FRIENDS 2

第3話 BBY MOON






 1つ。自らの成したい道を歩め。但し、以下の戒律を破らざる限りにおいて。
 2つ。盗まざること、傷つけざること、そして殺さざること。
 3つ。感情に溺れず、節制を尊ぶべし。
 4つ。人を愛し、慈しむべし。いかなる存在も、その魂の価値は等価である。
 5つ。勤勉を旨とし己の任を全うすべし。怠惰は魂の死と同義である。
 6つ。無闇に争いを起こすべからず。痛みは怒りを、怒りは憎しみを呼ぶが故に。
 7つ。欲を捨て、見聞を広めよ。眼前の虚構に踊らされず、真実を見つめ行動すべし。
 8つ。礼を持って定めよ。定まざる時、必ずや罪あり。
 9つ。罪を犯したる者は、自らの身をもって相応した罰を受けるべし。罪を知りて罰を与えぬ者もまた、罪と知るべし。
 10。罪を犯さざるものに、決して罰を与えることなかれ。



 10則の聖版。かつて聖者ロナルド・ダインが聖地カナンで光の女神エレナよりいただいた、人間にとって守らなければならない10の掟が刻まれた聖版。
 ロナルドが聖地カナンに入った時、彼の元にエレナ神が降臨した。その御許には空のように青く輝く2枚の敷石が置かれていた。大きさは一つが家の扉ほどもあった。そしてエレナ神が手にした木の剣を振ると、その敷石に文字が刻まれていった。
 それが聖版の神話である。
 そう、その話を聞いた瞬間、フェイトにせよマリアにせよ、確かに思ったのだ。似ている、と。地球で信仰されている宗教に、ほとんど同じ内容の伝説が残っている。
 全てを知った今なら、似ていて当たり前だと分かる。何故なら、エリクールも地球も、作ったのは同一人物だったのだから。
 設定の使いまわし、と言ってしまえばそれまでのことだ。だが、似ていることの説明にはなる。
「陛下は何故、エレナさんが10則の聖版を取りに来るとお考えですか?」
 マリアは冷静に尋ねる。
「以前も話したことがあるかもしれませんが、イケロスの預言書にはこのようにあります。『光の女神再びこの地を訪れし時、聖版は彼女の手に戻り、再び空へ還るであろう』と」
「なるほど」
 マリアは頷いた。そして手元のスキャナを使用する。
「でも、いったい何のために聖版を持っていくつもりなんだろう」
 フェイトが当然の疑問を口にする。
「空へ還るため……」
 ネルが口にする。
 空へ還る、すなわち、FD世界へ向かうなり、宇宙へ飛び立つなりという意味がそこには込められているのだろう。
「陛下、一つおうかがいしてもよろしいですか」
「なんなりと」
「陛下は10則の聖版がシランドにあるとおっしゃいましたが、それはいったいどこにあるのですか?」
「それは……」
 女王はしばし悩んだ様子を見せた。さすがに国の至宝をそう簡単に教えるわけにはいかない、という様子だ。何しろ前回は聖珠セフィラすら失ってしまっているのだから。
「エレナがエレナ神であれば、聖版をお返ししなければいけませんね」
「ですが、陛下」
「よいのです、ラッセル。それにあれはもともと、エレナ神のものなのですから」
 女王は立ち上がると真っ直ぐにフェイトを見る。
「フェイト殿。こちらへ来ていただけますか」
 そう言って、女王は隣の自室へと足を運んだ。
 僕だけ? と周りを見回すが、ネルもマリアも『さっさと行け』というような視線をフェイトに送っている。
 やむなく、フェイトは女王が入っていった自室へと足を踏み入れた。
 女王の部屋には一人使用人がいたが、状況を察してすぐに部屋を出る。
 そして女王はさらに奥の部屋へ行き、そこから一つの小箱を持ってきた。
「これを見てもらえますか」
 女王はテーブルにその箱を置いて、丁寧に開く。
 そこから現れたのは、青く輝く一本の鍵であった。
「これは?」
「これが聖版です」
 耳を疑った。
 たしか、聖版とは二枚組になっていて、一枚が扉ほどもある大きさだと聞いた。
「どういうことですか?」
「詳しいことは存じません。ですが、代々伝わる伝承によると、ロナルドが聖版の文字を全て覚えた時、聖版は砕け散った、そのカケラがこの鍵であると聞いております」
「聖版のカケラ……なるほど、陛下が先ほどエレナさんが取りに来るとおっしゃったのは、聖版ではなくて聖版のカケラ、つまりこの鍵のことだと思われたのですね」
「そうです。おそらくエレナ神は何かあったときのために、それこそまさに今このときのために、この鍵を王家に一時的に預けておいたのではないかと考えます」
「同意見です。おそらくこの鍵の使い方は……」
「余の推測でよければ、おそらくはエレナ神がこの大陸のどこかに眠らせてある『星の船』の鍵ではないかと思います」
 なるほど、とフェイトは納得した。そして自分だけをここに呼んだ理由も分かった。
 これは女王ただ一人だけの秘密なのだ。だからこの聖版のことはラッセル執政官も、ネルやクレアもその秘密を知らないのだろう。
 所詮法は法にすぎない。何か別の媒体に書き写せば聖版自体に価値はない。
 だが、聖版が単なる媒体ではなく、別のアイテムとして使えるとしたら?
 それが、この鍵なのだ。
 そしてエレナはこの鍵をおそらく必要とするのだろう。
「これを預かってよろしいのですか?」
「そなた以外に託せる者はおりません。このことは──」
「全て分かってます、陛下」
 このことは決して口外してはならない。それを口に出さず、暗黙の了解とすることに女王も安堵の様子を見せた。
「とはいえ、エレナ神の居場所が分からなければ、これを渡す手段もありませんが」
「いえ、分かります」
 はっきりとした口調で答える。
「エレナさんの居場所は、モーゼルの古代遺跡です」






 その日の内にフェイト、マリア、ネルの三人はモーゼルの古代遺跡へ向けて出発した。今日は途中のサーフェリオの街で一泊する予定だ。
 問題はサーフェリオの街には宿屋がないことだ。宿屋がないから町長の家に一泊するしかない。となるとまたあの長い話を聞かされることになりかねない。
 さてどうしようか、と本気でフェイトが悩んだ時だった。
「一つ聞いていいかい、フェイト」
 ネルが声をかけてくる。もちろん、彼女が何を聞きたいかなどということはよく分かっていた。
「どうしてエレナさんがモーゼルの古代遺跡にいるのか、だろ?」
「分かってるなら教えてくれてもいいんじゃないのかい?」
「まあ、僕も絶対に合ってると言い切ることはできないんだけれどね。でも自信はある。間違いなくエレナさんはそこにいるよ」
 理由はいくつかある。まず、エレナは『うまく見つけて』と言った。だからフェイトが知っている場所にしか行かないということは明らかだ。となると自然と場所は限られてくる。
 その中でもモーゼル古代遺跡は特別な場所だ。この遺跡は正体不明である。アペリス教の聖典によると、この遺跡より太陽神アペリスと月の三女神(イリス、エレノア、パルミラ)が飛び立ち地上を離れたとされている。そして彼らの子供である八神(アイレ、エレナ、オレアス、シャール、ソロン、ディルナ、フォスター、レイリア)が『集う場所』であるとされている。
 サンマイト共和国ではこの地を『始まりの地であり終わりの地、全ての神々がこの世界に現れ、最後に天界に去っていくための場所』と信じている。
 エレナが他の仲間と再会するための場所として初めから用意していたのだと考えれば、この伝承も辻褄があう。
「そこで、彼女は何をしようとしているのかしら」
「決まってる。友達に会いたいのさ」
 そう、彼女の目的はそこにある。
 スフィア社で共に開発をしていた仲間たち。そしてブレア。
 会いたいのだ。単に。それだけのために今回の騒動を引き起こしたのだ。
「じゃあ逆に聞くけど、彼女は『聖版』が必要なんでしょ? どうしてすぐにシランドに取りにこないの?」
 それはフェイトにも分からない。だがエレナのことだ。理由がないとは思えない。だがおそらく、彼女は自分がこの鍵を持っていくことを予測しているのだろう。
「エレナ博士は、あれほど好きだったこの世界を本当に壊したいんだろうか」
 ネルがぽつりと呟く。
「ネル?」
「だって、ルシファーとの戦いの時だって、私たちに武器の援助をしてくれたのはエレナ博士だ」
「武器の援助って……」
「ルミナとラドルが店を出しただろう? あのとき、私たちだけに特別ってことで武器を売ってくれたじゃないか。あの武器を作ったのはエレナ博士だ」
 なるほど、と納得した。確かにエレナならその程度の武器は読書の片手間に作ってしまえるだろう。
「過去は過去、今は今よ」
 マリアが厳しく言う。
「いずれにしても、この世界を壊すなんて言っている人を、それもその力がある人を放っておくわけにはいかないわ。それともネルは、エレナさんを倒さないで放っておいた方がいいっていうわけ?」
「マリア!」
 フェイトが諌めるが、マリアは動じることもなかった。
 結局、頼ることができるのは自分だけ。他人に自分の運命を任せるつもりは全くない。そういう生き方を彼女はこれまでしてきた。
 だが、やはりネルとしては簡単に割り切ることなどできない。直接の知己であり、尊敬までしていた相手だ。そう簡単に敵だから戦うと切り替えられるものではない。
「そうだね。あんたの言う通りだ、マリア」
 ネルは強引に自分を納得させた。
 割り切ることはできない。だが、倒さなければこの世界が危機に瀕するのだ。私的な感情を優先させる余裕はない。
 苦しそうに表情を歪めるネルに、マリアは近づいて優しくその頭を抱いた。
 特別、言葉をかけたわけではない。
 だが、不器用なマリアの優しさは、きちんとネルに伝わったようだった。
「……ありがとう、マリア」
「どういたしまして」
 応える方も顔が赤らんでいたのを見て、フェイトは二人に気づかれないように笑いをこぼした。






「こんにちは、フェイトさん!」
 サーフェリオの街にやってくると、いつも入り口近くのところで飛び回っているフラウの女性が頭上から声をかけてきた。
「今日も元気そうだね」
「はい! フェイトさんも元気で何よりです!」
 サンマイト共和国は亜人たちの国である。フラウはその中でも体長30センチ程と、小さな種族である。基本的に陽気な性格をする者が多く、花畑を飛び回って花の蜜を舐めるなどして生活している。美しい少女である場合が圧倒的に多い。
「今日はどうなさったんですか?」
「これからちょっと、モーゼル砂丘に行くことになってね」
「大変ですね」
 まあね、と受け答えしたところでフラウが飛び去っていったので、三人は改めてロジャーの家に向かった。
 ロジャーはまた男勝負ということで留守だったが、サーフェリオ村長アズノール・S・T・ハクスリーは相変わらず健在だった。そして相変わらず自分たちの名前を覚えておらず、相変わらず長い話が大好きだった。
 三人はまた夜中まで話を聞かされたのだが、その際に気になることを村長が言ったために、三人は逆に質問をすることになった。
「では、モーゼルの古代遺跡は、一千年以上前、つまりこの地上にシーフォート王国が誕生する前からあった、というわけですか」
 フェイトが慎重に尋ねる。アズノールは「その通り」と答えた。
「誰が作ったかは伝わっておらん。だが、神々はあの遺跡から現れ、あの遺跡から天上へ戻ったとされている。言うなれば、神々の世界と我々の世界をつなぐ通路があの遺跡なのだ」
「その時降臨した神は、いったいどれくらいいたのですか?」
「太陽神アペリスと、月の三女神の四柱の神々だ。そして八柱の神々をこの地上で生み、子供たちと共に天上へ還ったとされている」
「ですが、エレナ神はその後もカナンでロナルドに聖版を渡しているわけですよね」
「エレナ神か」
 アズノールは少し遠い目をして言った。
「エレナ神はな、この世界を愛しておられる」
 三人の表情が固まった。
「この世界のことを一番に気にかけ、そして慈しまれた。だから聖版をいただけたし、その後もアペリスの聖女に対して何度も神託をくださった。この世界は何があったとしても、エレナ神の加護がある限りは守られていくだろう。この間の『星の船』の襲来の時も、その後の『異形』たちの襲来の時も、我々は滅びなかった。それはエレナ神の加護あるおかげだ」
 そのエレナ神が、今度の敵なのだ。
 フェイトはその苦い事実を受け止めなければならなかった。





ある密かな恋

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