カルチャー

第14話 飼い






 フェイトとクリフはその日のうちにシランドからペターニ、そしてアリアスへと戻ってきていた。ネルは連れてきていない。挨拶をすることもなく、二人は飛び出していた。
 クリフは何も言わなかった。ただ、分かった、とだけ答えた。
 アリアスで領主屋敷に入り、クレアと状況の確認と打ち合わせを行う。
 ベクレル鉱山へは、回復したファリンとタイネーブ、そしてネルの腹心でもあるアストールの三人が同行することになった。いずれも封魔師団『闇』の精鋭だ。
 だが、三人のいずれにしてもフェイト・クリフには及ばない。
「もう一人、戦力が欲しいね」
 フェイトが言う。それこそクレアについてきてもらえれば言うことは何もない。だが、クレアはここの警備を行うことが職務だ。当然連れていくわけにはいかない。
「ネルは連れて来られなかったのですか?」
 当然ながらクレアから質問が出るが、フェイトは苦笑して答えた。
「ちょっと、喧嘩してしまいまして。彼女には何も言わずに出てきてしまったんです」
「あらまあ」
 クレアが驚いた様子を見せて、そして笑った。
「あんなに大切にしていたようでしたのに」
「今でもネルのことは大切ですよ。大切だからこそ、突き放すことも必要なんです」
 そう、もしもこのまま自分が帰れないとして、ビウィグとの決戦になったときにネルを犠牲にするわけにはいかない。
 もちろん、前回と同じ流れならば助けられるはずだ。だが、歴史は必ず繰り返すというわけではない。今度はネルの命を一瞬で奪っていくかもしれないし、逆に無傷ですむかもしれない。
 それならば、最初から危険な場所には連れていかない方がいい。
「ま、仕方がない。僕とクリフがいればどうにでもなるでしょうし」
 そして二人は立ち上がると、ファリンたちが待つ領主屋敷の外へ出た。
 既に馬車は用意されており、二人がそこに乗り込む──そのときだった。
「クリフ!?」
 突然かけられた声に、フェイトとクリフは視線を交わす。
「この声は、まさか」
「よかった、フェイトさんも無事だったんですね」
 振り向いた先にいたのは、金色の髪を綺麗にまとめあげて微笑みを浮かべている女性、ミラージュ・コーストであった。
「ミラージュさん! 無事だったんですか、良かった」
「こちらの台詞です。二人とも、よくご無事で」
「なあに、オレがいれば大丈夫だってことはお前だって分かってるだろ」
「さあ、どうでしょう」
 ミラージュは笑顔を全く絶やさず、クリフと受け答える。
「ええっと、フェイトさぁん?」
 手綱を握っていたファリンがおそるおそる尋ねてくる。
「あ、ごめんごめん。紹介するね、こちらはミラージュさん。僕たちの仲間なんだ」
「はじめまして」
「あ、はじめましてぇ。私はぁ、ファリンといいますぅ」
「はじめまして。私はタイネーブといいます。今回のベクレル鉱山潜入を任されています」
「ベクレル鉱山?」
 ミラージュが不思議そうにクリフの方を見る。
「ああ、ちょっと成り行きでな、こっちのシーハーツって国を手伝うことになったんだ」
「私がいない間に、そんなことをしていたんですか」
「おいおい、誤解すんなよな。決めたのはオレじゃねえ、フェイトの奴だぜ」
 それを聞いたミラージュはまじまじとフェイトを見つめた。
「あ、はい、そうなんです。僕がどうしてもこの国を手伝いたいと思ったから……」
「分かりました。いいですよ、無理に言わなくても」
 にっこりと笑ってミラージュは答える。
「クリフ、私はどうすればよろしいですか?」
「お前、オレとフェイトとじゃ随分扱いに差がねえか?」
「それはあなただからですよ、クリフ。信頼している人には確かめる必要がありません」
「あのなあ」
 フェイトは思わず吹き出していた。結局のところ、ミラージュもこうしたクリフとのやり取りが気に入っているのだろう。素直じゃない女性だ、とほほえましく思う。
「そうだなあ、確かに戦力が若干足りねえのは事実だからな。お前も来てくれるとありがてえんだが……」
「あなたがそうおっしゃるなら私はかまいませんが、フェイトさんはいかがですか?」
「ミラージュさんと一緒にですか? でも」
「いいんじゃねえか?」
 クリフは肩をすくめて追加した。
「はっきり言うけど、ミラージュはオレより強いぜ」
「は?」
「オレはミラージュの奴にはかなわねえ。どんなに全力尽くしたってな」
 真剣な表情で言うクリフと、変わらぬ笑顔をたたえるミラージュ。
「冗談だろ?」
「冗談でこんなことが言えるかよ、ったく。冗談抜きでこいつの強さは天下一品、オレとお前が組んで戦ってももしかしたら勝てねえかもしれないぜ」
「表現に棘があるのは気のせいでしょうか、クリフ?」
 笑顔をたたえてはいるものの、おっかないオーラを出しながら尋ねるミラージュ。
「事実を言ってるだけだろ。本当に、戦いのときになると猫の皮がはがれるんだからな」
 それに対して半歩退くクリフ。
「逃げるつもりですか?」
「お前ににらまれたら逃げても逃げ切れねえよ」
「そこまでおっしゃったのですから、覚悟はお決まりですね?」
「フェイトッ!」
 えっ、と言うより早くクリフはフェイトをミラージュに向かって突き飛ばした。
「その程度で私を煙に巻けるとでも!」
 ミラージュはそのフェイトを軽々と抱きとめると、そのまま抱きかかえて逃げ去ろうとするクリフに迫った。
「げえっ!」
「天誅!」
 フェイトを抱きかかえたまま、ミラージュの体が浮き、後ろ回し蹴りがクリフの後頭部にクリティカルヒットした。
「ぐはっ!」
 倒れたクリフを見て満足そうに笑うミラージュを、フェイトはすぐ傍で抱きかかえられながら見つめた。
「お怪我はありませんでしたか、フェイトさん?」
 そしてにっこりと、彼女はフェイトに微笑みかけた。
(強い……)
 引きつった笑いを浮かべながら、彼はクリフの冥福を祈った。





 というわけで、ベクレル鉱山はミラージュの快進撃が続いた。
 現れる漆黒をちぎってはなげ、ちぎってはなげ。出てくるモンスターを蹴る、殴る。そして『暴力女』と呟いたクリフにお仕置きの一撃を見舞う。まさに独壇場だった。
 彼女にかかれば出口付近で待っていたデメトリオもクレッセント・ローカスの一撃でカタがついてしまった。まさに反則並の強さだった。
 全力でデメトリオを倒した三人だったが、すぐにフェイトが気がつく。
「急ぐぞ!」
 その言葉に、クリフとミラージュが困惑の表情を浮かべる。
「ファリンさんたちが危ないんだ!」
 その言葉で別働隊がいることを悟った二人はフェイトに続く。
 そして、その先に。
「いたな」
 ちょうど、目の前で倒れるファリンとタイネーブ、アストールたち。
 そして、倒したのは無論。
「なんだ、貴様らは」
【漆黒】の隊長、歪のアルベル。
 この世界では、初のお目見えであった。
「悪いけど、その三人は僕の連れなんだ。返してもらうよ」
「何言ってやがる、クソ虫。てめえ、ここがどこか分かって言ってんのか」
「分かっているよ、アルベル。君のことは、よく知っている」
「なんだと?」
「君には色々とお世話になったからね。恩を仇で返すようなことはしたくないけど」
 フェイトは剣を抜いた。
「君とは剣をもって話し合った方が早いだろうね」
「この俺とやろうってのか、クソ虫?」
「そうさ。僕の名前を覚えてもらうよ。僕はフェイト・ラインゴッド。このパーティのリーダーってところかな」
「阿呆。そんなことはどうだっていい。要は──」
 アルベルは剣を抜いた。
「俺の遊び相手に相応しいかどうか、ってことだ」
「二人とも手は出さないで。これは僕が一人で戦う」
「おい、フェイト」
「フェイトさん」
 だが、フェイトの決意は固い。このアルベルは自分一人で倒さなければ意味がない。
 アルベルに対して、かなわない相手がいるということを知らしめるための戦いなのだ。
 彼の攻撃方法はつかんでいる。何故かは分からないが、惑星ロークが起源の剣術を使う。そのタイミングから間合いまで、何度も戦った仲だ、もはや全て頭で覚えている。
 問題は、この体が動くかどうかの勝負だ。
 アルベルは突進してきて、剣を大きく薙ぐ。これを回避したからといって油断してはいけない、二撃目、三撃目が続けざまに来る。
 それを見越して回避活動を行う。アルベルも自分の剣術が見切られたことに気づいたのか、三撃目を放った後に一瞬表情が変化する。
「てめえ、どうして……」
「今度はこっちの番だ!」
 アルベルの攻撃が止まったところを見計らって、フェイトが接近戦に持ち込む。アルベルが引くより早く、フェイトのリフレクト・ストライフがアルベルの腹と頭に入った。
「こいつっ!」
 アルベルの左腕がフェイトに向けられる──気孔掌だ。
 エネルギーの奔流を見切り、紙一重の距離で回避する。
「なんだと!?」
「ショットガン・ボルト!」
 その隙をついて、フェイトの放つ火の弾がアルベルを直撃する。
 まだだ。
 この程度でアルベルが終わりになるはずがない。
「本気でやらせてもらうぞ」
 彼の目の色が変わった。相手を強敵と認めた証だった。
 さあ、何で来る?
 二人がそれぞれ一撃必殺の体勢を取る。
「焼き尽くせ!」
 吼竜破か!
 闘気で作り出した六匹の竜を相手に放つという大技だ。
 ならば。
「これが耐えられるなら耐えてみせろ!」
 フェイトの背に光翼が生まれる。そしてその場で飛び上がった。
「吼竜破!」
「イセリアルブラスト!」
 アルベルの放つ六匹の赤竜に対し、フェイトはアルベルに向かって白い波動を放つ。
 闘気の塊同士が、二人の中心で激突した。
「うおっ!」
「キャッ」
 離れて見ていたクリフとミラージュですら、その二人の大技に思わず声をもらす。
 そして、その闘気の渦の中から抜け出た一匹の竜がフェイトを襲った。
(全部しとめられなかったか!)
 ガードする。だが、遅い。
「ぐうううううっ!」
 灼熱の闘気がフェイトの体を焼く。一匹で助かった。これならばまだ耐えられる。
 一方でアルベルにもまた波動のダメージが襲っていた。だが一歩退いただけで耐え凌いでいる。
(やるな、イセリアルブラストですら倒せないなんて)
 だが、相手のダメージの方が上だ。アルベルは完全に足にきている。
「ブレードリアクター!」
 下から弧を描くように剣を振り抜き、さらに上から振りかぶって斬る。そして最後に突く。三段攻撃がアルベルを完全に打ち倒した。
「がはっ!」
 仰向けに倒れたアルベルに剣を突きつけた。
「僕の勝ちだね」
「ぐっ……クソ虫ごときの分際で……」
 だがアルベルはそれでも減らず口だけは忘れなかった。相変わらずの負けず嫌いぶりに思わず微笑みが出る。
「よくやったぜ、フェイト」
「ご立派です」
 クリフとミラージュが近づいてくる。
「で、こいつはどうするんだ? さっきのダメなんとかみたいに殺っちまうのか?」
 デメトリオのことを言っているらしい。思わず吹き出してしまった。
「いや、彼は殺さないよ」
「なんでだ?」
「僕は弱い者イジメはしない主義だから。彼と同じでね」
 弱い?
 アルベルの顔が愕然とする。クリフやミラージュですら一瞬動きを止めた。
「ははははは! こいつはいい、そうだな、弱い者イジメはいけないよなあ!」
「失礼ですよ、クリフ」
 そういうミラージュも笑っている。
「て、めえ……」
「というわけで、ファリンさんたちは連れていかせてもらうよ。またね、アルベル」
「く……うおおおおおおおおおっ!!!」
 アルベルの叫びが、鉱山に響き渡った。





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