FRIENDS

第3話 じゃなくなる日






 執行者の恐ろしさは、誰よりもフェイトたちがよく分かっている。
 惑星ストリームでは黒銀の執行者と戦った。代弁者以上の力を持つ執行者を、なんとか力でねじ伏せることはできたものの、あまりの攻撃力に危うくこちらが全滅しかけたほどだ。
 エリクールでは黒金の執行者と戦った。さらに強化されていた執行者の前に手も足も出なかった。倒せたのはアルベルの捨て身の攻撃のおかげだった。
 そして、今度の執行者は。
(輝きがない。漆黒の執行者)
 翼の先だけが金色に輝いている。それ以外は完全な漆黒。
(また、強くなっているのか?)
 代弁者はディバインウェイブさえ気をつければどうとでもなる。だが、執行者は違う。
 その圧倒的な破壊力で攻撃されたのではたまったものではない。
『ギィ……』
 機械音がして、執行者がフェイトたちに向き直る。
「僕らをターゲットとして認識したみたいだな」
「いつもの台詞は言わないの、フェイト?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「……そうね」
 あまりにも強大な敵。しかもこちらはたったの二人。
「来るぞ!」
 二人の間にダークサークルが放たれる。左右に分かれた二人が各々攻撃を仕掛けた。
「レディエーション・デバイス!」
 四機の自動攻撃ユニットが発動し、間断なくレーザー攻撃を放つ。
「ヴァーティカル・エアレイド!」
 巨大な執行者を空中に跳ね上げて七連コンボを決める。
 だが。
「嘘でしょ……?」
 さすがのマリアも自然と浮き出てきた汗をぬぐう。
「ノーダメージ、っていうわけじゃないんだろうけど」
 二人の渾身の攻撃はほとんどダメージを与えていなかった。いや、与えてはいるのかもしれないが、ほとんど無傷に近い。それだけ耐久力、防御力が格段に上がっているのだ。
 執行者の目が光り、デストラクションの衝撃波を正面から受ける。
「攻撃力もアップしている!」
 フェイトは吹き飛ばされて、壁に激突した。
「くそっ!」
「これは手強いわね」
 打開策が見つからない。こちらの全力の攻撃は簡単にはじかれてしまう。
 どうすればいい?
「二人とも」
 そのとき、玉座のシーハート27世が声をかけた。
「わらわが隙を作ります。その間に攻撃を」
 ギィ? と執行者が女王を振り向く。
「ですが、陛下!」
「わらわとて、この国を統べる女王」
 女王の右手が、徐々に輝きを帯びる。
「国一番の術者の力、たまには使っておくのも一興でしょう」
 その輝く右手を高々と掲げる。
「紋章術──施術?」
 だが、あの格好からいったいどのような呪紋を繰り出すというのか。
「まさか」
 さっ、とマリアの顔色が変わった。
「あれは、伝説の」
「知っているのかい、マリア」
 その間にも、女王の右手はエメラルドグリーンの輝きを増していく。
「かつて、あの十賢者との戦いの際、ゲーステ博士が使ったという──」
 そして、光が集った。
「エクスティンクション!」
 光の洪水が、執行者に襲いかかる。
『ギィイイエエエェ!』
 その呪紋にたまらず、執行者は苦悶の悲鳴を上げた。
「ディバインウェポン!」
 フェイトは剣に魔力をこめ、その大きく開いた口に剣を突き刺す。
「とどめよ! バースト・エミッション!」
 そこに、マリア最強の必殺技が放たれた。光の洪水に苦しめられた執行者が、マリアの放つ極太レーザーの中に消える。
「やったか?」
 光が完全に消えてなくなったとき、執行者の翼が六枚のうち、四枚までが完全に崩れ落ちていた。そして、体中から焦げ付いたように煙が噴出していた。
「これが陛下の力」
 それほどの巨大な呪紋を使ったというのに、女王は汗一つかいていなかった。
 さすがに、国一番の施術使だけのことはある。
「陛下!」
 だが、執行者はまだ完全に倒れたわけではない。自分に強大なダメージを与えたシーハート27世に向かって、大きく口を開いた──ディストラクションだ。
「黒鷹旋!」
 だが、その攻撃が行われるより早く、フェイトとマリアの背後から攻撃が繰り出された。
 その魔力のこもった剣が、執行者の頭を刎ね飛ばした。
『グ、ゲ』
 その頭が床に落ち、完全に動かなくなると、その体もろとも光となって執行者は消滅した。
「ネル」
 マリアがほっと安心したように息をつく。
「陛下、ご無事でしたか」
 間に合ってよかった、と心底安堵したように笑みを浮かべた。
「わらわは問題ありません。それより、ラッセルを」
「執政官」
 ネルは素早く駆け寄ってラッセルにヒーリングをかける。
「あれは、エクスキューショナーですね」
 治療が終わったネルに、女王陛下が尋ねる。
「は」
「何故、今ごろになってあれが現れたのですか? ネル、あなたは何か知っているようですが」
「はい。昨夜、私とフェイトが別のエクスキューショナーによって襲撃を受けました」
「昨夜」
「そうです。それから私は光牙師団、封魔師団にそれぞれ連絡を取り、ただいま陛下にご報告申し上げるところでした」
「エクスキューショナーが活動を再開した、その理由は?」
「残念ながら、今はまだ何とも。目的すら判明しておりません」
「異世界の者たちにもそれは分からないのですか?」
 女王陛下は二人に視線を向ける。
「陛下。私たちもそれを調べている最中でした。いったい何故、この時期になって活動を再開したのか。フェイトとも今その話をしていたところで──フェイト?」
 マリアが視線を向けると、フェイトの顔が青ざめていた。
「ちょっと、どうしたの、フェイト」
「ネル……ネルは、まだ、陛下に報告してなかったのかい?」
「そうだけど、何かあったのかい?」
 ネルが首をかしげて尋ねる。
「ネル、マリア。このことを他の誰かに言ったりしたかい?」
 二人とも「いいえ」と否定した。
(そんな、それじゃあ──)

 エレナさんは、誰からその話を聞いたっていうんだ?

(落ち着け……)
 心臓の鼓動は、どうしてこういうときやたらと響くのだろう。

 エレナは言った。
 どうしてエクスキューショナーが『また出てきた』のか、と。
 そうだ。
 自分が気にかかったのはその言葉の使いまわしだ。そう、自分たちとエレナの間では、認識に大きなズレがあった。
 自分たちはエクスキューショナーの生き残りがいると考えてしまった。それは、アルベルが『生き残りがいたから』とマリアに告げていたのを聞いたから。
 だが、エレナがそんなことを知るはずがない。だから『また出てきた』という表現になった。それは陛下にしても同じだ。今陛下は『活動を再開した』と言った。
 つまり、エクスキューショナーは、一年前に完全に滅びていたのだ。間違いなく。
 そして今、この時期になって、改めて強化型のエクスキューショナーを『また出した』のだ。

 エレナは言った。
 人間の体は『プログラムで』できてる、と。
 おかしな話だ。
 エレナはこの世界の人間だ。プログラム、という言葉はコンピューターがあって初めて成り立つ言葉だ。それなのに、コンピューターがないこの世界で、エレナは意図してその言葉を使った。
 彼女がオーバーナレッジの保持者だということだけでは到底説明しきれない。
 それに、あの言葉の言い回し。
 まるで、自分を試しているかのような。自分の反応をうかがっているかのような。

 エレナは言った。
 もしも『この世界を実際に壊そうとしている』人がいたらどうする、と。
 それは、つまり……。

「エレナさんだ!」
 フェイトは叫んだ。
 突然の大声に、ネルもマリアも驚いて身をのけぞらせる。
「フェイト?」
「エレナさんだよ。今回のエクスキューショナーの出現にはエレナさんが関与しているんだ!」
「ちょっと待ちなよ、フェイト」
 ネルが厳しい視線を彼に向ける。
「そこまで言う根拠はあるんだろうね」
「ああ。でも、説明している時間はない。もしも本当にエレナさんが関わっているんだとしたら、エレナさんはこの世界そのものを破壊してしまうことすら考えてるかもしれないんだ! 急がないと!」
「状況はよく分かりませんが」
 興奮しているフェイトをなだめるかのように、女王が静かな声で言い、ゆっくりと玉座に座る。
「とにかく、エレナを呼べばよいのですね」
「はい。陛下──いえ、もしかしたらエレナさんはもう僕が気づいたことを分かっているかもしれません」
「では、どうせよと?」
「僕が、直接行きます。エレナさんが仕組んだことなのかどうか、はっきりさせます!」
「ちょっと落ち着きなさい、フェイト」
 マリアが低い声で制する。
「まず──」

 そのとき、爆発音と共に城が大きく揺れた。

「何事か!」
 傷が癒えたばかりのラッセル執政官が外の兵士を呼ぶ。
「申し上げます!」
 伝令の兵士が部屋に飛び込んできて、跪いた。
「ただいま大聖堂で、大規模な爆発が発生したもよう!」
「大聖堂で、だと? 今は礼拝の時間ではないか!」
「はっ! 民間人が巻き込まれた様子、まだ正確な情報は入ってきておりません!」
 大聖堂で爆発。
 もちろん、その先にあるのは。
「これが人為的なものだとしたら、カナンが狙いね」
 マリアが冷静に判断を下す。
「でも、カナンにはもうセフィラはないんだよ」
「じゃあ、他に何か理由が考えられる? わざわざ大聖堂を狙って爆破しなければならない理由が」
 ネルとマリアの間で簡単なやり取りが行われる。
 女王陛下のもとにエクスキューショナーを送り込み、フェイトやネルをその場に集めておき、大聖堂を手薄にする。
 では自分たちは、陽動に引っかかったということか?
「これもエレナさんの仕業だっていうの、フェイト?」
「多分ね。いや、間違いない」
 あれだけのオーバーナレッジ、自分たち銀河系のことのみならず、FD世界のことすら分かっているのではないかと思わせるほどの知識。
 彼女はいったい、何を企んでいるというのか。
「報告します!」
「今度は何だ!」
 ラッセルが厳しい声で問いただす。
「はっ! 大聖堂に突如現れた地下通路から、エクスキューショナーの姿が確認されました!」
 今度こそ、全員の顔色が変わった。
「ネル! マリア! 一刻を争う、エレナさんはきっとカナンだ。行くぞ!」
「待ちなさい、フェイト! 行ってどうするっていうの! 対策も立てずに突入するのは無謀よ! エクスキューショナーがいったい何体いるかも分からないっていうのに!」
 確かにその通りだ。
 封印洞の先にいるのが仮にエレナだったとして、自分はどうするつもりなのか。
 説得して止めるか?
 それとも──
(……本当に、エレナさんが企んだことなのだとしたら)
 彼女の狙いは、おぼろげにだが分かる。
(きっと、僕に止めてほしいんだ)
 だから、ヒントを何度もくれた。
 それに僕が気づかなかっただけで。
(そうとも。知り合いなら何があっても止めると言ったのは僕なんだ。世界の破滅なんて、エレナさんにさせるわけにはいかない)
 フェイトの顔に、決意の色が生まれた。
「とにかく、エレナさんを止めなければならないことに変わりはないよ。説得して、それでも駄目なら、力ずくででも」
 ネルとマリアが困惑した顔を見せる。
 そう、まだエレナが犯人だと決まったわけではないのだ。フェイトが一方的にそう主張するだけで、明確な証拠が出てきているわけではない。
 だが、今。
 この状況を何とかしなければならないことに、変わりはない。
「分かったよ、フェイト」
 ネルがついに折れた。
「いずれにしてもエクスキューショナーは倒さなければならない。急ごう、フェイト」
「ありがとう、ネル」
「はいはい。多数決で私の負けってことね。いいわよ、付き合えばいいんでしょ」
「マリア」
 そうして。
 彼らは再び、聖殿カナンを舞台に戦うこととなった。





どうしても君を失いたくない

もどる