カルチャー
第13話 Promise
「来たね」
一人で開発部長を訪れたフェイトは、苦笑だけで答えた。
エレナは椅子を勧め、そこに腰掛ける。
「さてと、何から話そうか」
「そうですね。色々とありますが、まずはサンダーアローのことを。あれに『プロテクト』をかけているのはエレナさんですね」
「う〜ん、それって結構本題に近いよね」
白い女神は苦笑しながら答える。
「あれはね、このエリクールにあっちゃいけないものなんだ。あれは超古代の先進文明の技術を使ってるからね」
「それは、モーゼルの古代遺跡を作った文明のことですか?」
「正しいともいえるし、正しくないともいえるかな」
正しいけど正しくない──こういう謎かけについてはあまり得意ではない。
「どういう意味ですか?」
「フェイト君はこの星に古代文明が存在して、それがいつの間にか失われたと思ってるでしょ?」
「ええ」
「そうじゃないんだ。考えても見てよ。どうしてこの星の施術と、地球文明の紋章術が似ているのか」
ふと考える──なるほど、エレナが言ったことでようやく得心がいった。
「なるほど。僕はずっと、FD人が作った世界なんだから類似性があるんだと思ってました。そうではなくて、つながりがきちんとあるんですね。つまり、僕ら地球人が昔ここへやってきた」
「ブッブー。おしいおしい。このエリクールにやってきたのは地球人じゃないんだ」
「? だったらバンデーンかアールディオン……」
「でもない。もっともっと高度な文明を持った星が、ず〜っと昔にあったでしょ?」
言われてさらに歴史を遡って考える。
そこまで遡ると、もう一つしか当てはまる文明はない。
それは、地球が誕生した頃には既に高度に文明が発達していた星。
惑星、ネーデ。
「ネーディアンが、エリクール人の祖先」
「そゆこと。十賢者の話くらい聞いたことあるでしょ? 三十七億年前に起こった十賢者の乱、その鎮圧に力を使い果たしたネーディアンたちは地方反乱を抑えきることができず、人口惑星エナジーネーデに移り住んだ。そんな神話」
「ええ、聞いています。十賢者がつい四百年前に復活して、それを十二人の英雄が止めたっていうことも」
「その三十七億年前、逃げ切れなかったネーディアンたちがいたのよ。彼らのほとんどはなぶり殺しにされてしまった。でも、エナジーネーデとは別の方法で逃げ延びた者たちもいた」
「惑星ネーデから逃げ出した人々が、このエリクールにたどりついた……」
「時間を越えて、ね。二、三千年前くらいかな、ネーディアンたちがここで活動を始めたのは。この星は惑星ネーデに比べればはるかに安全だった。自分の身を守ることができればよかった。だから紋章術さえあれば、高度な技術は必要なかった」
「本当に捨ててしまったんですね、その技術を」
「そ。万一の時のためにいくつかの技術を封印し、必要ないと思われる技術は全て失われた。あとかたもなく残ってないんだよ」
「封印された技術の一つが『星船』ですか?」
つい先日、エレナとの最終決戦の地で起こったことを思い出しながら言う。
「そんなことまで知ってるんだ。そう。あの船は最悪この星を捨てなければならないという時のために用意された難民船だよ」
「なるほど。本当に万が一の時のため以外には技術を残さなかったんですね」
「そう。でも、その一部が何故かもれてしまった」
「それがサンダーアローですか」
「う〜ん、その技術の出所が本当に分からないんだよね。気がついたらあんな兵器が出来上がってた。もしかしたらディオン君って、正真正銘の天才なのかも」
「そりゃ、あの歳でこれだけのことをしているんですから」
一瞬会話が途切れて、静けさが部屋の中を包む。
「ちなみに、全てのリミットを外すとどれくらいの威力になりますか?」
「あのエネルギーの源を考えれば分かると思うよ」
「化石燃料じゃないんですか?」
「表向きはね。でもあの装置は幾つか凍結させてあるんだけど、そこで行われているのは原子核融合なんだ」
彼の思考が硬直する。
「そんな!?」
「地球でいったら二十一世紀並の技術だよね。核分裂エネルギーに比べて安全ではあるけど、放射性廃棄物が出るのは違いないから、少なくともその放射性物質を押さえ込む炉壁がなければ確実に使用者の寿命を縮めるんだよね〜」
「のほほんと言うようなことじゃないですよ……」
寒気を感じた。たしかに調べたときにいったい何の装置なのか分からないものが多々あるのには気づいていたが、まさか核融合とは。
核融合とは、水素同士を高温・高スピードで衝突させたときに原子同士が融合することで、水素原子がヘリウム原子に変わることを意味する。その際、莫大な余剰エネルギーが発生する。どれくらいの余剰エネルギーが生まれるかというと、水1リットルで得られるエネルギーが石油76リットル分。海水などほぼ無限にあるわけだから、まさに無限のエネルギーを得られることになる。
「それでリミットを入れたわけですか」
「そ。さすがに放射性物質のあるものをそこらへんに置いとくわけにはいかないでしょ?」
「だったら、次のアーリグリフ戦でリミットを外すわけにはいかないですね」
「そゆこと。残念?」
「残念ですけど、さすがに僕も死にたくはないですからね。リミットを外すわけにはいかないですよ」
「分かってくれてありがと」
「でも、これで切り札は使えないことになりますね」
「そんな、アーリグリフとの戦いでサンダーアローがなきゃいけないほど劣勢だというわけではないと思うけど?」
「この戦いの途中で、バンデーンが来るんです」
エレナの表情が変わる。
「それって、航宙艦でってこと?」
「はい。彼らの狙いは僕ですから、必ずここへやってきます」
「ん〜」
首をかしげて、じっとフェイトを見つめた。
「ああ、そうか。やっと分かった」
「何がですか?」
「君が紋章遺伝子学を駆使して生まれてきた『仕組まれた子供』だね」
「多分、エレナさんが思い浮かべている人物で間違いないと思います」
「ルシファーが怒ってたみたいだから。この世界を滅ぼさなきゃいけないとかなんとか。本気だとは思えないけど」
「本気ですよ。エレナさんが作ったエクスキューショナーをもうすぐこの世界にインストールしてくるはずです」
「そこまで知ってるんだ。ま、あたしが作ったというよりは発案しただけなんだけど。で、あのバグフィックスプログラムとバンデーンがどう関係してくるわけ?」
「バンデーンは僕や父さんの存在がこの世界をおびやかすものになるということを知っているんです。だから、僕たちを捕らえようとしているみたいなんですが」
「でもルシファーが本気なら何をしてももう無理だよね」
「そうです」
「じゃ、それに対してフェイト君はどうしようと思ってるわけ?」
「僕は……」
しまった、と自分のうかつさを呪う。
まだそこまで考えていなかった。また同じようにルシファーを倒さなければならないのだろうか。それ以前に、ルシファーは消滅したはずなのに、やはりまた戦わなければならないのだろうか。
「エレナさんには正直にお話します」
「うん」
「実は、僕は未来からやってきたんです」
「うん」
「その未来で、僕はルシファーを倒しました」
「うん」
「そしてこのエターナルスフィアは、一つの世界として独立したんです。パラレルワールドとして」
「へえ〜」
「だから、たとえ僕がこうして過去に戻ってきたとしても、ルシファーは死んでいるはずなんです」
「ふむふむ」
のほほんとした表情だったが、彼女の目が険しく細まっている。
本気の目だ。二年もこの人と一緒にいた。この人がどういうときに本気で考えているかなど、すぐに分かる。
「何かの作為を感じるね」
「ええ」
「それについては早いうちにあたしからブレアにコンタクトを取って聞いてみるよ」
「お願いします」
「それはそうとして、さっきの質問には答えてないけど、どうするの? ルシファーとは戦う?」
「ルシファーが生きているのなら、もちろんそのつもりです。ただ、話し合いで解決できるのなら僕はかまわないと思っています」
「話し合いかあ」
エレナは困ったように首をかしげる。
「ルシファーがそんな簡単に諦めるとは思えないんだけどなあ」
「でしょうね。もし人の話を聞くようなところがあるんだったら、前回あんな苦しい戦いはきっとしなくてすんだと思います」
「まあ、それはいいよ。あたしも協力するし」
「ありがとうございます」
「うん。じゃあそれはそれとして、今フェイト君が言った、未来から戻ってきたっていう話なんだけど」
話を切り替えて、二人は幾分表情が和らいだ。知り合いと戦うという話はやはりお互いに何とも言いがたい雰囲気があったが、今度はわりとリラックスできそうな話だ。
「ええ。気がついたらこの時期に戻ってきていたので」
「フェイト君が暮らしていたのは今からどれくらい後?」
「一年と数ヶ月後です」
「じゃあそこまでの未来は知ってるんだ」
「ですが、僕が過去に戻ったことで、かなり歴史に歪みが発生しているんです」
「たとえば?」
「少なくとも僕がこのシランドで陛下と話をするのは、四日後のことだったんです」
「四日のタイムラグか。じゃ、戦争になるのもエクスキューショナーが出るのも、フェイト君が知っている歴史より四日遅いっていうことだね」
「それが、そうでもないんです」
彼は顔をしかめる。
「多分エクスキューショナーが出るタイミングは変わらないと思うんです。ですが、戦争が起こるタイミングは早くなると思います」
「というと?」
「前回で戦争が起こるきっかけになったのは、僕たちが銅を取ってきてサンダーアローを完成させようとしたからなんです」
「なるほど。つまり四日早く行動すれば、その分だけ戦争開始も早くなる」
「はい」
「でも、エクスキューショナーの出るタイミングは変わらない、か」
「そうなります」
「戦争の状況を詳しく教えてくれるかな」
「はい」
そこでフェイトは説明を始めた。
戦争は一日がかりだったこと。クレアが総指揮を取り、最前線は抗魔師団長のルージュが務め、フェイトとクリフ、ネルは別働隊として動き、ヴォックスと戦い、その最中にバンデーン艦が現れた。その際にディオンが重傷(後に死亡)。その状況を見たフェイトのディストラクションが暴走し、バンデーン艦が消滅。その後は両軍引き上げ、再びバンデーン艦がやってくるが、こちらはクロセルを仲間につけ、サンダーアローを装備し、バンデーン艦と戦う。その途中でエクスキューショナーが現れ、バンデーン艦が消滅。
「そのエクスキューショナーはどうしたの?」
「それは高速移動中だったんです。地球へ向かっていたそのちょうど通過点にこのエリクール二号星があったみたいです。偶然その進路上にバンデーン艦があったため、消滅してしまったみたいです」
「なるほどね〜」
口調は穏やかだが、楽観的な表情ではなかった。
仕方のないことではある。何しろこのままいけば、少なくともバンデーン艦が現れるのは四日遅い計算になるのだ。だとすれば、ヴォックスとの戦いの結果、どのようなことになるのかまるで未来の予測が立たない。
最悪の場合、こちらがヴォックスにやられる場合だってあるのだ。
「問題はフェイト君ね」
「はい?」
「バンデーン艦が現れたとして、それを消滅させることができる?」
苦しい質問だった。
何しろ、既に自分は一度意識してしまっており、力をある程度は使いこなすこともできる。
もちろんいざとなればバンデーン艦を消滅させることはできる。だが、それは力が暴走状態に入ったときのこと。意識的に消滅できるかとなれば非常に疑わしい。
「自信はないですね」
「だからバンデーン艦との戦いのために、サンダーアローが必要になるってことだね?」
「はい」
「おっけ〜。そういうことなら、このエレナ様が何とかしてみましょう」
どん、とエレナは自分の胸を叩いた。
「……エレナさん?」
「炉壁があればサンダーアローを使えるでしょ? 大丈夫、こういうときのために材料はあるから。三日もあればできると思う」
「充分ですよ。ありがとうございます」
「なに、あたしもこの星が好きだから。あたしは他のどの星よりもここが好きなんだ」
「だから聖板を授けたんですか?」
「ん、まあそれもあるけど。でも、あれの本当の使い途は別にあるから──そっか、もしかしてそれもフェイト君、知ってる?」
「星船の鍵、ですか」
「さすがだね。ってことは、一年数ヵ月後の未来では、それが使われるような事態が一度起こってるってことか」
背筋が冷えた。
これだけの情報で、彼女はいったいどこまでのことが分かったのだろう。
「もしかしてさ、近い未来──」
だが、エレナはくすりと笑った。
「──やっぱ、やめとく」
「は?」
「そうなったらそうなった時のことだもんね。今は目の前のことに全力つくそうか」
緊張から解放されたフェイトは、安堵して「はい」と答えた。
「じゃ、行ってらっしゃい。ベクレル鉱山まで行ってくるんでしょ?」
「はい。クリフと行ってきます」
「おっけ〜。それじゃ、こっちはこっちで準備してるから」
「お願いします」
そう言って、彼が部屋を出て行った。
その後で、一人残ったエレナは呟いた。
「でもあたし、もしセフィラがなくなったとしたら、星船を動かすから」
うん、と納得したように頷くと彼女も立ち上がった。
久しぶりに、友人と話ができると思うと、彼女の心は弾んだ。
飼い猫
もどる