カルチャー

第11話 蜃気






 クリフとネルへの説明は次の機会ということで諦めてもらい、フェイトは一人大聖堂に入った。
 大聖堂は既に礼拝の時間ではなかったが、特別に入ることを許可され、後ろの長椅子に腰掛けてようやく一息つく。
 ここまでは、なんとかなった。
 あとは、これからのことを考えなければならない。
 考えることはいくつもある。
 一つはアーリグリフとの戦争について。この戦争の時期をいつに設定するかが一番の難関だ。
 そして、この現象がいつまで続くのかということについて。そしてこの現象の原因は何なのかということについてだ。
 実際、この現象が何故おきて、いつまで続くのかということは分からない。もしかすると、一生このままなのかもしれない。
 自分がこの世界で過去を変えていることで、未来が変わってしまうのかもしれない。最悪の場合、自分がいた未来は消えてなくなってしまっている可能性だってある。それがタイム・パラドックスだ。
 逆に、パラレルワールドとして二つの世界が同時に存在していく可能性もある。全ては、この原因が分かれば判明することだ。
(そうか。エレナさんにこの現象について聞いてみるのがいいな。エレナさんなら、セフィラを通じてブレアさんとも話ができるんだから)
 これからの戦争で、その時間が取れるかどうかというところが問題だが。それでも方向性は見えてきた。
 ならば今は、ディオンを助けることに全力を注がなければならない。
 自分がおさえている情報はいくつかある。
 まず、サンダーアローの開発はほぼリアルタイムでアーリグリフにも伝わっているということ。
 もし銅をうまく持ってくることができれば、サンダーアローが完成する前にアーリグリフは侵攻を開始するだろうということ。
 つまり、自分の行動が早くなればアーリグリフの行動も早くなり、自分がここで何もしなければアーリグリフの侵攻を引き伸ばすこともできるということになる。
 スパイが誰なのかということも分かっている。アーリグリフに情報を流さない方法も取ることはできる。
 そして、その条件の中で、バンデーン艦が来る前までに最低ヴォックスだけは殺しておかなければならない、ということだ。あの男が生きている限り、シーハーツとアーリグリフが手を組むことはありえない。
 バンデーン艦が来る前に戦争は起こさなければならない。そのとき、戦争は早く起こす方がいいのか、それとも前回と同じタイミングで起こす方がいいのか。
(ここがポイントになる)
 前回と同じタイミングならば、ディオンがバンデーン艦の砲撃に巻き込まれることになる。その前に戦争を終わらせてしまいたい。
 だが、戦争を終わらせてしまった場合、バンデーン艦は今度はフェイトのみを狙って、シーハーツにのみ侵攻してくるだろう。あのバンデーン艦の脅威がアーリグリフ側に伝わらないと、今度はアーリグリフがバンデーン艦の力を頼みにシーハーツに侵攻してくることもありうる。
 じっくりと考えて、結論を出さなければならない。
(方法は二つある)
 一つは、ヴォックスを倒すのがバンデーン艦襲来の前日に設定する方法。ヴォックスが倒れても軍が残っていればアーリグリフも簡単に引き返すことはしないだろう。本国とのやり取りで撤退が遅れることも当然考えられる。
 もう一つは早めに戦争を終わらせてしまって、自分が和平条約の使者としてアーリグリフへ赴くという方法だが、これではアーリグリフ・シーハーツともにバンデーン艦の脅威を感じることができなくなってしまう。アーリグリフがバンデーン艦を脅威と考えてくれるのは大前提だが、同じ危機感をシーハーツも抱かなければ意味がない。
 最初にやってくるバンデーン艦は自分のディストラクションで滅ぼさなければならない。二艦目と三艦目も倒すことができればそれにこしたことはないが、いずれにしてもアーリグリフとシーハーツの和平を結ぶためには戦争でヴォックスを倒す必要がある。
 実際、自分のディストラクションが完全な状態ならば、サンダーアローは必要ない。
 だが、自分はディストラクションを使いこなすことができるだろうか? いや、どうあっても使いこなせなければならない。あの巨大なバンデーン艦を最低一隻沈めなければ、このエリクールという惑星が滅びることになる。
(エクスキューショナーの、クラス4エネルギーはあてにできるんだろうか)
 前回の戦いでは結局サンダーアロー自体でバンデーン艦を沈めるにはいたらなかった。撃墜はエクスキューショナーの攻撃進路の中にたまたまバンデーン艦があったというだけのことだった。
(それもエレナさんに聞くのが一番早いんだろうか。エクスキューショナーを作ったのはエレナさんだし)
 情報は、可能な限り収集しなければならない。
 とはいえ、現実問題としてサンダーアローの完成を急ぐかどうか、その問題は残る。
 戦争を急がせるか、それとも遅らせるか。
(遅らせては駄目だ)
 結論はそこに到達する。
 遅れればバンデーン艦の攻撃でディオンが亡くなるのは規定の路線となってしまう。たとえどんな展開になろうとも、バンデーン艦からディオンを守るためには、早く戦争を終わらせなければならない。
(急ごう)
 それが結論だ。
 だが、保険は必要だ。今回もうまくヴォックスを倒すことができるかどうか、戦闘が長期化することがないかどうか。考えることは多い。
 いざヴォックスと戦うとなったときに倒せる自信はある。
 問題は、自分がここまで急いだ結果として、何か前回と誤差が生じていないかという点なのだ。
(分からないな……自分は何かやり残していることがないだろうか)
 カルサア、修練場、ペターニ、そしてシランド。一つやり残しがあるとすれば、ギルドに立ち寄ってないくらいだろうか。
 そういえば、ギルドは自分たちが加盟してから経営が上向きになったという話を以前聞いた覚えがある。だとすれば、自分たちが加盟していない現在、経営不振になったりしていないだろうか。
(といっても、アイテムクリエイションをしている時間なんてないしな)
 時間のあいた時には工房に入って、気晴らしに何か発明したりしていたが、考えてみれば自分たちの世界の知識を使って発明をしているのだから、この世界で高品質なものを作ることができるのは当たり前のことだ。
(余裕があるときに顔を出すことにしよう)
 急いでいるときにそこまでしている余裕はない。
 他には──アルベルに出会っていない。おそらくはそれが一番の問題になると思うが。
(アルベルか)
 どのみち仲間にはなるのだろう。アーリグリフ王が代表としてアルベルを送るのは規定の路線だ。
 だが、その前にアルベルと一戦交えるのは避けられない。銅をめぐる攻防で、彼は必ず出てくるはずだ。
 彼の意識が自分たちにどのように向けられるのか。それが問題だ。
(だが、それは決定的な差にはならないだろう)
 それとも自分はまだ甘いだろうか。
 何か見逃していないだろうか。
 未来を知っている自分でなければ、悲劇を回避することはできないのだ。
 もっと、もっと、もっと考えなければ駄目だ。
(くそ……)
 最善の策が思い浮かばないことの苛立ち。
 それがこんなにも自分を苦しめることになるとは。
 かえって何も知らない方が、何も考えずに行動できるのかもしれない。
(勇気を持って行動すること、か)
 だが、ディオンだけは守らなければならない。
 そう、先ほども考えたが保険は必要だ。
(バンデーン艦が襲来する日は分かっている。なら、戦いが長期化するようなら、その日の前日にディオンを下がらせればいい)
 それができない状況だとしてもやむをえない。
 ヴォックスだけ、なんとか倒せればそれでいい。
(よし)
 急ぐ。
 急いで、戦争を終結させる。
 スパイから情報をアーリグリフに流させ、そしてこちらは銅を入手してサンダーアロー開発に着手する。
 平行して戦争も行う。
 バンデーンが来るよりも三日は早く戦争は終結させなければならない。
(あとは……)
 それこそ、バンデーンの襲撃を一人で迎え撃ってもいいのだ。
 場所はどこでもいい。それこそ戦場に残って、バンデーン艦が来るまで一人待っていても問題はない。
 誰も自分の行動を咎めるものはいないだろう。せいぜい、クリフぐらいか。
(よし)
 方針は決まった。
 歴史を必ず変えてみせる。
「あの……」
 ちょうど自分の考えがまとまった頃、後ろから声がかけられた。
 歳若い、巫女の格好をした女性。
(ロザリアさん)
 アーリグリフ王に嫁いだ女性。
 ネルが一度紹介してくれた。今度、嫁ぐことになったのだと。
「はい、何か」
「あ、いえ、その、大聖堂をもう完全に閉めますので、それで……」
 邪魔だというわけだ。確かに、この場にいては邪魔になるだろう。
「分かりました。それじゃあ──」
「待ちなよ」
 そこに、赤毛のクリムゾンブレイドがやってくる。
「ネル」
「悪いけどさ、ロザリー。ここの閉めは私がやっておくから、こいつのためにもう少し時間をくれないかな」
「いや、ネル、もういいんだ。考えはまとまったから」
「それならなおさらだね。時間があるんだったら、色々と説明してほしいことがあるんだ。それくらい、分かっているだろうね?」
 いつもの上目遣いで鋭く、そして妖艶な視線を送られる。
 ──どうも、自分はこの目に弱い。
「ネル」
 ロザリアが困ったように二人を見比べる。
「というわけで、悪いけどさ、席を外してくれないかい? 閉めは責任持ってやっておくからさ」
「……」
 ロザリアはどうするか迷っていたようだったが、最後に頭を下げて大聖堂を出ていく。
「さて」
 座りな、とネルが合図してくる。フェイトは肩をすくめてそこに腰かけた。そして隣を指示する。ネルもまたそこに腰かけた。
「色々って言ったけど、ネルは何が知りたいんだい?」
「とぼけるのはやめな。あんたは本来知りえない情報を知っている。それは何故なんだい? 正直に言いな、さもないと」
「さもないと?」
 復唱するが、ネルは厳しい視線を緩めないだけで、何も言わない。
「ネルは僕に何もできないよ」
「そう思うかい? なんなら、試してもいいんだよ」
「できないよ。ネルがそれをしようとしないし、それにネルが僕を従わせようとしたとしても、僕にはそれを実力で破ることができる」
「……」
「アーリグリフの地下牢。僕はネルが来るまであそこにいたけど、別に僕は自分で脱出することが簡単にできた。僕の力、アリアスで見ただろう?」
 ネルは答えない。確かに、あの瞬間は何が起こったのかネルにも把握できていなかった。
 会議室の扉が、突然粉々に粉砕された。理由もなく。
「あれはあんたがやったっていうのかい?」
「あのタイミングで、他にどう考えるっていうんだよ。ネルだってそのことは分かっていたはずだ。僕は別に、ネルに助けられたわけじゃない。その気になればいつだって脱出することはできた。ただ、ネルが僕たちを助けに来ることが分かっていたから、ネルに確実に会うためにあの地下牢で待っていただけだ。だから幅のない二択だったけど、本当は三択目があったんだよ。ネルの言うことを了承せず、生きて地下牢を出る、っていう選択肢がね」
「じゃあ、どうしてそうしなかったんだい?」
「時間がほしかったから。言い合いになって時間をつぶすより、ネルの言いなりになって動いた方が時間の節約になると思ったからさ。言葉悪く言うと、ネルは僕の掌の上で踊っていたようなものだよ」
「あんた」
 ネルの目に殺意がこもる。
「全て分かっていて、それで私を躍らせたのかい」
「ああ。一刻も早くペターニまでたどりつくためにどうすればいいか、そればかり考えたからね」
「タイネーブとファリンを一度捕まえさせたのも、あんたの考えの内かい?」
「そう。一番早くに五人が生きてアリアスに到着する。そのためには一旦二人を犠牲にしなければならなかった。そう判断したまで──」
 ぱんっ、と渇いた音が鳴る。
 ネルの瞳には涙が浮かんでいた。
「私の、部下を、よくも……他にやりようがあったのなら、そうすればよかったのに!」
「その場合、時間がかかってアミーナを犠牲にしてしまう」
「そんなこと、分からないじゃないか!」
「分かるんだよ。少しも時間を使うわけにはいかなかった。アミーナの体はもう限界なんだ。ずっと寝ていないと、明日にでも倒れてしまうくらい、衰弱しているんだよ」
「そんなことが言い訳になると思っているのかい?」
「思っていない。結局僕は自分の都合で、二人を犠牲にした。それを自己弁護するつもりは毛頭ないよ」
「あんたは……なんでも知っているんだね」
 激しい怒りが、彼女の中を渦巻いているのが分かる。
(そうか)
 自分が全く考えていなかった要素。
 急ぎすぎたために、生じるトラブル。
(まさか、こんなところにあるとはね)
 もう少し受け流せばよかっただろうか。だが、ネルのことだ。厳しく追及してくるだろうし、いつかはこの話に触れることになっただろう。
 早いか遅いかの差だ。
「許さない」
「そう」
「私は、絶対にあんたを許さないよ、フェイト」
 ネルは立ち上がった。そのネルを見上げる。
「なんでも自分の思い通りになると思ったら、大間違いだ。それを私が証明してやるよ」
 ネルは、腰の短刀を抜いてフェイトの頭に振り下ろした。





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