Singles-α

第3話 Movin’on ithout You






 生体兵器。
 その言葉だけを見れば、倫理的な問題が発生することは否めない。
 だが、自分たちの子供をその犠牲にささげ、犠牲にささげた子供を育てるというのは、いったいどういう気持ちなのだろう。
「まず、聞いておきたいことがあります」
 リードは新たな情報を整理するために自分を落ち着かせて尋ねる。
「生体兵器は何人、いるんですか」
 鋭い質問だと我ながら思った。それを明らかにしておくことは必要なことであった。何しろ、連邦軍がおさえていない問題を、最悪の場合自分一人の手で解決しなければならないからだ。
「三人です。我々の娘のソフィアと、ロキシ夫妻の双子の子供たちです」
「ちょっと待ってください。双子?」
 確か、ロキシ博士には息子のフェイト・ラインゴッド一人しかいなかったはずだ。
「ええ。この生体兵器の埋め込みの際にトラブルがありまして、ムーンベースで育てることが少々困難な状況だったのです。そこで、私どもの仲間の一人で、トレイター夫妻にロキシ博士の娘を預けたのです」
「トレイター?」
「はい。その話をする前に、三人の能力についてお話した方がいいでしょう。少し、長くなりますが」
 そうしてクライブは説明を始めた。
 ロキシたちが発明した紋章遺伝子は三種類。それを三人の赤子たちに埋め込むこととした。
 遺伝子組み換えを同時に行い、紋章を定着させなければならなかったが、何とか三人ともその作業に成功することとなった。
 まずコネクションと呼ばれる力を生まれたばかりのソフィアに与えた。この力はFD人のいるFD世界へと空間をつなげる力だ。これは惑星ストリームから移動が可能となるように遺伝子を改造した。もっとも弱い力だったゆえに、もっとも若い赤子にこの力を与えた。
 続いて、FD世界でも自分たちの存在を定着させるための力、アルティネイションを双子の姉に与えた。残る二つの力を比べると、まだこちらの力の方が幾分弱かった。だから女の子にこの力を与えた。
 そして、FD世界の創造主に対して攻撃する力、ディストラクションを双子の弟に与えた。最も強い力ゆえに、男の子にこの力を与えた。
 だが、定着する際に双子の姉に問題が起こった。拒絶反応が起こり、高熱が連日続いたのだ。この高熱もずっと起こり続けているわけではなく、突然発熱するので一時たりとも目を離すことができなかった。
 ムーンベースのようなところで育てるのではなく、自然のある環境の良い場所で育てた方がいい、という結論にいたったのはそれほど不思議なことではなかった。そこで、子供がいなかったトレイター夫妻に女の子を託し、地球から遠く離れたセクターβ+(ベータ・プラス)のグベイザ星系の三号星で暮らすこととなった。
 その後、彼女が五歳になるころには発作もおさまり、普通に生活ができるようになったのだが、その頃大規模な配置換えが起こり、トレイター夫妻はセクターλ(ラムダ)の第十七宇宙基地へ異動することとなった。その際、女の子をどうするかということがお互いの家族間で話し合われたのだが、既に物心ついていることもあったため、トレイター夫妻がそのまま引き取っていくこととなったのだ。
「なるほど、それで双子の姉のことはフェイト・ラインゴッド本人も知らないということですね」
「ええ。我々の誰も彼にそのことは伝えていません。彼が二十歳になったときにそれを伝えようと思っています」
「そうですか。それにしても、第十七宇宙基地か」
 もちろん、その宇宙基地のナンバーを知らない連邦軍兵士はいない。七年前のアールディオンからの攻撃によって完全に破壊されてしまった、今はもう残っていない宇宙基地だ。
「その女の子は無事なんですか?」
「おそらく」
 だが、帰ってきた答は満足にはほど遠いものであった。
「もし生命活動に異常があるようでしたら、ラインゴッド研究所の測定値が捕らえられるようになっているんです。幸い、まだ生命活動が止まったような気配はありません。ですが、どこにいるのかは全く分からないのですが」
「トレイター夫妻の娘……名を何というか、教えていただけますか」
「マリア、と」
 ありがちな名前だ。だが、これで特定することもできる。
 マリア・トレイター。その名前には聞き覚えがある。クラウストロ星系を中心に活動している反銀河連邦組織クォークのリーダーの名前と一致する。
(ロキシ・ラインゴッドの娘が反銀河連邦組織のリーダーか! 宇宙というのは皮肉で綴られているのかもしれないな)
 だがそれを目の前のエスティード夫妻に告げるわけにはいかない。情報は一極集中。不必要な情報が広まることで足元をすくわれるのは防がなければならない。
「もう一つ、聞きたいことがあるんですが、何故生体兵器は三体に限ったんですか?」
 尋ねるとクライブ博士は明らかに顔をしかめた。それは尋ねられたくないというのがありありと分かった。
「単純な話、FD世界の連中と戦わなければならないと博士たちは考えている。それなら三体などという数ですませるのではなく、多くの生体兵器を作るべきではなかったのですか?」
「それは、確かにそうなんですが」
「博士。隠し事はなしでお願いします。いずれにしても、博士が話すことは誓って俺は誰にも言いませんよ。博士たちの考えていることから、状況を確実に把握したいんですよ。それこそ、こういう言い方は好きじゃないですが、お嬢さんを確保できるかどうかは、博士たちが本当のことを話してくれるかどうかだと言っても言いすぎじゃないんです」
「分かっています。これは本当に他言無用に願います」
 頷くとクライブ博士はようやく質問に答えだした。
「紋章遺伝子学の権威であるロキシ博士は、三つの紋章を生み出しました。先ほども言いました、コネクション、アルティネイション、ディストラクションです。つまり、この三つしか紋章を作ることはできなかった。同じものを複製することはできなかったんです。何故なら」
 一度、クライブ博士が言葉を切る。
「三つの紋章は、人の命を犠牲にして作られたからです」
 なるほどな、と頭の中で納得する。動揺はあくまで外に見えないようにした。むしろそれくらいのことがあるのが当然だ、というくらいの気持ちだったために動揺が少なかったことも幸いした。
「誤解なさらないでいただきたいのは、我々は誰も殺してはいないということです。その三人は、ストリームの調査隊メンバーだったのですが、あまりの重大事に、いずれも自殺してしまったのです」
 それほど、タイムゲートの宣告が真実としてメンバーに伝わったということだ、と博士は続けて言った。
「もう一つだけ、聞いてよろしいですか」
「ええ」
「自殺したメンバーを紋章化することを言い出したのは、リョウコ博士ですか」
 クライブは驚いたように目を見張る。
「そうです」
 答えたのは、じっと黙っていたキョウコであった。
「リョウコは、そうした倫理観というものがあまり、強い女性ではありませんでしたから」
「分かりました。では、お願いがあります」
 聞きたいことは大体聞き出した。三人しかいない生体兵器。要するにそれを全員確保しなければならないということなのだ。
「ぜひ、俺たちに同行していただきたい。俺の任務は、リョウコ博士の身柄の確保なんです」






 執務室に戻ってくると、ミレトスから来客があると伝えられる。この忙しい時に、と思わないでもなかったが、訪ねてきた相手が『フェアリーテイル』の乗組員であるということを聞いてすぐに通すように指示した。
 入ってきたのは『フェアリーテイル』の艦長として艦を動かすセイゼル・バルマン大佐であった。
 大佐は自分と同年代で、たくましい体つきをしている。連邦軍の制服があまり似合わない男であった。
「ようこそ、艦長。俺がリードだ。艦をよろしく頼む」
「こちらこそ。名将リードと一緒に仕事ができる喜びをかみしめてますよ。私の力でできる限りのことはさせていただきます」
 リードは肩をすくめた。艦行動のプロに言われるのは悪いものではない。少なくとも自分が艦を動かすより百倍上手に艦を動かすことができるだろう。
「あの『フェアリーテイル』は以前から私も興味があったんですよ。あの最新鋭艦はさすがに金をかけてるだけのことはあって、機能がものすごい備わってるんですよ。私を選んでくれてありがとうございます、閣下」
「俺より艦の方が大事みたいなことを言うな」
「ええ。艦長が一番愛するのは艦ですから。閣下のことならばそこにおられる副官が常に目を光らせているから大丈夫でしょう」
 話しやすい相手だと思った。この人物ならば充分に艦を任せられる。
「分かった。では頼む、大佐」
「了解です」
「聞いているとは思うが、出発は今夜だ。それでかまわないだろうか」
「もちろんです。この仕事に就いている以上、自分のことを優先することはいたしません」
「失礼だが大佐、結婚は?」
「離婚してます。気楽な一人身ですよ」
 あっけらかんと答える。
「そうか。変なことを聞いて悪かった」
「かまいません。それよりも気にかけてくださってありがとうございます」
 リードは気になっていた艦長人事が無事にいったことに満足した。
 そしてバルマン大佐が出ていくと、ムーンベースで出会ったクライブ博士とキョウコ博士を連れていくことをミレトスに伝える。
 少しその言葉の意味を考えていたミレトスは、逆に質問をしてきた。
「それは私に異存のあるはずはないですけど、一つだけよろしいでしょうか」
「何だ」
「この件について、私が気をつけておくべきことは何でしょうか」
 さすがに話が分かっている。リードが何も言わずに連れていくとだけ言ったということは、その理由は聞かれたくないということを意味している。それを敏感に察知したのだ。
「特別なことはない。ただ、目を離すな。勝手なことをしないように見張っていればそれでいい」
「了解です」
 そして今回『フェアリーテイル』に乗艦するメンバーのリストを眺める。略歴などもしっかりと載っている。さすがに重大な任務・最新鋭の艦であるということから、実力のあるメンバーばかりがそろっていた。
(別に乗員が艦の命運を決めるわけではないのだが)
 副官と艦長がしっかりしていれば、それ以上はさほど望んでいない。どのみち今回は万一のことがない限り戦闘にはならないはずなのだから。
「閣下。たった今、もう一名アポイントが入りましたが」
 突然アポイントと言われても、もう出発の時間が近いというのに会っている時間などない。
「相手は?」
「それが、単なる一少尉です」
「少尉?」
 リードは首をかしげる。
「何の用だと?」
「今回の任務に関わる件だということです。面会希望時間は、許可後すぐ」
 少しだけ興味を持った。そして、その興味はただちに解明するという方向に動くこととなった。
「いいだろう。五分だけ時間を設ける。そのように返事しろ」
「はい」
 面会許可の連絡をミレトスが相手に送る、直後、部屋のブザーがなった。
「どうやら、部屋の前で待っていたようですね」
 ミレトスが苦笑して扉を開けに行った。早まったかな、と苦笑するリードであった。
「失礼します」
 廊下から聞こえてきた声は、凛とした女性のものだった。
「こうしてお目見えするのは初めてになります。私はセリア・ジーレス少尉であります。閣下に面会を許可していただき、感謝の念に耐えません」
 敬礼をしながら話す女性は、可愛らしい顔立ちをした小柄な女の子であった。もちろんこうして少尉という位まで得ているのだから、士官学校を卒業しているとしても二十二歳にはなっているはずだった。
「どこかで見たことがあると思うのだが」
 それは話をつなげるためでも何でもない。確かにどこかで見たことがある顔だった。印象によく残る顔だからこそ、忘れるはずもない。
「はい。私はこの春に士官学校を卒業いたしまして、少尉の位をもって銀河連邦軍に就任しました。士官学校時代の成績が良かったこともありまして、幕僚本部に置かせていただいております」
「なるほど、思い出した。幕僚本部の紅一点だな。確か、エクスペル出身」
「ご存知でいらっしゃいましたか。光栄です」
 彼女は少し紅潮しているようであった。さすがに将官位の最年少記録を持つ者に会うというのは緊張するものなのだろうか。
「返信したとおり、時間は今から五分だ。その間で伝えたいことがあるなら伝えよ」
 するとセリアはショートカットの金髪を揺らしながら頷く。
「私の目的は、自分の売り込みです。閣下、優秀な副官がもう一人ほしいとは思われませんか」
 あまりにもストレートな物言いに、リードは一瞬沈黙した後、思わず吹き出していた。
「閣下?」
「いやすまない。ただ、私にはそこのミレトスがいる。残念だが間に合っているよ」
「ですが、一人では大変な作業も二人になれば効率よくできると思います。それに私は事務能力には自信があります」
「それでは売り込みにならないだろう。事務能力が得意な者ならここにいるミレトスをはじめ、いくらでもいる。もし俺に副官がもう一人ほしければ、最初から俺がその旨を申請している。お前は俺が別に必要とは思っていないにも関わらず、高い買い物をさせるのか?」
「いえ、決して高くはありません。事務能力に自信があるといったのは控えめな表現でした。私は事務能力でしたら銀河連邦軍の中で五本の指に入る実力があると信じています」
「信じるのは勝手だが、実際の実力を調べることは──」
「僕が保証しますよ。彼女の力が五本の指というのはそれでも控えめな表現です。作業をさせれば彼女が幕僚本部で一番です」
 セリアの旗色が悪くなっているのを見越してミレトスが口を挟む。それを聞いたリードはため息をついた。
「ミレトス。今の俺はお前の意見を必要としていない。でしゃばるな」
「失礼いたしました」
 叱責されることが分かっていたのか、ミレトスは何も言わず、ただ頭を下げた。
「さて、ジーレス少尉。お前はなかなか賢い。出世するのなら俺の傍にいるのが一番だと踏んだのだろう。アクアエリーに乗り込むのはまず不可能、ならば手っ取り早く俺に近づこうということか」
「私は最初から、自分の上官としてリード閣下以外を考えたことはありません」
「ほう? 連邦軍の一番人気はヴィスコム提督だとばかり思っていたが」
「ヴィスコム提督は人を選ばれる傾向があります。優秀なメンバーが揃ってはいますが、個性的な人物を登用される方ではありません」
 言っていることは間違いない。だが、目の前の女の子(二十二歳に女の子もないのだろうが)はそれほど個性的というわけでもないように見えるが。
「私が一番自分の力を発揮しやすいのは、リード閣下の所であると仕官したとき、いえ、仕官学校にいた時からずっと思っていました」
 それはまた随分と思われているな、と多少むずがゆくなる。控えめに形容して美人に属するこの女の子からそう思われるのは気持ちの悪いことではない。
「なるほど。とはいえ、それは副官人事を認める理由にはならないな。俺がお前を副官にすることでメリットがあればいいのだが」
「二つ、ございます」
 言ってみろ、と首で指示する。
「まず、私の事務能力です。これは先程申し上げましたように、連邦軍の中でもかなり上位にいると思っております。閣下ほどの地位となられると副官の仕事はあまりに大変です。ですからヘルメス司令長官は五人もの副官を傍につけているのです」
 ヴィスコム提督は三人だったな、と頭によぎる。バーミンガム大将は四人だ。現役大将位で副官が一人しかいないのは自分だけだ。
「それから?」
「はい。私はこうした自分の能力以外のことで自分が評価されるのは非常に嫌なのですが、あらかじめお伝えしておかなければなりません。実は私は、エクスペルの首相、エレーヌ・T・クロス氏の姪にあたります」
 エレーヌ首相といえば、現在三十六歳。ばりばりの辣腕政治家だ。銀河連邦の中でも大きな人脈を持っているというが。
「なるほど。それは売り込みの情報としては不適切だったな」
 少なくともリードにはそんな政治家と付き合いたくなどない。だが、何かの際にエクスペルの力を頼ることができる、ということを彼女は訴えているのだ。
「やはり不適切ですか」
 リードはその返事に、少しだけ眉をひそめた。
「理由は二つだ。まず、たとえ姪が困っていたところでエクスペルの首相は動くような人物ではない。もう一つは、俺自身が政治家とは関わりたくない」
 セリアは残念そうに俯く。それを見てリードは決断した。
「ミレトス」
「はい」
「お前の副官業務は多忙か?」
 突然話を振られて、ほっとしたようにミレトスが答える。
「大変には違いありません。一人でこなせない量とは言いませんが、もう一人いてくれると助かるというのは前々から思っていました」
「ならそれを俺に言わなかったのは?」
「適切な人材がいるとは今の今まで思っておりませんでしたので」
 ミレトスが苦笑しながら言う。つまり、彼女は合格だと認めているのだ。
「いいだろう」
 リードは頷いて答える。
「セリア少尉。貴官を副官として迎える」
「ですが」
 完全に相手を説得できなかった。そう考えていたのは表情を見れば明らかだ。
「売り込みの情報としては不適切だった。だが、売り込み自体には成功したということだ。お前の誠実さをもってな。お前、はじめから俺が政治家を嫌っていること、知っていたのだろう?」
 セリアは口には出さず、ただ頷く。
「それでも口にしたということは、取引相手にとって誠実だということだ。俺はその誠実な部分を買ったにすぎん。能力については俺の知っているところではない。お前は俺の副官として、ミレトスの下につく。いろいろと教えてもらえ」
「ありがとうございます」
 本当に嬉しそうに、その可愛らしい小顔に微笑を浮かべていた。
「出航は本日の夜だ。準備をしておけ。副官人事については俺の方で進めておく」
「了解いたしました」
 そうしてセリアが退室すると、改めてミレトスを見る。
「お前、彼女のことを知っているのか?」
「名前だけは知っていますよ。何しろ有名人ですから」
「有名?」
「あの容姿で、男顔負けの能力ですから、やっかみが多いんです。幕僚本部でも疎まれているようですよ。これでさらに疎まれるかもしれませんが、本人にとってはいいことでしょう」
「何故だ?」
「少尉は想い人の下で働くことができるからです」
 それがリード本人を指しているのは理解できたが、それは言いすぎというものではないかと考える。
「彼女が俺にこだわっているのは別の理由があるみたいだったが」
「さあ。そればかりは僕に聞かれても分かりません。直接少尉に聞いてみてはいかがですか?」
 さすがにそのためだけに呼び戻すのもはばかられた。それに、宇宙に出ればいくらでも話す機会はある。それからでも遅くはないだろうとリードは話を切り上げた。





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