カルチャー
第22話 蟻とチョコレート
本気ヴォックスは前回とは実力の差がありすぎていた。一撃の重さ、速さ、全てが上回っていた。
これほどの強さを持っていたのかと思う反面、この強さもフラッドによって与えられたものなのかと思うと、いっそう彼への怒りが増す。
(勝手に人を操って、面白いとでもいうつもりか)
フェイトは剣に力を込める。
「ディバイン・ウェポン!」
その剣に無属性の力を込める。その間にクリフとミラージュは左右からヴォックスに接近する。
『エリアル!』
二人が同時に飛び上がった。
『レイド!』
その攻撃が竜に辺り、完全に狂乱状態になる。
「くっ」
ヴォックスは竜から飛び降りて大地に降りる。
「ふん、やはり騎乗のままでは相手にならぬわ」
その手にした剣をゆらりと動かす。
「さあ、かかって来い!」
「行くぜ! マイトディスチャージ!」
クリフが接近して攻撃する。だが、
「鋼斬破!」
その接近するクリフに向かって強大な衝撃破を放つ。それに気づいたクリフが咄嗟に飛びのくが、左腕をわずかにかすめていった。
「なんて威力だ」
だが、その隙にフェイトが行動している。
「ブレード・リアクター!」
剣技の三段攻撃が繰り出される。
「そんなものが通用するか!」
だが、最初の一撃を剣で完全に受け止めたヴォックスは、その体勢で逆に足で胴に蹴りつけてくる。
「がはっ」
一瞬、肺の中の空気が全部外に漏れる。
(まずいな、やっぱりまだ本調子じゃない)
いくら怪我が治ったとはいえ、回復してまだ一日だ。いつも通りの動きができるはずもない。
(でも、勝つ)
このヴォックスはフラッドが用意した最後の敵。
ならば、こいつさえ倒せば、ゲームクリアなのだ。
「フェイトさん!」
空中に飛び上がっていたのはミラージュ。
「エリアルレイド!」
エリアルレイドの連発だ。フェイトは巻き添えを食わないようにバックステップで退く。
「アイスニードル!」
だが、ヴォックスは素早く紋章術を唱え、空中のミラージュを迎撃した。
「きゃああああっ!」
「ミラージュさん!」
「ちくしょう、あいつ、紋章術まで使えるのか?」
いや、違う。とフェイトは心の中で思う。前回戦ったヴォックスにはそんな力はなかった。
この『本気ヴォックス』は、改めてフラッドからデータを操作され、前回以上に強い敵に成長しているのだ。
(卑怯だぞ、フラッド)
もっとも、前回と同じ強さというのであれば、フェイトもそこまで苦労することなくヴォックスを倒すことができたはずだ。だが、そんなことをゲームマスターが許すはずもない。
「さあ、今度はこちらからゆくぞ!」
ヴォックスが剣を両手に構えて駆ける。狙いは、フェイト。
「来い、ヴォックス!」
フェイトも剣を両手に持ちかえ、そのヴォックスの動きに合わせる。
ものすごい唸りを上げて、ヴォックスの剣が空を切る。
ステップを刻んで回避したフェイトは、再度懐に飛び込み、下から剣を振り上げる。
ヴォックスはそれを、強引に剣で受け止めた。
「弾けろ!」
その瞬間を狙って、フェイトは右手を空ける。
「ショットガン・ボルト!」
素早く練った“気”をヴォックスに当てる。だが、その分厚い鎧によって全て弾かれてしまった。
(もう体勢が整っていたのか!?)
気のカウンターオーラが、フェイトの全身を打つ。一瞬、ほんの一瞬だがフェイトの全身がしびれて動かなくなる。
(まずい──!)
「疾風斬り!」
ヴォックスの剣が上段から振り下ろされる──」
「フェイトっ!」
クリフが声を上げた──
「阿呆、動きが鈍いぞ」
突如、剣で斬りあいをしていた二人の間に割って入った男。
右手に持った剣で、完全にヴォックスの剣を受け止めていた。
「貴様……?」
「お前……アルベル!」
ふん、と鼻を鳴らしてヴォックスを弾き飛ばす。
「どうして、助けた?」
アルベルの隣に立ち、小声で尋ねる。
「貴様との決着をつけるまで死んでもらったら困るからだ」
そして、その長い刀をヴォックスに突きつける。
「つーわけで、死んでもらうぜ、ヴォックス!」
「万が一とは思っていたが、この場面で裏切るとはな、アルベル」
ヴォックスはさほど驚いた様子もなく、体勢を整える。
「だが、貴様一人が増えたところで何も変わらぬわ!」
ヴォックスが再び接近する。アルベルとフェイトが剣を構える。
「遅い!」
さらにスピードを上げたヴォックスはフェイトの刀を弾き飛ばし、アルベルに何をさせる間もなく殴り飛ばした。
「貴様ら程度の力で、この私は倒せん!」
「言うことはそれだけかよ!」
ぬう? とヴォックスが声のした後ろを振り向く──
「フラッシュ・チャリオット!」
音もなく忍び寄っていたクリフが渾身のフラッシュ・チャリオットを決める。無数の連打がヴォックスに確実にヒットした。
「ぐうっ!」
「吹き飛べ!」
その隙を狙ってアルベルから衝撃破が放たれる。
「空破斬!」
「こしゃくなっ!」
ヴォックスはそれをステップを踏んで回避し、怒りの形相でアルベルを睨んだ。
「裏切り者に用などない!」
その剣が、アルベルに襲い掛かる。
「鋼斬破!」
そのスピードにはアルベルですらついていくことができなかった。素早く振り下ろされた剣から衝撃破が放たれる。回避したつもりが、左腕の鉄甲をもぎとられていった。
「ぐうっ」
火傷で爛れた腕が外気にさらされる。
「とどめだ! 疾風斬り!」
「させるか!」
今度は逆にフェイトがアルベルの前に立ち、ヴォックスの突進を食い止める。
「エリアル・レイド!」
その背に勢いよく蹴りつけたのはクリフ。そして、完全にヴォックスの体勢が崩れる。
「もらったぞ、ヴォックス!」
フェイトは下から剣を振り上げる。
「ヴァーティカル!」
ヴォックスの体を宙に浮かせ、そのまま剣を振り下ろす──
「エアレイド!」
振り下ろした剣から、無数の光弾が放たれる。そして、その全てがヒットした。
「ぐあああああっ! ばかなっ、この私が、敗れるなど……!」
全ての攻撃を受けたヴォックスはそれでもなおその場に立っていた。だが、ごふっ、と血を吐き出すと、ついにその場に倒れた。
(倒した──)
ついに、あのヴォックスを倒した。
これで、戦争が終わる──
「アルベル様!」
そのとき、あのルージュを殺した【黒天使】ことサイファが戦場に現れる。
「サイファ」
「ご無事でしたか」
サイファは近くに落ちていた鉄甲を拾い、アルベルの傍に跪く。
「ふん。無事かどうかは、これからのことだ」
そして、彼は再び剣を構えた。
「さあ、やるぞ」
「え?」
突然剣を突きつけられたフェイトはきょとんとアルベルを見た。
「これから二回戦だ。いくぜ!」
「ちょっと、待てアルベル!」
そんなことを言っている間にも、アルベルは剣を振り下ろしてきた。
「待ってられるかよ、阿呆! 俺は貴様を倒すためにここに来たんだからな!」
アルベルの空破斬が再び戦場を駆ける。
「冗談だろう、アルベル?」
回避しながら尋ねるが、アルベルの殺気は消えない。
「黙れ!」
続けざまに剛魔掌が繰り出される。もちろん、その攻撃パターンは全て頭の中に入っている。話はしていても攻撃を受けることはない。
「わざわざ僕と戦うためだけに、ヴォックスを倒したっていうのかい?」
「双破斬!」
全く聞く耳なしだ。このままアルベルと戦っているわけにはいかない。ヴォックスさえ倒せれば全ての戦闘は終わるのだ。
引き上げだな。
フェイトがそう思ってクリフに声をかけようとする。
だが、アルベルの剣があまりに鋭く、その隙を与えない。
アルベルの剣に自分の剣を合わせた。
「アルベル、こんな戦いをしたところで意味がないのは分かっているだろう? 決着ならいつでもつけてやる。それは戦争が終わってからでもいいはずだ」
「うるせえ。俺に指図するんじゃねえ、クソ虫がっ!」
聞く耳持たずという様子で、アルベルはフェイトを押し返すと今度は剣を薙いできた。
なんとか回避し、体勢を整える。
その時であった。
「アルベル様!」
サイファが大きな声を上げた。
「どうした!」
「あれを──」
サイファが空を指さす。
アルベルが視線を空に向け、それにつられてフェイトも見上げる。
(……嘘だろ?)
あれは、明日のはずだ。
今日はまだここに来ないはずだ。
「バンデーンの戦闘艦……」
何故。
フェイトの頭の中でその言葉だけがしばらく鳴り響いていた。
だが、次の瞬間。
「おい、一旦逃げるぞ!」
クリフにその腕をつかまれて、意識を取り戻す。その後ろにはアイスニードルのダメージから回復したミラージュもいる。
「いや──」
こうなった以上。
やるべきことが、自分にはある。
「いやって、お前、このままここにいたら捕まっちまうぞ、分かってんのか!」
「ああ、分かってる」
彼もまた、真剣な表情であった。
「お前……」
「バンデーンが僕を狙ってるのは、僕の力を手に入れるためだろう?」
フェイトの額に蒼い輝きが生まれる。
「でも」
突如現れたバンデーン艦からの砲撃が地上に落ちる。
もはや地上はシーハーツもアーリグリフもない。阿鼻叫喚の地獄図と化した。
「僕は、あれを墜とす。その力が僕にはある」
そう。
全てはこのときのために。
「あれを沈めることができれば、みんなが助かる」
前回と今回で一番違うこと。
それは、自分が他の何よりも、自分の力についてよく知っているということだ。
蒼い輝きが増す。
「フェイト……!」
クリフの声が聞こえたが、もはやフェイトにはあの戦闘艦しか見えていない。
そして、口を開いた
「ディストラクション!」
──だが。
バンデーン艦は、消滅していなかった。
理想郷
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