるみたいなのよ」
 複製されるはずのものが、正常に複製されない。
「それはいったい、どうしてなんですか?」
「そこが分からないのよね〜。多分RNAの中で塩基配列が元遺伝子と変わっちゃってるとは思うんだけど、残念ながら私の研究室じゃそこまで調べきれないのよね。もっと倍率の高い顕微鏡とかが作れればはっきりすると思うんだけど」
(光学顕微鏡か……さすがにクリフに持ってこさせるのはまずいよな)
 こんな状態になってしまったとはいえ、不用意にオーバーテクノロジーを持ち込むことはできない。未開惑星保護条約はまだ生きているのだから。
「でもホントに、どうしてエクスキューショナーがまた出てきたんだろうね」
「そうですね。本当──」
 ふと。
 何かが彼の中で引っかかった。
(……あれ?)
 そう、何かが。
 大事なことを、今、目の前を通り過ぎて言ったような。
「どうかした?」
「……いえ、何も」
 だが、それが何なのかが分からない。
(見逃していることがある……!)
 ひどく、彼の心がざわめいていた。





「フェイト」
 城内を歩いていると、マリアから声をかけられた。
「探したわよ、こんなところにいたのね」
「探したって、どうかしたいのかい?」
「昨日のことよ。少しおかしなことがあるのよ」
「おかしなこと?」
 それは、先ほど漠然と感じた疑問だろうか。
「ええ。一年前の戦いのときのエクスキューショナーの動き、見たわよね」
「ああ」
「命あるものを全て抹殺しようとする断罪者はともかく、代弁者は卑汚の風を振りまくばかりで自分から攻撃してこようとはしなかったわ。それはおそらく、目的が違うからよね」
「目的が違う?」
「そうよ。卑汚の風を振りまくことができるのは代弁者だけだとしたら、代弁者が下手に戦闘に参加して倒されでもしたら、卑汚の風をそれ以上振りまけないわけじゃない?」
「つまり、今回現れた代弁者は、卑汚の風とは関係なく……」
「そう。目的は私たちを殺すこと。だから積極的に攻撃を仕掛けてきた」
 それが、気にかかっていたことだろうか?
 いや、違う。胸の中のモヤは全く薄れてはいない。
 何かがあるのだ。今回の代弁者出現が何故起こったのか、その謎を解く鍵が。
 自分は、既にそれを手に入れているのだ。
「それにしても、生き残りがいるにしたって、どうして一年も経ってから……」
 ──?
 マリアの言葉に、また胸がチクリと痛む。
(何だ……?)
 胸がざわめく。
 自分はいったい、何を見逃している──?

 その時。

「ぐああああああっ!」
 シランド城の一角から、男の悲鳴が聞こえてきた。
「今のは!」
「ラッセル執政官の声だ!」
 二人は急いで謁見の間へと走る。
 飛び込んだその部屋の中にいたのは、玉座から立ち上がっている女王陛下と、その前で左肩を押さえて肩ひざをついているラッセル執政官。
 そして。
「執行者!」
 身の丈三メートルもあるエクスキューショナーの実行部隊、執行者であった。





恋じゃなくなる日

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