Singles-α

第5話  Feel the ind






 基準時、二二三○。
 一種、独特な緊張感が会議室にこもっていた。
 参加者は七人。リード大将を初めとして、ミレトスとセリアの副官二人にバルマン艦長、そしてデューク、ローラン、プライアの三科長が並ぶ。
 いずれにしてもリードはこのメンバーを信頼してやっていく他はない。何人か知人もいるとはいえ、ほとんどは初対面だ。アクアエリーのヴィスコム閥のように、このメンバーがこれからリード閥になっていくのだろうか。まあ、閥とはいっても自分がまずはヴィスコム閥の一員だから何ともいえないが。
 このメンバーは自分の手足も同然だ。彼らがいかに自分の考えを理解し、行動してくれるかで自分の運命も定まる。そのためには、これからの行動についてきちんと理解をしてもらわなければならない。
「さて。だいたい予測はついているかと思うが、これから話す内容は今後この艦内でも自由にしてもらっては困る。お前たちは望んでこの艦を選んだ。厳しい任務になることは既に心得ているかとは思うが、まず正確な認識をしてもらいたい」
 全員が静かにリードの言葉を聞く。
「言うなれば、この『フェアリーテイル』が銀河の中心だ」
 その表現は控えめだっただろうか、と一瞬心の中で思う。
「今、この銀河系は未曾有の危機に直面している。我らの任務は、その危機を回避し、銀河系を守るための任務だと思ってほしい。なお、この艦の任務について知っているのは、艦隊司令長官のヘルメス長官のみ。また、現在同様の任務をおおせつかっているヴィスコム提督もご存知かとは思うが、それだけだ。統合作戦本部長ですら知らない最重要機密になる。心するように」
 その発言だけで既に充分といっていいほど、六人の表情はこわばっていた。
 リードは誰からも異議らしいものが上がってこないことを確認したうえで、説明を開始する。
 ヘルメス長官から極秘任務としてリョウコ・ラインゴッドの身柄を確保するという任務を受けたこと、今回艦に同乗しているエスティード夫妻から告げられた生体兵器の真実。
 そこまでを一気に語り終えると、全員が大きく息をついた。
「まず、我々の目的はリョウコ・ラインゴッド博士の身柄の確保だ。そこでまず、ハイダが襲撃を受けた後、彼女がどのようにしてバンデーンから逃げ延びたか、その点を確認しておきたい」
 ミレトスに目配せすると、すぐに副官が動いて会議室の中央に銀河系のモデルが浮かび上がった。
「さて、バンデーンは今回ハイダの襲撃に成功したわけだが、いくらハイダ星系がセクターκ(カッパ)の中でもセクターγ(ガンマ)に近いところにあるとはいえ、バンデーンからハイダ星系まではまるまるセクター一つ分あるわけだ。しかもその間には第六宇宙基地、第十八宇宙基地が存在している。この二つの宇宙基地を発見されることもなく通りぬけ、なおかつハイダを襲撃までしているのだから、バンデーンの技術が高いのは間違いないことだ。こんなことが可能であるためには、当然バンデーンの最新の技術が反映されているのだろう。強力な磁気カーテンを持っているか、それとも別の方法でレーダーに映らない技術を発明したのか、その辺りは分からないがな」
「磁気カーテンの可能性は薄いと思いますね。どんなに精巧なカーテンだって、質量を隠すことはできない。おそらく全く別の技術なんでしょう。ま、それについてはいくら議論したって分かりませんぜ」
 バルマンが答え、リードも頷く。
「艦長の言う通りだな。無駄な議論ならする理由はない。ただ、どんなに技術力が高かろうと、ハイダを襲撃した以上、こちらに来ているバンデーン艦は既に袋の鼠となったということだ。遠からず、バーミンガム大将やヴィスコム提督によって倒されることだろう」
 問題は、狂ったビウィグが無闇に人質を殺したりしないか、ということだ。
 最悪、ロキシ・ラインゴッドがいなくなったとしても、フェイト・ラインゴッド、ソフィア・エスティード、それに現状所在は不明だが、マリア・トレイターの三名の保護ができればそれでいい。
「話を戻すが、リョウコ・ラインゴッドがどういう逃走ルートを通ったか、問題はそこだ」
 銀河系モデルのうち、セクターκ、γの辺りが拡大投影される。
「俺自身はもうリョウコの逃走ルートは読めている。それをふまえて尋ねるが、卿らならばどのようにバンデーンから逃れるか、聞いておきたい」
 はい、とすぐに手を上げたのは航海長のデュークであった。
「私ならやはりセクターβ(ベータ)方面へ逃れますね。こっちならセクターβ、β+(ベータプラス)、β−(ベータマイナス)と逃げ道が多い。バンデーンの追撃から逃れる可能性も高いと思います」
 同意見というように、残りの科長、ローランとプライアも頷く。
「他に」
「ちょっといいですか」
 副官のミレトスが会話に入る。
「いいぞ」
「僕ならどこにも行きません。セクターκ内にとどまります」
「その理由は?」
「先ほどのヴィデェル提督との会話をお聞きする限り、バンデーンの狙いはフェイト・ラインゴッドでしょう。おそらくこのフェイトという人物は今デューク中尉が言った通り、セクターκから逃れてセクターβに入るでしょう。逃げ道が多いですからね。護送艦の艦長がよほど間抜けでない限りはその方向へ逃れるはずです」
「ふむ」
「だとすればバンデーンはそれを追ってセクターβに入る。そうなると今度は戦場がセクターβに移ります。それを考えれば、βに移るのは危険です。その場で危地をやり過ごす方がずっと効率がいいと思います」
「なるほど」
 ミレトスの意見に他のメンバーもしきりに頷く。全く、これくらいのことが常時考えられるのだから、さっさと昇進人事を受け入れて、もっと位の高い役職につけばいいものをと思うのだが。
「他には」
「では、私からも」
 バルマン艦長が手を上げる。
「艦長ならばどうする」
「私ならセクターι(イオタ)方面へ逃げますね。もっとも、これはよほど腕の立つ艦長なら、という条件がつきますが」
「その理由は?」
「セクターιはほとんどが銀河連邦内の勢力範囲となってますが、そのほとんどは磁気嵐で目立った星系がないのが特徴です。ですが、腕の立つ艦長となるとその分、逃げ道は多いんですよ。磁気嵐と平行して進み、セクターΘの太陽系に戻るまで、私ならそれほど時間はかかりません」
「なるほどな。だが、それはバルマン艦長以外の艦長では無理かもしれないな」
 苦笑して答えると「まあ、そうなんですがね」と当然のようにバルマンは応じた。
「さて、だいたい出揃ったか」
「閣下」
 最後に手を上げたのは、もう一人の副官、紅一点のセリアであった。
「私からも、よろしいでしょうか」
「ああ。答えてみろ」
「私なら、セクターγ方面へ逃げます」
 その答を聞いた残りの五人は、さすがに目を丸くした。
「バンデーンに近づくってのか!?」
 水雷長のローランが、ありえない、というように言う。だが、リードは涼しい顔で尋ねた。
「理由は」
「はい。今回のバンデーンの襲撃については、先程閣下がおっしゃったように、未知の技術を使って二つの宇宙基地をパスしてセクターκに直接攻撃をかけてきました。ですが、このことが知れ渡った以上、セクターγにおける対バンデーンの警備は万全を期します。つまり、ビウィグ提督の艦隊に続く艦隊はやってこないということです」
「それで」
「ビウィグ提督がフェイト・ラインゴッドを追ってセクターβ方面へ向かうのでしたら、逆にセクターγ内におけるバンデーンは完全に航路の安全が保証されます。第二次艦隊がなく、なおかつビウィグ艦隊の背後に回るわけですから、これ以上安全なポイントはありません。そして宇宙基地のいずれか、それこそセクターγに入った直後に位置する第十六宇宙基地、第十八宇宙基地方面へ逃れるのではないでしょうか。第六宇宙基地はそれでもどちらかというとバンデーンよりですから、逃走ルートとしてはふさわしくないように思います」
「ふむ」
 リードはなるほどと頷いた。
 この少女、なかなか見所がある。
 セクターκに残るといったところはさすがにミレトスだなと感心したが、それを上回る推論を述べてくるあたり、この少女の非凡さがうかがえる。
「では結論を言おう。今のセリアの意見が正しい」
 答が提示され、三科長などは露骨に残念そうな表情を見せる。一方の正解を出したセリアは嬉しそうな表情を少しも見せず、ただじっとリードを見つめてきた。
「リョウコ・ラインゴッドはそれだけ相手の裏をかくというか、ひねくれた物の考え方をする奴だ。彼女の考え方を理解しない限り、彼女に追いつくことはまず不可能とみるべきだろう」
 そう。自分ならば彼女の考え方は分かる。何を考え、これからどうするべきなのか。
「セクターβに入り次第、航路を変更する。セクターγ方面、第十八宇宙基地へ向かう」
「了解しました」
 第十六宇宙基地の方がセクターκからは近い。だが、彼女はなんとなく第十八宇宙基地にいるような気がした。それに、セクターβ方面から向かえば第十八宇宙基地の方が近い。順番に見ていけばそれですむ話だ。
 それに──第十八宇宙基地には自分も思い入れが深い。
「懐かしいですね。第十八宇宙基地ですか」
 答えたのは水雷長のローランであった。
 そう。そこは七年前、アールディオンとの戦いにおいてリードが奪還した場所であった。この地域のアールディオン艦隊を殲滅したリードは、その後『名将』と呼ばれるようになる。
 だが、今はそんなことはどうでもいいことであった。
「さあ、リョウコ・ラインゴッドを捕らえに行くぞ」
 彼は断言した。六人の部下たちは立ち上がって、敬礼を行った。






「リョウコ博士をご存知なんですか?」
 艦長室に戻ってくると、ミレトスがそんなことを尋ねた。少し興味をひかれたのか、セリアもこちらに注意を向けてくる。
「まあな。古い知り合いというところだ」
「深い関係だったんですか?」
 爛々と目を輝かせてミレトスが尋ねてくる。確かに、自分の周りでは浮いた話は全く流れない。こういう話が九年間も副官を続けてきてようやくできるというのは、彼にとっては楽しい出来事だったに違いない。
「ただの知り合いだ。それ以上でも以下でもない。ただ──」
 思い出すと、吐き気が出そうになる。
「──嫌な女だった。それ以上は思い出したくないな」
「珍しいですね。そんなに露骨に人のことを悪く言うなんて。それも、理由もなく」
「そうかもな」
 それだけ彼女が自分に与えた影響が大きいということだ。
「というわけで、よかったね、セリア少尉」
 少し眉をひそめたセリアに視線を合わせず、彼はそのまま扉へと向かう。
「ではでは、仕事をしてまいりますので、お二人はどうぞごゆっくり〜」
 鼻歌でも歌うかのように軽やかに出ていく彼を見て、リードはため息をつく。
「いったい何かあったのか、あいつは」
「おそらく、私がリード閣下をお慕い申し上げているので、気を使ってくれたのかと思います」
「そうか。なるほどな」
 頷いて、ディスプレイに目をやる。
 リョウコの逃走ルートは初めから分かっていたことだった。リョウコならばどうするだろうか、ということを考えながらこの任務にあたっていると言ってもいい。
 あの女の性格からして、バンデーンに接近することで危地から逃れるという選択をする以外にはルートはないものと考えられる。それだけひねくれているのだ、あの女は。
(全く──って)
 ふと気づくと、セリアがじっと自分を見つめていた。
(慕っている?)
 今頃になってから気づく。確かに先程、セリアは自分のことを慕っていると言った。
「ああ、悪い、セリア少尉。聞き違いかと思うのだが」
「いいえ。閣下の思われている通りです。私は閣下をお慕い申し上げております」
 表情を全く変えないままに彼女は告白する。
(待ってくれ)
 不意打ちだった。さすがにそういう手段で自分を困らせるとは想像もしていなかった。
 自分ほど女に縁遠い人間はいないだろうと思ってきたのだが。
「俺は少尉のことを何も知らないんだが」
「当然のことと存じます。私ははじめから閣下のお傍で仕事をするために軍に入りましたし、副官に志願したのです。ですが、閣下は私のことなどご存知のはずがありません。私が閣下を知っているのと、閣下が私を知っているのとには天と地ほどの差がありますから」
 確かに、自分はこの銀河連邦内では五本の指に入るほどの知名度を誇り、軍関係者で自分のことを知らない人間がいるはずもないのだ。だが、それに対してセリアは単なる士官学校卒の一士官にすぎない。知っている方がおかしいのだ。
「少尉はそれで、俺に何を求めるんだ?」
 そのような状態で告白したところで叶うはずもない。まあ、今回はミレトスが余計なことをしたと言うべきなのだろうが。
「いえ、私の気持ちを知っていてくだされば充分です。私のことは閣下においおい分かっていただきますので」
「やれやれ。女性から告白されるなんて滅多にないことだが、まさか自分の副官からとはな」
 もちろん、相手は自分を部下としても女性としても売り込むためにやってきたのだ。ある意味セリアにとってはこの状況は予定調和なのだろう。
「俺は卿のことを何も知らない。今現状では何も答えられない。しばらくして卿のことが分かりはじめたら答えよう」
「それで結構です。こういうことは急いでも仕方のないことですから」
 その点は随分とサバサバした女性だった。そういう割り切りのいい部分は好感が持てる。
 だが、この女性は今までほとんど表情というものを見せていない。感情を持っているのかと疑いたくなるくらいに。
「少尉は休日の時なんかは何をしているんだ?」
「私ですか? そうですね、暇があればチェロなどを終日」
「チェロ? 弾けるのか」
「嗜む程度には」
 その彼女の『嗜む程度』というのがどれくらいのレベルなのかということに興味が湧く。
「今度、弾いてみてほしいものだ」
「ええ。人に聞かせられるほどの腕はございませんが、閣下がお望みというのであれば」
「今度、ここにチェロを持ってくるといい。この艦長室に置いておけ。俺が聞きたいときに少尉がいつでも弾いてくれるように」
「分かりました」
 だが、ここは宇宙空間で、既にワープにも入ってしまっている状態だ。愛用のチェロを取りに地球へ戻ることなどできるはずもない。
「もし市販のものでもよければ、どこかに立ち寄った時にでも購入してこい。金は俺が出す」
「いえ、ですが」
「俺が聞きたいんだから、俺が買うんだ。そういうことでいちいち気にする必要はない」
「はい」
 だが、さすがにそう言われると落ち着かないのが人情というものかもしれない。
 少し考えた末、彼は尋ねてみることにした。
「チェロは面白いのか?」
 そう尋ねた時、初めて彼女の顔にかすかに笑みが浮かんだ。
「はい。チェロを弾いていると時間を忘れそうです」
 その様子を見ていると、本当にチェロが好きなのだということがよく分かる。
(人には意外な側面があるということだな)
 妙に感心してしまったリードであった。





Defect Lover Complex

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