カルチャー

第9話 ever【bue】






「アミーナはアーリグリフにいたことがあっただろう? そこで、アミーナのことを知っている人に会ったんだ。そこで病気のことは聞いたよ。もともと僕がアーリグリフへ来たのは、正確なことは言えないんだけど、まあディオンから捜索を頼まれたんだと思ってくれていい」
「はい」
「シーハーツに戻ってきていることを知って、僕もあわててこっちに引き返してきたんだ。アミーナはいつごろからこっちに戻ってきていたんだい?」
「そうですね……もう何年も前になりますけど」
「やれやれ、ディオンもそんなことすらつかめていなかったのか……おかげでとんでもない時間がかかったよ」
 苦笑しながら言った。用意しておいた設定だったが、アミーナは信じてくれたらしい。とりあえず一息つく。
「さっきも言ったけど、ディオンは君に会うために国の施術兵器研究所で働いている。若くして主任だ。能力主義のシーハーツらしいところだけれど、それでも異例の出世だといえるだろうね。それも全て、彼がアミーナに会いたいという一念から来るものだ」
「……」
「ディオンは業務の片手間に、一人でパルミラを摘みに出かけていた。それこそ少し時間ができたらパルミラ摘みに行くくらいだった。そんな時間があるなら休んだ方がいいと、誰もが言った。でも彼は聞かなかった。彼のアミーナに会いたいという気持ちは、誰の目にも明らかだったよ」
 アミーナはついに涙をこらえきれずにいた。長く会えなかった想い人が、そんなにも自分のことを強く思ってくれていたという事実に。
「だから分かると思うけど、僕の仕事は君をシランドへ連れていくことなんだ」
「はい」
「でも、それだけじゃない」
 フェイトは真剣な表情で言った。
「君を連れていくだけじゃ、僕は満足しないんだ。それこそ、これっぽっちも満足したりはしない。君とディオンが、いつまでも末永く暮らしてくれること、それが僕の望みなんだ」
「私の病気は、治るんですか」
 真剣な表情で尋ねてくる。
 アミーナは自分で自分の病状を把握している。病気に関して自分で調べたのだ。これが死に至る病であるということは本人が一番よく分かっているだろう。
「治る」
「……」
「僕のところの治療技術なら、君の病気は治るんだ」
 フェイトはルシファーとの戦いが終わった後、自分でアミーナの病気について調べたことがあった。
 そこで分かったことは、アミーナの病気が遺伝子に関係するものであるということ、そしてその治療法はフェイトたちの世界で一世紀も前に確立されているというものだった。
 そう。
 もし、ディプロの到着までアミーナが待っていることができれば、彼女は助かったのだ。
「必ず僕が治してみせる。だから今は、君は休むんだ。君さえよければ、今日のうちにシランドに出発したい」
「今日……ですか」
「迷惑かい?」
「いいえ。ディオンに、彼に会えるのなら。私は一向にかまいません。ありがとうございます。本当に、なんてお礼を言ったらいいのか」
「気にしないで。これは、僕の贖罪なんだ」
「はい?」
 フェイトは首を振った。それは言っても仕方がないことだ。
「乱暴な言い方をするんだったら、僕は君を助けたいけど、それは君のためじゃない。僕自身がそうしたいだけなんだ。だから、アミーナが気にするようなことじゃない。言ってしまえば、君を助けようとしている今の僕は、僕のわがままで行動しているだけなんだ」
「そんなことありません。本当にディオンに会えるのなら、こんなに嬉しいことはありません」
 アミーナはどうにかその気持ちを伝えようと身を乗り出してくる。
(そうとも。君のその気持ちは絶対にかなうんだ。だから、僕は……)
 ディオンも、助けなければならない。
 ここまでたどりついたことで、アミーナは助かったとみてもいいだろう。自分に可能なかぎり、最速のスピードで来ることができた。これでアミーナがディプロ到着まで間に合わないのだとしたら、それはもう自分のできる範囲を超えてしまっている。
 だが、ディオンはこれからだ。ディオンは──
(バンデーン艦、か)
 フェイトは首を振った。
 今はそれを考える時ではない。まずはシランドまでアミーナを連れていって、それから考えても遅くないことだ。
 女王陛下と話をする前までに、自分の立場を決定しておけばいい。今日の夜にでもゆっくり考えればそれでいい。そしてその時間はあるはずだ。自分はここまで四日の時間を稼いでいるのだから。
「それじゃあ、旅の支度なんだけど」
「はい。これからすぐにでも行います」
「ストップ」
 当然、彼女は一人暮らしなのだからそう言い出すのは分かっていた。そして、女の子の旅支度をフェイトがやるわけにはいかないのも当然のことだった。
「アミーナ、自分が病人だっていうこと、分かっているかい?」
「はい。でも……」
「隣近所に、知り合いの方はいないのかい?」
「あ──」
 そう話をふることで、ようやく彼女も思い至ったらしい。
「隣家のおばさんが」
「その方は、アミーナの病気のことは知っているの?」
「はい。少しは」
「じゃあ、事情を僕が説明してくるから、アミーナはゆっくりベッドで横になっているんだ」
「ですが、ご迷惑では」
「そのおばさんは、病人の世話をすることが迷惑に思うような人なのかい?」
 そう言われると、さすがにアミーナも違うとは言い返せなかった。
「とにかくアミーナは余計な体力を使っちゃ駄目だ。僕の方で馬車も用意できているんだ。とにかくアミーナは自分の体を一番大事に考えるんだ。頼むから、僕にアミーナを助けさせてくれ」
 このとき、フェイトの言葉には切実さが篭もっていた。嘘偽りのない、真摯な気持ちが現れていたと言っていいだろう。
「分かりました」
 その真剣な様子に、アミーナも折れた。
「それでは、全てをお任せします」
「ありがとう。中央広場までは歩くことになるけど、それは我慢してくれるかい?」
「はい。もちろんです」
「それじゃあ、隣で横になってくるんだ。僕はおばさんを呼んでくるから」
「はい。分かりました」
 アミーナが隣の部屋に入っていくのを見て、フェイトは家を出た。
 なんとか説得することはできた。これであとはアミーナの体調管理さえしっかりしていれば大丈夫だ。
 一息ついてから、隣家の扉を叩く。
「すみません」
 一呼吸あいてから扉が開く。そこに現れたのは、アミーナの世話をしてくれていたおばさんだった。フェイトは思わず『お久しぶりです』と言いそうになったのをあわてて押しとどめる。
「なにか用かい?」
「はい。僕は隣のアミーナさんを迎えに来た者です」
「アミーナちゃんを?」
「はい。おばさんはご存知だと思います。アミーナに好きな人がいるのを。僕はその人の知り合いで、彼の下までアミーナを連れて行こうと思っています。そしてアミーナも行くことを承諾してくれました」
「あらあら」
 途端におばさんの表情が明るくなる。
「そうかい! アミーナちゃんも、ついに愛しの彼に会える日が来たんだねえ! いや、よかったよ。あの娘の一生懸命な姿見てると、いつもこっちがいたたまれなくなってねえ!」
「そのことで、一つお願いがあって来たんです」
「なんだい?」
「アミーナの病気のことも、ご存知ですよね? 実は、結構重たい病気で、今はあまり無理をさせたくはないんです。馬車は用意しているので、ある程度は楽をさせることはできると思うんですが、今は少しでも体力を蓄えておかないと、治療するときまで──」
「亡くなる、っていうのかい?」
「いえ、シランドで治療することができれば必ず治ります。ですが、その治療までに体力がなくなってしまうといけないんです。ですから、おばさんに旅の支度だけでも手伝っていただければ、と思いまして」
「そんなことならお易い御用さね! それに、そんな病状だっていうのにアミーナちゃんに無理なんかさせられないよ!」
「ありがとうございます」
「それはそうと──」
 最後に、おばさんはフェイトを値踏みしてきた。
「あんた、その話は本当なんだろうね?」
「アミーナの彼のことですか? ええ、間違いありません」
「そうかい。騙したりするっていうわけじゃないんだろうね」
「ええ。僕はアミーナを彼の下に連れていくために、ここに来たんですから」
「その、彼氏っていうのはさ、どうして自分で来ることができないんだい?」
 おばさんの言い分は、ある意味もっともなことだった。代理のものをよこして、本人は待っているだけというのは、確かに気持ちのいいものではないだろう。
「彼は、アミーナがこの街にいるということを知らないんです」
「……」
「僕は旅の中、偶然アミーナがここにいるということを知ったんです。だから、彼に会わせるためにやってきたんです」
「そうだったのかい」
 おばさんは、ふう、と一息ついた。
「アミーナちゃんの彼氏さんも、結構大変な人なのかい?」
「ええ、まあ」
「アミーナちゃんを大切にしてくれるんだろうね?」
「僕の命にかえても。彼ほど優しい人もそうはいませんし、世界で一番、アミーナのことを愛している人です。彼も、忙しい中をぬって、パルミラの千本花を作っているんです。アミーナに会うために」
 その言葉がきいたのか、おばさんも大きく頷いて大丈夫だという意思を見せた。
「分かったよ。それじゃあ、私は旅支度をかわりにしてあげればいいんだね?」
「ええ。よろしくお願いします。さすがに、男の僕が旅支度をするわけにはいきませんから」
「ああ。最後なんだしね、アミーナちゃんと話もしたいし」
「はい。昼には出発したいと思いますので、それまでには」
「ああ、そんなにはかからないよ。せいぜい小一時間ってところさ」
「よろしくお願いします」
 とんとん拍子に話が進み、おばさんを連れてアミーナの家へ戻る。
 そしておばさんが奥の部屋に行くのを見送って、フェイトは椅子に腰掛けた。
(なんとかなったな)
 未来が分かっていれば、ある程度相手を誘導することだってできる。
 問題はこれからだ。自分が未来を知った行動を取っているがために、どんなひずみが生じることになるか分からない。
 いや、きっともうどこかにひずみは生じているはずだ。
 それを自分は、分かるかぎりで対応していかなければならない。
 そして──
(助けるんだ)
 アミーナを。
 ディオンを。
 みんなを。
(悲劇はもう、繰り返さない)
 フェイトはそう誓いながら、いつしか夢の世界へいざなわれていった。






 昼過ぎ。アミーナを連れたフェイトが中央広場まで来ると、既にネルとクリフが首をそろえて待っていた。
「おう、来たな……って、こっちの嬢ちゃんはどうしたんだ? ナンパか?」
「ああ、紹介するよ。彼女はアミーナ・レッフェルド。シランドまで、彼女も連れていく」
「さらっと無視するんじゃねえよ」
 鋭く突っ込みを入れるクリフを無視して、フェイトは逆に二人も紹介する。
「アミーナ。こっちがクリフ・フィッター。こんな奴だけど、信頼はできるから」
「こんな奴ってのはどういう意味だ?」
「そして、さっきも言ったけど、彼女がネル・ゼルファー」
「ネル様」
 アミーナがあわてて頭を下げる。
「やめておくれよ。私のことは旅の同行者だと思って、普通に接してくれればいい」
「ですが」
「アミーナはフェイトの同行者なんだろう? それは、私も同じなんだよ」
 苦笑するネルに、フェイトがつられて笑う。
「単なる同行者っていうのは、少し寂しいんだけど」
「それ以上、何を望むっていうんだい?」
 お互いに笑いあう。何故だか、気持ちが通じ合っている気がする。
「それで、この子はいったい?」
「ああ、実はアミーナはディオンの幼馴染なんだ」
「へえ」
 ネルはまじまじとアミーナを見た。
「この娘がディオンの……」
「ネルも知っていたのかい?」
「そりゃあ、ディオンの想い人の話はシランドじゃ有名だからね」
「──だってさ」
 アミーナは赤くなって俯く。
「それよりも」
 ネルは鋭い視線でフェイトを睨んだ。
「どうしてアンタが、ディオンのことを知ってるんだい?」
「それは企業秘密ってことで」
 フェイトは人差し指を唇にあて、片目を瞑った。
「何やってるんだい、気色悪い」
「そいつはひどいな、ネル」
「それじゃあ、早速出発ということでいいのかい?」
「ああ。アミーナはこう見えても、実は病人なんだ。だからすぐにでもシランドにいって、休ませてあげたいから」
「へえ」
 ネルは視線を変えずに言った。
「だから馬車がいるって言ったのかい」
「まあね」
「それじゃあアンタは、あのアーリグリフ地下牢の時から、このことを考えていたんだね」
「まあ、そうなるかな」
「……」
 ネルの鋭い視線に、フェイトは苦笑するしかなかった。





Cry for the Moon

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