Family

第2話 二つ






 一行がペターニに到着したのは深夜になってからであった。
 既に門は閉じていたが、タイネーブが夜のうちにネルを連れてくるということをあらかじめ伝達していたこともあって、一行はすんなりとペターニの町に入ることができた。
 一行はネルを先頭に、タイネーブ、ルージュ、フェイト。そして、
「うわあ、ペターニに来るの久しぶり〜」
 ダリアも同行していた。
 彼女はなにやら面白いことがおこりそうだと探りをいれ、フェイトに同行することをねだってきた。さすがにそこまでは認めることができないと断ったものの、助け舟は意外なところから出た。
『んじゃさ、私と一緒に行く?』
 声をかけたのはルージュであった。
『いいんですか?』
『オッケオッケ。私もこれで仕事終わったし、休暇がてらペターニに行くつもりだったし、フェイトとネルがいなくなったら一人で暇だしね。一緒に買い物付き合ってくれると嬉しいんだけど』
『望むところです! ありがとうございます〜♪』
 と、不思議に意気投合した二人組に完全敗北したフェイトとネルであった。
 さすがに暗殺の現場にまでつれていくことはためらわれたのだが、ここまできたらもうどうにでもなれということで、もう同行を止めるようなことはしなかった。
 アリアス近辺を防衛するのが抗魔師団『炎』の役目ならば、このペターニの防衛は連鎖師団『土』の役目である。
「おやおや、シーハーツきっての美女軍団のお出ましか」
 おそろしいくらいに気取った長い黒髪の美形の騎士が一行を出迎えた。まさに優男、といった風貌だ。
「久しぶりだね、ノワール。早速だけど状況が知りたい」
「相変わらず仕事一徹だねえ」
 お手上げと肩をすくめた騎士は、緑色の軽装歩兵の鎧を着込み、腰に小剣を装備していた。
「お久しぶりです」
「おう、元気にしてるようだな、フェイト。ネルの尻にしかれてねえか?」
「なんとか」
 この気さくで友人のように話しかけてくる男はノワール・フォックス。連鎖師団『土』の団長である。
「ま、こんなところで立ち話もなんだしな。『土』の宿舎に来いよ。もう現場検証は終わっちまってるから、とりあえず話を先にしとこうぜ。ところで、そっちの嬢ちゃんは?」
 くい、と顎で指し示す。
「彼女はダリア。ちょっと今一緒に同行してる」
「私の連れ。いいでしょ?」
 フェイトが説明し、ルージュが援護する。するとノワールは腕を組んで「うーん」と悩んだ。
「フェイトの仲間っつーんならいいんだが、お前の仲間じゃなあ」
 明らかにルージュを見て嫌そうに言う。
「なによう。私の友達じゃ信用できないってわけ?」
「当たり前だろ。お前にはどれだけ苦しめられたことか」
 はああ、と大きくため息をつく。いちいちアクションが大きいこの男は、不思議と嫌な感じがしないのが得なところだ。それは下心がないことが一番の理由だろう。
「ま、しゃあねえな。そういうことならとりあえず一緒についてきな。ダリアっつったっけか。歓迎するぜ」
「ありがとうございます」
「決まったならさっさと行くよ。ほら、ノワール。案内しな」
「わあってるよ。ったく、人使いあらいぜ、相変わらず」
 ぶつぶつ、とつぶやきながら先頭を歩くノワールの隣にフェイトが並んだ。
「お前、ホントに尻に敷かれてねえのか?」
 後ろの女性陣に聞こえないように言うその素振りが面白かった。






 ペターニの領主はシャロム伯である。この人物は誠実で冷静沈着、と非の打ち所がない高潔な人物として名高い。
 だが、その結婚相手がよくなかった。現在シランドで話題になっているのは、シャロム夫人が夫に隠れて反乱の準備をしているというものであった。その調査にはネルの指示でタイネーブが担当として動いていた。
 その調査対象が暗殺されてしまったのだ。タイネーブが血相を変えるのも無理からぬことである。
 だが、これで反乱が未然に防がれる格好になったといえば、悪くはないのだろうか。
「手際がいいね。熟練した暗殺者の手並みだ」
 実行の手順を確認したネルは感嘆の声を上げた。おそらく今の封魔師団『闇』の中にもこれほどの腕前の者はいないだろう。できるとすれば自分くらいだ。
 誰にも気づかれずターゲットに近づき、ナイフで首を一閃。目撃者らしい目撃者も出ていない。
 ただ一つ、逃げ去る前に夫のシャロム伯がその影を見たということだったが。
「一応は目撃証言、というわけだね」
 シャロム伯の話では『白い隠密服を着た人物』とのことであった。とはいえ、隠密服など着替えてしまえば分からない。また、暗闇だったためはっきりとは言えないた、黒っぽい髪だったとのことだ。
「対象者は何万人?」
 ルージュが尋ね、ネルが苦笑する。それはもう、数え切れないほどいるだろう。白い服など、着替えればそれでおしまいだ。
「でも暗殺か。アーリグリフでもそんなことがあったばかりだっていうのにね」
 フェイトの何気ない言葉が、ネルの顔をしかめさせた。
「ネル?」
「いや……言われてみると気になるね、それは」
 全員がネルの言葉に注目する。
「同一人物ってこと?」
「目撃証言は同じだよ。白い服。もちろん、白い服だけっていうならそれこそ何万人っていう人数がいるだろうし、だいたい着替えればすむ話さ。けど、ウォルター老にシャロム夫人が相手となると、不思議な感じだね」
 ネルの顔がさらに険しくなる。
「どういうことだい?」
 ネルが何を気にしているのか分からずフェイトが尋ねる。
「決まってる。私に関係してるってことさ」
 背もたれに体を預けながらネルは答えた。
 そう。
 ウォルター老は自分の父親の仇。そしてシャロム伯は自分が指揮している調査相手。
 いずれも完全に無関係というわけではない。
「偶然だろうけどさ。それに同一人物の犯行と決まったわけじゃない」
 ネルは立ち上がった。
「ちょっと出かけてくる」
「どこにいくんだい?」
「シャロム伯の屋敷だよ。もし自分が犯人だとしたらどういうルートを取るか考えながら、ちょっと探索してくるよ。朝までには帰ってくる」
 言うなり、彼女は扉から出ていく。
「待ってよ、ネル。僕も行く」
「足手まといだよ。おとなしく待ってな。あんたは昨日の件でまだ疲れてるだろ」
 あくまで別人とはいえ、確かに何週間分かの冒険をしてきたようなものだ。確かに疲れているといえば疲れているが。
「でも」
「いいから。それに、自分で調べてみたいことがあるんだ」
 そう言い残して、ネルは屋敷を出ていった。
「ネルってば、相変わらず頭固いねー」
 彼女が出ていって最初に口を開いたのはルージュであった。
「ま、彼女のそんなところがフェイトくんにはたまらないトコなんだろうけ・ど♪」
「からかわないでくださいよ」
 一昔前なら真っ赤になって慌てるフェイトだったが、最近では軽く受け流せるようになっている。成長したというのか、慣れてきたというのか。
「ま、ネルはお前よりかはいい女だからな」
 茶々を入れるのはノワール。
「言うねえ。キミ、久しぶりにスピキュールの連発、くらいたいの?」
 殺気をはらんだルージュが立ち上がる。
「ばぁか、てめえなんかに負ける俺様かよ」
 やはり敵意を持って立ち上がるノワール。
「……タイネーブさん、二人って仲悪いんですか?」
「さあ、どうなんでしょう」
 苦笑するタイネーブ。どうやら喧嘩するほど、という奴らしい。
「お二人は同郷ですからね。姉弟のように育ったと聞いています」
「ルージュさんの方が姉?」
「年の順から言えばそうですね。確かルージュ様の方が二つ年上だったと思います」
 ネルが今二十四だから、ルージュとクレアが同い年。そしてノワールが二十二、ということか。
「やっぱり人材が若いよね、シーハーツは」
「そうですね。三十を過ぎているのが六団長の中ではブラウン様だけですから。それも数年前から急激に若返りましたね。やっぱりクレア様とネル様のお力だと思いますけど」
 若い人材が育っているのは悪いことではない。ただ、誰か一人若い者をまとめる年配の人物がいた方が組織としてはいいだろうとは思うが。
(ま、ラッセル執政官がいるか)
 彼がいれば規律が整う。若く、血気盛んな六団長を従えるにはちょうどいいのかもしれない。
 うー、と唸りあっている二人を見てフェイトは苦笑した。何といっても、国の軍隊の中枢にいる六団長のうち二人がこうして唸りあっているのだ。部下たちが見たらどう思うことだろうか。






 ネルは一人、シャロム伯爵家を訪れていた。
 もちろん門から入ってきたわけではない。屋敷の周りをぐるりと巡り、そして忍び込むのに最適なルートを見つけながら潜入しているのだ。
(なるほどね。この屋敷、こうしてみると随分と穴があるね)
 南側正面玄関以外に出入り口が五箇所。東西にそれぞれ二箇所ずつと北側裏口。
 それだけでも十分に忍び込みやすいのだが、たくさん植えてある丈夫な木。これがよくない。隠密ならば軽く上って、窓からの侵入が可能だ。
 二階から潜入したネルは、手近な部屋から素早く天井裏に入る。柱の丈夫さを確かめながら、ゆっくりと天井裏を進んだ。
 時折、板を小さくくりぬいて、そこから下を眺める。そして現在位置を確認しながら進む。
(これは?)
 その作業を続けていく中で、逆に光が下から天上裏に差し込んできているのに気づく。
 小指の爪ほどの大きさの穴が、そこに存在していた。
(やれやれ。どうやらシャロム伯を殺したやつも、同じ場所を通ったみたいだね)
 なかなか賢いというべきだろうか。だが慎重で、計算高い。自分と同じルートを通り、そして技量も同じだとすれば間違いなく成功するだろう。
 あとはそれほど苦労しなかった。光が漏れているところを通って進んでいく。
 そして、最後の穴にたどりついた。
(ここがシャロム夫人の部屋かい)
 その穴から下を覗き込む。もう部屋には誰もいない。
 降り口を探し、音を立てずに夫人の部屋に降りる。
 なるほど、このルートならば見つからずに夫人の下までたどりつくことが可能だ。
 だが、相当な手練れだ。このまま夫人を暗殺し、あまつさえ捕まらずに逃亡するなど。
 目撃情報があるということだったが、いったいどこで見つかったのか。
(色々と確認する必要があるみたいだね)
 ネルは再び、天井裏に戻っていった。






 夫人暗殺の件に家宅捜索した際、夫人が計画していたと思われる反乱の内容を記した羊皮紙が大量に発見され、罪がないとはいえシャロム伯はペターニを没収されることとなった。
 後任はすぐに決められないので、ひとまずは連鎖師団『土』がこのペターニを運営する形となったのは言うまでもないことだった。
「ったく、余計な仕事まで増やすなっつーの」
 朝から仕事を押し付けられてぼやくノワールに、
「そうだねえ。さ、私はせっかくの休暇だから遊んでこようかなー」
 と、からかうのはいつものようにルージュ。
「仲がいいなあ」
 それを見て呟くのはフェイトであった。
「ねえ、フェイト」
 そんな彼に話しかけてきたのはダリアであった。
「どうしたんだい、ダリア」
「ちょっと話したいことがあるんだけど」
「ここじゃまずいの?」
「分からないけど、できれば二人で」
 真剣な表情のダリアにとりあえず場所を変え、フェイトの客室に移る。
「それで?」
「うん。実は昨日の夜ね、アタシ、ペターニの街に出かけたの」
 いきなりの爆弾発言だ。全く、女の子が夜に一人歩きなど、ここがペターニとはいえ危ないに決まっている。
「あのねえ」
「うん、ごめん。でも、ちょっと気になることがあって」
 それを叱られると思っていたのか、ダリアが最初から元気がなかったのはそのせいだったのかもしれない。
「なんだい?」
「その時、白い隠密服、見たの」
 フェイトの表情が変わった。
「どこで?」
「ペターニの東の歓楽街の方」
 だから。
 どうしてそんなに危ないところ目掛けていくのか、この眼鏡っ子は。
「ダリア……」
「怒るのは分かるけど、話はまだ続いてるから」
 しゅんとなってしまったダリアに、やれやれと呟くフェイト。
「それで?」
「その顔なんだけど」
 その言葉はさすがに彼の心を動揺させた。
「見たのか?」
「うん。ちらっと、なんだけど。でも、あまりアテにならないと思うんだけど。それに」
「どんな奴だった?」
 ダリアは何故か言いよどんでいた。
「見間違いだと思うんだけど」
「いいから」
「それがね……ネルさん、みたいな顔だった」
「ネル?」
「うん。でも髪が黒っぽかったし、不思議に思って声かけてみたの。でもそうしたら、逃げちゃったから」
 だから!
「白い隠密服が暗殺者だって、ダリアも聞いてただろっ! どうしてそんなに危ないことばかりするんだ!」
「で、でもっ! ネルさんに見えたんだもん、そんなに怒らないでよっ!」
 むー、と泣きそうな顔で反論するダリア。
「いいかい、ダリア。白い暗殺者は既に一人殺している危険な奴なんだ。もしその声をかけた相手が本当の暗殺者で、目撃した者は息の根を止めるとかっていう最悪の奴だったら、今頃ダリアは死んでたかもしれないんだぞ」
「分かってる……反省してる、ごめん」
「謝るなら、自分の行動が僕を心配させたっていうことに対してだ」
「うん。ごめんなさい、フェイト」
 全く、妹を持つ兄の気持ちというのはこのようなものなのだろうか。
 苦手な相手ではあったが、この少女と一緒にいるのは決して嫌なことではない。
 そんなことを思い始めていた。
「大変、大変ですぅ〜!」
 と、その時間延びして全然大変に聞こえない声で「大変」を連呼する女性が登場した。もちろんいわずと知れたファリンだ。
「どうしたんですか、ファリンさん」
「あっ、フェイトさぁん。お久しぶりですぅ。あれえ? ネル様はご一緒じゃないんですかぁ?」
「うん、ちょっと昨日の夜から別行動を取ってるんだ。朝になってもまだ帰ってこないからちょっと心配してるけど」
「そうなんですかあ。こちらの方は?」
「ああ。こっちはダリア。ほら、覚えてないかい? 前にアリアスに放火騒ぎがあっただろ。あの時に協力してくれた盗賊たちがいただろ」
「ああ〜。その時はお世話さまでしたぁ〜」
 ぺこりと最敬礼するファリンに、いいえこちらこそ、と優雅に答えるダリア。
「それで、大変って何があったんですか?」
 尋ねたフェイトに「ああ〜!」と間延びして答えるファリン。
「そう、大変なんですよぉ! 人殺しです、人殺し!」
 さすがにその言葉には二人ともぎょっとなった。何しろ暗殺事件がおきたばかりなのだから。
「どこでですか?」
「それがぁ、東の歓楽街の方なんですぅ。被害者は三人でぇ、どうも昨夜のうちに殺されていたみたいで、まだ調べてる最中なんですけどぉ」
「東の……」
「歓楽街……」
 フェイトとダリアが顔を見合わせた。
 東の歓楽街には昨夜、白い暗殺者がいた。
「どのように殺されていましたか?」
 半ば、予想のつく質問だった。
 そして返ってきた答は予想通りのものだった。
「ナイフでこう、首を一閃、って感じですぅ。明らかにシャロム夫人と同じ手口ですぅ」





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