Singles-α

第1話 Time to ount Down






 後方勤務を命じられてからもう七年になる。近年はアールディオンとの戦いも、今では小競り合い程度にしか起こらなくなっていた。
 クリエイションエンジンが暴走を起こし、消滅した第十七宇宙基地、そしてアールディオンによって占領された第十八宇宙基地。セクターλ(ラムダ)、γ(ガンマ)におけるアールディオンとの戦いは、当時中将だった彼、リードによって銀河連邦の勝利という形で終わった。
 当時の年齢で三十一歳。最年少の将官就任記録を持つ彼は能力の面においても非凡であった。いや、基本に忠実な戦略を組むため、決して敗北をしない将官であった。奇をてらった戦略・戦術を組むわけではないので、非凡というのはおかしいかもしれない。だが、圧倒的不利な状況から銀河連邦を勝利に導いたその手腕は誰もが認めないわけにはいかなかった。
 大将に任じられたのがその年の暮れのこと。そして、それから七年という長い後方勤務が続いた。後方勤務といっても、幕僚総監という名誉ある地位である。前線で戦えないとはいえ、軍での位は文民が就任する統合作戦本部長ラリー・ゼーマン、司令長官であるヘルメスに次ぐ。もちろん、現場で戦うヴィスコム提督などと比べて地位が高いというわけではないが。建前としては、将来軍を動かす人材なのだから今のうちから場慣れさせておくためということであったが、実際のところはこれ以上戦果をたてられて昇進されるのを防ぐためであった。
 何しろ司令長官には凡人だが風当たりの良さと派閥の枠組みにとらわれることのない良識家で名高いヘルメスが就任していたし、武将としては連邦随一という名で知れ渡るヴィスコム提督がいるのだ。リードの居場所はこの時期、どこにもなかったのだ。
 戦いたかった、などというつもりは全くない。
 ただ、あまりに暇だった。
 何もしないで給料がもらえるのはいい身分で悪くなかったのだが、こうも毎日が平凡だと頭にカビでも生えてきそうだった。
「平和なのはいいことですよ」
 リードの副官である、若いミレトス大尉がなだめる。
「僕なんか、最近休日は趣味で時間を潰すようにしてます」
「ほう? お前に趣味なんかがあるとは知らなかった。何をしているんだ?」
「スポーツ観戦ですよ。ベースボール、サッカー、テニスと何でも見ます」
「テニスといえば、この間、地球オープン=ウィンブルドンが終わったばかりだな。お目当ての選手は勝ったのか?」
「ええ! エクスペルのフローラ・グリーンならこれで初のオープン制覇ですよ!」
 女子テニス界のフローラ・グリーンといえば、現在売り出し中のプロテニスプレイヤーである。若く小柄で美しい外見が一部の熱狂的なファンを生んでいる。その噂は聞いたことがあったが、まさかこんなところにそのファンがいるとは思わなかった。この副官とはもう九年からの付き合いだが、意外な再発見であった。
「宇宙暦の前から地球で行われていた伝統のある大会か。よく見に行く時間などあったものだ」
「まあ、ちょうど決勝戦の日に休みを入れましたので」
「休日はしっかり取ってくれないと困るが、先週いなかったのはそういうことか」
 副官がいないというのは、リードにとっても非常に大変なことである。普段から細かい作業を全てミレトスに任せているため、いざ一人で仕事となると何から手をつけていいのか分からない。自分は考え、指示を出すだけでも面倒なのに、事務方の仕事まで考えたくはなかった。
「でも、暇でしたらかまいませんよね」
「上官の言葉尻を掴むな」
「すみません」
 苦笑してミレトスが謝罪する。
「軍人がスポーツ観戦か。ま、平和に越したことはない。その通りだ」
 だが。
 彼の心の中ではそうではないものを感じていた。
 平和などというものは、決して永遠のものではない。
 近いうちに、その平和はたやすく破られてしまうのではないだろうか。
 そんな漠然とした不安が彼の中にあったのだ。






 リードは今年三十八歳になった。
 代わり映えのしない七年間だったが、年齢だけは着実に重ねていくのを考えると何故かやりきれないものを感じる。とはいえ、一大将の誕生日といえば、あちこちから贈り物が届くのが普通であった。
 個人的に一番嬉しかったのは、毎年のことではあったが、尊敬するヴィスコム提督からの贈り物であった。
 旗艦アクアエリーを駆る連邦随一の武将。
 現在はバンデーン方面の司令官をしているという話だったが、まさかセクターを二つも離れたこの場所まで贈り物を届けてくれるとは思わなかった。もっとも、贈り物といっても消費者通信センターに問い合わせて、必要な品物を相手に届けてもらうだけなのだから、どこにいても贈り物は届けられるのだが。
 今年の贈り物は白手袋だった。
 ヴィスコム提督はよく任務中は白手袋をする。提督とおそろいということなのだろうか。
「前線に出られない俺に、せめてもの慰めですか。ありがたいことです、提督」
 早速その手袋をつける。たったそれだけなのに、つい自分が最前線にでもいるかのような錯覚を受ける。
「前線か。もう七年も立ってないな」
 戦闘勘は鈍っていないだろうか。暇な時には防衛軍の戦史研究室にある史料や、戦術部に顔を出して本を読んだり議論に参加したりはしているが、やはり生の戦場に立つのとそうでないのとでは決定的な違いがある。
 もし戦争になったとき、自分はきちんと戦えるだろうか。
 漠然とした不安はある。何しろ望んだわけでもないのに七年もブランクを開けてしまったのだ。
(戦いが起こりそうな気がするな)
 彼がそう思っているころ、既に宇宙はハイダ四号星を皮切りとした、バンデーンとの抗争がまさに始まっていたのだ。






「はあ。バンデーンの攻撃ですか」
 ヘルメス司令長官に呼び出されたリード大将は、本当に戦いが起こったのかという自分の悪いことばかり当たる予知能力にため息をついた。
 司令長官室には副官すらいなかった。完全な一対一だ。よほど重要な話とは聞いたが、どのみちバンデーンと戦争になったことなど隠し通せるものではない。ということは、自分を呼んだのは別の理由があるということだ。
「ため息などついている場合ではない。現状ではヴィスコム提督がバンデーンを押さえているが、戦力的にはこちらが不利とのことだ」
「私に行けと?」
「貴官は銀河連邦軍の『名将』だからな。是非行ってもらいたいところだが、今は一隻の艦も持たない幕僚総監だ。そういうわけにもいくまい。今回はバーミンガム大将に行ってもらう」
 幕僚総監などという地位につけたのはヘルメスに他ならないのだが、という愚痴は言わないでおくことにする。どちらにせよ、今回の戦いでも出番はないということのようだった。
「で、俺を呼び出した理由はなんです?」
 いつもながら口の悪いリードに、ヘルメスは一瞬だけ眉をひそめた。
「決まっておる。作戦本部に作戦を立ててもらうためだよ」
「とは言いましても、現状でこちらが立てる作戦なんか何もありませんよ。バンデーンがどうして戦いに出てきたのかも分からない。どれほどの戦力なのかも見えてこない。こんな状況で何ができるっていうんですか」
「だが、推測はできるだろう。何故バンデーンがハイダ四号星を攻撃したのか、という点について」
 ハイダ四号星はセクターκ(カッパ)に存在する。いかにバンデーン星系のあるセクターγと隣同士だからとはいえ、その間には銀河連邦の宇宙基地が二つも存在しているのだ。確かに銀河連邦のエリア内を突っ切って、わざわざハイダ四号星を攻撃する意味はないように見える。
「あのサメどもは馬鹿じゃない。閉鎖国家と言ってますが、科学力なら我々の上を行くことは司令長官もご存知でしょう」
「うむ」
「その利口なサメどもが、わざわざ危険を冒して銀河連邦のセクターを一つ横断するには、それなりに理由があるということでしょう」
「どんな理由だ?」
「俺は万能じゃないんで推測になりますけどね。おそらく、バンデーンにとって都合の悪い人物がそこにいたからでしょう。それも、普段はこっちのセクターにいて、あまりバンデーンに近いところまでは行かないような人物でしょうね」
「何故、そうと分かる?」
 ヘルメスは身を乗り出して尋ねる。
「ま、いくつか考えられることを消去していきましょうか。まず、サメどもがトチ狂った。そんなことはありえないから没。続いて、アールディオンと手を組んだ。これも没」
「何故だ?」
「アールディオンとバンデーンが手を結んだのなら、先に声をかけるのはアールディオンの方でしょう。バンデーンは閉鎖国家で、別に他の国と戦う必要がない。バンデーンにとってアールディオンに協力することでいいことがあると判断したのなら、先にアールディオンと銀河連邦を戦わせて、連邦軍が疲弊したところでバンデーン軍が隙をついて攻撃してくる。そんな筋書きになるのが普通ってもんじゃないですかね」
「普通の定義はよそう。つまり、貴官はこのバンデーンの動きは、バンデーン単独のもので、それも計画的に行われたものだというのだな」
「それ以外には考えられませんな」
 考えるまでもないことだが、とは言わなかった。ヘルメスが強く頷いていたからだ。
「人物、と言い切った理由は?」
「バンデーンがハイダを攻撃したタイミングの問題ですね。まず、バンデーンがハイダ四号星にバカンスにでも行きたいというのでもない限り、バンデーンがハイダを攻撃する理由がない。あそこは単なる保養地で、めぼしい鉱山なんかがあるわけでもない」
「ふむ」
「だとしたら、太陽系かテトラジェネシスか、まあどこでもかまいませんが、バンデーンからではあまりに遠いところで暮らしている人物、それもバンデーンにとって非常に害のある人物がたまたま保養でハイダ四号星を訪れることとなった、と考えればどうでしょうか。銀河連邦の要職に就いている人物がバンデーンに最大近づいても、その保養地ハイダまでしか来ないというのは分かるんですよ。そこから先は戦場に近いでしょうから、政治家どもはそこまで足を運ばないでしょう。だからハイダで勝負をかける他はなかった」
「なるほど。さすが、その若さで将官になっただけのことはある。優れた分析能力だ」
 ヘルメスは満足したように頷く。
「そこまで自信を持って断言するということは、司令長官には今回のバンデーン襲撃の理由をご存知でいらっしゃる?」
「さらにさすがとしか言いようがないな。確かに私はバンデーンの襲撃理由を知っている。そして貴官にも知っていてもらいたい。なお、気をつけてくれたまえ。この件は統合作戦本部長すら知らない。軍で知っているのは私と貴官、そしてヴィスコム提督だけだ」
 なかなか大事になってきたな、とリードは内心で冷や汗をかく。真実を伝えられた後に、自分はいったいどんな任務を課されるのか不安になったのだ。
 司令長官の話の内容を要約すると、かの紋章遺伝子学の権威であるロキシ・ラインゴッドの『発明品』をバンデーンは狙った。ロキシはクリエイションエネルギーを上回るほどの兵器を自分の子供に埋め込んだのだと。
「紋章遺伝子学の力を利用して、ですか。じゃあその子供は生体兵器というわけですね」
「その通りだ。これをバンデーンに奪われるわけにはいかん。現在ヴィスコム提督が行方を捜索中だ」
「ロキシ博士は?」
「そちらは残念ながらバンデーンに捕われたらしい」
 なるほど、とリードはようやく納得した。どうやら、ロキシ博士の奪還計画。それが自分の任務となるようだった。
「残念だが、ロキシ博士の件はどうでもいいのだ」
 だが、それを見越したかのようにヘルメスは先手を打つ。
「はあ? 要するに俺にロキシ博士を奪い返してこいっていう命令じゃないですか?」
「違う。君に探してもらいたいのは、もう一人の、ロキシ博士以上の学者だ」
 そんなことを言われても、それだけでは何を言われているのか分からない。
「リョウコ博士だよ」
「誰ですか」
 即答する。
「知らないのも無理はないか。リョウコ・ラインゴッド。ロキシ博士の妻で、結婚前はロキシ博士よりも名前が売れていた紋章遺伝子学の博士だったのだよ。結婚後はロキシ博士の影に隠れて研究成果はロキシ博士のものとなっているが、要するにリョウコ博士が力を貸しているのは間違いないことだ」
「そのリョウコ博士はどこに?」
「ハイダ四号星から行方不明だ」
「そりゃまた、どうにも『面倒な』任務になりそうなこって」
 うんざり、という様子でリードは肩をすくめた。
「だが、事が事だ。判断能力と分析能力、そして実力が伴わなければ彼女の居場所を突き止めることも、そして最悪の場合、バンデーンと戦闘になっても生き残ることもできないだろう」
「ま、確かに適任でしょうな」
 自分のことを省みれば、自分ほどうってつけの人材はいないだろう。もちろんヘルメス司令長官はそんなこととは知らずに自分を任命しているのだろうが。
「というわけだ。行ってもらえるか?」
「俺以外に勤まる奴はいないでしょう。行かせてもらいますよ。一つ確認なんですが、これは単独業務ですか、それとも部下を連れてっていいんですか」
「君には船が一隻与えられる。アクアエリーと並ぶ連邦の最新鋭艦だ。テストケースの船だったのだが、その分整備は万全だし、機能も他の船よりはるかに高い。決定している随員は三十名。君の方から必要だと思われる人員は五名まで認められる。もちろん、生体兵器の件は一人も知らない。その件については君が単独でリョウコ博士と交渉することになる」
「聞き出せと。いやいや、俺なんかで務まりますかねえ」
「務めてもらわねばならない」
 頑として言い張るヘルメスの様子に、どうやら自分の知らない事実がまだいくつか隠れているようであった。それを問いただしてもよかったのだが、ヘルメスほどの人物が隠しているのなら、それは自分が知っていては任務に支障をきたすような内容なのかもしれない。
 要するに、リョウコ博士の身柄の確保。それに全力を尽くせばいいわけだ。
「了解しました。今晩にでも発ちます」
「今晩か? それはいくらなんでも」
「こうしている間にも、バンデーンがリョウコ博士を捕らえるかもしれないんでしょう? 早い方がいいですよ。幸い、俺には残していく家族なんか一人もいやしませんからね」
 それも自分を選んだ理由なんでしょう、と言外に付け足した。





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