FRIENDS 2

第4話 ある密かな






「さて、そろそろ来るかな」
 ふと、遠い目をした美しい女性がそんなことを言った。
「何がだ?」
「アルちゃんを助けてくれる人」
「ほう」
 相変わらず縛られたままの国王は別にやつれた風でもなく答えた。
「それでお前はどうするつもりだ、女神」
「ど〜しようかな」
 何が楽しいのか、笑顔のまま首をかしげる。
「一つだけ聞くけど」
「ああ」
「アルちゃんは、私が一緒に来てって言ったら来てくれる?」
「それは無理だ。俺には国がある」
「国を捨ててってお願いしても?」
「先に俺を捨てたのはお前だぞ、エレナ」
 きょとん、とエレナは眠そうな目を丸くした。
「そういえばそうだったね」
「俺は国王になどなるつもりはなかった。お前が俺を捨てたから、俺は国王になるしか道が残っていなかった」
「そうだったね。忘れて」
 エレナは立ち上がると部屋を出ていった。
 そして、残った国王はゆっくりとため息をついた。
「相変わらず、不器用な女だ」






 モーゼル砂丘を抜け、古代遺跡に入る。
 敵の姿はない。少なくともエクスキューショナーにはここまで襲われていない。
 ある意味、エクスキューショナーがいた方がよかった、とも言える。そうであればここにエレナがいることが証明できるからだ。
「本当にここにいるのかい?」
「おそらくね」
 ネルの問いに、軽く答える。
 古代遺跡は相変わらず砂埃にまみれていた。少し歩くだけで埃が舞う。
「変わらないわね、ここは」
 マリアが率直な感想を述べた。
 最初に古代遺跡にやってきたのは、国王同士の会談の時だ。すなわち、バンデーン艦をディストラクションで沈め、その後で和平を結ぶときにこの古代遺跡を利用した。
 そのときから既に、この古代遺跡には何かがあると感じていた。
 そして二度目に来たときはルシファーとの決着をつけるためだ。この古代遺跡でセフィラを使用し、ファイヤーウォールを抜けてルシファーのいる螺旋の塔へ向かった。
 そして今回は──
(エレナさんが相手か)
 アーリグリフ王、ルシファー、そしてエレナ。
 どうしてこの場所を選ぶ相手は、こうも一筋縄ではいかない相手ばかりなのだろう。
「さて……どうやらフェイトが正しかったみたいだね」
 嬉しいのか嬉しくないのか、それは分からない。
 だが、決して歓迎できることでないことは、ネルの緊張をはらんだ言葉からも確かなことであった。
 ストーンゴーレム。
 自分たちの目の前にたちはだかったその相手を見て、三人ともかすかに怯む。
 エクスキューショナーではない。
 だが、この相手にエクスキューショナー以上の力はないと、などという楽観的な判断はできない。
 何しろこれを作ったのは、天才科学者のエレナなのだから。どれだけの力があるのかなど、戦ってみなければ分からない。
 ゴーレムが、起動を始めた。
「『バースト・エミッション』!」
 攻撃をしかけられるより先にマリアが極太レーザーを放つ。それにあわせてフェイトとネルも動き出した。
 ネルの黒鷹旋がストーンゴーレムの頭部に直撃し、フェイトのヴァーティカルエアレイドがゴーレムを粉々に砕く。
「エレナさんの罠にしては、案外楽だったわね」
 マリアが言い捨てる。その言葉にフェイトは引っかかるものを覚えた。
 その通りだ。もしこれがエレナの罠だったとしたら、あまりに楽すぎる。断罪者を一体配置する方がずっと苦しい。それなのに、こんな楽に倒せる相手を用意しておくのは──
「二人とも、走れっ!」
 フェイトがマリアとネルの手を取って走り出す。突然手を引かれた二人だったが、すぐにフェイトを追いかけて走り出す。
「なに──」
 マリアが何かを言いかけた時、ゴウンッ、と背後で爆発が起きた。
「な……」
 ネルが後ろを振り向く。すると、黒煙の向こうから、粉々にしたはずの石がこちらに飛んできているのが見えた。
「あの石、全部が爆弾だっていうの?」
 マリアが大声で言う。きっとそうなのだろう。エレナがそんな簡単な罠を仕掛けるはずがない。ストーンゴーレム自体は罠ではない。それを破壊したとき、得物を追跡する機能を備えた無数の爆弾が出来上がるという仕組みなのだ。
「とにかく逃げるんだ!」
 隣の部屋へ駆け込み、扉を閉める。
 直後、

 ゴウンッ!!
 ゴウンッ!!

 二度、三度と爆発が生じ、扉に亀裂が入る。
「追いかけてくるぞ。逃げろ!」
 さらにフェイトたちは奥へと走り出す。次の爆発でついに扉は砕け、そこから無数の爆弾石が再びフェイトたちを追いかけてきた。
「さすがにエレナ博士の作った罠は一流だね」
 ネルは忌々しげに言うが、現状を認めたところで何かが変わるというわけではない。
 フェイトたちはさらに奥の部屋へと逃げていく。この先にあるのは、円卓の会議室。
「こっちだ!」
 そのさらに奥へと駆け出す。そして階段を駆け下りていった。
「ここは……」
 そこはフェイトたちも来たことのない場所、古代遺跡の地下水脈だった。前回はすぐにファイアーウォールに突入したため、この遺跡を全て探索していなかった。
「こんなところがあるなんてね」
 だが、そんな感慨にふけっている場合ではない。後ろからは爆弾が追跡してくるのだ。
「とにかく走るぞ!」
 ひたすら奥へ、奥へと逃げ続ける。爆弾たちはあたりを爆破しながら、さらに執拗に追いかけてくる。
「くそっ、しつこい!」
「さすがにエレナ博士の作品だけのことはあるわね!」
 走りながらマリアは振り向いてフェイズガンを放ち、何個かのストーンを撃墜していく。だが、それも氷山の一角にすぎない。後から後からストーンは襲い掛かってくる。
(この罠で、エレナさんは何がしたいっていうんだ)
 自分たちを殺すことが目的ではない。
 だとしたら、自分たちを試しているのか。
(何を?)
 フェイトには、おおよその目的がようやく見えてきた。
 だが、自信がない。
 自分にそれができるという、自信が全くなかった。
(確かに、自分にならできる)
 この窮地から助かる方法が一つだけある。
 それは、全てのストーンを『消滅』させることだ。
「行き止まりだ!」
 ネルが足を止めた。右手には壁、左手と正面は水路。もはや、退路は断たれた。
「こんなところでやられるわけにはいかないわ」
 マリアが素早く臨戦態勢を取る。だが、
「二人とも、下がって」
 フェイトが一歩前に出て、両手で二人が前に出てくるのを止める。
「フェイト?」
「僕が、なんとかする」
 そして、高スピードで迫ってくるストーンたちを見つめた。
(集中しろ)
 自分には──できる。
 その、力がある。
(この力を使いこなすんだ)
 そうしなければ、この場を切り抜けることはできない。
(集中だ!)
 その瞬間、ストーンたちの動きが鈍くなった。
 いや、違う。
 集中力が高まり、神経回路が一時的に認識速度を速めているのだ。
(見えた……)
 自分の力の源。
「ディストラクション!!」
 フェイトの額に水色の輝きが生まれる。
 そして、目の前のストーンたちの動きが止まった。
 少しの時間の後、そのストーンたちは跡形もなく全てが消え去っていた。
「できた……のか?」
 今まで意識して使うことができなかった力。
 最初は、バンデーン艦を無意識に沈めた。
 二度目は、ヘルメスに操られてシランド城を滅ぼした。
 そして今度は、自分の意思で敵を打ち倒した。
(……なんとかなったみたいだな)
 急激に自分の体から力が奪われていく感じがする。体力的には、かなり厳しいものがあったようだ。意識的にこの力を使うのは初めてなだけに、力加減がまだつかめていないのだろう。
「今のがフェイトの力なの?」
 マリアが近づいてきて尋ねる。
「そうみたいだね。正直、ものすごく疲れたけど」
「でも、そのおかげで助かったよ」
 ネルもフェイトが疲れてよろめいているのを支えた。
「大丈夫だよ、ネル」
「でも」
「それよりも、エレナさんを探さないといけない」
 フェイトの言ったことに二人は頷く。
 だが無闇やたらと逃げ回ったため、フェイトたちは自分の居場所を見失っているというきわめて重大な問題に直面していることにようやく気づいた。
「ここはどのあたりなんだろうね」
 ネルが言うが、当然誰も分かるはずがない。
「爆発の跡を逆に戻っていけば、ある程度は分かるんだろうな」
「そうね。とりあえずは引き返して──」
 その時、ネルが何か影らしきものが動いたのを見て指さす。
「あれはなんだい?」
 水路の奥を、のっそりと動く影。
「あれは……」
 そのカメのような姿にはどこか見覚えがあった。
「あれは、トロッコモンスターだ」
 トロッコモンスターは水路を泳いで、ちょうどフェイトたちの近くまでやってくる。
「乗れってことかな」
「どうする?」
 マリアが尋ねる。当然これも、罠のような気はする。
「行こう」
 だが、フェイトは迷わなかった。
「これが罠なら、回避していたら一生エレナさんのところにはたどりつけないよ」
「そうだね。正面から突破するのが一番早いよ」
 ネルも意見を同じくする。はあ、とマリアがため息をついた。
「はいはい。仲のよろしいことで」
「マリア」
「いいわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
 そして三人はトロッコモンスターに乗った。ゆっくりと動き出したトロッコモンスターは、フェイトたちの指示をまるできかず、ただ自分の思うがままに進路を決めていく。
「どうやら、何かに操られているみたいだね」
 何か──もちろんそれは、この舞台の黒幕に違いない。
「あそこが終着点か」
 トロッコモンスターの到着した場所のすぐ目の前に扉がある。
「ここに入れってことだな」
 フェイトは慎重に扉に手をかけた。
 そして、開く。
 中からは何も攻撃してくるようなものはなかった。それどころか、人の気配がある。フェイトはおそるおそる、外から中に向かって声をかけた。
「エレナさん、ですか?」
「俺だ」
 だが、返ってきた声は、彼らもよく知っている精悍な男の声だった。
「アーリグリフ国王陛下」
「随分と早かったな」
 そこは質素な部屋だった。国王は部屋のベッドの上で両手を縛られていた。すぐにネルが近づいて拘束を解く。ようやく自由の身になった国王は大きく伸びをした。
「迷惑をかけたようだな」
「とんでもありません。それより、エレナさんは」
「なんだ、まだ見つけていなかったのか」
 国王は既に決着がついた後だったと思っていたらしい。複雑な表情を浮かべている。
「エレナさんがどこにいるのか、陛下はご存知ないのですか」
「さっきいなくなったから、そう遠くには行ってないだろう。だが、どこに行ったかまでは分からん。それより、ここはモーゼルか?」
「そうです。古代遺跡地下の水脈のあたりです」
「水脈か……」
 はっ、とフェイトと国王は同時に気がついた。
 ここは、地下の水脈。
 エレナが本気で、自分たちを殺そうとするのなら、簡単な方法がある。
 それは、水死。
「まずい、逃げ──」
 だが、遅い。
 ゴウンッ、と最後の爆発音が響くと同時に、フェイトたちめがけて大量の水が押し寄せてきた──





きみをつれて

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