Singles-α

第6話 Defect over Complex






 第十八宇宙基地には特別な思い入れがある。
 士官学校を卒業してからというもの、とにかく連戦連勝で勝ち続け将官就任の最年少記録を作った自分にとって、その真価を存分に発揮することができた場所、ということもできる。
 七年前。アールディオンからの攻撃により第十七宇宙基地が崩壊。その後、第十六宇宙基地と第十八宇宙基地を相次いで占領され、その奪回作戦が急遽行われた。
 当時の銀河連邦軍は第一艦隊のヘルメス元帥と、そして第二艦隊のヴィスコム大将の二人によって支えられていたといっても過言ではないし、それは新たにリード大将という人材が出てきた現在も大きくは異ならない。統合作戦本部長に宇宙艦隊司令長官が当時は貧弱で、リードにしても作戦本部には大きな期待をしていたわけではなかった。
 そこでヘルメス長官が本部に直訴し、現場セクターγ(ガンマ)で緊急会議を行うことを取り付け、将官を集めて奪還作戦が図られたのだ。凡庸な本部の文民たちも現場に任せればなんとかなるという安易な逃げ道がほしかったのだろう。
 もっとも、そのヘルメスもそれほど能力の高い人物というわけではない。運と功あって第一艦隊の提督、地位も元帥まで上り詰めていたが、彼は基本的に自分が有能な人物だと考えているわけではない。現場での判断はヴィスコム提督に任せていた。だが、そうした自分の限界を知っているからこそ、有能な部下に判断を任せることができる。また、有能な部下に責任を取らせることもない。こうした部下を使うことができる上司は有能である、とリードは逆に評価している部分もあった。
 そこでヴィスコム提督が提案したのが、二方面同時奪回作戦であった。
 それだけの艦数は充分にあったが、それを率いることができる人材が不足していたのは事実だ。当時の大将位はヴィスコムのみ。一方をヴィスコムが率いるとして、もう一方の艦隊については誰が指揮することになっても不満が残る結果となったのは間違いない。
 ヘルメスは尋ねた。もう一方の艦隊は誰が率いるのか、と。
 ヴィスコムは答えた。リード中将が任に相応しい、と。
 それまでリードはヴィスコムと旧知だったわけでもよく話したわけでもない。その智謀と勇敢さを尊敬こそしていたが、面識らしい面識はない。単に挨拶をかわす程度の間柄であった。
 若いリード中将は当時三十一歳。無論、他の四十歳以上の中将たちから不満の声が上がった。
 一人だけ三十台のリード中将はどうしたものかとその場を傍観していたが、やがてヴィスコムから尋ねられる。
 ヴィスコムは尋ねた。奪還は可能か、と。
 リードは答えた。可能だ、と。
 少しも謙遜しないその返答がさらに中将たちの怒りをかったが、できるものはできるという確固たる自信のあったリードは全く表情を変えなかった。
 その度胸、自信がヘルメスを納得させたのか、ヴィスコムの提案を了承した。
 そうして第十八宇宙基地を奪還する作戦を立てることになったが、リードが指揮を取ることに反対した連中をなだめるのが大変だった。リードは自分より先達の同じ位の人間を部下として扱わなければならなかった。
 もっとも、その程度のことでくじけるようなら可愛げもあるのだが、リードは先達だろうが同位だろうが容赦なく指示を下していく。それがさらなる反感を買うことになるのだが、リードはひたすら押し切った。どのみち第十八宇宙基地を奪還するまでなのである。その間だけ自分に従っていれば充分だったのだ。
 第八艦隊を率いるリード中将は、第五、第六艦隊の二艦隊を含めた三艦隊に対して指示を出す形となったが、三艦隊とアールディオンが宇宙戦を行っている間にリード本人が本隊二十隻を率いて第十八宇宙基地を強襲。地上戦で一気に基地を奪回してしまった。
 初めから敵艦隊にこだわる必要などない。目的は基地を取り返すことなのだから、戦いは好戦的な第五、第六艦隊に好きにやらせておいて自分は実利をとる。
 銀河連邦軍の短所を長所に転じた作戦で、ほとんど被害らしい被害も出すことなくリードは基地を奪回した。
 確かに不利な状況だった。味方は頼りにならず、敵総数はこのときリードの三艦隊を大きく上回っていた。だから初めからリードは戦いに勝利することなど全く考えていなかった。とにかく目的を達するためには地上戦に持ち込めば充分という考えだけを持っていたのだ。
 ほぼ同時にヴィスコム提督も第十六宇宙基地を奪回。これをもってアールディオン軍を押し返し、銀河は再びにらみ合いの状態に戻った。
 それが七年前。
 そして、自分が長い後方勤務を命じられる前の、最後の戦いの場。
 それが、第十八宇宙基地である。






 第十八宇宙基地の現在の責任者はテュレス中将である。決して無能な人間ではないが、有事の際に役に立たない人材であるというのがリードの評価だ。そして有事というのは、こうしてバンデーンの強襲を受けた際に、脱出ポッドや護送艦が次々にやってくるときに手際よく捌くことができるかどうか、というところでも見ることができる。
 ハイダ四号星が強襲されたという時点で、各宇宙基地は何をすればいいのかということが鮮明になる。近いところは避難場所になり、また艦隊を持つものはバンデーンを殲滅するために動かなければならない。
 テュレス中将はハイダ四号星の事件を自分とは別のセクターで起こった事件と考え、まるで何もしていなかった。
 だから次々に来る護送艦を順番に何も考えず受け入れていく。当然基地内のシステムは混乱をきたし、救助した人員がどれだけいるのか、その人物リストすら作成されていない。
 セクターγに入った時点でリードは第十八宇宙基地に連絡を送ったが、返信が来るまで五時間かかった。
 その間も通常航行はしていたものの、重力ワープをすると第十八基地から受信することができないため、ひたすらその場で待つことになってしまったのだ。一度重力ワープして直接現地に行くと連絡を送ろうとしたのだが、現場はただひたすら混乱しており、自分たちからの二度目の連絡を受信することすらできない状況だったのだ。
 さすがにこの体たらくにはリードも何かしらの処分を考えた。
 そしてようやく返信があったものの、案の定避難民リストは作成されていなかった。今度は先にとにかく現地に到着するので、避難民の中にリョウコ・ラインゴッドがいるかどうかだけをとにかく調べておくように命令した。もっとも、それが現地で可能かどうかは不明だ。
 大きくため息をついたが、それはオペレーターたちの全員が同じ心境であった。
「久しぶりの第十八宇宙基地ですね」
 水雷長のローランが言う。まったく同感だった。あのときローランは単なる砲手にすぎなかった。
「お前はよく出世したな」
「リード閣下のおかげですよ。あの戦いで生き残って出世できたおかげで今の地位があるんですから、感謝のしようもありません」
「お前ほどの腕なら俺が何をしなくても勝手に昇進するだろうさ。まあ、お前がいてくれるのはこの際ありがたい」
 ローランの腕前は、神業、と言って過言ではない。
 正直、恐ろしいまでの腕前だったのだ。あの本隊二十隻で宇宙基地に強襲をかけたとき、彼の放つ砲撃は一撃も外すことなく敵艦、敵砲台を確実に破壊した。彼の砲撃で破壊されたアールディオン艦は実に八隻。もちろん、第十八宇宙基地戦における最大撃沈数である。
「艦長!」
 その時、オペレーターから声が上がった。
「船籍不明の艦が一隻、こちらに近づいてきています!」
「船籍不明?」
 艦長のバルマンがスクリーンにその艦を拡大投影させる。艦形はバンデーンのものだが、ビウィグの駆るダスヴァヌではない。その部下か、もしくは別働隊か。
(一隻だけの別働隊というのもありえないか。何が目的かな)
 ぼんやりと考えていたが、それよりもこの艦が敵か味方か、判別しなければならないということだ。
「どうしますか、閣下」
 バルマンがリードに政治的判断を求める。もちろんバルマンは戦えといわれたら苦もなくそれを実行するだろう。この最新艦で、しかも砲手がローランなのだ。バルマンの腕を見せなくても勝利は確約されているようなものだ。
「ヴィデェルの可能性があるからな。俺の名前を出して確認しろ。返事がないようなら攻撃していい」
「了解。おいプライア、通信回線開け。『こちらは銀河連邦軍大将リード率いるフェアリーテイル、貴艦の船籍と航海の目的を問う』と伝えろ」
「はい。完了しました。返信ありません」
「デューク、電磁バリア用意。ローランは砲撃準備。艦内、戦闘準備」
 一触即発の雰囲気が艦内に漂う。
 そして『敵艦』が動いた。
「砲撃、来ます! 右舷!」
 測量長のプライアが叫ぶ。
「電磁シールド展開! 打ち返せ!」
「了解! 電磁シールド展開!」
「砲撃発射!」
 ローランは防御の合間をぬって二発の光子魚雷を放つ。一度亜空間に消えた魚雷が、ピシャリ、敵艦の右舷と左舷の部分にそれぞれ出現した。
 爆発。
 たった一回の砲撃で、ローランはその実力を見せた。
 光子魚雷は命中精度がきわめて悪い。一度亜空間に魚雷を放つため、出現するまでの時間と場所に誤差が生じ、かなりの確率で狙ったところから外れる。
 だが、もし命中すればミサイル内部の反物質反応により、確実に敵艦を沈めることができる超強力兵器だ。制限の厳しい最強武器、クリエイション砲よりも実は弾薬の力としては強いのである。
 そして、ローランはこの光子魚雷の名人であった。あの第十八宇宙基地奪回の時も、八隻の敵艦を沈めたのは、すべてこの光子魚雷なのだ。
「錆び付いてはいないようだな」
「当たり前ですよ。こう見えてもずっと前線勤務だったんですからね。閣下こそ、その知識が錆び付いていないんでしょうね」
「ぬかせ」
 挑戦的な物言いは昔から変わらない。思わずリードは苦笑した。そして彼は自分と同じように不敵な言動をするこのローランという人物を非常によくかっているのだった。
「よし。敵艦残骸より情報を収集せよ。現状のバンデーンの動きを探るのだ」
「了解しました」
 すぐに情報収集・解析に取り掛かるのは測量長のプライアである。
 あっけない戦いであった。時間にしておよそ五分。それで決着はついた。だが、ブリッジには命のやり取りをしていたのだという緊張感があった。場慣れしているのはリードにバルマン、それにローランとミレトスか。
(セリアもあまり動揺している様子ではないな。デュークもプライアも案外冷静だ。他のオペレーターはまだまだだが。とにかく、自分の周りが慌てていないのは助かる)
 リードは作業を待ちながら、今回の部下たちの優秀さをかみしめていた。






 結論からいくと、今回襲撃をかけたバンデーン艦は全部で七隻とのことであった。もちろん旗艦はビウィグのダスヴァヌであり、現状一隻沈めたので残りはダスヴァヌを含めて六隻となる。
「プライア。今回の情報をアクアエリーのヴィスコム提督に送信」
「了解しました」
「余計な寄り道だったが、準備が整い次第第十八宇宙基地に向かう。デューク、艦内確認は」
「機関長のラグ中尉より連絡ありました。電磁シールド、重力ワープエンジン、共に異常なし。医務長のミネア中尉より連絡ありました。今回の戦いにおける負傷者はゼロ」
 当然の結果ではあるが、こうした報告義務をきちんとしているかどうかというのはいざというときの信頼性に関わる。まだ機関長や医務長に会っているわけではないが、しっかりと自分の任務を果たしていることにリードは安心した。
「じゃ、バルマン艦長、後はよろしく」
「了解しました。重力ワープエンジン機動!」
「重力ワープエンジン機動! 重力ワープフィールド展開!」
「よし。発進!」
「了解。フェアリーテイル、発進します!」
 航海長の返事と同時に、加速Gがかかる。船に乗りなれていない者は、この加速Gで船酔いを起こすことが多い。だが、こうした船乗りたちはこのGを心地よく感じられる。
(いよいよ第十八宇宙基地か)
 そこに、彼女がいる。
 あの、悪魔が。






 第十八宇宙基地に着いてもフェアリーテイルはすぐに入航ができなかった。多くの避難民を受け入れているため、港がパンクしてしまっているのだ。
 どこまでも手際が悪いことに、怒りすら覚える。
 フェアリーテイルが第十八宇宙基地内に入ることができたのは二日も経ってからのことであった。そのころになるとようやく避難民の数も減り始め、港の出入りは収まってきたのだ。
 とはいえ、この無駄な二日間について苛立ちを隠すつもりはリードにあろうはずがない。出迎えたテュレス中将を周りの目も気にせずまず一喝し、その不手際と要領の悪さを叱責した。それに対して抗弁しようとしたテュレスをさらに一喝し、口ごたえするなと黙らせた。
 そうして基地内の状況をすべて確認し、的確に指示を与える。周辺宙域が無事かどうか、無事ならば太陽系のあるセクターΘ(シータ)方面への航路状況の確認と、避難民リストの作成を行う。この辺りはミレトスとセリアがその才能を如何なく発揮した。さすがは幕僚本部の一、二を争う秀才たちである。
 そうしてリストの中に見つけた。

 リョウコ・ラインゴッド。

(やはり来ていたか)
 リードは考え、そして決断した。
 もともと彼女に会いに来たのだ。先延ばしにする必要はどこにもない。
 自分の仕事を終えると、リードは彼女のいる部屋に向かって一人出ていく。ミレトスとセリアにはその場で自分の任務を果たすようにとだけ言い残した。
 彼女のことを思い出すと憂鬱になる。
 自分の人生の中で、唯一といっていい後悔。
 それが、彼女だ。
 扉が開く。
 そこにいた彼女が、振り向いた。
「やはりここにいたのか」
 第十八宇宙基地。
 彼女ならここに来ると思っていた。
「あら、久しぶりじゃない、リーくん」
「その名前で呼ぶのはやめろ、ゲーステ」
 リョウコ・ラインゴッド。旧姓ゲーステ。
 蒼い髪の悪魔がそこにいた。





JAM

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