Singles-α
第4話 To the Light
ハイダ四号星の襲撃以後、バンデーンの勢力はセクターγ(ガンマ)、γ+(ガンマ・プラス)、γ−(ガンマ・マイナス)を中心に銀河連邦軍と交戦状態に入っていた。
とはいえ、いくらバンデーンが強い国家であったとしても、数量で銀河連邦軍にかなうはずがない。攻勢は一時のもので、必ず転機はやってくるだろう。
だがその前にバンデーンの狙いを正確に把握しておく必要がある。バンデーンはどこまで知っているのか。フェイト・ラインゴッドまでなのか。それとも、マリア・トレイターやソフィア・エスティードのことも知っているのか。
リードが副官二名とエスティード夫妻を連れて乗り込んだとき、既に艦長のバルマン大佐と、三十名の乗組員たちは全員乗艦が完了していた。
今回の乗員は全部で三十六名。人数的には戦艦一隻につき百名が基準であるため、その三分の一ということはあまりに人数が少ないということが分かる。もっとも、百名のうち半数は実戦部隊となるため、その人数をほとんど削減することができたのが大きい。
ブリッジには士官とオペレーターたちが全員揃っていた。航海長、測量長、水雷長の三科長。副艦長は存在せず、あとはオペレーターが全部で七名。
エスティード夫妻は客室に入り、ブリッジにはリードのほか、艦長、上記の十名に、副官二名の十四名が勤務することになる。
「今回の任務を担当するリードだ。よろしく頼む」
揃って自分を迎えたオペレーターたちに自己紹介する。
「基本的に艦の動きは艦長に任せてある。操縦に関することで質問があれば、艦長に尋ねてほしい。俺はあくまでこの艦を使って任務を遂行するだけだ」
十名のメンバーは思い思いに頷く。
「それから、この艦で見聞きしたことの一切は、たとえここにいるお互いといえども口に出してはならない。お前たちには守秘義務がある。それを破るものは厳罰に処す覚悟なので、それをわきまえておくように」
厳しい内容に乗組員たちの表情が強張る。
「では、三科長は残ってくれ。オペレーターたちは一度退室。本日基準時二二○○に出航する。出航時の三十分前にはオペレーターは全員ここに集まるように」
言われたままに動き、七名のオペレーターが去り、七名の士官が残った。そのうちの一人笑いながら敬礼する。黒く短い髪で、浅黒の肌。精悍な顔つきをしたたくましい男であった。
「お久しぶりです、閣下。また仕事が一緒にできて嬉しいですよ」
「こちらの台詞だ、ローラン。前は単なる砲手にすぎなかったのが今では水雷長か。随分と昇進したな」
ローラン中尉。七年前のアールディオン戦でリードの艦の一砲手であったが、彼の射撃で四隻もの戦艦を打ち落としていた。それからも順調に昇進を続け、気づけば中尉という地位まで上ってきていたというわけだ。現場からのたたき上げで、三十を前に中尉という役職はよく出世したものだというところだろう。
「ただ、これで軍を辞めるきっかけがなくなってしまいまして」
と、困ったように言った。いずれにしてもこの若いローランが船の砲撃をさせれば連邦軍の中でも随一であることは疑いないことであった。
続けてリードが視線を移すと、ローランと同じくらいの若さの士官が敬礼をした。紅毛の長身で、優しい顔つきの男であった。
「はじめまして、閣下。私はデュークと申します。航海長をこのたび拝命いたしました」
「艦長から報告は聞いた。この急な出航に際し、ハイダまでの航路設定をしてくれたということだな。疲れただろう。出航したらしばらく休むがいい」
「ありがとうございます。ですが、正直大した作業でもなかったんですよ。ある意味、ハイダまででしたら航路がほとんど定まっていますので、後はどれだけ早くつけるかということが勝負でしたので、さほど難しくはありませんでした」
デューク中尉。こちらもローランと同じく士官学校ではなく三等兵から成り上がった現場たたき上げの人物である。それでいてローランと同じように三十前で中尉まで昇進しているのだから、実力はピカ一である。航海長としての実績はまだなかったが実力は知られており、かのアクアエリーのヴィスコム提督からも誘いの話があったのだという。
「何故アクアエリーに行かなかった?」
素朴な疑問として尋ねる。その率直さに、思わずデュークは苦笑していた。
「色々理由はあります。アクアエリーはヴィスコム提督閥が強いですので、新参者はあまり好かれない傾向にあります。それに私は現場の人間ですので、士官学校出が揃っているあの艦じゃ窮屈な思いをするでしょうしね。あと、あそこのクルーは確かに一級が揃っています。私も勝てないとは思いませんが、実力が同じなら新しい航海長など必要ありますまい。ですが、こちらの『フェアリーテイル』はまだ航海長も決まっていなかったですし、これはチャンスと思ったわけです」
そしてその『フェアリーテイル』を駆るのは『名将』と名高いリードである。やれやれ、と肩をすくめた。
「もしかしてこの艦の乗員は、かなりの競争倍率を勝ち残ったってことか?」
「そりゃ、この艦に乗りたいって統合作戦本部に直訴した奴が千人を超えるって話ですから、私も運が良かったとしか言いようがないですね」
「だったら三十人なんて寂しい人数ではなく、その倍くらいは用意してくれてもよさそうなものだが」
リードは後ろにひかえている新たな副官をちらりと見た。だからといって副官にと直訴する手段を考えついたのは彼女一人だったというわけだ。
続けてメンバーの中で最も若い士官に目を向ける。薄いレモン色の髪をした美少年系の青年であった。
「貴官は?」
「はい。自分は測量長を務めさせていただきます、ラーグ・プライアです。よろしくお願いします」
プライア少尉。こちらは士官学校を出てすぐに前線勤務となり、アールディオンとの小競り合いで武勲を立てたという人物である。
「期待している。さっそくで申し訳ないが、貴官にやってもらいたい任務がある」
「はい。何でもおっしゃってください」
「超光速通信回線を開け。極秘にだ。回線内容の保存もまかりならん」
「は、はい」
いきなりの重要任務に少し慌てた感のあるプライアであったが、すぐに行動を開始した。
「準備完了です。どちらへ?」
「早いな。通信先はバンデーン」
三科長に艦長、副官のセリアまでが驚いた様子を見せる。動じていないのはミレトスだけであった。
「ここで話した内容は一切極秘だ。お前たちは話を聞くだけにしろ。声を出すなよ」
「バンデーンへのホットライン、つながりました。どなたに連絡を取りますか?」
「ヴィデェル提督だ」
「了解しました……接続確認。通信に応じていただけます」
「スクリーンに出せ」
正面のパネルに白いサメ肌が現れる。バンデーンのヴィデェル提督であった。
「久しぶりだな、ヴィデェル。相変わらず白い肌が美しいな」
『ふん。お前たちヒューマンに我々の外見の差など分かろうはずもない。我々とて貴様らの区別などできようはずもないからな。久しいな、リード。七年ぶりか』
士官たちの間に動揺が走る。リードがバンデーンの提督と顔見知りということに驚いているのだ。
「あの時は助かったよ。お前の援護がなければアールディオンにやられているのは俺たちの方だった」
『アールディオンは危険だ。銀河連邦は我々のテリトリーを侵すことはしないが、アールディオンはそうではない。我々にとっても必要な処置であった』
「そう言ってくれると助かるぜ。高い礼をふっかけられるのはご免だからな」
『何を……もともとは貴様から受けた恩を返したまでのこと。礼を言うのはこちらの方だろう。非常に気に入らないことだがな』
二人の高官が話す内容は、回りで聞いている者たちにとっては未知の領域だった。
だが、話の内容から察するに、かつてリードがヴィデェルを助け、そのかわりに七年前のアールディオンとの戦争の際にヴィデェルがリードを助けることで恩返ししたということのようだ。
「さて、早速なんだが今回の件について説明してくれるか? ま、お前さんがからんでいないのはもう充分に分かったんだが」
『今回の襲撃は、我々バンデーンのみならず、この世界にとっても必要なことだった』
「なるほど。やはり狙いはそこか。お前たちの目的はロキシ博士か? 違うな?」
『違う。世界の運命を託された子、フェイト・ラインゴッド。私はそう聞いている』
そこで一安心する。どうやらマリアとソフィアの存在は彼らには知られていないようだ。
「フェイト・ラインゴッドをどうするつもりだ?」
『既に世界の崩壊は始まりを迎えようとしている。その前に彼をバンデーンに連れていき、その力を完全に掌握する。そうしなければ我々銀河系に勝ち目はない』
「それでロキシ博士を誘拐したわけだな? その力の謎を解くために」
『そうだ。ロキシ博士は決して馬鹿ではない。我々が目的に気づいているのを知り、情報の提供はしてもらった。お互いの目的は同じだからな』
「FD人か……一つ尋ねるが、ロキシ博士以外に人質はいるのか?」
『報告では、フェイト・ラインゴッドの幼馴染であるソフィア・エスティードを確保しているとのことだ』
「同じくハイダにいたフェイトの母親である、リョウコ・ラインゴッドは?」
『そちらは逃亡したようだな。なかなか胆力のある女性だという報告が来ている』
だとすれば、これでバンデーンと事を構える必要はなくなったということだ。だが、問題が残る。
彼らは、FD人と戦う際の切り札であるソフィア・エスティードを押さえている。最悪、彼女が殺されたりでもしたら、この宇宙は終わる。
それを告げるべきか、否か。
「一つ頼みがある」
『なんだ』
「いかなる場合においても、ロキシ・ラインゴッドとソフィア・エスティードの身柄の無事を願う」
『ふ、ふ。貴様の考えはよめているぞ、リード。貴様はロキシではなく、ソフィアという娘の方が大事なのだな?』
リードは答えない。だが、沈黙こそが雄弁に物語っていた。
『理由を言え。こちらも情報を提供している。そちらからの情報もほしいものだな。盟約を結ぶのであれば』
盟約。
その言葉が出た時、彼は安心することにした。
かつて、自分が士官したばかりのころ、同じく士官したばかりのバンデーンの一兵士と戦場で盟約をかわした。
どちらかが危険な場合は、国を捨ててでも相手のために戦うと。
そして、自分は彼を助け、彼は自分を助けた。
その関係はまだ、終わっているわけではない。
「そうだな。盟約違反をしようとしていたのは俺の方だ。少し待て」
彼はそう言うと、クルーたちを見回す。
「ここで話した内容は、以後、我らの中にあっても極秘とする。秘密を抱えきれる自信がないものは、この場から退出せよ」
だが、誰も出ていくことはなかった。その覚悟を受け取り、再びリードは画面に向き直る。
「ソフィアは、フェイトと同じだ。だが、性質が違う。二人とも代えはきかない」
その言葉だけで、ヴィデェルは意味を理解したらしい。
『よく分かった。では、何があってもその女を殺すわけにはいかないな』
「頼む」
『問題は、あの狂人が目先の勝利に飛びつかないかということだ』
「狂人?」
『今回の任務責任者は、あのビウィグだ』
リードは思わず息を呑んだ。
「あの殺人狂がか!?」
『そうだ。遺憾だが、命令では仕方がない。だが、安心しろ。私の命に代えてもその女の命は守ろう。そのかわり、貴様にも一つ頼みがある』
「なんだ?」
『人探しだ』
もちろんヴィデェルの頼みであれば、きかないわけにはいかない。ただでさえ大変な役割を担ってもらうのだ。少しばかりの頼みをきけないようであれば、盟約は成立しない。
「誰をだ?」
『FD世界からこの世界に、正体を隠してまぎれこんでいる者がいる。そいつを見つけ出してくれ。可能であれば、何故この世界に来ているのか、何をしようとしているのかまで分かれば重畳』
それが本当なら、確かに調査しなければならない。FD世界の人間が来ている目的。それはもちろん、この世界の滅びに関係すること以外にない。
「何の情報もなしにか?」
『まさか。そうであればFD人とヒューマンを見分ける方法を模索するさ。というより、その方法は既にこちらで開発中だ。だが、完成には年単位かかる。次の戦いには間に合うまい。だから頼むのだ。名前は判明している』
「聞こう」
『エレナ・フライヤ。残念だが情報はそれだけだ』
その名前を脳裏に刻む。
「銀河系にその名前が何万あると思っている?」
『さてな。だが、銀河連邦内であれば戸籍を調べればすむ話だ。それほど大変な作業でもあるまい』
連邦のデータバンクに入り、名前を全てリストアップする。そこでヒットした名前を全部調べる。確かに万単位は言いすぎだろうが、何百、何千の単位にはなるだろう。
「分かった。それについてはこっちで調べてみよう。だが、アールディオンや辺境惑星までは正直手が出ないぞ」
『かまわんよ。それに、FD人との戦いは避けられん。戦いが少しでも不利にならないようにするための処置だと考えてくれればいい』
「分かった。ではソフィアのことはよろしく頼む」
『骨が折れるな。まあいい、お前の頼みならば聞いて損はあるまい』
通信が途切れる。やれやれ、と愚痴た。ヴィデェルが味方になったのは喜ばしいことだが、そのかわりに分かったことは彼の気分を重くしていた。
「閣下」
艦長のバルマンが話しかけてくる。顔色はかなり悪そうだった。
「ああ、そろそろ出発だな。オペレーターたちを呼び戻して出航してくれ。軌道に乗ったら緊急会議を行うから、ここにいるメンバーは全員オペレーションルームへ集合。会議開始は二二三○だ」
「了解しました」
バルマンはため息をついてマイクに向き、オペレーターたちを呼び寄せる。ようやく揃ったところで時計は五十一分を示していた。
艦の出発時には大きなGがかかる。慣性相殺システムを取っているとはいえ、完全に加速Gを殺すことはできない。各々自分の体をシートに固定する。
「出航準備完了」
「メインシステム、異常ありません」
「機関長より報告。動力炉問題なし」
「航路グリーン。スタンバイOK」
オペレーターたちから次々と報告が入り、バルマン艦長が逐一指示を与えていく。
その様子を見ながら、リードは先ほどのヴィデェルとのやり取りを思い返していた。
今回の指揮を取っているのはビウィグだ。連邦のアクアエリーに勝てる船があるとすれば、それはバンデーンのダスヴァヌしかない、といわれるほどの難物。そしてその船を率いるのはビウィグ提督。
いくらヴィスコム提督といえども、苦戦するかもしれない。
(提督)
手には白手袋。提督から今年いただいたもの。
(どうか、ご無事で)
連邦軍で唯一尊敬できる相手。それが失われるのは、銀河連邦にとって大きな痛手となるだけではなく、自分にとっても大切なパーツが一つ失われるのと等しい。
だが、本当の敵はバンデーンではない。
(どうすればいいのだろうな。FD人と戦うのか、それともFD人と和解の道があるのか。いずれにしても、あの女に会わなければならないか)
リョウコ・ラインゴッド。
おそらく、全ての事情を知っているのは、あの女だけなのだ。
Feel the Wind
もどる