カルチャー

第15話 Pa・ra・no・i・






 そうして、なんとかアリアスまで戻ってくることができた。銅を手に入れたおかげでサンダーアローは近日中に完成するだろう。
 フェイトはクレアと二人きりで会議室で話し込んでいた。クリフとミラージュは先に休んでいる。自分たちから退席を申し出てきたということは、おそらくマリアのことや自分のことで何か打ち合わせをしているのだろう。それはそれでかまわない。また、ファリンたち三人はアルベルにやられた傷を癒すためにベッドに伏せることとなった。従って、経過を報告するのは当然フェイトの役割となった。
「フェイトさん、重ねて御礼を申し上げます。彼女たちを助けていただいて、そして銅を手に入れていただいて、本当にありがとうございました」
 クレアが最敬礼をすると、フェイトは首を振った。
「気になさらないでください。僕は僕がやりたいようにやっただけですから。それより、簡単に報告をしてもよろしいですか?」
 そうして手早く情報交換が行われることとなった。といっても、フェイトの方から何がおこったのかを伝えることがほとんどだったが。
「では、漆黒のアルベルを倒されたのですか?」
「とどめはさしていませんけどね」
 デメトリオを倒し、その上漆黒のアルベルまで一度倒したということが、どれだけシーハーツ軍を奮い立たせることか。
「あなたは、私たちの救世主として来られた方のようですね」
「それは言いすぎですよ、クレアさん」
「いえ。部下の命を二度も救っていただき、そしてこの国を助けようとしてくれている。そして私たちにとって強敵となる存在を次々に倒していただいています。どれだけ感謝してもしきれません」
 その部下を一度、自分は犠牲にしているのだ。正直、それは心苦しいところがある。
「一つ、おうかがいしてもよろしいですか?」
「なんでしょうか」
「最初に会ったとき、フェイトさんはシーハーツに協力することに否定的でした。それなのに、どうしてここまで親身になっていただけるのですか?」
 どうして、と言われてもフェイトには返す言葉はない。自分はただしたいようにしただけなのだから。
「僕は最初から否定的だったわけじゃないですよ。ただ、どんなことをしてでもネルを助けたかっただけです。この国を滅ぼすことに手を貸したりしたら、ネルが不幸になる。あのとき、アーリグリフに協力するという選択肢は、僕にはなかったんですよ」
「駆け引き、ですか」
「そうです。どこまで本気であるかをクレアさんに信じさせられるかの勝負だったんです。騙すような格好になってしまって、申し訳ないとは思いますけど」
「いえ、それはいいんです」
 クレアはじっとフェイトを見つめる。その綺麗な顔で見つめられると、さすがのフェイトも少し紅潮する。
「何か?」
「いえ。それでは、ネルとうまくいかないのも当然かと思っただけです」
「ネルと?」
「ええ。あの子は騙されるのが嫌いなタイプですから。たとえどのような正当な理由があったとしても、自分に嘘をつくことができず、他人から嘘をつかれることがもっとも苦痛に感じるのです」
 確かにそういう所はある。前の世界では彼女も嘘をつくことはほとんどなかった。嘘をつくときは必要以上に理論武装をしていた。それは全部、彼女が嘘をつきたくはなかったからだろう。嘘をつくことに罪悪感を抱かないものは、平気で嘘が口に出る。彼女はそうではなかった。
「仲直りはできそうですか?」
「分かりません。でも、このまま仲直りできない方がいいかもしれませんね」
 そうすれば、あのカルサアでの悲劇は防ぐことができる。
「僕は、ネルが幸せならそれでいいですから」
「私は、フェイトさんのことを誤解していたようです」
 クレアは微笑をたたえながら言った。
「誤解?」
「はい。それこそ最初に出会ったときは、何て嫌な人なんだろうと思いましたけれど、こうして改めてお話させていただきますと、ただ単に一途で素直なだけだったんですね」
「えっと」
 彼の顔が赤らむ。そのあたりが素直だということなのだが。
「ネルと仲違いした本当の理由を、教えていただくわけにはいきませんか?」
 彼は顔をしかめた。何でも話すというのはいいことではない、ということをこの間のネルとの会話で学んだばかりだった。ファリンとタイネーブを後で助けるとはいえ犠牲にすることを了承して行動したなど、間違っても許されることではない。
「それは……」
「いえ、ぜひ聞かせてください。一切他言はしません。クリムゾンブレイドの名にかけて」
 そう詰め寄られると断りきれない辺り、彼もまた弱い人間というべきだった。
「多分、せっかく評価していただいたのに、それを覆すことになると思います」
 クレアは何も言わず、黙って頷く。
「ファリンさんとタイネーブさん、彼女たちが捕まることを僕はあらかじめ予期していたんです。でも僕は急いでいた。一刻も早くペターニに着かなければならなかった。だから、彼女たちを一度犠牲にしてしまったんです」
「でも、フェイトさんは二人を助けてくださいました」
「それが一番早く、五人とも助かる方法でしたから。でも、彼女たちが拷問を受けることを止めようと思えばできたんです。でもそれには時間がかかる、僕にはそんな時間はなかった。だから──」
 こんな説明で相手が納得できるとは思えない。だが、話をすればするほど彼の説明は意味が不明になっていった。それを自覚していながらも、フェイトは言葉を捜して必死になった。
 だが、その説明を聞いたクレアはただ優しく微笑んで言った。
「フェイトさんも、辛かったのでしょう?」
「……」
 そうだ。確かに辛かった。でも、それは全てを知って二人を苦しめた当然の仕打ちであり、どれほど辛かったとしても結局拷問を受けたのは自分ではない。
「大丈夫です。フェイトさんが平気で彼女たちを見殺しにできるような人ではないということを、ネルも分かってはいます。ただ、彼女の中で納得ができていないだけです」
「僕は自分が許されるなんて思っていません。僕は何も知らず、状況に流されていたわけじゃない。全部分かっていて、その状況を逆手にとっていかにペターニに早くつけるか、そればかり考えていて」
「うかがっています。病気の女の子がいるという話ですね」
 クレアは右手の人差し指を頬にあてた。
「よろしいのではありませんか?」
「え?」
「フェイトさんは自分のやりたいようにやっただけです。私たちはフェイトさんと連れていきたかったから連れて行っただけです。それがどのような犠牲を払ったとしても、フェイトさんたちをアーリグリフに残しておくわけにはいかなかった。タイネーブもファリンも、それは覚悟の上です」
「でも僕だって二人を苦しめたくはなかったのに、僕はアミーナと二人を天秤にかけたんだ!」
 そう。結局のところは天秤にかけてファリンやタイネーブはその命を軽視されたということなのだ。
「それをフェイトさんが気にやむ必要はありません」
 クレアはいらだつフェイトの傍に近づき、優しく彼を抱きしめる。
「だって、人は誰しも大切なものに順番があるのですから。それをフェイトさんが──もちろん、全く気にしないというのなら人として間違っていると思いますけど、思いつめる必要はありません。自分が正しいと思って選択した行動に、もっと自信を持ってください」
「クレアさん……」
「本当なら、私たちは何を犠牲にしてもフェイトさんに協力をしていただかなければならない身です。それなのに、これほど危険をおかして、そしてアーリグリフの名だたる将軍たちを次々に倒していただいて、それだけで私たちにとっては充分に助かっているのです。自分ばかり責めないでください。フェイトさんは悪くありません」
「うっ……」
 彼もまた、クレアにしがみついた。そして、堰をきったかのように涙がこぼれてきた。
 考えれば考えるほど、二人に対して罪悪感がつのっていく。他に方法がなかったのか、もっと考えることはできなかったのか、後悔ばかりが彼を支配していった。
 彼がほしかったものは、赦し。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「もういいのですよ」
 クレアの手は、母のように暖かかった。






 翌日。フェイトたちはクレアに見送られてペターニへと向かった。
 このままアリアスに残り、戦争の準備をするという手もあった。だが、それよりもフェイトにはやらなければならないことがあった。
 それは、エレナと情報を詰めることだ。
 エレナは既にブレアと連絡を取り、この自分の現状について話してくれているだろう。そして自分がこれからどうするのかを考えなければならない。
 考えなければならないことはいくらでもある。
 まず『フェイト・ラインゴッド』という存在が今も未来もどうなっているのか、ということだ。今ここにいる『フェイト』という意識は未来からやってきたものだ。自分が未来の、ちょうど自分が意識を失った時点に戻れればよし、もしそうではなくこっちで経過した時間と同じだけ向こうでも時間が進むのだとしたら、その間の『フェイト』は何者になるのだろう。
 考えられるパターンはいくつもあるが、まず一つ目に、未来のフェイト=自分と、過去のフェイトが『入れ替わった』という場合だ。もしそうだとしたら一番分かりやすい。入れ替わったものが元に戻るだけだ。
 二つ目に、向こうとこちらのフェイトが『同じ』フェイトだということが考えられる。つまり、『未来のフェイトの記憶を持った別のフェイト=自分』であり、未来は未来としてそのまま継続してくということが考えられるのだ。その場合、今ここにいる自分は未来に戻ることができないという可能性もある。
 そしてその場合一番恐ろしいのは、本来ここにいるはずの、未来の記憶を持たないフェイトはどこにもいなくなってしまったということだ。
(いったいどういう状況なんだろうな)
 きっとエレナはその答を持ってシランドで待っているはずだった。当然ながら自分の置かれている状況が分からないというのは大きな不安となる。帰れるのなら、元に戻れるのなら、すぐにでも戻りたい。
 だが。
(この現状を放って元に戻ることが僕にできるのか?)
 今これから戦争が起こる。もし自分が今ここからいなくなったら、この体を使う『元のフェイト』は戦争に立ち向かうことができるだろうか。
 昔の自分は未開惑星保護条約を常に意識し、決して連邦法に背かないようにしていた。それが戦争に協力すると決めたのは、アミーナのような戦争に立ち向かえない人たちを見たからに他ならない。
 それを経験していない昔のフェイトは、絶対に戦争に協力したりはしないだろう。
(せめてバンデーンとの戦いが終わるまではここにいないと……いや、それこそルシファーとの決着がつくまでは)
 この世界の危機を救うまでは、自分はここにいなければならない。そう思う。
 だがそれも思い上がりかもしれない。自分がいなければいないなりに、この世界はうまくやっていくのではないだろうか。
 何しろ、自分たちはそうしてルシファーを倒し、世界を独立させたのだから。
 考えている間にも、ペターニの街が見えてきた。寄り道さえしなければアリアスからシランドまでは一日で行くことができる。
(そういえば、初めてペターニに来たとき、アミーナに会ったんだっけ)
 日にちを計算する。ちょうどアミーナに出会ったのが昨日の計算になる。
(ということは──無理をしていれば、アミーナは今日倒れるということか)
 急に不安がこみあげてきた。彼女は無理していないだろうか。未来を知っているだけに、彼女が無理をする性格なだけに、余計に不安になる。
(あのときは倒れたアミーナを助けにダグラスの森に行ったんだよな。盗賊もいるから危ない場所だったのに……)

 ふと。
 何か、心の中にひっかかったものがあった。

(待てよ)
 何故か先ほどより強烈な焦りの感情が生まれる。
(ダグラスの森に行くことになって、妖精に出会って、泉の水を汲んで、綺麗な水じゃなきゃ駄目だとか言われて……そして、そうだ。盗賊たちがいて──)
「ロジャー!!!!!」
 城門に入る直前に大声を突然上げたので、クリフとミラージュがびくっと反応する。
「どうしたんだよ、突然大きな声あげて」
「どうもこうも!……って、そうか。クリフはまだ──」
 ロジャーのこと知らないんだっけ、と危うく口をつきそうになる。
「まだ? まだ、なんだよ」
「いや。それよりクリフ。協力してほしいことがあるんだ」
 珍しいフェイトからの願いに、クリフは「なんでもきな」とポーズを決める。
「実は──」






 というわけで、フェイトたちがロジャーを助けたのは、フェイトの知っている未来よりも三時間遅れることとなった。
 まあ、ロジャーの命には何の別状もなかったことと、月影団長を先に倒してからロジャーを助けたため、男勝負のアイテムは手に入らなかったということがあったが、それは些細なこと。
 それでも男勝負のアイテムを求めて森の中を探し回るロジャーを置いて、フェイトはすぐにペターニに戻り、すぐにシランドへ向かう。
 ──結局、シランドについたのは夜も更けてからだった。
 フェイトたちの顔を覚えていた兵士たちが気前よく通してくれたので、すぐに城に入る。
 さすがに時間が時間なので直接女王陛下の下へ行くわけにもいかない。
 従って先に向かったのは施術兵器研究所だった。
 ディオンに銅がうまく使えているのかどうかを確認し、その上でエレナと話をする。
 だが、そのフェイトを待ち構えていたのは、信じられない出来事だった。


















 エレナ・フライヤ。行方不明。





endless loop

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